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エスパーチョンカ!  作者: ちぇり
第4章
80/109

23

「おぁっ! おぁっ! おあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」



 チョンカ達のサイコガードに向けて、何度目か分からない白い煙がかけられた。

 後ろで見ている第五の兵士達もヤスヒロも皆呆れてしまっている。磯っぺには異性にだらしない、見境のないという悪い癖があった。


 ラブ公から見た海は最早青くはなく、白い靄がかかった様な色をしていた。



「チョンカちゃ──ひぃっ!!」



 後ろを振り返りチョンカの名を呼ぼうとしたラブ公はあまりの恐怖に尻餅をついた。今まで見たどのチョンカよりも恐ろしい、真っ黒く塗りつぶされたような表情の中、暗く光る両目から血の涙を流しながら、チョンカは同じような形相のシャルロットと手を繋ぎ立っていた。



「殺そう? シャル」


「そうね、チョンカ」



 汚された乙女達に、もはやためらいはなかった。



「うちの正義……第三条。変態は許せん……10を超えたら殺す……」


「ふふ……チョンカったら……もう忘れちゃったの? ……第二条でしょ……馬鹿ね……」


「ラブ公……」


「ひぃいいぃぃ! な、なに? チョンカちゃん!! 僕何も悪いことしてないよ?」


「ラ、ラブ公! なんや二人とも様子がおかしいで!! に、逃げぇ! こっちこい!!」



 ウルフが危険を察知し叫んだが、ラブ公とて逃げられるならそうしたい。しかしここは海の中で更にはチョンカ達のサイコガードの中なのだ。逃げられるはずもない。



「騎士君……私達に力を貸して……」


「ラブ公……はよぅ……」


「ひぃぃぃっぃぃぃっ!! わか、分かったから二人とも! こ、興奮しないで!! ああっ!!」



 ラブ公はチョンカに頭を鷲掴みされ、無理矢理に肩に乗せられてしまった。



「え、ええっと、力、力ぁ……」


「ラブ公……」


「騎士君……」


「ひいいいぃぃぃ!! ごめんなさい! も、もう少し待って!! 力……力ぁ……!!」



 恐怖に怯えるラブ公は、通常の精神ではない為、上手く力を流すことが出来ずにいた。しかしそれで許してもらえる状況でもないことはラブ公も分かっている。極限状態の中、ラブ公はなんとか少しずつ精神を集中させていた。

 両目をきつく閉じ、いつものチョンカとシャルロットの笑顔を思い浮かべることに成功していたのだ。



 ラブ公の体と、チョンカとシャルロットの体が赤く輝きだす。

 その輝きはいつもよりも目に見えて少ないが、このような状況の為、ラブ公を責める事はできない。むしろ恐怖に耐え、よくここまで力を流せているといったところだった。

 チョンカの背中に光の輪が、シャルロットの背中に闇の輪が生成される。



「……足りんけど……ええじゃろ」


「ええ……あたしも十分よ……」



 チョンカとシャルロットは繋いだ手を、サイコガードの上でアヘアヘしている磯っぺに向けた。







「これでも喰らいぃやっっっっっ!! この変態っっ!! サイコフォトン!!」


「闇の中で息絶えなさい!! このど変態っっっっ!! サイコノワール!!」







 チョンカ達の背負う光と闇の輪から、繋いだ手の先へエネルギーが収束する。

 二人の息の合った掛け声を号令に、避けようのない速度、つまり光速でそれは放たれた。

 光と闇が螺旋を描いて絡み合いながら触れるもの全てを貫く。

 光に触れたものは分解、闇に触れたものは吸収されながら海を貫通、波も立てずにそのまま海面から飛び出し、そのまま真っ直ぐに空へ向けてどこまでも途切れずに伸びていった。


 チョンカの光に対するイメージが以前よりも細かくなっていた。今まではパイロキネシスの応用ということもあり「焼く」というイメージが強かったのだが、シャルロットとの日々の練習でそれは「分解」へと変わっていた。

