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前へ進む不協和音

 王宮は今どうなっているのか、オーケ先生は、エドは、執事長は、カロリナは──そして、マリーは無事なのか。


 マリーは、もうこのことを知ったのだろうか? マリーへ宛てたダヴが届いていれば、きっと、真実に気づいてくれるはずだが。


 懐かしさまで覚える碧の双眸がふっと目の前に浮かび上がり、心音が跳ねた。マリーを悲しませるようなことだけは、絶対に嫌だった。


「ハルト……大丈夫?」


 別の青の瞳がまた思考の迷路に迷い込みそうになった僕を現実へと引き戻す。一緒に乗り込んだディサナスが心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。


「大丈夫、だよ。ディサナスの方こそ大丈夫?」


 体格のいい男性がトナカイにエサをあげていた。その背を軽く叩くと、トナカイは鼻を鳴らした。


 戦場でディサナスを救出してから、まともに話したのはこれが初めてだったかもしれない。ヘイターを自分の中に認めることで気を失うほどの労力を使ったはずだ。


「私は……大丈夫……」


 深海のような濃紺のその瞳はじっと僕を見つめていた。


「ハルトと出会って……ハルトと旅をして……忘れた過去を見つけて……辛い記憶……ばかりだけど……胸の辺りが少し軽くなった……」


 きっと僕の目は驚きのあまりに見開かれているだろう。ディサナスの瞳に、穏やかな灯がともったから。


「私が……起こしてしまったこと。それは……もう、取り返しがつかない……たとえヘイターがやったことだとしても……他の誰かがやったことだとしても……その罪を私は背負わないと……いけない。だけど、これで私は、やっと……誰かのために音を奏でられる」


 ディサナスは手袋を外すと、小刻みに震える手でフルートを握った。誰かが叫んでいるような気がして後ろを振り向くと、2つの人影がこちらに向かって駆けてきていた。


 「エルサ!」「エル姉!!」──子どもたちが歓喜の声を上げる。エルサとシグリッド王子はその勢いを保ったまま、僕らが乗っているソリへと乗り込んだ。


「エルサ、無事か?」


「うん、お待たせ~」


 やはり場に似つかわしくない間延びした声が返ってきた。


 トナカイが状況を察知して身体を揺する。


「これで全員揃ったか!?」


「はい! 出発してください!!」


「はいよ!!」


 男性が腕を挙げて他のソリへと合図を出すと、ソリはゆっくりと分厚い氷の上を滑り始めた。


 次第に速度は上がり、周りの景色が高速で移り変わっていく。吹雪でなければ、追われている身でなければ、とても幻想的な光景だと思う。広い海の上をトナカイの引くソリに乗って滑走するなんて、きっとそうそう経験できるものじゃない。


 だが、今はそんな思いに浸っていられる余裕はなかった。


 分厚い氷に固められているとはいえ、その下には真っ暗闇の海が広がっている。小さな穴や氷の塊も含めて、何か障害物がある度に、ディサナスのフルートで平坦な氷面に変えていく。


 その音は、変わらず不協和音だった。それでもそこには希望の音が注ぎ込まれていた。不協和音であるからこそ氷が形成され、不協和音であるからこそ、力になる──そんな実感を楽しんでいるような音だった。


「前方に巨大な氷山を発見!! 迂回するぞ!?」


 ディサナスは演奏をやめなかった。それどころか、フルートに大きく息を吹き込み、より一層音量を上げた。


「いえ、このまま突き進んでください!」


「正気か!?」


「大丈夫です。ディサナスなら、これくらいの壁、突破できます」


 そう、今のディサナスなら、前へ進める。


「わかった! 二人を信じるぞ!!」


 ディサナスの音色が揺れた。左手で管をしっかりとおさえると、右手を素早く動かし、速いリズムで音を刻む。氷というよりも炎を連想させるその激しい音の連なりは、吹き付ける吹雪をも巻き込んで無数の氷の礫を形成した。


「わあ、キレイ!」


 エルサが両手を合わせて目を輝かせる。夜闇に青白く光るそれらは空に瞬く星々のようで、確かに美しかった。


 息継ぎをすると、ディサナスは長く太く息を吹き込む。長い長いその一音が夜空に拡散しきったところで、氷のつぶては一斉にソリの前の氷の上へと降り注いだ。


 それらは瞬時に結び付き、新たな氷の塊を氷上に創り上げる。


「こいつは、すげぇ!」


 それは氷山へと続く緩やかな坂になった。ソリは速度を緩めることなく、その坂を上っていく。


 頂点に達したときに、僕は確かに見た。ディサナスの顔が綻ぶところを。


 これから先何が起こるのかは不明瞭だ。だが、一つ確信にできるとしたら、僕らの旅は間違っていなかった。──そのことだけは、確かなはずだ。

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