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助けてと、求める声

 マリーの身体から大量の水が放出され、まるで大雨のように天井から落とされる。床はもう冷たい水が足元まできていて、身体はずぶ濡れになっていた。


「な、なにこれ!?」


 ドアを開けたカロリナも現象に驚き、左右を見渡す。異様なマリーの姿を目に止めると、事態を把握して魔法を詠唱しながらこちらに走り寄ってきた。


 火炎の渦がマリーを覆う半透明の水壁にぶつかるが、水流に呑み込まれるように即座に消えていった。


「これじゃ、ダメね」


 カロリナは、赤いドレスが汚れるのも構わず壇上に設置されたピアノに走って向かった。


「カロリナ! マリーに一体何が起こってるんだ!?」


「たぶん、暴走よ!! この間のあなたと同じように、いえ、それ以上の魔力が制御できずに溢れている!」


 話している間にも水は増え、腰の高さまで上ってきた。マリーの身体を覆っていた水壁はさらに肥大し、球状となりマリーを中心に高速で回転しだした。マリーは、なおも苦しそうに頭を抱えたまま手足をばたつかせる。


 高速で発射された水がダイヤモンドを割る映像を見たことがある。あの回転がもし、周りに向いたら、もしマリーに当たったら、大変なことになる。


「カロリナ、まだか!?」


「もう少し!! なんとか時間稼いで!!」


 言われて、ヴェルヴを取り出してリベラメンテを装着した。カロリナの魔法でもダメだったんだから、全てのエレメントを放出するしかない。


 焦る気持ちを抑えながら、音楽に集中する。刀身が一気に燃え上がったが、マリーの魔法の前には吹けば消えるような蝋燭の火のようなものだった。


 カロリナの演奏だけじゃ足りない。不本意ながら、もう一人の演奏を頭の中に浮かべた。情熱的でありながらしっかりと一音一音凝縮されたーールイスの演奏。ヴァイオリンとピアノの二重奏が頭の中で展開する。互いに譲ることのない技巧を尽くした音の連なりが、まるで火花を散らし合うように競い合う。


 目を開くと煮えたぎる巨大な双頭の竜が現れた。互いを喰おうとするそれをマリーの水球に向けて放つ。2つの頭は回転しながら、目標に向かい、下から上に流れる分厚い水の壁を抉った。


 突き抜けた空洞の先にいるマリーの口が動く。


「ハルト、助けて」


 ーー確かにそう聞こえた。豪水に掻き消えそうなか細い声だが、間違いなくマリーはそう言った。


 単純に思ったのは綺麗だと言うこと。次に浮かんだのは、鈴の音に似た濁りのない澄んだ音。そうだ、じめじめしたあの真夏の暑さを体感温度マイナス5℃くらいは下げてくれそうな風鈴のような音。


 心地のいいその音をずっと側で聴いていたい、と僕は思った。


「!!」


 勢いを取り戻した水球がまた穴を閉ざそうとする。マリーに向かって手を思いきり伸ばすが、届くよりも先に強固な水牢がマリーを閉じ込めた。侵入者を拒むように、物々しい音を立てて。


 それでも、諦めるわけにはいかない。マリーは助けてと僕を呼んだ。過去に何があったのか、真実がなんなのかわからないけど、封じられた声が、閉ざされた心が、僕を呼んだんだ。


「カロリナ!」


「わかってるわ! その水の塊を消すからその隙にマリーをつかまえなさい!!」


 大声を上げる、カロリナは鍵盤を叩いた。今までに聞いたことのない荒々しい攻撃的なタッチ。聴き手の心を揺さぶり、混乱に陥れるような迅速な音の運び。


 カロリナの頭上に小さな太陽のようなオレンジ色の球体が生まれた。それはみるみるうちに膨張し、溢れる水を押し退け自分の面積を広げていく。


 激しい音の羅列によって、室内に収まるギリギリまで巨大化した光の塊は、最後の強いスタッカートーースタッカティッシモでパチンと弾け、細い無数の光線に飛散し、全方位から水球を攻撃する。


 一瞬で大量の攻撃を浴び、水球のあちこちに穴が開いた。その穴がまるで溶けるように広がり、瞬く間に壁が消滅していく。


「マリー!!」


 僕の呼びかけに微かに目を開いて応えたマリーを両腕で受け止めるも、バランスを崩しそのまま木板へ背中を打ち付けた。


 腰をさすりながら起き上がると、膝の上にはかわいい寝息を立てて眠った様子のマリーの寝顔があった。


 大量の水はその姿を消し、床に残った水滴もすぐに元の乾いた状態へ戻っていく。


「……終わったのか?」


「一応ね」


 横にしゃがみ込んだカロリナはそっとマリーの濡れた髪の毛を耳にかける。


「こんなことを起こしたのに、ずいぶん幸せそうな顔ね」


 くすっと笑うと、カロリナはマリーの額にデコピンをした。いや、地味に痛そうだよ、それ。


 何事もなかったかのように差し込む外の光がやけに眩しかった。

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