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「起きなさい、スジ太郎君」
「は……はへぇ……こ、ここは……」
スジ太郎は荒縄で締め付けられ、うまく乳を発散させることができずにいたのだが、西京の手により荒縄から開放され、あたり一面を巻き込んで大爆発を起こした。
そして全てを出し切り、気を失ってしまったのだ。
チョンカと西京はサイコガードの中から気を失ったスジ太郎の様子を伺っていた。気を失ったからといって、第二波が来ないとも限らない。近寄るに近寄れなかったのだ。もっとも、近寄れたとしても誰も好んで近寄りたいなどとは思っていないのだが。
そしてようやく、スジ太郎が意識を取り戻したので西京が声をかけたのだ。
「気分はどうかな? スジ太郎君」
「え……西京さん? そ、そっか俺……はい、スッキリしました。体が軽くなったようだ……これでしばらくは乳も出ないと思います」
スジ太郎の顔は、まるで聖人を思わせるような、欲とは無縁の表情となっていた。その顔を見てチョンカも肩の力を抜いた。
「ほ……ほんまに大丈夫なん??」
「ああ、チョンカ……ごめんな。俺、訳分かんなくなっててさ。もう大丈夫だぜ?」
「ふむ、どうやら本当のようだね。話を聞く前にスジ太郎君にかかっているミルクと飛び散ったミルクを綺麗にしておこうか。シャルロット君が近寄れないだろうからね」
そう言うと西京は水と風を操って、瞬く間に周囲のミルクを綺麗に洗い流してしまった。同時にスジ太郎の体も水に包まれ洗濯されていく。
「あ、あれ……? ぼ、僕は……?」
ラブ公は至近距離で相当な量のミルクを浴びてしまい、中途半端に乾いているため体がべたつき、なぜか細かい砂が沢山ついていた。当然自分も洗ってもらえるかと思い、両手両足を広げ、目を閉じながら待っていたのだが水流は器用にラブ公だけを避けて流れていた。
ちなみにラブ公の額に張り付いているミーティアのアニマの結晶だけは綺麗にミルクが洗い流されていた。
「ね、ねぇ西京!! 僕も洗って! ベタベタして我慢が出来ないくらい気持ち悪いよぉ!!」
「ダメ。面白いからしばらくそのままでいなさい」
「そっ!! そんなぁ!! 面白いだなんて、ひどいよぉ西京!!」
「…………ぷっ」
憤るラブ公の背後から、小さく、でも確かに聞こえたのだ。笑いをこらえきれないときに出る声が。
ゆっくりと振り返ったラブ公が見たものは、あさっての方向を向きながら腕で顔を隠し不自然な姿勢で肩を震わせるチョンカの姿であった。
「チョ、チョンカちゃん……ま、まさか今……笑った?」
「…………」
「チョンカちゃん?」
「…………んよ」
「チョンカちゃん笑ったでしょ? ねぇ……今笑ったでしょ?」
「……らんよ」
体中に砂をつけてベタベタの体のままのラブ公が、チョンカに歩み寄る。
ラブ公が一歩近づくたびにチョンカの肩が大きく震えた。
そしてラブ公は真顔のままチョンカの顔を下から覗き込んだ。
「ぶふぅーーーーーーーーーーーーっっっっ!! あははははははははは!!」
「…………チョンカちゃん…………」
チョンカは地面に転げ回りお腹を押えながら笑い出した。ラブ公は真顔のままである。
「だって、だって……あははははは!! 面白いからそのままって!! あはははは!!」
「ひ、ひどいよ!! チョンカちゃんまで!!」
「ご、ごめははははは!! ごめん、ラブ公……ぷふっ……う、うちが洗ってあげるけぇ許して?」
「もういいよっこのままでっっっっ!!」
「ぶふぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっっっ!! そのままってずっとスジ太郎の乳でベトベトのまま!? あははははははは!!」
「んもぉぉぉぉぉ!! ひどいよっチョンカちゃんってばっ!!」
「そうよ、チョンカ。ちょっと笑いすぎよ? 騎士君の身にもなってみなさいよ……馬鹿ねっ」
西京のテレパシーによって安全が確保されたことを知り、ようやくシャルロットが帰ってきた。シャルロットはチラリとスジ太郎の方へ視線をやるが、先程とは違って人が変わったようにスッキリした顔をしているのを見て改めて安堵していた。
