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菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
7/30

7.0 医学部は部活動ではなくて大学の学部です。

7.1


 土曜日。大型連休の初日。


 買い物を終え、大量の紙袋を持った僕と、そこに一体何が入るのだろうと思うほど小さなハンドバッグを持った菰宮副会長は、大きな川が横切る公園に寄り道をしていた。


川沿いには、桜の木が植えられている。彼女が「桜が見たい」と言い出し、帰りの電車を途中で降り、この公園にやってきた。


 傾きかけた日の光を、水面が小さく砕き、あちこちに弾いている。


「桜は、もう咲いていないか。

 きっと私の可愛さなんて、年を重ねれば消えてしまうわ。

 悩んでいる時間は、ないのかもしれない。」


 菰宮牡丹は、水面を眺めていた。


「でも、来年の春になったら、また咲きますよ。」


「そうね。来年、またここに来ましょう。」


と、彼女は水面が弾く、日の光に目を細めた。


 各駅停車の電車に乗り、二人で椅子に座る。


菰宮先輩の家の最寄り駅のホームに電車が差し掛かり、減速し始める。僕の家の最寄り駅は、もう少し先だ。


先輩は立ち上がり、網棚の上から、大量に購入した洋服が詰め込まれた紙袋を下ろす。


「小石井君、あなたと会うことも、これで最後かもしれないわ。」


 菰宮先輩とのデートは、これで最後なのか。


 電車が停止し、扉が開く。


「いいえ、そういうことではなくて。」


 扉に向かって歩きだした先輩は、ふふっ。と笑い、こちらを振り返る。


「そうだわ。今後、小石井君の前に現れた女の子全員に、こう伝えてちょうだい。」


『菰宮牡丹は、百倍可愛い。』


先輩は電車から降り、扉が閉まった。



◇◇◇◇◇◇


7.2


ゴールデンウィーク。五日目の午後。僕は近所の図書館に来ていた。


市立病院に併設された市立羽津図書館。病院に入院している人たちのために、休日でも開館している。インターネットが普及して半世紀がたとうとしている現在、紙媒体の書籍を、わざわざ読みに来るのは、デジタルデバイスの普及に乗り遅れた、頭の固い老人達だった。


