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決着のシンバル

「うるさいわね! これならどう!?」


 滑らかなレガートと弾けるスタッカートを交互に繰り返し出現したそれは、横一面の火炎の壁を出現させた。周囲をなめるように進む炎は、確実に触れるものを燃やし焦がし進んでいく。だが。


 マリーの柔らかな演奏を頭に浮かべる。青色のリベラメンテが輝きを増すのを確認してから、水色に色を変えた短剣で僕の周りに円を描いた。水の膜が僕の体を覆い、襲いかかる壁から身を守ってくれた。


 燃え盛る火の壁を抜けると、カロリナの演奏を始動させながら全速力で走り、ルイスの後ろへと回る。途中の単発の火球の攻撃は全て切り捨てて。


「後ろ!?」


 あまりに至近距離にいると、攻撃魔法の発動が難しくなる。奏者自身も巻き添えをくらう可能性があるからだ。その意味では、剣の方が有利。


 頭の中でカロリナの演奏がフィナーレを迎えると同時にルイスへ斬り込む。焔の刃がほとばしった。


 ルイスは、僕の狙いを察知したのか、攻撃が当たる直前にヴァイオリンを胸に抱いてしゃがみ込んだ。狙いを外した刃がルイスの頬をかすめた。怯むことなく僕をつかもうと腕を振り回すが、その腕を避けて僕は再び靄の中へ身を隠した。


「ああ! イラっとくる! こんな靄なんてね、吹き飛ばしてあげるわ!!」


 演奏がガラリと変わった。今さっきの荒々しい演奏とはまったく違う爽快で軽やかな音質。


「これは、風?」


 気づいたときには、一陣の風がフィールド上を駆け巡り、白い靄が吹き飛ばされてしまった。不適な笑みを浮かべるルイスと目が合う。


「やっと、見つけたわ! 覚悟して!!」


 ヴァイオリンの豊かな音色に合わせて風が躍る。それは次第に回転を早め、ミニ竜巻と呼べるような風の集合体を4つ角に創り出した。


 妙だな。これだけ風のエレメントを使えるなんて……。火よりもむしろ生き生きとした演奏になっているような。いや、考えている場合じゃない。


 4つのミニ竜巻が一斉に僕目掛けて疾走してくる。一つでも当たれば体に裂傷ができそうだが、それよりも風に飛ばされて場外になってしまう恐れがある。


 どうする?


 頭を巡らす間にも、当然竜巻は眼前に迫ってきていた。打つ手がーーいや、焦るな、冷静でいろ、常に音楽を感じるんだ。


 エドのティンパニが頭をよぎった。そうだ、エドなら土壁でもつくって対処するだろう。だが、今僕が使えるのは火と水しかない。


「いや、待てよ」


 土ならここにある。これを使えばーー。


 閃いたあとの行動は自分でも驚くくらい早かった。火と水の演奏、つまりカロリナとマリーの演奏を同時に頭の中で描く。意識を集中させるためにまぶたを閉じ、カロリナの方をより強調し、カロリナが主のピアノ二重奏を実際に脳髄を刺激しているかごとく克明に奏でた。そして、そのまま朱色と群青色が入り混じり、大剣へと姿を変えたヴェルヴを石床へと垂直に突き刺す。


「なにやってんの? 最後の悪あがき?」


 ルイスは弓を弦から離し、演奏をやめた。勝利を確信したのだろう。しかし、変化はその直後に起こった。


 ピキっと地面にヒビが入った。それを認識するより早く、地鳴りが辺りに響き、地面が割れた。


 観客席から次々と驚きの声が上がる。それもそうだろう。割れた地面の中から煮えたぎるマグマが空高く噴き出したのだから。


 驚きすぎて声も出ない様子のルイスの顔をマグマが押し出した岩盤が隠す。迫るミニ竜巻は岩石とマグマの堅固な守りに成す術もなくぶつかり、その姿を消した。


 あとはルイスをなんとかするだけ。地面から抜き取った大剣で水のバリアを張って、まだ勢いの残るマグマを突っ切り、ルイスへと突進していく。ルイスは再び演奏を試みるが、もう遅い。