「シャルちゃぁぁんっ!! もう、西京もチョンカちゃんもひどいんだよっ!? 僕もうプンプンだよっ!!」
「騎士君、そんなに怒らないで? 今あたしが洗ってあげるわよ。サイコアクア」
シャルロットのマフラーがたなびき、ラブ公の体が優しく水流に包まれた。西京のやっていたことの見よう見まねである。
「ありがとうシャルちゃん!! もう! どっかのゴリラとは大違いだよっ!! プンプン!!」
「ご、ごめんってやぁ、ラブ公……」
「さて、そろそろ話を聞こうか? スジ太郎君」
子供達の話が一段落したのを見計らい、西京は改めてスジ太郎の方へ向き直った。
「はい、西京さん──」
「と、父ちゃん!! 今日もやるのかよっあ、あ、あひぎぃぃぃぃぃ……!! 俺もたまにはどっか遊びにいき、いき、いぎぃぃぃぃぃ」
ランプ一家は再び乳業を営むため、ワカメシティの近くにある平原に引越しをし、二階建ての住居の隣に乳搾り専用の乳小屋を建てていた。チョンカ達が旅立ってから、スジ太郎は毎日朝から晩までその乳小屋の中で乳を出し続ける生活を送っていた。夜には乳疲れから意識を失うようにそのまま乳小屋で眠ってしまい、そしてまた早朝から乳を出し続ける。食べる以外は乳を出すことしかしていない。外出はおろかヒレ美とスジ子の顔も随分見ていない状況であった。
さらにスジ太郎にとって気に入らないことがあった。
昔、自分がスジ子にしていたように人の手では搾ってもらえないのだ。
スジ太郎は搾らなくても乳が出る。そして搾るまでいかずとも何かしらの刺激があればさらに乳が出る。この特性を生かし、ランプはタンクが丁度溢れそうになる一時間経過ごとに乳小屋に入り、採取した乳を別のタンクに移し変えてからスジ太郎の乳首を箸で摘んでいた。こうすることにより乳採取の効率を高めていたのだ。
その日もスジ太郎は乳小屋の奥で両手足を縛られ、目隠しをされながら乳を出し続けていた。一見すると虐待をされているように映るが、これも興奮すると乳が良く出るという、この世でスジ太郎のみに許された特性を生かした手法であった。
「すまんな、スジ太郎。今は走り出したばかりの『ランプ乳業』の大事なときなんだ。幸い我々は原材料に費用はかからない。とにかく今はワカメシティ中の人間に無料でこのランプ牛乳を配るんだ。まずは認知から始めないとな。本格的な商売はそこからだ」
「と、父ちゃん! もしかして俺ばっかり乳を出してるんじゃないよな!? ちゃんとスジ子も搾ってるよな?」
「…………………………ああ」
「父ちゃん!! なんだよっ今の間は!! ちゃんと答えていいいいぎぃぃぃっぃぃぃぃぃ!! ぎゃっほぉぉぉ!! ……はぁ、はぁ、急に摘むなってば!! ちゃんと摘む前に言ってくれよ!! 心の準備があるんだよっほいっ!! んっんっ!!」
「すまんな、スジ太郎。不意打ちで摘むと乳の出が良くなるからな……」
タンクを取り替え、きっちりスジ太郎の乳首を摘んで程よい刺激を与えてからランプは乳小屋を後にした。
「はぁ、はぁ……んっんっ!! まったく父ちゃんめ……仕方がないにしろ一日くらい休ませてくれてもいいのによ……」
「へぇー、なるほどそういうことかぁー」
「だ、誰っほいっあひっひ!? ひぎぃぃぃ」
スジ太郎は目隠しをされていたため姿を確認することはできないが、聞きなれない女性の声から、知らない人物であることを察していた。
背後に立っていたのはテクテクであった。
「ボクはエスパーのテ……いや、名乗る必要なんかないんだったー。今ねーワカメシティでーすごく美味しいって評判の牛乳が大量に出回ってるって聞いてねーどうやって生産してるかちょっと気になって見に来たんだー。あははーこれは驚いたなぁー」
「エ、エスパー!?」
「既に目隠しされて縛られてるなんてー君ほんと準備いいねぇー。悪いけどー君のことー連れて行くねー。いやー会場の連中にもいい土産ができるなぁー。君みたいに珍しいのはきっと稼げるよー? ミルクも売って倍儲けられそうだなぁーあははー」
「は? ちょっと待てよ、何言ってんっほ! ほっほっほぉぉぉぉ!!」
