表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
菰宮牡丹は100倍可愛い。  作者: ジンボヤスヒデ@ぼんじー
14/30

14.0 僕は


 放課後。


 担任の伊勢先生から今回の騒動について、学校側の対応について、日中の会議で決定したことを告げられた。

 騒動といっても、高校に在籍している生徒が、何か問題を起こしたということではない。


“かつて在籍していた生徒が、かつて大事件を起こしたかも知れない。”


というだけだ。


 職員の会議は午前の授業を一コマ潰して行われ、その間僕たちは、自習という名の自由時間だった。


ホームルームが始まり、伊勢先生が教壇に立つ。普段と変わらない光景だったが、空気はまるで違っていた。自分達からは遠く離れた場所で起きた事件の緊張感が、教室都いう空間を包んでいた。


彼女は、僕たち生徒の方を見ると、ため息とも、深呼吸とも取れる大きな一息を吐き、話し始めた。


「数日前まで本校に在籍していた生徒が、一年前の事件の容疑者として、警察から正式な発表がありました。昼、一部のニュース番組でも報道されています。

 その生徒、いえ、菰宮さんと接点のあった人には、警察への情報提供や、捜査協力をお願いします。」


と、僕はここで、伊勢先生と一瞬だけ目が合う。


「皆さん一年生は、彼女との接点を持っている人は少ないと思います。しかし、この下之宮高校の生徒だということで、注目されたり、予期せぬ事態に巻き込まれる可能性もあります。

 朝のホームルームでも伝えましたが、ネットへの書き込みや、メディアからの取材などは控え、それが避けられないときは、無関係であることを、きちんと主張してください。」


 ”無関係“というのは、”渋谷事変と“、ということだろうか。


それとも、“彼女、菰宮先輩と”、ということだろうか。


その後、その他の連絡を済ませ、ホームルームを締めくくった。


「そういえば、小石井、昨日は浮瀬と部活の見学に行っただろ?今日も行くのか?」


生徒が起立し、挨拶が終わると、後ろから猿渡が尋ねる。


「あぁ。」


と、僕は曖昧な返事を返した。昨日は一つも部活見学はしていない。今日もそんな気分ではないが、浮瀬には話がある。


もう一度自分の席に着き、帰り支度を始める。「小石井くん、少しいい?」と、声をかけられた。


 伊勢先生だった。僕は、なんでしょう。という顔をする。


すると先生は、教室の後ろまで歩き、僕も席を立ってそれに従った。


「九重さんもいいかな?」


と、先生は九重さくらにも声をかけた。

九重は、首だけこちらに向け、「はい。」と返事をすると、ゆっくりと車椅子をこちらに動かす。


 猿渡や他の生徒は、興味ありげにこちらをちらちらと見ていた。


 彼女が僕と、伊勢先生の傍までやってくると、伊勢先生は口を開く。


「菰宮さんが生徒会の副会長をしていたとき、部活動の管理もしていたの。二人はまだ、どこの部活動にも所属していないけど、そのことで彼女から何かなかった?」


接触は無かったか。


「私は特に、ありませんでした。」

と、九重は応える。


「そう、小石井くんは?」

と、伊勢先生は僕の方を見た。


「僕はゴールデンウィーク前に二度、早く入部届けを出すようにと、副会長に注意を受けています。」


「それで?」


それだけなの?


と、先生は僕に聞いた。


「はい。”それだけの関係です。”」


本当は一緒に外出をし、二度と会えなくなるということも告げられている。


しかし、僕は話さなかった。


「そう。」と、伊勢先生は、後ろで組んでいた手をほどいた。それは、菰宮先輩についての話題を終わらせる合図だったのかもしれない。ホームルームから漂っていた緊張感が、少し和らいだ。それは彼女が発していたものでもあり、教室内の生徒からでもあった。


