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彼女と異世界の過去

「おう、よく来たな! いや~お前が気絶してくれたおかげでカロリーナ様に会えたよ、サンキュ!」


 予想通り軽薄なあいさつをしながら木製の戸を開けたエドに僕は大きくため息を吐いた。


「お前、こっちは大変だったんだぞ? 明日からカロリナに特訓受けることになったし」


「なんだと! カロリーナ様ーーいや、俺もカロリナ……様と呼ぼう! 一度会ってるからカロリナ様で大丈夫だ! じゃねぇ! お前、カロリナ様と特訓受けることになったとか言ったか?」


「言った」


「羨ましすぎる! なのになんで嫌そうなんだ! 俺なんてお前、望んでも夢想してもそんなこと実現しねぇんだぞ!……まあ、とりあえず中に入れよ」


 やけにテンションが高いと思ったが、エドの部屋に入った瞬間にその理由がわかった。楽譜や本、服が散乱しているところはいつもと変わらずだが、なんと酒樽が転がっている。小さなブラウンのテーブルには飲みかけのコップも置いてあった。


「エド、お前、寮は酒禁止じゃなかったか?」


「いいんだよっ! たまには飲まないとやってられねーだろ! 俺はコーヒーで満足できるほどお上品じゃねーの」


 エドは実力でこの学院に入学してきた数少ない平民出身者だ。国全土から才能ある者を集めるため、学院には寮も完備されていた。宮殿に負けず劣らずの爛漫豪華な寮なのだが、エドは「落ち着かない」という理由で、わざわざ古びた木の扉に代えたり、質素なベッドを持ってきたりと一人だけ異質な部屋で暮らしていた。


 きっとそこが意気投合したのだろう。エドとは出会ってすぐに仲良くなり、カロリナやマリーとはまた違う、言ってしまえばバカ話みたいな話もできる間柄になっていた。


 とは言っても酒樽ってまずいだろ。


「なに、そっちの世界ではあんまりお酒とか飲まねーのか?」


「飲むよ。いろんな種類あるよね、日本酒、ウイスキー、ワイン、カクテル、ビール、その他諸々」


 散らばった諸々を整理し、座る場所を確保しながら言った。


「いいなおい! そっちの世界行ってみたいわ~なんだっけ、そうそう食べに行けるアイドル!」


「ちがっ! 会いに行けるアイドルだろ?」


「そう、それそれ! こっちだとそうそうカロリナ様に会いに行くなんてできないからな」


 こんな感じでどうでもいい話を繰り広げているわけだが、今日はそんな話をしにきたわけではない。


「なあ、エド、朝言ったように、このカールステッド家について聞きたいんだが」


 エドはどかっと床に座ると、飲みかけの酒を喉奥に流し込んだ。ビールのような酒だ。


「お前も飲む?」


 黙って首を振った。久しぶりのアルコールに酔いしれたい気持ちもあったが、明日からの特訓に備えて少しでも悪影響になりそうなものは排除しとかないといけない。


「そうか、いや、カールステッド家の話だったな。言っとくけど楽しい話じゃないぞ?」


「ああ、問題ない」


 エドは酒樽に開けた穴からコップに酒を注ぎ入れると、なめるようにゆっくりと味わい、それから口を開いた。


「現王家のカールステッド家は、5年前にクーデターを起こし、旧国王軍との内戦の末政権を握ったんだ。貴族連中はあれを聖戦だったと言うが、俺らからしたらただの内紛だった」


 こういうときに冷静に聞いていられる自分は、きっと冷たい人間なんだろうなと思う。内戦なんて、言葉でしか聞いたことのないものに感情が沸くものでもないだろうが、エドの苦々しい表情がどうしても共感できなかった。


 エドの話によると、カールステッド家はもともと国の要職に多くの人間を輩出していた名門貴族の一つに過ぎなかったらしい。ただ、屈指の魔法使いの家系だったため、次第に軍の要職をカールステッドが占めるようになってきた。


 前国王は魔法の扱いに関しては寛容だったようで、誰もが武力用魔法を含む魔法を使用することができた。そのせいで魔法を使った事件や紛争が絶えなかったらしく、負担が重くなったカールステッド家がクーデターを起こした。ーー表向きは。


 なるほど、だから今は一般人の魔法の使用にかなり制限がかかっているのか。


「内戦では各貴族も旧王国側とカールステッド家側に分かれて争った。総力戦だな。シグルド様を中心にカロリナ様やあとはどこかへ行ってしまったがエルサ様も戦場に駆り出された。そのなかで多くの悲劇が生まれたんだが、マリー様の身にも火の粉が降りかかったんだ」


「マリーが?」


「ああ」


 エドはコップになみなみ注がれた酒を一息に飲み干した。


「死んだんだよ。マリー様の両親が。戦いに巻き込まれてな。もちろん噂でしか知らないが、ひどい死に方だったらしいぜ。木っ端微塵になって血塗れの部屋の中にマリー様が一人立ちすくんでいたんだとさ。両親の血を浴びて」


 さすがに息を呑む。戦争がなんたるかはわからないが、そのおぞましい光景は想像できる。マリーの気持ちも。


「それでマリー様はカロリナ様に預けられた。当時13歳だからな。まだ一人では何もできない子どもだよ」


「マリーは……マリーは、それからしゃべれなくなったのか?」


 声がかすれていたが構わず続けた。何か思考を巡らせていないと、心が乱れてしまいそうだった。


「それはわかんねーな。マリー様がしゃべれないのを知ったのは俺がここに入学してからだし、誰も取り立てて話題にすることはないし」


 そうだ。ここではマリーのことは公然の秘密のような扱いをされている。腫れ物に触るような関係ばかりで誰も問題を追求しようとはしてこなかった。マリーがそのとき何を思い、今までどう過ごし、今何を感じているのか、推し量ることもできやしない。


 マリーは口を閉ざしてしまったのだから。


「だけど、お前が来てからマリー様も変わったよな。お前がぶっ倒れたあと他の生徒たちが噂してたけど、あのルイスを睨みつけたんだって?」


 床の辺りを漂っていた視線をエドの顔に向けると、明らかに酒のせいで真っ赤になった顔がニヤニヤ笑っていた。


「今までなら、んなことは絶対なかったと思うぜ」


「エドに誉められると気持ち悪いな」


「だろ? 男に誉められても嬉しくねぇーんだ」


 そう言うと、エドは話し終えたとばかりに酒に向き合い始めた。こんなんでも成績優秀だから驚きだよな。いや、実力があるから余裕でいられるのか。今頃どの生徒も必死に選抜試験に向けた訓練をしてるだろうに。


 深い溜め息が口から漏れる。僕も僕で頑張らなければいけない。マリーのことも大事だが、まずは明日からのカロリナの特訓に備えなければ。


「それじゃ、エド、失礼するよ」


 ヒラヒラと手を振ってエドは僕を追い出した。なるべく音を立てないようにそっとドアを閉めると、人気の少ない廊下を抜けて外へと出る。ひんやりとした夜風が頬をなでた。今夜は少し冷えるようだ。


 三日月を映した湖に沿って宮殿へと向かう。歩きながら考えてしまうのはやはりマリーのこと。


 マリーは確かに変わった。みんなが言うように表情も豊かになったし、ルイスとの一件もある。魔法が放出できた可能性もあるし。


「でも……」


 足が止まる。本当にこれでいいのだろうか?


 何かが喉の奥につかえたようにその違和感はしばらく拭えなかった。

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