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稀人

「一つ提案があります。幸いにも収穫祭という時期と重なったこともあり、我がスコラノラ学院には多くの教師と生徒が残っております。とりわけ優秀な者は選抜試験にて選ばれ演習へと行ってしまっておりますが、日々鍛練を重ねてきた者たち、戦力に成り得るのではないかと考えます。いかがですか、リーマン校長」


 視線が一斉に校長へと注がれた。ポカンと開け放した口を急いで閉じて慌ただしくイスを床に転がして立ち上がった。


「……は、はい。ゆ、優秀な生徒たちなので存分に戦えるかとーー」


「ちょっと待ってください!」


 校長の言葉を制止するように立ち上がったのは、髭もじゃのオーケ先生だった。


「私たち講師陣はともかくとして、生徒たちはまだ実戦経験が皆無の子達ばかりです! 先の選抜試験でようやく戦闘の初歩を学んだばかりの生徒が殺し合いの戦場に立つことは、生徒を見殺しにすることと同じではないですか!」


 続いて何人かの先生が立ち上がりオーケ先生に同意する意見を述べた。誰が話したのかまでは定かじゃない。僕は、声を上げそうになる自分を、動き出そうとする自分を押さえつけるのに精一杯だった。


「私も先生方と同じ意見です」


 カロリナの耳につけた焔を模した紅色のイヤリングが揺れた。


「生徒たちはまだ学びの途中。戦場へ駆り出すのはいたずらに犠牲が増えるだけ。将来の貴重な芽を潰すことになりかねません」


「お言葉ですが、カロリーナ様。ここで敵方に王宮が奪われてしまうことの方が犠牲を生むのではないですか? 生徒たちは確かに未熟ながらも戦える力は持っています。彼らとしてもこの危機に手をこまねいて見ているだけというのは心苦しいものだと思いますが」


 あくまでも微笑みを絶やさず、柔らかな口調でバルバロッサは言葉を述べた。


「カロリーナ様。私もここは使えるものは全てを使って防衛に当たるべきと考えます。カロリーナ様の、そして先生方のお気持ちは理解できますが、ここを奪われては元も子もありません。ギルドからの援軍、さらにはシグルド様の帰還まで持ちこたえられればいいのですから、生徒には自分の身を守ることを大前提に立ち回っていただければ被害も最小限に済むかと」


 防衛副大臣の意見を、カロリナは額に手を置いて目を瞑って聞いていた。やがて髪をかきあげると、瞳を大きく開いた。


「わかりました。講師および生徒の動員も呼びかけます。だけど、呼びかけよ。戦闘に参加するかどうかは生徒の自主性に任せると伝えて」


「了解しました」


 オーケ先生が悔しそうに顔を歪ませてイスに座った。生徒の自主性に任せるというのは、カロリナなりの譲歩だったんだろう。だが、おそらくここにいる誰もが意味のない条件だと知っている。王宮からの提案は、命令ほどの拘束力を持つし、生徒たちはみんな自分の力を試したいと思っている。


「それでは陣形を決めましょう。講師陣、生徒たちを戦力に入れたとしても、数は700人強。分散するよりは、部隊を一つにまとめて防衛に専念した方が効果的かと思います」


 カロリナは机の上に両手を置いて前屈みになると、全員の顔を見回した。


「私が前衛に出るとして、2列、3列目あたりまでは正式な兵士と講師陣で固め、後方に生徒たちを配置する。これで生徒たちを守りつつ、戦うことができます」


「それは納得しかねますな」


 フェルセン防衛副大臣が異議を挟んだ。


「今、皆を統率できるのはカロリーナ様だけ。それにいくら『天使の手』と呼ばれるカロリーナ様でも、第一王女を危険な場所に配置することはできません。前衛は兵士で固め、後ろに講師陣、生徒たち、その後ろにカロリーナ様という配置がいいかと」


「ですが、それでは魔法が存分に活かせないのでは? ちょっと失礼ーー」


 バルバロッサ卿はカロリナの斜め向かい、つまり僕の隣に移動すると、地図上の森林のあたりを指差した。


「林を抜けた賊は真っ直ぐに王宮に向かってくるものと考えられます」


 正面から見て宮殿の右横には湖が広がり、左横には長大な川が流れていて迂回することはできない。攻めるとしたら強行突破でまっすぐぶつかっていくしかないのか? 戦力差があったとしても単純な特攻に近い無謀な策だと思うんだが。


「敵の軍と我が軍がぶつかるより前に、向かってくる賊をどれだけ戦闘不能にさせるかが、この戦いの勝敗に関わる重要なポイント。したがって前衛には広範囲・高威力の魔法を使える者を置いた方がいいでしょう」


「だとしたらやっぱり私が」


「いえ、カロリーナ様は無理をなさらないでいただきたい。誰か講師陣で選出して」


「いいえ」


 その言葉を発した瞬間、たしかにバルバロッサ卿は僕を睨み付けた。


「私は、先日の選抜試験で活躍を見せたハルト殿がいいのではないかと」


『ハルト。お前のいるそっちの社会ってのは、きな臭い社会だ。何が起きてもおかしくない。一応、これだけは覚えておけ』


 ソフィアの言葉が茫然とする頭に急に浮かび上がった。


 誰もが驚愕して言葉を発せないなか、カロリナは咳払いをすると口を開いた。


「……ちょっと待って意味がわからないわ」


 低いその声は怒りが潜んでいるように聞こえた。


「唐突な提案ですから。しかし、ハルト殿は誰もが驚くヴェルヴを用いた戦闘を披露してくれました。複数の属性を重ねた攻撃など高度な戦術ができる者はそういないでしょう。まさに高威力・広範囲の魔法を扱える持ち主。さらに実戦化が頓挫したヴェルヴと戦った経験はほとんどの者がありません。敵の意表をつけるものと」


「た、確かにそうだが……しかし、仮にも生徒である者を前衛に出すなど……」


 副大臣は判断できないといった目でちらりとカロリナを見た。


「絶対にあり得ないわ。大臣もご存知のようにハルトはまだここに来て、いえ、この世界に来てまだほんの数ヵ月しか経っていないのよ。私達が当たり前に身につけた常識や知識の多くを、彼はまだ知らない」


「なるほど。それはたとえば『稀人』の伝説についてもですか?」


 稀人の伝説? なんだそれは。


 思わず横にいるカロリナの顔を見やるが、戸惑ったような表情のまま固まってしまっている。


「なんと、それすらも伝えていなかったのですか? ご自身の執事として雇っているのに……。これは、いささか驚きですな」


 ざわめきが部屋中に拡散していく。みんな、その伝説とやらを知っているというのか?


「違うわ! 私はハルトに稀人の伝説を重ね見て側においているわけではない。この世界のこともカールステッド家のことも何も知らない彼だからこそ、執事に任命したのよ!」


 その言葉が嘘でないことは即座にわかった。敬語を忘れた必死な訴えは、王女としてではなくカロリナとしての生の言葉だったし、なによりカロリナは僕に嘘をつけるような人間じゃない。


「だとしてもですよ、今まで彼に伝えなかったのはいくらカロリーナ様といえども問題だと思いますが。みなさん、ハルト殿はもう私達の世界に馴染んでいるかもしれませんが、思い出していただきたい。彼が現れたときの衝撃を、彼を執事とするとしたときの動揺を。彼は、戦乱を引き起こすと言われた戦神、稀人なのですぞ!」

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