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菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
16/30

16.0 白黒はっきりさせましょう。


僕は再び自転車にまたがる。


『みんな、どうでもいいと思っているんです。』

と、九重は言った。

僕は、その”みんな”には含まれなかった。


『だから私達は、一度も死んではいないのですよ。』

けれどもそれは、”そう思うだけ”なのではないか。


それでも僕は、

『この不連続を、君は、断ち切りたいか?』

この不連続を『僕は』


僕は、家に着いた。


 『一年前の事件、・・・、犯人として、・・・、の女子高校生に、・・・。』


 玄関の扉を開けると、リビングからテレビの音が聞こえてくる。

 僕は靴を脱ぎ、「ただいま。」と、リビングの扉を開けた。


 母は「おかえり。」と、手にしていたテレビのリモコンを机の上に置いた。


 父も母も、あまり家電を音声で操作しない。だから家には、未だにリモコンやボタンが溢れている。


「遅かったね。」と、母はキッチンに戻る。


 珍しく理由は聞かれなかった。


 テレビからは、史上最年少の薙刀師範の特集が流れていた。

 僕が帰宅したことに気がついた母が、慌ててチャンネルを変えたのだろう。


 ソファの近くに鞄をおろすと、「学校はどうだった?」と、キッチンから母が尋ねる。


『同じ高校に在籍していた生徒に、事件の容疑がかけられていること』について、遠回しに聞いている。


「一年前の事件に関わっていた生徒がいたみたいで、校門にテレビカメラとか、記者とか沢山いたよ。」


「そう。その、頼は、その子のことを知っているの?」

「うん、生徒会の副会長だから、皆知ってる。」


正確には、副会長だったから、だ。


「その、個人的に関わりは?」

「特にないよ。学年も違うし。」


一緒にデートに行った程度だ。


「そうなの。」と、母は安心したようにテレビに目を向けた。


『では神宮寺(じんぐうじ)先生は、現代における武術の価値を、どうお考えですか?』


 神宮寺真琴(まこと)薙刀道師範。

 高校二年生にして、その実力から、薙刀連盟指導部師範に列された。


『まずそもそも、俺たちにとって、武道と武術は違うものですよ。

 まぁ、それはさておき。

“武”は、“矛を止める”と書きますから、その昔、それは生き残る術であり道でありました。

 その後、生き様であり、哲学であったわけですが、』


 母も学生時代、弓道をしていたらしい。夕飯の支度をする手を止め、彼の話を聞き入っている。


『多くの人にとって、今ではただのスポーツですよ。』


インタビュワーは、居心地の悪そうに笑い、

『その、薙刀の師範が、そんな風に言ってもいいのでしょうか?』

と、聞いた。


『ええ、スポーツだからこそ、僕みたいな若輩が、実力と成績で連盟の師範になれたんですから。一昔前では有り得ませんよ。』


『でも、神宮寺先生にとっては、スポーツではないのですよね?』


 僕は自室に向かおうと、リビングから廊下に続く扉を開きかけ、手を止めた。


『それはもちろん。生き様であり哲学です。』


『それは、どういう意味でしょうか。』


『ものの考え方、生活の規範、心理へと続く道です。まぁあれですよ、宗教です。』


『宗教ですか。』


『まあ、少し語弊はありますが。

 ただ、その先にある“真理”のことを、“悟り”と呼ぶのか、“奥義”と呼ぶのか。はたまた、“神”と呼ぶのかという程度の違いです。

 例えば、武士道という言葉がありますよね?』


『はい。』


『山本常朝が語った、武士道について記した名著、“葉隠”に、

“武士道と云うは死ぬことと見つけたり”という言葉があります。

これは武士道の目指すべき一つの境地であるとされていますが、これを世に残した山本常朝も、みずから命を絶った訳ではない』


『それは確かに。どういうことなのでしょう。』


『だって僕、さっき言いましたよね。それは生き様であり、哲学であり、それ以前に、生き残る術ですからね。

 それはつまり、死んだら意味が無いんですよ。』


 その言葉を聞くと、僕は廊下に出た。


『死んだら意味が無いんですよ。』

 彼は、それがまるで、ただ当たり前の、けれども深く、難しい意味を持つ何かのように口にした。


 浮瀬は、自分の記憶と、他人の記憶が混濁した人達は、その違和感に苛まれ、みずから命を絶ったと語った。


 僕は、目が覚める度に、“自分”という意識がリセットされ、持ち越された記憶と身体で“今日”を過ごす世界に、耐えられなかった。


 九重は、呼吸をしている限り、人は死なないと言っていた。


 菰宮先輩は、“確かにそこにある”ということが大切だと残した。


 “彼女”は、何と話しただろうか。


 僕は彼女に電話を掛ける。前回は2コールで出た。


『何?頼くん。』


2秒で出た。


『美七、すこしいいかな?』


『もちろん。それで、私と子供を作る気になった?』


『いや、そういうことじゃなくて。』


 子供を作る過程の話ではなくて、自分の子供を作ることについてだった。


『そうよ、過程の話ではないわね。私と頼くん、そして生まれてくる子供との、温かい家庭の話ね。』


 その家庭の話でもない。


『子供を作るということは、どういうことなのだろう。』


『私は、まだ、赤ちゃんを産んだことがないからわからないけれど、』

と、美七は続ける。

『それはきっと、自分の遺伝子を残すだけでなく、自分の思想と、文化と、意思を、次に繋げることなのよ。その行為に、虚しさや不安は、全く無いわ。』


僕の“次”の誰かに、繋げること。


『だからね、もしも頼くんが子孫を残さなかったり、そして他の誰かと子作りしたり、いいえ、子供ができたとか、そういうことは関係なくて、そういう行為に万が一でも及んだとしたら、』


美七はそこまで一息で話しきると、息を吸い込んでこう言った。


『その相手を、私の前に連れてきなさい。その子と、頼くんを、徹底的に懲らしめてあげる。』


 白黒はっきりさせましょう。


と、あまりにも、仮定の話だった。


 けれども美七は、次に繋げることを話したのだった。


『それにしても頼くん、女の臭いがするわ。』


『いや、いつも通り、僕の部屋には僕しかいないよ。』


『もしいたら、頼くんもその人も、明日の命は無いわ。

 そうではなく、高校で女の子と楽しくやっているのでしょう?放課後とか、デートしちゃったりして。』


 九重のことを言っているのだろうか。そうだとしても、引きこもりの美七が何故知っているのだろう。


 僕はGPSでも埋められているのだろうか?


『いいのよ、私のことを忘れてしまっても。

 ただ、私以外を女として見ないと誓った頼くんの、

 命が失われるのが惜しいだけなのよ。』


 誓ってなどいないし、そんな理由では死にたくない。


 それでも。


『ありがとう。美七。』


『どういたしまして。また電話しましょう。』

と、美七がいう。


僕は、うん、そうしよう。とは言えなかった。


ただ、『おやすみ』とだけ伝えた。


僕が今、何をするべきか決まっている。


屋上に、上るのだ。


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