双子
「てめえ! エル姉に何をした!!」
おいおい、まさかそうなるか?
「いや、なにもしてないぞ。その人は何もないところで勝手に派手に転んだんだ」
手も出せないで顔と地面が直撃するとは、本当に漫画みたいな転び方だ。
「こいつ内側の胸ポケットに何か入れてやがる! それでエル姉を攻撃したんだ!」
別の少年が声を荒げた。やけに目ざといな。ものすごく勘違いをしているわけだが。
「やるか!」
「やる!」
「やるしかない!!」
まてまてまてまて。
「大丈夫、みんな、私が悪いの……」
自らの転倒により誤解を生んだその女性は立ち上がりながら、登場時とは打って変わってのんびりとした口調でそう言った。
「エル姉! そんな、こんな悪党をかばうなんて優しすぎるよ!」
僕からしてみたら君らの方が悪党なんだが。あーなどと傍観してる場合じゃない。子どもたちはエル姉と呼ばれる女性の前に並ぶと各々の武器を握って臨戦態勢に入った。
「待て、落ち着いて。まず、僕はスルノア国第一王女カロリーナ・カールステッド様専任執事のハルトと言います」
敵対関係の人間とコミュニケーションを取るには、まず身分と名前を明かすこと。
「カロリーナ、カールステッド?」
子どもたちはお互い顔を見合わせて名前を呟いた。
「そう、カロリーナ・カールステッド。みんなも名前くらいは聞いたことあるだろう? この国の王女だ」
みんなはうなずき合って、その中の一人、僕から何かをとっていったくしゃくしゃの黒髪の少年が口を開いた。
「エル姉のお姉さんでしょ? エル姉の名前エルサ・カールステッドだもん。双子だから同じ顔をしているけど、性格が全然違うってエル姉が言ってたよ」
想定外の返答に開いた口がふさがらなかった。慌てたように少年をいさめようとするエル姉を見つめながら急いで記憶をたどる。あれは、カロリナの部屋の楽譜に挟まれていたモノクロの一枚のラフ画。たしか、その名はーー。
少年が体に触れた拍子にエル姉のフードが外れた。その中から現れたのは、『エルサ様』だった。
「エ、エルサ・カールステッド! カロリナの双子の妹か!!」
「ち、違います!」
カロリナと同じ顔の前で手を横に振る。
「いや、違わないだろ! その顔が決定的な証拠となります。あなたはカロリナの妹、王国第二王女エルサ・カールステッド様、ですよね」
エルサ様は額に手を置くと、ふるふると頭を動かしてため息をついた。
「はぁ……参ったわ。またシグリッドに怒られてしまう。『だから関わるなと言っただろう』とかなんとかかんとか……」
ぶつぶつと落ち込んだ様子で独り言を呟くエルサ様はその長い黒髪を細長い指ですくと、さらに深いため息をついた。その仕草は本当にカロリナそっくりだ。
「エルサ様。えっと、何から話をしたらいいのかわかりませんが、改めてカロリーナ様選任執事のハルトと言います」
「あっ、うん。知ってるわ。稀人をカールステッド家が執事にしたって噂は私のところにも流れてきたから。顔を見るのは初めてだけど、思った通りの人ね。カロリナと上手くやれているから、良い人だとは思っていたけど、この子達にもすぐに怒鳴ったりしなかったし」
今は上手くいっていないかもしれないですが。
「では、エルサ様、まず、この状況を教えていただけないですか?」
「エルサでいいです。ここは、まっすぐ行くとスラム街に通じる一本道。この子達はそこで暮らしていて、上等な服装をしていたあなたの持ち物をとってしまった。それであなたが持ち物を取り返そうとここまで追っかけてきて身ぐるみをはがされそうになって、見かねた私が助けに――」
「いやいや、そこはわかります。なぜ、子どもたちがここにいて、あなたがここにいるんですか?」
エルサは口元に手を当てた。
「えっと、あなたに用事があったから?」
「ちょっと待ってください。用事があったから?」
「うん」
やばい。話が全然わからない。
「だから、エル姉はお前に用事があって今日ここに来たんだよ。そしたら、ちょうどお前がオレらにぼこぼこにされそうなところに出くわしたから止めに入ったってことだよ」
少年は短刀を懐にしまうと、頭をポリポリとかきながらめんどくさそうに説明した。それを見た他の子どもたちも自分の武器を収める。とりあえず、誤解は解けたみたいだ。
「なるほど。まだよくわからない部分はあるが、ひとまず盗ったものを返してもらえるか?」
「嫌だね、これは俺たちが取り返したものなんだ。お前たちが奪ったものを取り返しただけだから――」
「こら、ハルトは関係ないでしょ!」
エルサが少年の目をまっすぐ見て怒ると、少年は舌打ちをしてとったものを放り投げた。
「ごめんなさい。この子達は戦争で親も住まいも全部失ったの。だから貴族や王族を目の敵にしていて」
エルサは少年の両肩に優しく手を置いた。
「あなたはもちろん知らないだろうけど、戦争の爪痕はまだ至るところに残っているの。私は少しでも力になりたいと思ってそれを一つずつ回って歩いている」
「その生活を何年も?」
「ええ」
なぜ宮殿での生活を捨てたのか、収入源はどうしているのか、疑問は尽きなかったが聞こうとは思えなかった。カロリナの執事という立場上、宮殿に仕える身としてこれ以上の追及は控えなればならない。
それに。
冷たい風が吹き抜けていく。雨風をしのげる十分な建物はここにはない。厳しいと聞く冬をこの子達はどうやって乗り越えてきたのだろうか。誰もが安心して眠れる居場所はこの世界では確保されていないのだ。
「エルサ、様。それで私への用件とはなんでしょうか?」
エルサはローブにつけられたポケットから何かを取り出すと、僕に近づきそれを渡した。間近で見ればますますカロリナにしか見えない。常に柔らかな笑顔が浮かんでいるのが違いと言えば違いだが。
「これは手紙ですか?」
「ええ。それをカロリナに渡してほしいの。ちょっと重要な問題があってね。……あなたにも関わりがあると思うけど」
「わかりました。必ず渡します」
「お願いします」
その黒色の瞳はひどく真剣味を帯びていた。
「本当にご苦労じゃったな」
「いえ、とんでもないです」
執事室へ戻るとすぐにルイスは部屋をあとにし、僕と執事長だけが部屋に残った。執事長の座るテーブルの奥に面した窓からはすでに夕陽が漏れ出ていた。
「実は一つ報告していないことがあります。これを」
内ポケットからエルサから預かった手紙を渡す。
「これは……カロリナ様宛じゃな……この字はどこか見覚えがある」
「ええ。エルサ様にお会いしました」
執事長は勢いよく立ち上がった。
「エルサ様じゃと? ……確かにこの字はエルサ様の字じゃが」
「詳しいことは聞いていません。僕はその手紙をカロリナに渡すことだけを命じられたので」
「いや、わかった。このまま渡そう。ただ、何年も行方がつかめなかったエルサ様が自ら接触してくるとは、ただごとではないことは確かじゃ。場合によっては……いや、滅多なことは口にしない方がいいが、ハルト、気を引き締めておくことじゃ」
執事長がここまで慌てる様子を見るのは初めてだった。いったい何が起ころうとしているのか。不安を抱えたまま、僕は執事室をあとにした。




