16
チョンカ達は砂浜に立ち、海のほうを眺めていた。
「先生、ほんまにここにおさかなちゃんパラダイスの入り口があるん?」
「ふむ、全員が転送されたのはこの場所だからね。ここで間違いはないはずだよ? ムッシュ君、どうなのかな?」
「ああ……うひょ! 間違いない。ただし、この真下だ。砂の中に隠されている。昔に自力で掘って鉄の壁があったのを確認済みだ。騒がれても事だから結婚した後に隠したのだがな」
地面の砂を撫でている父の姿にシャルロットは眉を寄せていた。
「パパ……着替えるって言って出てきたのよね……なんでさっきと変わってないのよ!! もうその変態スーツは脱ぎなさいよ!! もう命は短いんでしょう!? だったら脱いでも同じことじゃない!!」
ムッシュは出掛けに着替えるから先に行けと言い一人遅れてやってきていた。しかしシャルロットの言うようにムッシュの姿は先程とは何も変わっていなかった。全裸の上に透明の肉じゅばんを着ている。その中の水に無数のドクターフィッシュが泳いでいた。
「ああ、これはな。少し特殊なんだ。んっひ! 今から戦闘になってもおかしくないからな。身を守る為にも備えはいる。……使わないことに越したことはないが……それよりもシャルも着替えたのだね? その服は若い頃のシンシアの服だね? んほーーっほほほほーーーーーーーーーーー!! ち、乳首はやめ……ぎぎ……ほ、本当にシャルはママそっくりだね」
「……ぶちキモイんじゃけど……」
「ごめんなさい……チョンカ……でもあたしも同意見よ」
ムッシュの言うように、シャルロットは母親が若い頃に着ていたお気に入りの服に着替えていた。
今までのゴスロリファッションと同じくフリルやリボンが沢山装飾されているのだが、白と薄いピンクを基調としていた。アクセントに胸元の小さめのリボンと靴が赤い。そして何よりも目を引くのが、垂れたうさ耳のヘッドドレスであった。
本人曰く、ガリとお揃いみたいで気が引けるとのことであるが、チョンカにはそんなことよりも、また女性らしさで負けたような気がしてしまい、密かに自分も次に大きな町に行ったときに可愛い服を買おうと考えていた。
「シャルロット君」
「え、あ、はい! マスター」
「ちゃんと毎日練習しているね? いけそうかい?」
「はい! マスター!」
「ふむ。皆、危ないからシャルロット君から離れてくれないかい?」
西京にそう言われ、全員が急いでシャルロットから離れて西京の後ろへ下がる。
「くんかくんか、ワシは美人姉ちゃんから離れへんでぇ!」
シャルロットの腹部の辺りで、交差させた両手が淡く光だした。両目を閉じ精神を集中させる。
影を伸ばすイメージを──
全てを飲み込むイメージを──
何もかもを塗りつぶすイメージを──
「サイコシャドウ!!」
シャルロットの体がサイコキネシスで砂浜から少し浮かんだ。
両目を見開き両手の交差を解く。その瞬間、砂浜に落ちているシャルロットの影が大きく広がり、直径4m程の円になった。
「あ! シャル!! すごいっ」
もちろんチョンカも西京の指導の下、サイコシャドウの訓練はしている。しかし結局チョンカにはサイコシャドウを使うことが出来なかったのだ。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああーーーーーー!!! い、いだ、痛い!! 足が、足がーーーーーーー!! 助け、誰か助けてんかぁああああああああ!!」
シャルロットの足元に、深い大穴が開いていた。足元にあった砂をサイコシャドウで飲み込んだのだ。
シャルロットが開けたその穴に、入り江の海水と崩れゆく砂が底へと流れ出した。
そして穴の縁にはなぜか、残った足をサイコシャドウに飲み込まれ、痙攣しながら涙を流しているタコの姿があった。
「ワ、ワシの足……とうとう全部なくなってしもたぁ……うおおおぉぉん!」
「は? あれ? お前壷輔やん。何? シャルが開けた穴から出てきよったん?」
「ちゃうわあほんだらっっ!! ワシずーーーーーーーーーーーーっとお前らと一緒におったっちゅーねん!! しまいに怒るでしかしぃ!!」
「ずっと?? え、うち気付かんかったけど……? ずっとっていつから? シャルは気付いとった?」
サイコシャドウを使い終わり、チョンカの隣へ着地したシャルロットも怪訝な表情でウルフを見る。
「いいえ? ウルフさんは今、入り口から出てきたんじゃないの? ごめんなさいね、巻き込んでしまったみたいね」