「んーさすがに気持ち悪いなー……あーそうだー!! もっときつく縛ったらそのミルクも止まるかなー……えいーっ」
小屋に設置された棚から、荒縄がひとりでに浮かび上がりスジ太郎の体に巻きつき始めた。テクテクのサイコキネシスによるものであった。巻きついた荒縄はギチギチと遠慮のない力でスジ太郎を締め上げていく。
「い、いたっ! 痛いっ!! さ、さすがにこれはいた、いいいぃぃぃぃぃく、苦しいっ!! ひぎっ!!」
「んもー、君ーうるさいっ!」
後頭部に強烈な衝撃を受け、スジ太郎の視界の中に火花が飛んだ。
そしてスジ太郎の意識はそこで途切れたのであった。
「気が付けば馬車の中だったというわけだね。ふむ」
「な、な、な!! あいつ、そんな悪いエスパーじゃったん!?」
「でも確かに、なにか胡散臭いものはあったわね」
「ス、スジ太郎君、頭大丈夫なのぉ? 殴られて気を失っちゃったんでしょ?」
ラブ公が竹馬に乗り、上から心配そうにスジ太郎の後頭部を確認していた。
「ラブ公、ありがとうな! でも大丈夫。ちょっとコブができたくらいだからな」
「スジ太郎……」
チョンカも心配そうな顔をしていた。しかしその心配は頭のコブのことではない。
「せっかく家族で暮らしとったのに、また離ればなれになって……早よぅワカメシティに帰ってやりぃや。きっとみんな心配しとるよ?」
「……チョンカ……いや、家のことはいいんだ! 俺、今まで家族に散々迷惑かけたからさ、みんなのためにって思ってお乳製造マッシーンになってたけど……正直、当分あの生活には戻りたくねぇや! なぁ、俺もチョンカと一緒に旅についていっちゃダメか?」
スジ太郎の予想外の言葉に、チョンカの顔から血の気が引いた。そして慌てて身振り手振りを交えながらスジ太郎の説得を始める。
「な、な、何言うとるんよっ!! はよ帰ってランプさんらを安心させてあげぇや!! うちらこれからどんどんワカメシティから遠ざかって行くんじゃよっ!?」
「チョンカ……分かってる。俺の乳だろ? 分かってるよ……キモイよな……そんな奴と一緒に旅をしたくないってことだろ?」
「そうじゃよ」
「チョンカちゃんっ!! ストレートすぎるよ!!」
「いや!! いいんだ、ラブ公。サンキュな。なぁ、チョンカ……俺さ、さっきビッグバンを引き起こしてから、一度も乳を出してないだろ?」
チョンカとラブ公は顔を見合わせた。スジ太郎の言うとおりであった。
「そういえば……そうじゃね。病気治ったん? 変態の病気」
「チョンカちゃんっ!!」
「いや、最近な、この暴れん坊の魔乳を自分の意思でコントロールできるようになってきたんだ……まぁ、徐々にだけどな」
「へぇー!! すごい……? の? かな? まぁそれならついて来てもええけど……」
チョンカはそう言って西京やシャルロットの顔色をうかがった。
「チョンカ君が決めたのなら私は構わないよ」
「あたしは……うーん……変態行為がないなら構わないけど……」
「ねぇねぇ、スジ太郎君! 徐々にってさぁ、どのくらいコントロールできてるのぉ?」
ラブ公は興味津々でワクワクしながらスジ太郎に質問をぶつけてみた。
スジ太郎は少し考えた後、チョンカとシャルロットのほうを見た。ラブ公の質問はチョンカとシャルロットも気になっていたのだ。自然と目が合った。
「そうだな……乳の出の強弱と……あとは濃度……それと我慢できる時間だな」
「ふむ、異常体質を自分のものにし始めているようだね。何の意味があるのか私には分からないが。ちなみに我慢できる時間はどのくらいなのだい?」
「そうだな……五分ほどですね……だからそろそろそろろろあ、あ、あっひーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!」
不意打ち。
それは油断をしているときに予想外の攻撃を加えられることを言う。
乳は出ないのだと安心していたのだ。
安心していたが故にスジ太郎と距離を詰めすぎていた乙女達は、その顔に熱い乳を直接叩きつけられた。
あまりに突然の出来事に成す術もなく──
直後、乙女達の大音量の悲鳴が、周囲に響き渡ったのであった。




