あふたーとーく(浮瀬雲母と生徒会長 前編)
この話は、本編『菰宮牡丹は百倍可愛い』の後日談です。
ネタバレを大いに含みます。
というか、ネタバレでできています。
お楽しみください。
僕、小石井頼が退院して、数日が経ったころ。
夕方のホームルームが終わり、教室は生徒たちの喧騒で満たされていた。僕はだらだらと帰り支度をしていると、教室の後ろの扉が開き、一人の女子小学生が教室に入ってきた。
なんで高校に、僕たちと同じ制服を着た小学生が?と思ったが、よく見ると生徒会長だった。
ツインテール会長。
今日も元気にツインテールだった。
彼女は、教室の廊下側、一番後ろの席に座る九重さくらに何か声を掛ける。すると九重は、僕の方を指さし、それに応えた。
「ありがとう。」と、言ったのだろうか、ツインテール会長は九重に向かってさっと手を上げると、僕の方へ歩いてくる。
「あなたが、小石井?」
「はい、そうですけど。」
教室にいた生徒の何人かは、生徒会長が一年生に何事だろう。と、こちらに視線を向けている。いや、どうして教室に、高校の制服を着た小学生が?と思った生徒が大半だろうか。
「申請中の部活動について、話がしたいの。他の部員候補も連れて、生徒会室まで来て。」
僕は流れのままに、「あ、はい。」と答える。
他の部員の候補、九重、浮瀬、猿渡もこの教室にいる。猿渡に関しては、僕のすぐ後ろにいる。しかし、僕が「他の部員に声を掛けます」と言い終わらないうちに、
「じゃあ、生徒会室で待ってるから。」
と、駆け出して行ってしまった。
今日も元気なツインテールだった。
「だ、そうだけど。」
と、後ろの席の猿渡を振り返ると、
「いや、俺は部活があるから。」
まあ頑張れよ。と、彼は教室を出て行った。
僕は浮瀬と九重の机に向かい、先ほどの内容を伝える。
「すみません。今日はメンテ…いえ、診察がありまして。」
と、九重は申し訳なさそうな顔をした。
義体のメンテナンスらしい。
「じゃあ。、僕たち二人で向かおうか。」と、浮瀬は通学カバンを持った手を、肩にひっかけた。
男らしい動きだ。
と思ったが、僕は九重がその動きをじっと見つめていることに気が付いた。何だろう。少し眼の色が違うような…。
目視で捉えた映像を、深層学習したソフトウェアで解析しているのだろうか。
「はい、お願いします。」と、九重はすぐに、いつも通りの表情に戻した。
「なんとしても、創部申請を通してください。」
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僕と浮瀬は、生徒会室へと続く廊下を歩いていた。
「生徒会長はどうして、学内ネットの電子メッセージを使わずに、直接教室に来たんだろう。」
と、僕が感じていた疑問を、浮瀬も口にする。
同じ室内にいても、直接会話するより電子メッセージでやり取りしてしまう生徒たちもいる中で、なぜ彼女は一年生の教室に直接足を運んだのだろう。
「僕たちの教室の近くに、別の用事があったとか?」
と、僕は答える。
「まあ何にせよ、生徒会長様直々のお呼び出しってことだね。」
程なく僕たちは、生徒会室に到着した。
僕がその扉をノックすると、中から、「うん、いいよー。」と、ツインテール会長の声がした。
扉を開けると、5、6個並んだオフィスデスクの最奥に、彼女は座っていた。
「創部申請中の、一年生の小石井です。こっちは浮瀬です。」
「うん、知ってる。知ってる。連休明けの、謎の転校生だよね。まあまあ、その辺に座ってよ。」
その辺に、と言われても、どのデスクも他の生徒会役員の机だろう。机の上にはディスプレイやタブレット、キーボード、書類などが置かれていた。今は生徒会室に会長しかいないので、会長席以外どの席も空いているが、なかなか座るのが躊躇われる。
