魔法の条件
「みなさんご存じの通り、魔法は4つのエレメントに大別されます。炎、水、風、土の4つですね。それぞれ得意なエレメントがありますが、それ以外のエレメントも扱えるようになるのが一流です。ですからーー」
座学中もずっとどうしてこうなったのかを考えていた。隣に座るマリーは熱心に分厚いノートに羽ペンで黒板の字を書き写す。
きっかけは何だったか……。もう忘れてしまったが、とにかく気づいたらこの世界に来ていたんだよな。庭園で目が覚め、マリーに見つけられ、慌ててマリーが連れてきたカロリナに保護された。
言葉が全くわからなかったから、丁重に保護されたのは助かった。3食食事は出るし、城の一室を提供してくれるし、言語も指導してくれた。
問題は、よくわからないままカロリナ専属執事兼スコラノラ魔術学院生徒に任命いや、命令されたことだ。
あれはもう脅しだよな。
だいたい日常生活に支障がないくらい言葉がわかるようになった一ヵ月後くらいに、突然カロリナが「あなたをこれ以上保護することはできない。ここにいたければ、私の執事になって魔術学校に通い、そしてマリーの声を取り戻しなさい」なんて……。
マリーの顔をちらりと見る。視線に気づいたのか不思議そうに僕を見るマリーは、小動物のように実に可愛らしい外見をしていた。一本一本手入れが行き届いた艶のあるブロンドヘアに涼しげな波の音が聞こえてきそうな透き通ったブルーの瞳は大きく瞬き、幼さの残るベビーフェイスが愛らしさを強調する。
怪訝そうに眉をひそめたマリーは二人の間に置いたノートにアルファベットに似た文字を素早く書き連ねた。
〈なに?〉
僕もペンを持ってその下に〈なんでもない。ただ、ここに来たときのことを思い出して〉と書いた。
あてもない僕はもちろん命令に従わざるをえなかった。そんなわけで魔術学院に入学し、今に至るわけだが、周りの生徒の風当たりは強かった。
そのときは自分がどういう立ち位置にいるのか全くわからなかったが、なにせ、カールステッド家とはこの国の王家の家系なわけで、カロリナは正統な王女。そして魔術学院はこの国に一つしかなく、貴族階級か、そうでなければ相当魔法の才能に秀でた者しか入学することができない。
そんなところに魔法の才もなく出自も不明なものがいきなり入学し、しかもみんなの憧れアイドル的なカロリナの執事になったもんだから妬まれるのは当然と言える。僕も逆の立場だったらそう思うだろう。
〈やっぱり、大変だよね〉
マリーは少し迷ってから、そう書いた。僕を見る瞳がほんの少し揺れたように見える。
〈マリーといるのは楽しいよ。カロリナといるのは疲れるけど〉
そう心持ち丁寧に文字を連ねると、微笑んでみせた。
マリーも微笑んで〈ありがとう〉と書き、続けてその下に〈カロリナ姉さんには内緒にしとく〉と綴った。
マリーもカロリナと同じくカールステッド家の一人だが、あるときから喋ることが全くできなくなってしまったらしい。知能の問題でも発達の問題でもない、言ってみれば心の問題によって喋ることができないらしい。言語を使った意思疎通ができないためにコミュニケーションが著しく限定されるという問題もあるが、なぜか魔法が全く使えなくなってしまい、マリーの場合むしろその方が問題になっている。
楽器を使った魔法は、一般的なよくある魔法と違い詠唱を必要としないのでたとえ言葉を発しなくても使えるはずなのだが、マリーはどの楽器を用いても魔法を使うことができなかった。
その理由をカロリナは「声を発せないために自分と外との間に心の壁が生まれ、その壁があるために魔法を出現させるために必要な豊かなイメージ生成が阻害されているのでは」と説明した。
「いいですか! 魔法はとにかくイメージが重要なんです! ある現象、たとえばカロリーナ様のように火のドラゴンを創り出そうと思ったら、正確なドラゴンのイメージ、火のエレメントの配分が必要不可欠なんです。なおかつ、それを一定維持し、音の強弱、リズムで調整しないといけないんです。これは並大抵の努力ではできません!」
と、先生が言ったように、魔法の出現には具体的なイメージが必要。そのイメージができないから、マリーは魔法が使えなくなってしまったのではないか、ということだ。
〈ねえ、今日中庭でランチ食べない?〉
嬉しい申し出だった。僕は〈もちろん〉と書いて、いい加減講義に集中することにした。