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菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
2/30

2.0 その席の主は、昼休みの度にどこかに行ってしまう。椅子ごとな。



「相変わらず、お料理雑誌に載っていそうな弁当だな。」


 午前の授業が終わり、教室で一緒に弁当を食べながら、クラスメートの猿渡(さるわたり)が僕に言った。


「僕のお母さん、『教科書』とか大好きだからね。」


 僕は卵焼きを箸でつかみながら答えると、「ふうん?」と、よくわかっていないような声が返ってきた。猿渡の昼食は、彼が購買で買った焼きそばパンとコロッケパンだった。


「猿渡おまえ、それだけで足りるの?」


 と聞くと、「まあな。」とまた、よくわからないような返事が返ってくる。「そんなことより」と、彼は手に持った焼きそばパンを頬張りながら、


「小石井おまえ今朝、自転車置き場で副会長と話してただろ。」


 と、彼は僕の方に身を乗り出してきた。彼の席は僕の一つ後ろだ。僕は自分の椅子を横に向け、彼の方に身体を向けながら弁当を食べている。


「学内、いや、歴代の女子生徒でナンバーワンの美貌を持つと言われる、菰宮(こもみや)先輩がお前に何のようだ?」


 胸を見ろと命令された。とは言えない。


「入部届を出せってさ。」


 何だ、なるほど。と、彼は炭水化物の塊を咀嚼する。


「小石井は帰宅部希望だったもんな。やっぱりだめそうか?」


「届を出していないのは、二人だけだ。って怒られたよ。」


 それにしても。実際に近くで話してみても、やはり菰宮先輩は美人だった。入学式や全校集会で、壇上に立っていた先輩の姿を思い出す。全校生徒の前、照明を浴びて体育館のステージに立つ姿もよし。また、校舎脇の駐輪場で、少し肌寒い空気の中、朝日を浴びて腰に手を当てる姿もよし。


 そういえば先輩は何故、僕の顔を見ただけで、入部届が未提出の小石井だと分かったのだろう。


「二人ってことは、お前ともう一人。」と、猿渡は教室の後ろ、廊下に通ずる扉に一番近い席を見た。席と言っても、そこには生徒机だけがあり、椅子はない。その席の主は、昼休みの度にどこかに行ってしまう。


「その席の主は、昼休みの度にどこかに行ってしまう。椅子ごとな。」


と、猿渡は体の向きをこちらに戻した。


「毎日、弁当も食べずに保健室に行っているとか噂で聞いたけど。このまえ昼休みに保健室に行った高橋は、あいつはいなかったって話してたけどな。」


猿渡は焼きそばパンの残りを口に押し込みながら言った。


「そういや小石井、美術部に見学に行ったとか言ってなかったっけ?最悪、入部の書類だけ出して、幽霊部員でもいいじゃん。」


「美術部に入りたかったんだけど。なんというか。ここだけの話、部員の先輩たち全員ヘタクソなんだよなあ。」


 僕は声を小さくして言った。猿渡からは、「おまえ、すげー上から目線のコメントだな。」と突っ込まれる。


「僕の幼馴染、絵を描くのが得意なんだ。中学の時に見せてくれたデッサンが最高に上手かった。あんなに上手な絵を見た後だと、この高校の美術部には入れないな。」


「え、おまえ、幼馴染いるのかよ。おんな?おんな?」


すごく関係のないところに食いつく猿渡に、「女子だよ。」と返す。


「付き合ってる。ってことはないか。お前に彼女がいるはずないし。」


 こいつ、失礼だな。確かに、彼女はいないが。僕は最後まで残しておいたハンバーグを口に運ぶ。


「学校は?もしかしてこの高校か?可愛いんだったら紹介してくれよ。美術館デートとか、高校生っぽくていいじゃん。」


「高校は、蒔田(まきた)女子高校だよ。あの偏差値低いとこ。あいつ、美術以外は全然できないから。」


 というよりも、美術だけは異様にできる。いや、正確には、芸術への理解の深度が恐ろしいほど深い。彼女と美術館でデートをしようなんて、チャレンジャー海淵だ。


「たねまき女子かよ、やっぱやめとくわ。」


 こいつ、とことん失礼だな。確かに彼女は、性格というか、人間性に難あり。って子なんだけれど。


「とにかく小石井、どこか適当に入部届書いて、幽霊部員になっちまえば。」


帰りにもう一度、部活紹介掲示板でも見に行こうか。と思う。


 猿渡は、コロッケパンも食べ終わると、「にしても菰宮先輩、綺麗だよなあ。」と、副会長の話題に戻し、先輩の何が美しいかを語り出した。とはいえ、彼の語彙力では、目が綺麗、唇が綺麗、髪が綺麗、耳の形、鼻の形が綺麗だと、およそ美人と呼ばれる誰もに当てはまるような内容で、もしかしたらこいつは、美人という言葉の定義を、小学一年生に説明しているのかもしれないと思い、いや、それなら、今こいつは僕に何かを解説しているわけだから、僕のことを小学生扱いしているのかもしれないという腹立たしさを覚えたところで、教室の後ろの扉が開き、僕たちの注意はそちらに向けられた。


「例の女が保健室から帰ってきたな。椅子ごと。」


猿渡は僕に耳打ちした。


「喋らなければ美人。とはまた別なんだろうけど、話すとなんか違和感っつーかがあるんだよな。病気のせいかもしれないけど。」


「猿渡、九重(ここのえ)とよく話すの?。入学式の日、彼女に話しかけて、軽くあしらわれてたのは見てたけど。」


「いや、話したのはそれだけだ。」と、猿渡はきっぱり認めた。入学式が終わり、初めてのホームルームが終わった後、「九重さん、車椅子押そうか?」と、猿渡は彼女に声をかけた。が、「この車椅子、電動なので平気です。」と断られていた。入学式のための体育館と教室の移動を、自動走行で行う彼女の姿をクラス中の生徒が見ていたため、彼女と近づきたいという猿渡の下心は丸見えだった。


猿渡は、「なんか、笑顔がぎこちないというか。」と、その違和感というものについて考えている。「人形みたいに可愛いんだけどなあ。」


 車椅子の少女、九重さくらが彼女の席に着くと、午後の授業の予鈴が鳴った。


 僕は空の弁当箱を鞄にしまい、その時ちらりと九重の方を見る。


 高校生にしては少し幼い顔立ち。艶やかな黒髪は彼女の首の周りで、綺麗に切りそろえられている。伸びた背筋。


 その姿はまるで、人形のように整っていた。


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