 シャルロットも西京の指導の下、日々訓練を怠ってはいない。まだまだ師事してかなり日は浅いものの、チョンカと同等クラスの才能を秘めた彼女は使うことはもちろん、応用に発展させるまでにそれ程時間を要していない。


 もちろんラブ公の力を借りなければここまでの能力は使いこなせないが、彼女達のエスパー能力はもはや他の追随を許さないほどにまで到達している。








「あひいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっっっ!!」







「い、磯っぺ様!!」


「磯っぺさんっっ!!」




 磯っぺの体は真っ二つになっていた。腹の下、丁度人の体が魚の体になる部分から上下に千切れていた。断面から血は流れていない。分解された上に吸収され、肉がむき出しになりつつも傷口が塞がってしまっていたからだ。しかし磯っぺの口から海水に血が混ざるように吐き出されていた。



「ご、ごはぁっ!!」


「お前らよくも磯っぺさんを!!」


「ゆ、許さんでっ!! やってまえ!!」


「許さんのは……こっちのほうなんじゃけどっっっっ!!」


「そうよっっっっ!! もう、もう……取り返しがつかないんだからっっっ!!」



 光と闇の共演が始まった。

 青かった海は、光と暗闇でうっすらと魚たちの影が見えるのみであった。



「サイコレイ!!」


「サイコロワゾ!!」



 無数の光の雨と闇のフクロウがチョンカ達のサイコガードから第五の魚兵の群れに放たれ続けた。



「ぎぎ……な、なんちゅう奴等や……」



 満足に体を動かすことができなくなっていた磯っぺの手から、黒あわびがこぼれ沈んでいく。

 目の前で自軍の兵士たちが成す術もなく光と闇にその体を貫かれ腹を向けて浮かんでいく光景を、薄れゆく意識の中ぼんやりと眺めていた。

 西京の言うように、磯っぺの選択は間違えていたのだ。

 西京を出し抜こうとしたことか、チョンカ達と出会ったことか、地獄の門を開いてしまったことか、その全てなのか。

 しかしこれだけは言える。二人の乙女を穢してしまった罪は、命をもってしても償いきれるものではないのだ。


 磯っぺはあっけなくその生涯の幕を閉じたのだった。

 そして、その場にいた第五おさかなちゃんパラダイスの兵士たちも、一匹残らず二人の乙女の怒りによってアニマを散らした。

 ただ一人を除いて──



「こ、これは黒あわびやんけっ!!」



 凄惨な光景に口を開けながら恐怖におののいていたウルフの頭上に、それは舞い降りてきた。

 磯っぺの手からこぼれた黒あわびであった。


 磯っぺは勘違いをしていた。

 西京がこちらに気付いていないと思っていたようだが、そんなわけはない。


 西京は全てを見通していた。

 海面に近い高みから、悠々と起こっていた出来事全てを見通していた。


 ウルフはそれを肌で感じていたのだ。

 少しだけとはいえ西京にこき使われている。その得体の知れぬ恐ろしさを嫌と言うほど感じていた。


 この黒あわびを西京に献上しなければ命はない。



「待ったらんかいや壷輔ぇぇーーーーーーーー!!」



 呆然と黒あわびを見つめるウルフの頭上から、大きな鋏が振り下ろされた。



「──っ!!」



 間一髪であった。もしもヤスヒロの大声がなければ避けられなかったであろう。

 寸前のところで我に返ったウルフは黒あわびをしっかりと抱き命の危機から脱した。



「しゅ、主任!!」


「その黒あわび、よこさんかいや!! 死にさらせ、壷輔ぇぇぇぇぇぇ!!」


「ぐげぇっ!!」



 鋏に叩き潰されることを回避したものの、続く猛攻にとうとう壷輔は手にした黒あわび共々、海底の土ごと挟み上げられてしまった。



「ぎひひっ、捕まえたでコラ!!」


「しゅ、主任!! 主任は第五のスパイやったんでっか……?」


「あぁ……? げひひ、せや! ワシはな、磯っぺさんにこういうときのために暴れて来い言われて第六におったんじゃ!」


「そ、そやけどその磯っぺいう人はもう死んでまっせ!?」


「やかましいんじゃボケが!! そんなもん見たら分かるわい!! ワシがこの黒あわび持って第五に帰ったら今度は磯っぺの代わりにワシがボスになれるやろうが!! はよその黒あわびをよこさんかい!!」