 真っ青の刀身を槍のように真っ直ぐ突くと、現れた水流がルイスの体を押し流し、ルイスはフィールド外へと転落した。


 勝利のシンバルの音ともに、歓声が沸き上がった。


 会場が拍手に包まれるなか、僕はヴェルヴからリベラメンテを抜き出すと刀身が消えた木製の柄をポケットに入れて、落ちたルイスの元へ歩いていった。


 どんなに悔しい顔をしているのかと、半分意地悪な気持ちでフィールドの上からその顔を覗き込んだが、予想に反して、ルイスは涙を流して泣いていた。


 最初は濡れた顔が泣いたように見せたのかとも思ったが、両目を隠すように覆った右腕からハラハラと零れる水滴は涙に違いなかった。


「……なんで……また、勝てなかった……ごめん、父ちゃん」


 僕が近くにいることにまだ気づいていないのだろう。消え入りそうな小さい声だが確かにそんな泣き言が聞こえた。


 「また」とはどういう意味なのか。「父ちゃん」ってルイスが絶対に使わない言葉だろうなどと疑問が浮かぶが、今は聞こえなかったことにしよう。


「ルイース・カール・バルバロッサ」


 そう低い声で名前を呼ぶと、焦ったように涙を拭いて、髪や服を整えながらルイスは起き上がった。


「な、なによ」


「いや……」


 何か用があったわけではない。強いて言うなら一言嫌味という名の勝利宣言でもしようかと思ったが、涙と独り言を聞いたら気まずくてつい声をかけてしまっただけだった。


「その、まあ、お互いにお疲れ」


 ポカンとしたような顔でこちらを見るルイス。大口を開けていたのが恥ずかしくなったのか慌てて手で顔を隠した。


「なによ、言いたいことはそれだけ?」


「ああ、それだけ」


「だったら、もう行きなさいよ! マリー様に勝利の報告でもしてたらいいじゃない!!」


 早口で捲し立てるとルイスはそっぽを向いた。まあ、そういう反応になるよな。


 一つ息を吐くと、妙な罪悪感を抱えたまま僕は踵を返しフィールドを出ようとした。


「お、お疲れ様」


 後ろから声がかかる。驚いて振り向くと、ルイスが変わらないポーズでちらちらと目線だけを僕に向けていた。


「なによ、挨拶されたから挨拶を返しただけよ! 早く行って!!」


 その言葉に半ば追い出されるように、今度こそ僕はフィールドを降りた。ざわざわとした観客席の中に満足気な顔をしたエドを見つけ、手を上げる。勝ち上がれ、という意味も込めて。



ーー


 試験会場をあとにすると、突風が吹き、髪を揺らした。汗が冷えたのかもしれないが、少し寒気もする。きっと夏ももう終わり、まだ体験したことのない新しい季節に突入するに違いない。こっちはたぶん寒そうだ。


 2戦2勝、そして棄権。これが今回の僕の選抜試験の結果になるだろう。ついこの間まで魔法が使えなかったことを考えると、上出来だと思う。


 勝利のあとの歓声と拍手が思い出される。少しでも魔法学院の生徒として、カロリナの執事として認められることはできたのだろうか。


「……まあ、当分、ここに置いといてもらえそうだ。あとは」


 マリーの声を取り戻しなさいーー。カロリナはああ言っていた。マリーもがむしゃらに頑張っている。だけど、声を取り戻すことは、本当にマリーにとっていいことなのか、という疑問は頭の片隅でずっと引っかかったままだった。


 それに。


 強い風が再び髪をもてあそんでいく。


「私が、殺したの」


 あの言葉の真意も確かめなければいけない。


 茶色の革張りの鞄を背負い直すと、僕は疲れてダルくなった足を前に進めた。

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