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リベラメンテと子どもたち


 そこは静まり返っていた。雪にすっぽりと埋まった針葉樹を中心に左右に赤い煉瓦造りの家々が並ぶ。神聖王国との国境で交易の町として発展したノーゲスト市は、カロリナ曰く、スルノア王国の中でも1、2を争う人口と活気を誇る街らしいが、今は人の気配を全く感じない、まさにゴーストタウンと呼ぶのに相応しい街並みが広がっていた。


「本当に、ここがノーゲスト市で間違いないのか?」


「はい、間違いありません。ノーゲスト市の中心部、中央広場です」


 さっそく短刀を手にしたゾーヤが降り積もった雪を踏み固めながら奥へと進んでいく。


「予想していたより建物への被害はないようですね。というよりも、全く被害はないように見えますが」


「戦場になる前に避難したのか、あるいは拉致されたのか」


 クラーラ王女の、つぶやきにも似た考察に首肯する。先の情報では、反乱軍が襲撃したと言っていた。すでに数百の死傷者が出ているというほどの。あれから、王国軍が加勢に入ったとは言っても、こんな無傷な状態ですまされるだろうか。


「ゾーヤ、敵の気配は感じるのか?」


「隊長も同じことを考えていると思いますが、反乱軍のものと思われる禍々しい気配は感じません。ただ──」


「ただ、なんだ?」


「何と言いますか、開けっ広げな、開放的な、そんな気配は感じます」


 開けっ広げな、開放的な?


「それはつまり──」


「インシ・ヴィンド!!」


 突如街中に現れた巨大な水流は、即座に反応したルイスの竜巻によって飛び散った。


「なんだ、敵襲か!?」


「おそらく。やはり、殺気などは全く感じないのですが」


 言いながらゾーヤが後ろへと跳ぶと、今度は火炎の壁が家と家の間に出現し、行く手を阻む。明らかに魔法現象だが、音楽も流れていなければ、詠唱も聞こえなかった。


「ルイスにクラーラ! 援護を頼む!!」


 ヴェルヴを握りしめて、火の壁に向かって走る。頭の中に一滴一滴マリーの音が落ちてゆく。雨だれのような音の流れは、次第に大きな川を織り成し、僕の眼前に巨大な水球を創り出した。それは高速回転しながら蠢く壁を突き抜け、穴を開ける。僕がその穴を潜り抜けると同時に、ヴァイオリンとトランペットの滑らかな二重奏が大量の水を飛散させ、火壁を溶かしていく。


 その先には、これらの現象を起こしたと思われるローブ姿の人間が立っていた。全員が短剣を手にし、短い柄には音も声も関係なく魔法が発動できるリベラメンテがはめられていた。


 嫌な予感がしていた。リベラメンテは、戦場においてめったに使われることはない。カロリナはそう言っていた。僕が『ヴェルヴ使い』などという異名で呼ばれる由縁もそこからくるものだ。それが今、目の前で使われたということは、フードを目深に被った人物は自ずと特定されてくる。


「ハルト!?」


 聞き覚えのある高めの声が、嫌な予感を的中させた。短剣をローブの中へしまいこみ駆け寄ってきたその小さな人物は、僕の前で灰色のフードを脱いだ。


「やっぱり、アレシュか」


 赤毛かかった短い茶髪の少年の頬が真っ赤なチークを塗ったかのように赤く染まっている。長時間外にいた証拠だ。


「だが、なぜここに?」


 ここは戦場のはずだった。建物が綺麗に残っているところなど違和感はあるが、間違いなく戦場のはずだった。それなのに場違いな子どもが、しかもその手にリベラメンテを持って、長時間外にいるなんてことは起こりうるはずがなかった。


「なんでって? 命令があったんだ。ここが王宮をおそった反乱軍におそわれているから、覚えた魔法で助けに行ってほしいって」


 ……なんだって?


「待ってください。その命令、どなたから聞いたのですか?」


 追い付いた王女が息を弾ませながら、慎重な言い回しで質問する。


「誰って、バルバロッサ大臣さ!!」


 アレシュは誇らしげに元気よく答えた。静寂に包まれた街にその名が反響していく。


「バルバロッサ大臣!? 今、そう言ったの?」


 急に肩を強くつかみながら詰問するルイスに驚き、アレシュはコクコクとうなずく。


「どういうことだ……」


 なぜ、バルバロッサ大臣はそんな命令を下した? どうしてこの街中にアレシュはいる?


 全く思考が追い付かないなか、アレシュは追い打ちをかけるような事実を発した。


「でも、反乱軍って言ってもよわっちいやつらだったよ。ハルトから教わったリベラメンテでみんなで攻撃したらさ、あっという間に逃げていって。ここだってオレたちが守ったんだぜ。なあ、みんな!」


 アレシュが後ろを振り向くと、家々の窓から数十人の子どもたちが姿を現した。みんなにこやかな笑顔を向けて、我先にと駆け降りてくる。


「隊長!! 気をつけて! 奥から殺気が、殺気が波のように押し寄せてきます!!」


 ゾーヤの言葉に思考をやめて顔を向けると、遠くの方から甲冑に身を包んだ兵士たちの姿が目に飛び込んできた。

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