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菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
6/30

6.0 確かに毎朝、私は鏡を見て思うわ。『私の顔って可愛いんだ』って。

 放課後。帰りのホームルームが終わり、部活動について伊勢先生が声をかけてくると思ったが、先生は九重を連れて教室を出て行った。


「じゃあな、小石井。」


と、猿渡は鞄を担いで教室を出ていく。「うん。」と、僕はまだ椅子に座っていた。


 教室には数人しか残らなくなった頃、僕は立ち上がり、教室を出た。


 靴を履き替え、昇降口を出たところ、一人の女子生徒がこちらに背を向けてしゃがみ込んでいた。体調でも悪いのかと思い、その女子生徒に近づくと、「わん、わん」という声が聞こえてくる。


 「わん、わん。」と言いながら、子犬の頭を撫でていた。


 どうやら、具合が悪いわけではないらしい。僕は彼女に気づかれないようにその場を離れようとした。


「小石井くん、入部する部活動は決まったの?」


 子犬の頭を撫でていた副会長は、そう言いながら振り返った。どうして僕が後ろにいると分かったのだろうか。そして、僕はまだ、どの部活動に入部するかも決めていない。具合が悪いのは僕の方になってしまった。


「昇降口で、靴を履き替えるのが見えていたのよ。」


 僕は来た方に目を向けるが、僕が上履きを入れている下駄箱は見えない。


「こっちこっち。この角度からなら、ちょうどね。」


と、菰宮先輩はこちらに手招きする。僕はもう一度、子犬とじゃれ合う先輩に近寄った。


「菰宮先輩が連れてきたんですか?」


だとしたら校則違反ですよ。


「わんわん。」


と、先輩は首を横に振った。


「外から入ってきたみたいよ。」


先輩がわしゃわしゃと触る子犬の首元に、首輪は無かった。


「そうですか。可愛いですね。」


「うん。いつも言われる。」


「菰宮先輩がではなく、その犬がですよ。」


「ふうん。それって、私は可愛くないってこと?」


と、菰宮先輩はニヤリとわらった。


なんだか、先輩は嬉しそうだ。


「小石井君、熱でもあるのかしら。よく見たら、目の下に隈ができているわ。あまり眠っていないようね。」


「まったく寝ていないわけではないですよ。」


それを聞いて先輩は「そう。」と言い、子犬の方を向いた。


「柴犬ですか?」


と聞いたが、先輩は「わん、わん」と子犬に向かって話し始めた。


 見ればわかるだろう。と言いたいのかもしれない。それとも、菰宮先輩に対して「可愛くない」と言ったことを怒っているのかもしれない。「可愛い」とは言わなかっただけだが。