 ウルフには分かっていた。


 今の今まで持っていた黒あわびがいつの間にか手元からなくなっていることを。


 どんな能力なのかは知らない。知らないがそれがエスパーの能力であることは分かっていた。



 頭上から見下ろす、西京の手に黒あわびが握られているであろうことを、ウルフは何となくであったが察していた。



『ウルフ君』



 鋏の圧力に耐えかね、意識が薄らいでいくウルフの頭の中に、声が届いた。



『ウルフ君、よく黒あわびを守ってくれたね。中々見所があるじゃないか』


『へへ……お、おおきに……』


『どれ、そんな君に私からプレゼントをあげよう。どうやら君はその蟹には因縁があるようじゃないか』


『プレ……ゼント……?』


『あとは君の好きにしたまえ』



 ウルフの脳内に、聴いたこともないようなとても甲高い「キーーン」という音が鳴り響いた。













『サイコプレッシャー』













 押しつぶされ、甲殻が軋み、摩り潰すような音が自分の上から響いた。

 鋏の圧力が弱まり、隙間から体が抜けていく。蟹の甲羅の欠片とともに、しばし海を漂い意識が戻る。



「ぎ……ぎぎ……壷……輔ぇ……ワレ、何しくさ……ったぁ……」


『ふふ、手加減をしすぎてしまったかな? さあウルフ君。どうするね?』



 西京のサイコプレッシャーに押し潰されながらもヤスヒロはまだ息があった。ただし、もう動くのもやっとの様子である。

 ヤスヒロのそんな姿を見て、ウルフは最後の力と勇気を振り絞る。

 今ならやれる、積年の恨みを晴らすことが出来る、そう思ったのだ。



「う、うおおおおおおぉぉぉっぉぉぉぉ!! 死にさらすんはお前じゃぁああああーーーーー!!」



 甲殻に無数の亀裂が入り、原形をとどめていない鋏が、向かうウルフを待ち構える。



「壷……輔……コラァ……」


「これでも喰らえやっっ!! おらあああーーーー!!」



 ウルフは口から墨の塊をヤスヒロの目に向けて噴出した。墨は海水に溶け、一瞬でヤスヒロの視界を奪う。



「があぁぁぁ!! な……なんや!! コラ!! 壷……輔ぇ……!!」



 闇を振り払う鋏の動きが遅い。

 ウルフはとっさにヤスヒロの後ろに回りこみ、右の鋏の間接部分に自身の足を巻きつかせた。



「まずは右や!! ふぃんぎいいいいいぃぃぃぃいいいぃっぃいーーーーーーー!!」



 ウルフは足に力を込めた。

 極限状態でウルフの体はタコレナリンが大量に分泌され、今まで出したことのないようなタコ力が出ていた。

 ヤスヒロの鋏が曲がってはいけない方向に曲がる。


 力を込めすぎたウルフのタコ足も千切れかかっていた。

 しかしそれも、タコ脳内にβタコドルフィンが大量分泌されたせいか、お構いなしに更にタコ力を込める。



「うおおおぉぉおおおぉーーーーーーーーーーーーーー!! 壷輔ぇーーーーーーーーーー!!」



 やっと右の鋏を折っただけだ。しかしそれでタコ力を使い果たしてしまったウルフの体は再び海の中に浮かんでいた。

 自身が折った、ヤスヒロの鋏と共に。



『ふむ。上出来じゃないか。もうゆっくりおやすみ。それ、サイコプレッシャー』



 意識を失い、光と闇が支配する海中を浮遊するウルフの下で、再び硬いものが擦りつぶれる音が響いた。無数の泡と、蟹の甲殻の欠片がウルフの頬をくすぐった。

 ウルフの下、海底には底の見えない大きな穴が開いていた。

 ヤスヒロの姿はもうどこにも見当たらなかった。

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