 他の教室はどうなっているのだろう。特に、菰宮先輩が在籍していた教室は。


「ところで、二人とも部活動は決めたの?」


「あ、いえ…」と、僕が返事を濁していると、


「はい、私と小石井くんで、新しい部を作ろうと考えています。」


と、九重が答えた。


「え、そうだったのか?」と、話を立ち聞きしていた猿渡が、こちらを見る。


「はい、まだ活動内容は決めていませんが。」


そこで、伊勢先生はため息を付き、


「とにかく、うちの高校の生徒は、いずれかの部活動に所属していないといけないの。それと、創部には最低四人の部員が必要なのよ?」


きちんと考えて、早めに決めるのよ。


と、先生はまだ何か言いたそうだったが、「気を付けて帰るのよ。」とだけ言い、教室の後ろの扉から出て言った。


 他の生徒も、僕たちが帰宅部を退部させようという話になると、ぱらぱらと教室を出る。


「いいね、創部。」

と、帰り支度を済ませた浮瀬が、話に加わる。


「浮瀬くんも部活動を決めていないのなら、一緒に部を作るのはどうでしょう。」

と、九重は浮瀬を誘う。


その話を少し羨ましそうに聞いていた猿渡は、


「俺はサッカーに青春を注ぐと決めたからなぁ。」


と呟き、じゃあまた明日な。と、教室を出ていった。


猿渡、お前は誘われていない気がするのは僕だけだろうか。


「九重さん、活動内容は、まったく考えていないの?」


と、近くの机に腰掛け、九重に尋ねた。


 その机は、猿渡の机だった。散々な扱いをされている。


「いえ、候補はあります。」と、九重は答えた。


候補とは。

教養部のことだろうか。

いや、電動車椅子部のことかもしれない。


「候補?」と、浮瀬は興味を示す。


「医学部です。」


え、そっち?


医学部ってのは、医学の部活動ではなく、医学の学部という意味だ。

という議論は済ませてあるはずだ。


「医学か。いいね。」


浮瀬が九重の冗談に乗っかってきた。


 よくないね。


「人体の“神秘”と言いながら、その神秘を科学でねじ伏せる。

 いや、その神秘の箱を、こじ開けるのか。

“薬”という言葉は、学術的な概念と同時に、魔術的な概念も含んでいる。

『抗生物質』なんて、科学がたどり着いた究極の魔法だ。」


高度に発達した科学は、魔法と区別がつかない。


浮瀬の話を聞いた九重は、少し不愉快そうな顔をしたが、「はい。ですので、浮瀬くんも部活が決まらなかったら、一緒に創部しましょう。」と、すぐに笑顔に戻す。


彼女のどこかぎこちない笑みが、不愉快そうに見えただけなのかもしれない。


ああ、その時はよろしく。と、浮瀬も笑った。


「ところで小石井くん、今日はこのあと、時間はありますか?」

と、九重に尋ねられる。


「うーん。少し用事を済ませてからなら、空いているよ。」


「そうですか。では、この前の図書館で待っています。」

と、九重も教室を後にする。


じゃあ、僕たちも向かおうか。


と、浮瀬は、そんな約束も、話もしていなかったが、当然のように僕を促した。


どこに向かうのかは聞くまでもない。


屋上だ。



◇◇◇◇◇◇◇



屋上。


校舎の外は、昨日と同様に、生徒が部活動に勤しむ音で満たされていた。


「この掛け声も、演奏も、絶え間ないように見えて、やっぱり途切れている。」


浮瀬雲母は、校舎の縁に立って言った。

昨日と同じ位置、寸分のズレも無く、立っているかのように見えた。


「校庭を駆ける音も、右足と左足を入れ換える時に不連続が生じる。音楽も、ピアノは、鍵盤を叩く指が変わるとき。トランペットは、息を吸う瞬間。『演奏を続けるため』に、不連続が生じる。」


僕は黙って、彼の言葉を聞いていた。


「三年間続く高校での生活は、登校したところから始まり、下校して一度途切れる。休日や、長期休暇で大きく途切れることもある。


 元副会長の菰宮牡丹先輩は、退学することで、その不連続を断ち切った。」


不連続を断ち切る。


「けれどそれは、生きていることも同じではないか。

“生きているという認識”つまり“意識”は、眠ることで一度途切れる。」


この不連続を、君は、断ち切りたいか?


『今日の自分』で終わらせたいか?


「僕は」


朝起きる度に、この身体は、この記憶は、“僕”でない誰かのもので、


今、自分を認識する“僕”とは、関係の無い物だという違和感を抱く。


昨日までの僕を、僕は知っているが、昨日までの僕は、今日の僕を知らない。


そして今日の僕は、明日の僕のための存在に過ぎない。


"はい、それだけの関係です。"


僕と、菰宮先輩のような。何か重要な関係だった気もするし、何も関係は無かったのかもしれない。


どうしようもなく、不連続だ。


これから何年、何十年。毎朝、毎朝。喪失感に苛まれるくらいなら。


「断ち切りたいと思う。」


渋谷事変の被害者が、他人の記憶を持ちながら生きるということを放棄したように。


そうか。


と、浮瀬は僕を真っ直ぐ見つめた。


「それならこの、“薬”を、君にあげよう。」



それは科学と、魔法が、生み出したものだと、彼は語った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