マリーの過去
カロリナの話が一通り終わったのは、お互いに朝食を食べ終わったあとだった。残った冷めたコーヒーを飲み干す。
カロリナの話を要約すると、収穫祭とは、日本でいう縁日みたいなもので、無事実りを得たことを感謝し、日頃の労働を労う目的でみんなでワイワイ楽しむイベントらしい。宮殿と庭園を開放し、各種料理やお酒に舌鼓を打ち、遠方からの行商人の珍しい品物に驚き、趣向を凝らした催し物を楽しむ。
「お酒が無料で飲み放題というのは、そそられるな」
「あら、あなた意外と強いの? それなら、私と飲み比べしましょう」
「いや、遠慮させていただきます」
いくら祭りの場といえども、執事と王女が飲み比べをするなんて無防備すぎるし危険すぎる。前の世界でそれなりにお酒の失敗をしてきたから、どういうことが起きるのかは即座に想像できた。確かにカロリナは強そうだが……。
「面白くないわね」
と、言いながら体を後ろに向けてナプキンで口を拭うと、同時に扉が開いて執事長が現れた。
「お食事はお済みでしょうか?」
「ええ、とっても美味しかったわ。特にコーヒーが」
「それはシェフに伝えておきます。豆を選びに自ら街の方まで足を運んだようですから」
そう言って恭しく頭を下げると、食器を片付け始めた。慌てて僕も立ち上がるが、厳かな目でたしなめられる。
「ハルト、今は執事ではないわ」
「そうなんだけど、やっぱりまだ慣れなくて」
おずおずと座り直す。どうもこの執事でありながら客人でもある、という状況には不便を感じるときがる。執事長が動いているのに黙って座っていては失礼になるんじゃないかと。
元々ただの客人だった人間に王家の子女――つまり姫を預けるのだから、執事という役職を与えるのは、確かに適当だとは思うのだが。
「では、失礼します」
執事長が食器を載せた滑車とともに部屋から出ていくと、カロリナがおもむろに口を開いた。
「さて、それじゃあ、昨日のことについて話を聞かせてもらえるかしら」
声のトーンが変わった。祭りの様子を話しているときよりも低く、若干重苦しい雰囲気が漂う。僕の気持ちがそうさせるのかもしれないけど。
窓の外を見ると、水辺の上を数羽の小鳥が楽しげに飛び回っていた。
ーーさて、どこから話したものか。
「マリーの両親が亡くなった話をしたのが原因かもしれない」
カロリナのまぶたが一瞬けいれんしたように小刻みに揺れたのを僕は見逃さなかった。
「……そう、あのときのことを話したのね。なぜあなたがそれを知っているのかは知らないけれど」
「エドから聞いたんだ。マリーがしゃべれなくなった原因が過去にあると思って」
「エド……ああ、ハルトとよく一緒にいるエドガーくんね。ティンパニ奏者だったかしら?」
「そう。学園でも数少ないティンパニ奏者」
カロリナはため息を吐きながら、窓からの柔らかい光が当たる机の上に頬杖をついた。
「いえ、むしろマリーを任せた時点であなたには話しておくべきだったかもしれない。あなたには先入観を持ってマリーを見てほしくなかったから最低限の情報しか伝えないようにしてたんだけど……あの事件、いやあの戦争のことは誰もが知っていることだから、どこかであなたの耳に入るはずよね」
また重々しい息が漏れ出る。額に手を当てると軽く頭を横に振って、カロリナは僕の目をまっすぐに見つめた。
「それで、その話をしたら、マリーが暴走したと」
いや、違う。その事件の奥深くに潜んでいた事実をマリーが告白したことによって暴走が起こった、のだが。
「そう。そのとき話すかどうかは迷ったんだけど、ごめん、うかつだった」
まだ、その事実は伏せておこう。真相がわからない以上、下手に話すと大問題になりかねない。
「いえ、それはいいのよ。今回じゃなかったとしてもどこかでそのことは出てくるかもしれなかったから。たとえば、マリーの口から話される可能性もあったし、ね。でも――」
カロリナは首を傾げてテーブルの隅に目をやると、考え込むように腕を組んだ。
「でも、マリーはまだ5年前の出来事に囚われているということになるわね。しかも、暴走してしまうほどに。誰もが知ってる出来事なのに……あなたから言われたのがショックだったのかしら」
「それもあるのかもしれないけど、もしかしたらマリーは自分のせいで両親が亡くなったと思っているんじゃないか? ほら、自分を守るために亡くなったとか」
僕はカロリナの顔を見据えた。男が嘘をつくのが苦手なのは、目線が泳いでしまうから、という昔どこかで聞いた言葉を思い出しながら。
「マリーの性格ならありえなくもないけど。でも、あれはハッキリとわかる敵の襲撃のせいよ」
僕は身を乗り出して、話の続きを促した。




