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ユセフィナギルド長ソフィア・オーグレーン

 ゾーヤが3階へのドアを開けると、急に明るい光が飛び込んできた。明るさの正体は天井に吊るされた大きなシャンデリアが発する光で、薄闇に慣れていた目にはひどく明るく映る。


「ここは貴族、王族の方々専用のフロアです。貴族と言ってもある程度信頼のおける方々専用ですけれども。左手には高級店舗が、右手には交流スペースが、そしてこの中央の部屋が受付兼ギルド長室になっております」


 ゾーヤが高級店舗と言うのもうなずける。外観に合うように各店を仕切る壁は全て染み一つない真っ白で、店員もドレスコードと洗練された印象を与える。ぽつぽつと来ている客人もきらびやかで上等な服を着ており、明らかに階層が上なのがうかがえた。


「ここも、窓が一つもないわね」


 ルイスが独り言のように呟くと、ゾーヤがパンッと手を叩いた。


「さすが鋭いですね! 襲撃があった場合に備えて侵入をなるべく防ぐようこのような作りになっております」


「襲撃……なんてされることあるんですか?」


 素朴な疑問だった。魔物もいない平和な街にそんな事件が起こるとも思えない。確かに治安が悪化してると言われているが、ギルドを狙う人間なんているんだろうか。1階にいた、いかにも旅人という感じのギルド員の姿が思い浮かぶ。


「やだな~備えですよ備え。まあ、戦争にでもなれば別ですけどね。ギルドって見方を変えれば武具の宝庫ですから、狙われる優先順位も高いのではないかと」


 ゾーヤは眼鏡を押し上げると、中央の部屋のドアをノックした。


「はい」、と中から冷たい響きが返ってきた。


「ゾーヤです。お客様をお連れいたしました」


「わかった。入ってもらえ。お前は受付に戻っていいぞ」


「畏まりました。それでは、どうぞ。ーーあっ、最後にハルト様にルイース様、身分を追われるようなことがあればぜひともギルドへどうぞ。お2人なら即戦力になりますので、お待ちしております」


「悪い冗談ね。待たなくていいわよ。そんなことは起こり得ないから」


 ルイスの冷笑に、ゾーヤはにこりと微笑むとドアを押し開いた。促されるままに中へ入ると、 金髪を後ろになでつけオールバックにした女性が机の前に冷然と立っていた。


 パタン、と後ろのドアが閉じると、ローズの香りがふわりと漂った。


「私がギルド長のソフィア・オーグレーンだ。君達は……ハルト執事にルイース嬢だな。あのニコライ執事長の使いで来たんだろ」


「あっ、そうです。ニコライ執事長からーー」


「収穫祭の買い出しだろ? そろそろと思って用意はしておいた。そこの長椅子に置いてあるから持ってってくれ」


 指差した方向を見ると、長椅子にどんとサンタクロースの袋のようなでかい袋にぎっしりと品物を詰め込んだ白い袋が3つ置いてあった。


「用件はそれだけか? それならその袋を持って帰ってくれ」


「ちょ、ちょっとーー」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 僕の声をかきけすほどの声量でルイスはオーグレーンギルド長へと詰め寄った。


「なんだ? お金のことか? それならのちほど請求書を送るから心配しないでいい」


「違うわよ! 会ってそうそう呼び捨てですぐに帰れだなんて、いくらなんでも横柄なんじゃないの?」


 ギルド長は机の上に腰掛けて脚と腕を組んだ。ゾーヤと同じくらいの細い体だ。


「さすが噂通り、なかなかプライドが高いな、ルイース嬢。そんなに貴族らしさが重要か?」


 冷たいグレーの瞳がルイスを見据える。横に引いた口元はこの状況を楽しんでいるようにも見える。


「貴族らしさとかうんぬんではなく、初対面の人をぞんざいに扱うのがあなたの仕事なのかしら?」


 対するルイスも負けてはいない。負けん気の強さは一流だからな。


「悪いがこれがここの流儀なんでね。優しいニコライ執事長、いや、あのクソジジイはここのことを教えてくれなかったのか?」


「クソ……なんですって! 言うに事欠いてクソ……と、とても私の口からは話せない言葉を! もういいわ! ハルト! 私達でお店をまわりましょう! こんなやつが用意したものなんて何が入ってるかわかったもんじゃないわ!!」


 踵を返して帰ろうとするルイスを僕は手で制すると、ちらりと窺うように僕を見るソフィアに頭を下げた。


「ハルト! なにやってーー」


「失礼しました。ソフィア・オーグレーン様。いえ、ユセフィナギルドの流儀に習うならばソフィアと呼んだ方がいいか?」


 ソフィアはふっと笑みをこぼすと立ち上がり、僕の前に歩み寄ると手を差し出した。


「いや、こちらこそ失礼した。ハルト様」


 出された手を思い切り強く握る。


「むっ、痛いぞハルト」


「失礼なやつには思い切り強い握手をするのが僕の礼儀なんだ」


「そうか」


 ソフィアは離した手を軽く上下に振ると、また机の上に座った。


「いや、すまなかった。君らが信頼できる人物かどうか試したくてね。ここでは、貴族だろうが一般人だろうがみな平等に同じ人間として扱うことにしている。ハルト、君は合格だ。が、ルイース嬢、君はダメだな」


「ふん、あんたに気に入ってほしくなんかないわ!」


 そっぽを向いたルイスに「やれやれ」と息を吐くソフィア。


「ルイース嬢。ここのドアをノックしたときのゾーヤの声は明るかった。あれは誰にでも同じようにバカ丁寧に接するが、君らのことを気に入ったということだ。本来、君はこちら側の人間じゃないのか?」


 どういうことだ? 横にいるルイスの顔をちらりと見ると、一瞬だが顔が強張っているのが見て取れた。


「何度も言うけど、こちら側とか、貴族とか、関係ない。私たちを試したようだけど、それ自体が人を馬鹿にしてるわよ。ソフィア、あなた、嫌な性格と言われない?」


 ソフィアはクスッと小さく笑った。


「よく言われる。なるほど、その歯に衣着せぬ物言いは気持ちがいいな。ルイース」


「ルイスでいいわ。それじゃあ、この袋持っていくわね」


 手早く荷物をまとめると、2つの袋は僕が、残った1つをルイスが抱きかかえるように持った。


「中身の確認はいいのか?」


「いいわ。何か問題があればあなたにクレームが行くだけ」


「そうだな。そのときはお手柔らかに頼む」


 ドアノブを回すと、「あっ」と思い出したようにソフィアが声を上げた。


「ハルト。お前のいるそっちの社会ってのは、きな臭い社会だ。何が起きてもおかしくない。一応、これだけは覚えておけ」


「ああ。さっきもゾーヤに同じようなことを言われたよ」


 僕はゆっくりと振り返ってその芯の強そうな瞳を見つめた。


「よいしょっと……」


 ルイスは袋をギルドの壁に立て掛けると、ここへ着いたときと同じように腕を伸ばした。


「それにしてもゾーヤといいソフィアといい、くせのある2人だったな。ギルドに所属している人ってみんなあんな個性的なのか?」


「そうね」


「ギルドにも勧誘されるし、でもまあ、万が一仕事にあぶれたらここへまた来てみるか」


「そうね」


「ルイス?」


 僕の話をまるで聞いていないのか、ルイスは右手をかざしてまぶしい日差しを見つめていた。空に何があるわけでもない。あるのは、ただ、太陽が浮かぶ青空のみ。


 突然、ルイスは振り返った。


「ねえ、ハルト……私ね。本当は貴族じゃないの」

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