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菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
19/30

19.0 君は俺のことを知っているかもしれないが、俺は君のことを全く知らない。


-かなり大雑把な言い方をしますと、


 僕は病室を飛び出し、速足で病棟を抜ける。

 病院のエントランスから外に出ると、そのまま駐輪場まで駆けた。


-私はロボットなのです。


 自転車のロックを生体情報で解除し、それにまたがろうとしたが、結局、それを押しながら歩き出した。 九重の言葉に動揺し、その場から逃げ出した自分が、惨めに思え、自転車を漕ぐ気力が起きない。


 とぼとぼと自転車を押しながら、家に向かう。その足取りは、前に進むという状態を、かろうじて維持している程度だった。


 僕のことを信用し、秘密を打ち明けようとしてくれた彼女に、なんてひどい事をしたのだろうとも考えた。


 しかし、その"信用"という気持ちも、コンピュータによって計算されたリスクと、数値化された何らかの見返りなどの結果かもしれないと思うと、スマートスピーカー相手に進路相談をしているような、虚無感に襲われる。


 僕は無意識に、人通りの少ない道を選んで歩いていた。


 自動車が一台通れる程度の道幅の橋が、増水した海蔵川にかかっている。足元には、茶色く濁った水面が、この僕の感情すらも飲み込み、砕き、水滴にするかのように、うごめいていた。

 僕はその橋の上で足を止めると、水面から目をそらし、日の沈む山脈を眺める。


 すると、橋の反対側から、何か長い棒のようなものを持った人影が、こちらに近づいて来た。


 僕はその人の邪魔にならないように、自転車を端に寄せる。


 しかし、その人物は橋の上で、僕のそばを通り過ぎることなく、立ち止まった。

 高校生だろうか。見たことのない制服を着ている。身体のシルエットを隠すような大きめのジャケット。けれども胸元には、交渉のようなものが入っている。


「ねえ、そこの君。その制服、下之宮高校の生徒だね。」


と、彼は僕に顎を突きつけ、見下すように視線を向けた。


 どこかで聞いたことのある声だなと思いながら、「あ、はい。」と、僕も彼の方を見る。

 その時、彼は僕のことを知らないが、僕は彼のことを知っているとわかった。


 神宮寺真琴(じんぐうじまこと)薙刀道師範。

 テレビの中の人物だ。こんな地方にいていい存在ではない。


 とすると、彼が肩に担いでいる、布にくるまれた長い棒の正体は、彼の得物、薙刀ということだろうか。


「君は俺のことを知っているかもしれないが、俺は君のことを全く知らない。どうだろう。少し質問に答えてくれないか?」


 はぁ。別にいいですけど。

 と、僕は彼に向き直った。


 と。そこで、彼の周りを取り巻く空気の温度が変化した気がする。

 そんなもの、目に見えるものではないが、殺気のような何かを感じた。


「君、菰宮牡丹と関わりはあるか。」


 菰宮先輩。


「いえ、特にないですけど。」


 気が付くと、僕の左のこめかみに、布にくるまれた得物が、ぴたりとつけられていた。


「お前さあ。」

と、彼は呆れ切った声を出す。

「嘘はもう少し上手につけよ。言葉の間合い、目線の動き、肩と手先の強張り。全部でバレてるぞ。」


それに。と、神宮寺は僕の頭に得物を突きつけたまま続ける。


「一瞬空気が変わった。とか感じただろ。殺気だとか大仰な物じゃなくて、ただの緊張感ってやつだ。ただ、それが肌で感じられたってことは、お前は俺の間合いにいる。」


もう一度聞こう。と、彼は言った。


「お前、菰宮牡丹と関りはあるか。」


「いえ、特にな、、、」


 その瞬間、僕は頭から、"左に"吹っ飛んだ。


 地面に手をついた僕は、数秒間、何が起こったのかわからなかった。

 彼の得物の先は確かに、僕の左のこめかみに付けられたままだった。


 その状態では、一瞬で大きな威力で叩くことはできないはずだ。

 いや、たとえそのまま暴力的な力で叩かれたとしても、僕の左のこめかみにつけられた得物では、僕から見て、”右”に吹き飛ばすことしかできない。


 僕は立ち上がり、彼の姿を視界に入れたとき、やっと理解する。

 僕は、得物の逆側。薙刀の刃の逆、柄の部分で拭き飛ばされていた。


「菰宮牡丹の居場所を教えろ。」


「僕は知らない。」


その瞬間、僕のみぞおちに、こちらを向いていた柄がめり込む。

 僕は地面に崩れ落ちた。


 上手く呼吸ができない。


「それなら、何を知っている?彼女の周りで起きたことでも何でもいい。」


僕は何とか立ち上がり、答えた。


「菰宮先輩が退学したのと入れ違いに、転校生が来た。」


「転校生?この時期に?」と、彼はほんの少し興味を示した。

いや、そんな気がした。


僕はせき込みながら答える。


「ああ、浮瀬という、東京からの転校生だよ。」


浮瀬には悪いが、話題を何とか逸らそうとする。

が、それが悪かった。


両方の手首、右の脛を、打たれた。

気が付いたら、打たれていた。


 僕は膝をつく。


「あの女、ここにいるのか。」


 それは、明らかな敵意だった。

 そしてそれは、"僕"に対してではなく、"浮瀬"という言葉に向けられていた。

 一度引いた彼の殺気が、倍増しで溢れ出る。


けれども、女?

「いや、浮瀬は男だ。人違いだよ。」

と、僕は何とか立ち上がる。


すると、その彼の殺気が引いていくのが分かった。

が、今度はイラついているようだ。彼は舌打ちし、僕の方に近づいてくる。


僕は、彼と距離を取ろうと、後ずさった。

橋の柵が、背中にあたる。


「それで、菰宮牡丹は何かを言い残していかなかったか。」


 言い残していったこと。


 “ある”。


と、それが彼に伝わってしまったらしい。


彼はもう一度舌打ちをすると、大上段に振りかぶる。

「それを教えろって言ってるんだろーが」


 大上段(だいじょうだん)

 これはもう、受けて立ち上がることはできないだろう。

 きっと、無事に家にもたどり着けない。

 冗談(じょうだん)では済まない。


 そんなことを考える余裕が、僕にはあった。そんなくだらないことを考えるだけの余裕と時間が、振り下ろされる得物が僕の顔面に届くまでにはある。


僕は柵に手をつくと、痛みを堪え、力いっぱい身体を持ち上げ、柵の反対側に身を投げた。


そこには地面など無い。



「おい、バカか!」という神宮寺の声が、頭の上から聞こえた気がする。


僕の身体は、増水し、濁った川へと、落ちていった。


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