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進級試験と課題

 マリーの旋律が流れるその隣で、僕は懸命に楽譜とたたかっていた。進級試験に向けた課題曲『コマンセ』の練習だ。学院には一年に一回進級試験があり、その試験の合否によって次の段階に進めることになっている。


 カロリナ曰く「たとえば、私のように一流の演奏者はどの属性もそれなりに使いこなすことができるけど、最初はどんな属性が適正か好みか、また楽器にしたってどの演奏が得意か苦手か自分ではわからないものなのよ。だから、入学した1年目はみんな自由科に所属するわけ。そこから1年かけて適正や得意な楽器を見つけて各専攻に進んで、2年間じっくりと演奏を極める。そこから軍に入ったり先生になったり王宮楽団に入団したりと、それぞれのプロになっていくの。でも、ま、ハルトは私の執事だから関係ないわ。安心して」ということだが。


 安心できるか。


「って!」


 余計なことを思い出してしまったからか見事に鍵盤を押し間違えてしまった。試験を前にして、魔法うんぬんの前に演奏すらままならないのは明らかに練習不足だ。


 一方、自由曲の演奏を進めるマリーは、得意の穏やかなさざ波のような音色を響かせる。が、その表情はどこか暗く、いつもの豊かなグラデーションの演奏もぼんやりとしてしまっていた。


 例の一件を経て、魔法が使えるようになったマリーはひたむきな努力で獲得したその演奏技術も相まって、先日の「ご帰還」の儀式の際には学院第一楽団という学院トップの実力者とともに協演するなど実力は極めて高く、オーケ先生からも合格間違いなしと言われている。


 それなのにこの演奏はどうしたことか。僕はつい心配してしまって自分の練習を忘れてマリーの顔をまじまじと見つめてしまった。


 不意にピアノの旋律が途切れる。


「大丈夫。ちょっと続けて練習し過ぎたかも」と言って、マリーは僕に視線を合わせて微笑んだが、やはりどこか無理をしているような笑顔に見えた。


「……マリー、もしかしてなにか悩みがあるとか……」


 さらに口角が上がった。


「大丈夫! あの、心配しないで! それより、ハルトの方が大変なんじゃない? 課題曲もまだ通して弾けてないみたいだし、それに音が出たとしても、その、魔法が……」


 そうなんだ。演奏は少しずつでも上手くなっている実感はあるが、魔法を発動できているかというと、入学当時の状況から何も進歩が見られなかった。


 この状況にはさすがに講師陣も王宮側も頭を悩ませているらしい。講師陣からはどう教えたらいいのか、そして王宮側からは王女の執事であり、「ヴェルヴ使い」の異名を持ち、ごく一部で英雄扱いされている人間が上級魔法を使えない事実を人々からどう見られるかというメンツの問題として。


 カロリナやシグルド王子は全く気にしていないようだし、実際魔法が使えなくても特に支障は起きてはいないのだが、確かに学院の生徒である以上はいつまでも魔法を習得できないのは問題ではある。


 ヴェルヴを使える以上、魔法が全く使えないわけではない。つまり、素質はあるはずなのにどうして上級魔法はおろか、いまだに暖炉やろうそくに火を灯すような誰もが使える下級魔法すら使えないのか、そこがよくわからないらしい。


 だが、そんなことよりも今はマリーの演奏のことが気になっていた。これは直感的な判断だが、微妙に異なる音の羅列は疲れとかそんなことが原因じゃないような気がする。


「マリー、ちょっと休もう。教会にでも行って」


 楽譜を閉じるとすぐさま立ち上がる。しかし、マリーはイスから動こうとしなかった。


「マリー。どっちにしたって休憩した方がいい。今だって続けて演奏し過ぎたかもって」


 立ち上がることもなく、何かを言うわけでもなく、マリーは白く光を反射した鍵盤を見つめたまま。


「マリー」


 僕はなぜか気持ちが急いでしまって、その華奢な白い腕をつかんでしまった。そこでようやくマリーの顔が上がる。その瞳は濡れていた。


「マリー?」


 緩んだ手から腕が外される。


「なんで私の質問に答えてくれないの?」


「えっ」


 まぶたが痙攣したように震えている。かすれた声。


「なんで私のことばかり心配するの? ハルトのことは、自分のことはどうするの? いろんな任務背負わされて、進級試験もまともにできなくて、それなのに……そんなハルトに……私、私何も言えないよ。ハルトはさ、優しすぎるよ」


 そこから先は言葉にならなかった。ただひたすら溢れ出てくる涙は洪水のようで、それを受け止めることも、消し去ることもできなくて。どうしたらいいかわからないまま、僕は払われた手をそのままに突っ立っていることしかできなかった。


「……ごめん、ハルト、私……」


 絞り出されたその声は一人にしてくれと言っていた。何か気の利いた言葉を絞り出そうとするも、僕はやっぱり何も言えず、楽譜を持って第一演習場をあとにした。

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