マリーとのランチタイム
教室を抜け、階段を降り、そのまま鈍い光を放つプレートアーマーやロングソード、盾などが置かれた突き当たりの廊下を出ると、色とりどりの花に囲まれた中庭に出る。
最近、ニスが塗られたばかりの小鳥の模様が丁寧に彫られた木製のベンチに腰掛けると、少し間を空けてちょこんとマリーが座った。
すでに何組かの集団が来ており、純白のシルクのローブに、金や銀のブレスレットを身に着けた見るからに上流階級といった装いの一組がこちらに気づき、会釈した。マリーと僕も会釈をするが、何がおかしいのか口元に手を当ててクスクスと笑うと、視線を戻してまた話し始めた。
マリーは気づかれないように小さく息を吐くと、僕とマリーの間に置いたノートを開き、何事かを書き始めた。
カールステッド家は、カロリナに代表されるように代々優秀な魔法使いの家系だ。誰もが強力な魔法を使え、誰もが将来を約束された身。そんななかでカールステッド家なのに魔法が使えないとあれば、どれだけ他が秀でていても周囲から嘲笑の目で見られてしまう。さすがに直接面と向かって無礼を働くものはいないが、今のように陰でコソコソと言い合うものも多かった。
マリーももうそういう状況に慣れて久しいが、時折疲れてしまったときや話を聞いてほしいときには、こうやって比較的人の少ない中庭に来て会話をするのが僕とマリーの間でのなんとなくのルールだった。
〈授業の方はどう?〉
マリーの優しい字が綴られる。
〈座学はまあまあ、実技はダメダメってとこかな〉
マリーの可愛らしい小さな口元が緩む。
〈私も〉
〈マリーは座学は完璧でしょ。実技だって誰よりも真面目にやってるし。僕なんてまだ中級課程すら進めていないんだから〉
微かに首を横に振って否定の意を表したマリーは、ペンを握り直して乱暴に次の言葉を書いた。
〈一流のピアニストにならなれるかもね〉
すかさず僕はその下に言葉を書き殴った。
〈誰がそんなことを?〉
〈わからない。席を外しているうちに譜面に書かれていたから。でも、きっと〉
〈ルイース・バルバロッサ?〉
マリーからペンを半ば強引に奪って、心当たりの人物の名前を書いた。
マリーは俯きながらゆっくりと頷く。
僕は少し考えて〈相変わらず子どもみたいなやつだな〉と記した後に、何行か前の〈ピアニスト〉を黒く塗り潰して、〈魔法使い〉と大きく書いた。
〈じゃあ、ハルトは?〉
〈僕は一流の執事かな〉
それを見たマリーは陽だまりのような笑顔を見せてくれた。その表情を見て、いつか同時に笑い声も聞いてみたいとぼんやりと思う。だが、それよりもまずはーー。
〈マリーご飯にしよう〉
僕は赤い布を縫い合わせただけの簡素な袋から二人分のサンドイッチを取り出すと、ナプキンとともにマリーに1つ手渡した。
マリーはやはり小動物みたいに小さな口で少しずつパンを食していく。
「美味しい?」と聞くと、マリーは嬉しそうに頷いた。
涼しげな風が吹き、マリーの髪をそっと撫でていった。