と、「それじゃあ、失礼します。」と、浮瀬はツインテール会長の席と一つ離れた机に座った。
「いやいや、もっとこっちに座りなよー。」と、生徒会長は手招きする。
「じゃあ。」と、僕は会長と、浮瀬の間の席に座った。この席はかなり片付いているな。と思いながら座ると、
「あ、そこは、こもたんの席だよ。」と、生徒会長から声がかかった。
こもたん。とは菰宮牡丹先輩の愛称だったはずだ。
「いや、こもたん、物を片付けるのが苦手でさ。ありえない散らかり方をしてたんだけど、警察に全部持っていかれちゃったよ。」
と、ツインテール会長は、ツインテールを揺らしながら笑った。
いや、笑いごとなのだろうか。
どんな反応をしていいのかわからず、「あの、部活のことなんですけど。」と、僕の方から話を切り出した。
「あ、そうだった。そうだった。」と、彼女は手を合わせ、
「いいよ。創部。『部活動名:屋上部。足の不自由な人など、身体的な理由から、高所にある設備の利用が難しい人への支援をを考えるとともに、普段よりも高い場所から景色を見渡すことで、新しい発見や感動を得るための設備の実現を目指す。』って、なんかもう、とんでもなく意味が分からないけど。それっぽく書いてあるし、一人兼部とはいえ、人数も揃ってるから。」
え、いいの?
「うん。いいよいいよ。そもそもうちの高校の、『本校の生徒は原則、いずれかのクラブに所属しなければならない。』って校則、『本校は、個と自由を重んじる。』って学校の理念をガン無視してるよねー。」
それも僕は最初から思っていた。一話あたりから。
「だからさ、よくわからな事をしたい生徒は、よくわからない部活を立ち上げるしかないんだよ。」
いや、別に僕は、よくわからない事をしたいわけではないのだけど。
「だいたいさあ、この高校の屋上って、生徒の立ち入りできたっけ?まあどっちでもいいんだけど。」
ルール的にはできないが、能力的にはできた。
とは言えない。
「あの、でも今までも創部を試みた生徒はたくさんいた。って聞いています。それが、ことごとく却下されたそうですが。」
と、僕は噂の真偽を生徒会長に尋ねてみた。
「あ、それはね。創部しようとされていた部活名が、『隣○部』とか『奉○部』とか、『S○S団』とかだったから、秒殺したよ。」
最後の団体、文章に起こしても名前を隠せていない気がする。
「ではどうして、僕たちは呼び出されたのでしょうか。」
と、浮瀬が隣から質問する。
「ああ。それねえ。部室、欲しいよね?」
部室。
親や教師、大人の目を気にせず、ただダラダラするだけの空間。
なんとしても欲しい。
と、そこで
「え、部活に認定されれば、どの部活も部室がもらえるのでは?」
と、浮瀬が聞き返す。
「いや、そういうわけでもないんだよ。校舎内の部屋の数って増やせないし。実際、生徒が帰った教室を活動拠点にしている部活もある。そのクラスの生徒に、煙たがられるらしいよ?放課後のあまーい青春が出来なくなるでしょ?」
「じゃあ、僕たちもそうなるのでしょうか?」
僕が聞くと、
「いや、小石井たちにもチャンスはある。」
と、ツインテール会長は椅子を回転させ、くるりとこちらに背を向ける。
「奇跡や魔法を信じるほどの、わずかな可能性だけどね。」
「その、どうすればいいんでしょうか。」と、僕が聞く前に、浮瀬の口が開いた。
「なんでも、やって見せましょう。」
それを聞くと、ツインテール会長はこちらを向きなおし、にやりと笑って言う。
「それじゃあ、私を倒してもらおうか。」
浮瀬は、「ふふっ」と笑うと、ぼそりと呟く。
奇跡も魔法もあるんだよ。
それはどうしようもなく、魔法少女の発言だった。