彼らはいまだに、紙の会員証のバーコードを使って、本を借りている。


僕は、医学関係の本棚群に向かった。


脳科学、認知科学、ここ数日、それらの書籍を何冊か閲覧席に積み上げ、流し読みをしているが、欲しい情報は手に入っていない。


今日はどうしようかとその辺りをうろうろとしていると、静かなモーター音が僕の後ろから聞こえてきた。


「小石井君、こんにちは。」


振り返ると、そこには電動車椅子に乗った、九重さくらがいた。彼女は休日であるにも関わらず、高校指定の制服を来ていた。


「部活動は、決まりましたか?」


「やあ、九重さん。うん、医学部に入ろうと思って、入部テストの勉強をしに来たんだ。」


九重の膝の上には、三冊の本が乗せられていた。


立ち上がることのできない彼女は、棚の上段にある本を、どうやって取るのだろうか。


「係りの人に頼んで、取ってもらいますよ。それと、医学部は部活動ではなくて大学の学部です。」


御存じないのですか?と、心配した顔でこちらを見てくる。


「知っているよ。しかもその医学部に入るためには、医学の知識じゃなくて、数学や地理、歴史、物理、古典の知識が必要なことも。」


「そうでしたか。本をお探しでしたら、一緒に探しましょうか?」


「いや、いいんだ。特に読みたい本が決まっているわけではないから。」


そして、九重の膝の上の本に視線をやり、


「その本は借りるの?ここで読むの?」


と、僕は尋ねた。


「ここで読むつむりでしたが、せっかく小石井君と会えたので、後で読むことにしますね。それより、図書館では静かにしなければいけないので、外でお話ししませんか?」


僕は断る理由を見つけられず、「そうだね」と答える。九重は三冊の本を膝の上に乗せたまま、図書館の出口にある、ゲートをくぐり、自動で貸出の手続きを済ませた。


市立病院には小さな公園も作られている。その片隅のベンチに僕は腰かけ、九重は近くに車椅子を寄せた。


「小石井君は、よく図書館に来るのですか?」


「この連休は何日か来てたよ。その前となると、小学校の社会見学のときかな。九重さんは?」


「私はよく来ますよ。本を読みに来ます。」


「家はこの近くなの?」


と聞くと、「そうですねえ。」と考え込んでしまった。答えづらい質問だったかも知れない。僕は質問を変えてみる。


「連休は、何をして過ごしているの?」


「昨日は映画を観ました。」


映画。映画館で観たのだろうか。


「家で観ましたよ。会員制の映画配信サービスで、よく映画を観るんです。」


「どんな映画?」


僕はあまり映画に詳しくない。映画のタイトルを聞いたところで、おそらく知らないだろう。ただ、九重が好んでみる映画のジャンルは気になった。『ヱヴァンゲリヲン』では無いのは確かだ。


「恋愛映画です。」


 恋愛映画とは意外だった。九重のような女の子が、家で恋愛映画をよく観るとは。


 車椅子の、笑顔のぎこちない少女。


 人形のような少女。


 もちろん、僕の勝手なイメージだが。


「洋画?」


「いえ、邦画です。洋画はなんだか、敷居が高くて。それに、外国の文化もよく知らないので。」


「日本の映画なんて、ストーリーは薄っぺらいし、役者の演技はへたくそだ。」


 もちろんこれも、僕の勝手なイメージだった。


「確かにそうですね。けれど案外、私たちの実際の人生なんて、そんなに深みの無いものかもしれません。起きて、寝る。を繰り返しているだけです。」


 起きて、寝る。を繰り返すだけ。


 ただ生きて、死んでいくだけ。


 九重は、RW理論を知っているのだろうか。


「それに、役者さんの、大声で泣いたり、はしゃいでいる姿を見て、『まるでお芝居みたい』って思うんです。だから私も、その顔やしぐさを真似すれば、あの人達みたいになれるかもって思うんです。」


 お芝居に似せようとするから、九重の笑顔は、こうもぎこちなく感じるのだろうか。


 笑顔が不器用だから、お芝居のように笑おうとしているのか。


「そういえば。小石井君はどうして、図書館にいたのですか?電子書籍が嫌いなのでしょうか。」


「調べものをしていたんだよ。少し前の新聞に、内容がおかしな記事が載っていたから、本当か確かめたいんだ。」


「そうですか。勉強熱心なのですね。けれど、どうしてインターネットを使わないのですか?」


「勉強熱心ってわけじゃないよ。それと…。」


と、僕はその続きを躊躇する。


「ネットの閲覧履歴は、親に全部確認されるんだ。」


別に後ろめたいようなことを検索するわけじゃないけど。と、僕は忘れずに付け加えた。


「ただ、そんなことを調べているということを親に知られたくないんだ。恥ずかしいというか、どうかしちゃったんじゃないかと、心配される気がして。」


「そうでしたか…。私はこんな身体なので、医学の知識は少しあります。医学部に入部しようかと考えているほどです。ですので、何か小石井君のお役に立てることが、あるかもしれません。」


 彼女は冗談を言ったつもりだろうが、「こんな身体なので」という言葉が引っ掛かり、笑えるものではなかった。


 彼女と話をするのはこれが二回目だ。もし僕が悩みを抱えていたとしても、打ち明けるような仲なのだろうか。試しに、「そんな身体って、人形のような身体だね。」と冗談を言ってみる勇気もない。


「すみません。気を悪くさせてしまったでしょうか。少し、はしゃいでしまいました。休日に図書館で、友達に会うのなんて初めてで、嬉しかったので。」


 友達。


 クラスメートではなく、友達。


「ただのクラスメートではありませんよ。私と小石井君は、学校の規則に違反する仲なのですから。」


 そこまで言ってくれるのなら、僕の不安を打ち明けよう。


「九重さん、RW理論って知ってる?」



「いえ、全然知りません」



彼女は不器用に笑った。


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