エドのティンパニ
「試験は生徒同士の一対一の戦闘で行います! 勝ち上がった上位メンバーが演習参加できます!」
カロリナが説明している間にマリーの姿を探す。予想通り、人波から離れたオークの木の下でポツンと一人で佇んでいるマリーを見つけた。会話用ノートを広げてそこに書かれた文字を追っている。
「マリー」
声をかけたが、まるで聞こえていないのか熱心にページをめくるマリー。もっと近付こうと足を進めたそのときに、パァンと複数のシンバルの音が弾けた。
現出した岩や土が、カロリナを中心にぐるぐると回り円形のリングが広がっていく。数分も経たないうちに、全生徒を含む巨大な闘技場が完成した。元々そこにあったんじゃないかと錯覚すら覚えてしまう。
「戦闘はこのフィールド内で行ってください。フィールドを出た場合も負けとみなします。他の生徒は、どうぞ席に座って戦いを見守っていてください」
席と言われて振り返ると、石造りの簡素なでこぼこが作られていた。表面はヤスリをかけたように滑らかで座り心地も良さそうだった。みんな当たり前のように座り始めているが、驚いたりしないんだろうか。
「君はこういうの見るの初めてだったか?」
よっ、と掛け声を出して僕の横に座ったのはオーケ先生だった。お尻が窮屈そうに石の箱に収まる。
僕も石に腰掛けた。見た目通り滑らかな感触でずっと座っていても疲れなさそうだった。下手したら宮殿の椅子より座り心地がいいかもしれない。
「初めてですね。これが普通なんですか?」
オーケ先生はモジャモジャの顎髭を撫でながら唸る。
「合奏の力だな。我々の使う楽器を用いた上級魔法は、単体でも大きな力を発揮するが、私は真の魅力は魔法使い、いやこの場合は演奏者と言った方がわかりいいか。演奏者同士が合奏することによって想像をも超える現象を引き起こすことができるところにあると思う。中にはそう思わない人もいるようだけどね」
「はあ」
意図が読めない。いや、オーケ先生は僕の質問に答えただけなんだけど、何か別のことを伝えようとしている気がする。
僕の目をちらりと見て、オーケ先生は再び口を開いた。
「君には苦労をかけるかもしれないが、マリー様のことをよろしくお願いするよ」
唐突な言葉。もう一度意味を聞こうとしたが、シンバルの音に遮られる。
「それでは、初戦です! エドガー・フォルシウス! アニタ・バニトリス・ゲッダ!」
女性の講師に名前を呼ばれたエドがフィールドに姿を現し、僕を含め拍手がパラパラとまばらに起こった。対するアニターールイスの取り巻きその1がフィールドに上がると、割れんばかりの拍手が沸き起こる。エドからしたら完全にアウェイだ。
だが、そんな状況にも関わらず、いや、そんな状況だからかもしれないが、エドは口元を横に引いた。
「なに余裕ぶってんのよ! 女のことばかり考えてるようなあなたが私に勝てると思っているの?」
丁寧な物言いにしようとしつつも、ところどころでがさつさが出てしまうしゃべり方。このなんとも残念な感じがアニタの方か、覚えておこう。
「なに? 俺から声を掛けられないから嫉妬してんのかい?」
「何言ってんの!? あなたなんかに声を掛けられなくてもいろんな男が私にーー」
「これは失礼。てっきりボーイフレンドは一人もいないのかと」
「な、な、な、なんですって!!」
エドもガールフレンドと呼ばれる存在はいたことがないような気がするが、とにかく冷静なエドに比べると、アニタは感情を顕にしていて戦闘ではエドが有利だろうと確信する。なにせエドの楽器は変幻自在なティンパニだ。
エドとアニタに講師陣が楽器を運ぶ。エドの前には4つの太鼓を並べたティンパニが、アニタは光沢のある赤茶色のヴァイオリン属のヴィオラを手にする。
「それでは、シンバルが鳴ったら戦闘開始です」
エドはゆっくりと首を回すと、ティンパニを叩く2本のマレットを軽く握った。アニタも肩にヴィオラを乗せ、弓を置く。
シンバルの音が弾かれた。すぐにアニタは演奏を始め、エドの周囲全てを埋め尽くすように風の刃が出現した。
「ただ、立ち尽くしているだけ? じゃあ、すぐに終わらせてあげますわ!」
アニタが弓を引くと風の刃が一斉にエドに襲いかかる。実力に伴わない自信がある人ほど、先手必勝とばかりに何のためらいもなく初手で大技を使いたがるものーーカロリナの言葉だ。
エドが目に止まらない速さでティンパニを滑らせるように打ち付けた。お腹に響く重低音がエドを囲む土の壁をつくり、刃の侵入を拒否する。
「え?」
続いて滑らかな、それでいて力強い音を紡ぎ合わせると、驚愕のあまり対応を怠ったアニタに向かって土壁が一直線に伸びていく。
「え、うそ、ちょ!」
そのままアニタは壁に押しやられ場外へ。シンバルが鳴り響き、エドの勝利を確定させた。