「何ゆうてんねん!! ワシも一緒に珊瑚姫の転送銃でここに来たやんけ!! なぁ、わざとやろ? なぁ? わざとやって言うてくれやっ!! せやないと可愛いワシが自殺するかもしれんで??」
そんなことを言われてもといった表情でチョンカとシャルロットは顔を見合わせた後、西京達の方へ問いかけるように視線をやった。
「ガーーーーーーーーーーッハッハッハ!! そのようなタコなどワシは知らぬな! 初見であるな!! ぶるるるるるっ!」
「…………ふむ」
「え? ちょ、ほんま酷すぎやで自分ら!! ワシ何回も喋っとったやないかぃ!」
「そんなこと言われても記憶にないわね……本当にいたの?」
頬に手を当てながら考え込むシャルロットを、ウルフはキッと睨みつけて叫んだ。
「夜の砂浜でお前らが何回も何回もディープキッスしとったの、ワシめっちゃ近くで見とっ──」
「パパパパイロキネシスーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっ!!」
ウルフはシャルロットの突然のパイロキネシスにより、発言を中断され火達磨になって転げまわった。
「うおおおおおおおっっっっっっ、な、何さらすんや姉ちゃん!! あつ、あつ、あっついでしかしーーーーーーーー!! 焼ける、焼けてまう!! 誰か消火してくれ!! たこ焼きになるやんけっコラァ!!」
「ふむ……足があればたこ焼きになったかもしれないね」
「ガーーーーーーーーーーーッハッハッハッハ!! その通りであるな!! ぶるるるる!! どれワシが鎮火してやろうか?」
「あひんっ、ダディ……お前鎮火と言うが小便をかけるつもりだな?」
「あつーーーーーーーーっっ!! さ、最悪やなお前ら!! ひっひっひーーーーーー!! あかん、もう限界や!!」
ウルフはそう言い残すとごろごろと転がりながらシャルロットの開けた大穴へ飛び込んでいった。
底のほうへ流れていく海水に浸かろうとしているのだ。
「シャル……や、やりすぎやないん……?」
「ふーーーーーーー!! ふーーーーーーーー!! あ、あのタコが……ウルフさんがおかしなことを言い出すからよ!!」
チョンカはシャルロットに対し、逆らえない空気を感じることが多々あったが、この時改めて心の中で誓ったのだ。
シャルロットをなるべく怒らせないようにしようと。
「そ、それよりも行くなら早く行きましょう!? 大丈夫だと思うけど騎士君をいつまでも待たせられないわ!」
「ガーーーーーーーーーーーッ八ハッハ!! そうであるな!! ワシも研究がしたくてウズウズ……ウズ……ウズズ……」
「ダディさん? どしたん??」
突然ダディがその場に震えながら蹲りだした。
チョンカは危険を察知し、身を翻し急いでダディから距離をとった。
「ぶるる……ぶる……ぶはぁぁぁぁっっっっっ!!」
ダディの白い全身タイツが、赤く染まった。
砂に染みていく大量の血は、ダディが吐き出したものであった。
「え、うそ! ダディさん!?」
「ダディ!!」
チョンカはまた爆発するかと思っていたので吐血するダディを呆然とした表情で見ていた。
ダディは今まで便意を我慢しつつ、プロのサーカス芸を見せてくれた。
命が尽きるまで残り僅かだと聞いても、どこか信じられなかった。
ダディはそんなそぶりを今まで一度も見せたことがなかったからだ。
「ごぷっ……がはっ! す、すまん……ガッハッハ……もうワシの命は長くはないと皆に明かしてしまったであるからな……実は我慢をしておったのは便意だけではなかったのであるな……ガハハ」
ダディの蹲る砂から、小さな水柱が数本伸びてきた。水柱は意思を持っているかのように緩い渦を巻きながら合流し、ダディの体を包み込んでいく。
優しく流れる水が、ダディの体に付着した血を洗い流していった。
「ガッハッハ、西京殿、痛み入るであるな」
ムッシュが無言のままダディの隣にしゃがみこみ肩を組みダディと共に立ち上がった。
「ダディ……んほっ! ……行くぞ。行って黒あわびとやらで一緒に祝杯をあげるぞ……」
こくりとダディは頷いた。
ダディの命に許された時間は少ない。
その姿はチョンカとシャルロットに否応なくそう感じさせた。
肩を組んでいるダディとムッシュを球状のサイコガードが包み込む。
「さぁ、皆。それでは行こうか」
西京の言葉に全員が黙って大きく頷いたのであった。