「子犬はみんな可愛いわ。」


突然、子犬に話しかけるのを辞め、先輩は僕に話し始めた。


「無垢な瞳で、何かを訴えるかのようにこちらを見てくる。それだけで子犬はみんな可愛いの。羨ましいわ。」


 無垢な瞳。


 何も知らず、何か楽しいこと、うれしいこと、美味しいことを期待する瞳。


 何も知らない。


 恐れることは何もなく、今日よりも良い明日を待つ瞳だ。


 僕は、その子犬が羨ましいと思った。


「先輩は、どうしてそれが羨ましいんですか?」


先輩は子犬を撫でる手を止る。


「そうね。」


彼女は少しの間、俯き、そしてこちらを振り向いた。


「小石井君、ゴールデンウィークは暇でしょう?デートに行きましょう。」


と、彼女は言った。


「えっと、その子犬とでしょうか。」


その冗談は、笑えないわよ。と、先輩は僕を睨んだ。この冗談には怒るのか。子犬は構って欲しいのか、ころりと仰向けになり、先輩の方を見ている。


「小石井君、私と、あなたがよ。早い方がいいわ。明日の午後から空いてる?」


「いいですけど、急にどうしたんですか?」


「小石井君に、私服を選んで欲しくなったのよ。ほら、私の制服姿って、すごく可愛いでしょう?」


先輩は子犬の傍でしゃがんだまま、手を広げた。


「制服はどれも、できるだけ多くの生徒に似合うように、デザインされていますからね。」


僕は彼女の隣にしゃがみ、子犬のお腹を撫でた。


「私、小さいときからずっと、可愛い、可愛いって言われてきたの。確かに毎朝、私は鏡を見て思うわ。『私の顔って可愛いんだ』って。」


菰宮先輩も子犬のお腹に手を伸ばした。先輩の手に触れないように、僕は足を撫でることにした。


「でも、『可愛い顔』っていうのは、『平均的な顔』と同じことでしょう?」


何枚もの女性の顔の写真を画像合成ソフトに入れ、平均値をとって出力すると、美人顔になるというのは聞いたことがある。彼女はそのことを言っているのだろうか。


「そしたら『可愛い』って、『顔面が没個性だ』って、すごく失礼なことを言われている気がしたの。だから中学生のある日、顔面の個性を出すために、眼帯をして登校したのよ。」


 僕は先輩に対して、今僕にできうる最大限の敬意を払い、思ったことを口にした。


「どうしてそこで、『眼帯』なんだ。」


「小石井君、先輩には敬意を払って敬語を使いなさい。」


菰宮先輩はこちらをまた睨んだが、瞳の奥は笑っていた。


「古い映画よ。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』。」


アニメの影響だった。


「けれどもみんな、『どうしたの?可愛いね。』って言ってきたの。私の可愛さはきっと、顔面の超没個性なのよ。あるべきものが、あるべき形で、あるべきところにある。それは、真っ白なカンバスと同じで、どんな服も、アクセサリーも似合ってしまう。『平均的な女子生徒』のために作られた制服なんて特にね。」


僕は軽々しくも、思ったことを言ってみる。


「それなら先輩、モデルの仕事とかできるんじゃないですか?」


「いいえ。」


と言い、先輩の手がぴたりと止まった。


「確かに、私はどれだけ食べても太らない体質よ。でもね、今も昔もモデルの顔はフォトショップで作られているの。ある程度整った顔や身体は、その子の持ち味を生かしながら、綺麗に、可愛くできるわ。でも、私の顔はこれ以上整えようもなく可愛いの。」


しまった。落ち着いていたのに、また怒らせてしまったと思った。自慢にしか聞こえないようなことを喋りながら、心は激怒している。


しかし、こちらを向いた彼女は、怒った様子もなく、何か誇らしそうに話す。


「けれどね、私にも、私の顔にも身体にも、どうしようもない欠点は存在しているの。いいえ、存在していないと言った方がいいのかしら。」


彼女は立ち上がり、腰に手を当てた。昇降口から出てくる数人の生徒が、不思議そうにこちらを見ては、通り過ぎて行った。


この流れは数日前に体験しているが、一応僕は、それが何かを聞いてみた。失礼を承知で。


「この胸よ。この、女子高生にしては可哀そうなほど小さい胸。こればかりはどうしようもないの。」


胸までも可愛い女子。


けれど、今も昔も、フォトショップがある。大きさなんて、どうとでもなるのではないか。


「小石井君、あなたそれでも男の子なの?」


 先輩は片手をその胸に当てる。


「これはね、『確かにそこにある』っていうことが大切なの。それは想像でも、理論でも、二進数のデータでもなく、昨日も、今日も、明日も、『現実に』あるということよ。そして私は、そのあるべきものが『無い』。」


 おそらく女子高生は自ら進んで言いたがらないセリフを、誇らしげに放つ。


 僕と子犬は、そこから何かが出てくるんじゃないかと、手の当てられた胸を見つめていた。


「出るわけないでしょう。」


と彼女は僕を睨んだ。その瞳の奥は、笑っていなかった。


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