待ってるよ
一人の少女が夜のキャンパスで彷徨い歩く。
なぜだろう。暗い廊下を歩いている少女は、ビビっているが、足を止めず、そのまま前へ進んでいく。
ここは少女が通っている中学だ。
多分、教室に忘れ物を取りに行くのではないか。
「こ、怖い…」
少女は思わず声を出してしまった。
教室に着いたみたいだ。少女は足が止まり、教室の室名札を確認する。
2-B、すなわち2年B組。
間違いなく確信し、少女は扉へ足を向け始めた。
教室に入った少女は、電気をつけようと思いながら、手を伸ばし、電気スイッチを入れた。
だが、電気がつけられなかった。
「仕方ない…」
スマートフォンを取り出し、懐中電灯アプリを開く。
少女は、懐中電灯の僅かな光で、自分の席へ向かっているが、一人の少年がそこに座れている。
「あのう、うちのクラスの人?」
少女は少年に問う。
少年は頭を上げ、無垢な目をしており、少女に意味不明な返事をした。
「君、こっちの者じゃなさそう」
「こっち、って、どういう意味なの?」
少女は、ゴックンと唾を飲み込んだ。
「同じクラスじゃ。私と同じ、忘れ物取りに来た?」
「やっぱりね。お前、よくこの教室を見回してみ」
少年の話に従い、少女はスマホで教室を照らし回す。
これで最小限で見えるようになったが、一瞬で違和感を感じた。
ぼろぼろの壁、古そうな机。
「ここは、私の教室じゃないみたい…」
「ここは何十年前の教室、つまり旧校舎の教室ってやつ」
少年の話を聞き、少女は信じられないといった顔をした。
「旧校舎?火事で燃え尽きたんじゃないの?」
「そう、そのおかげであの人たちは毎夜この教室で授業を受けなければならない。いつも、繰り返し、繰り返し」
…その時、外から騒ぎが聞こえてくる。
「お前は早く逃げたほうがいいよ。もうすぐ授業が始まるから」
少女は逃げようとしても、怖くて動けなくなった。
「みっともないな」
少年が立ち上がり、少女の手を繋いだ。
少女は感じた。それは完全に体温がなく、氷のように冷たいが、柔らかくて頼もしい手のひらだ。
「さて、逃げようか。どうやら授業をサボるしかないな。今夜」
少年は少女の手を引っ張り、少女を連れて教室から逃げ出した。
「どうして、私を助けるの?」
「だって俺はまだ意識あるから。あの人たちはもう、徹底的に地縛霊になっちゃった」
「ってことは…」
「そう、俺はもうあの世の者になった…。はははっ」
少年はまるで自分を嗤うようだった。
二人は廊下を走っている。
手を引っ張られている少女は、少年に付いて行く。
「良かった。どうやらお前は脱出できそうだ。逃げ遅れれば、俺と同じようになったな」
「どういうことなの?」
「俺はお前と同じ、数年前その教室に巻き込まれたけど、逃げられなかった…」
二人は校舎から逃げ出し、少年は、悲しそうな表情をしながら、話し続けた。
「そのままずっとその教室に囚われて、夜になってこそ、こっちの世に戻れる。しかもこの学校から出られなくて、毎夜授業を受けないと」
「そんな…」
少女は少年の前に足を向けた。
「私が助けてあげるよ。一緒に逃げよう」
「無理だ…俺はもうこの世には属してない。それより、お前早くここから逃げろ」
少年の目線に沿って、校門が目の前にあるのが見える。
「さらばだ」
少女の手を離し、少年は教室に帰ろうとする。
「俺、帰らなくちゃ」
「待って、いつか必ず助け出してあげるから!」
拭いても、拭いても、少女は涙が止まらない。
「待ってるよ」
そんな言葉を残し、少年は闇の中に消えていってしまった…