17
その夜、チョンカ達はウラメシ山ふもとの公園の片隅で野宿をしていた。
大会を控え、このあたりで同じように野宿をしているエスパーの姿は多かった。
いつものように、西京のサイコシャドウで取り出したテント等の野宿グッズを広げて食事を済ませた後、火を囲んで寝るまでの時間をゆっくりと過ごしていた。
この時間は普段、チョンカやシャルロットの修行の時間でもあるのだが、落ち込んだチョンカは火を見つめたままジッと座っていた。シャルロットもそんなチョンカを心配し、隣に座って離れようとはしなかった。
「ふむ、チョンカ君もスジ太郎君も今日は良く頑張ったね」
「西京!! ひどいよっ!! 結局見せてくれなかったじゃない! 僕一生懸命お尻振ったんだよ!?」
「見せるかどうか考慮すると言っただけで、確約ではないからね。ちなみに今も考慮している途中だから、あまり騒ぐと評価に響くよ? 本番で見られないことになっても私は知らないよ?」
西京の言葉を聞いて、ラブ公は慌てて口をふさいだ。本番ではチョンカ達の勇姿を何としても見たいからである。
「うちは……」
チョンカが突然ポツリと言葉をこぼした。シャルロットに抱かれ、悔し涙を流してからはじめて発する言葉。
シャルロットは母親のようにチョンカとの距離を詰めて手を握ってやる。
「うちは、頑張れんかった……テクテクに追いつけたのは、全部スジ太郎のおかげじゃよ……」
「チョンカ……俺も頑張ったけど……チョンカがいなきゃあんなに頑張れなかったぞ?」
「スジ太郎はあの短いバトルの中で、新しい力をどんどん覚醒させたり、色んなこと考えて試そうとしたり……!! うちは……うちは……能力使うことに精一杯で、何も出来んかった!!」
堰を切ったようにチョンカから溢れてくる言葉と涙は悔恨の色に濡れていた。
しかしそれは負けてしまった悔しさよりも、自分の力のなさを悔やむものであった。
「チョンカ……負けたのは俺のせいだ! あいつの卑怯な手に気付かずに──」
「……多分あの急ブレーキはうちらを攻撃するためじゃなくて、曲がるためのブレーキだったと思うん……曲がる前はスピード落とさにゃいけんもん、それを分かっとったのに後ろにぴったりくっついとったうちの判断ミスじゃ……スジ太郎のせいじゃない!! うちのせいじゃ!!」
「ふむ、チョンカ君。その通りかもしれないね」
「マスター!!」
「それでチョンカ君はどうするんだい?」
西京の問いかけに、再びチョンカは言葉を続けることができずに押し黙ってしまった。
「反省することはいいことさ。それでチョンカ君はこの先どうするのか、それが重要だと私は思うよ? これがチョンカ君の限界なのかな?」
「ち、違う……違うもん……」
「ふむ」
「で、でも……テクテクは……全然本気を出しとらんかった……うち、後ろについて走ってそれが分かった……うちらは本気で走っとったけど、あいつは……」
「チョンカ!」
隣で寄り添っていたシャルロットがおもむろに立ち上がった。見上げるチョンカを睨んでいる。少し怒っているようにも見え、チョンカは怒られると思い身構えてしまう。
「チョンカの正義、第三条!!」
「え……シャル……?」
「いいからっっ!! 第三条は!?」
「だ、第三条……? うちの正義の第三条は……ま、まだない……んちゃうん? あれ?」
「あるっっっっっ!!」
「ひっ!」
シャルロットはチョンカの正面に座り込み、チョンカの瞳をまっすぐ見据え、両手でチョンカの頬を挟みこんだ。
「あたしが知ってるわ。チョンカの正義はあたしが覚えてるもの」
「シャル……?」
シャルロットは大きく息を吸い込み、普段からは想像も出来ないほどの声量で叫んだ。周りで野宿しているエスパー達が注目するほどの大きな声。
「チョンカの正義 第三条!! 正義のエスパーは絶っっっっっっ対にあきらめない!! どんな窮地に追い込まれても決して立ち止まらずに、え、え、笑顔を絶やさないっっっ!! はい、復唱っっっ!!」
叫びながらシャルロットは涙を零していた。
落ち込んだチョンカに寄り添い、親身になってその身を案じている。そして気付けばチョンカの手をラブ公が握っている。シャルロットもラブ公も、心からチョンカを心配し応援しているのだ。
そしてその気持ちは、負けてしまってふさぎ込んでいたチョンカにまっすぐに届いた。
焚き火の赤い炎が濡れたチョンカの瞳に映りこむ。
溢れる涙を乱暴に拭って、チョンカも叫んだ。
「うちの正義……うちの正義 第三条!! 正義のエスパーは絶対、絶対、絶っっっっっ対あきらめん!! どんなピンチになっても絶対立ち止まらんし、笑顔も絶やさんっ!!」
「チョンカちゃん、頑張ろう? 僕も側にいるから!!」
「さぁ、チョンカ! こんなことをしてる時間があるの? 諦めない正義のエスパーは、これからどうするの?」
チョンカは二人の手を握った。二人とも少し震えている。
二人の気持ちに応えたい。そう思えば思うほど熱い気持ちが沸いてきてじっとなどしていられなくなる。
「うん!! 二人ともありがとうっ! うち、練習してくる!! スジ太郎!」
「おう、行こうぜ、チョンカ!」
勝利への情熱と決意を取り戻したチョンカは涙を拭いて再び登山道へ向かうため立ち上がった。今度は絶対に負けない。時間が足りなければそれを努力で埋める。そう誓いを立てて、ウラメシ山を見上げた。
「チョンカ君、待ちなさい」
「先生?」
「スジ太郎君と呼吸を合わせなさない。能力の運用は二人の呼吸が揃えば遥かに向上するはずだよ。そして……私が課している普段の特訓もちゃんと行うように……分かっているかな?」
「はい!!」
チョンカとスジ太郎は登山道へ向かい走り出した。恐らくは大会当日まで戻ってくることはないだろう。シャルロットは檄を飛ばしたにもかかわらず、その後姿を見るとどうしても心配になってしまうのであった。
「ふふ、シャルロット君は母親のようだね」
「マ、マスター!! ……もう!」
「大丈夫さ。チョンカ君ならきっとやり遂げるさ。私が今言った意味にも気付くだろう」
「……うん、あたしも信じてるわ。信じてるけど……本当にチョンカったら、こんなに心配かけて……馬鹿ねっ!」
二日後、エスパー大運動会の開催日。
チョンカ達は開会式を見るために観客席にいた。
入場の際には運営側のエスパーのイヤらしいクレアボヤンスの透視による持ち物チェックを済ませ、競技場を囲む石の壁をくぐり、階段を上がって観客席に辿り着いた。
快晴。
雲ひとつない青空。そして柔らかい日差しは強すぎず、まさに運動をするには最適の天候。
競技場はトラックとフィールドを階段状になっている観客席が囲んでいる。観客席の後ろにはとても大きな長方形の黒い板が設置してあった。
トラックの外側には運営のテントが多数設置してある。中央部分のフィールドは芝生になっており、開会式を始めようと運営の責任者たちと思われる小さなラット(ねずみ)のエスパーがあわただしく働いている。
満員御礼の観客席から、どっと歓声があがった。
チョンカとラブ公、それにスジ太郎はこれだけの人数の中に埋もれた経験がないため、体がびりびりするような大人数の歓声に身をすくめていた。
開会式が始まる。
観客席の後ろにあった黒い板に、競技場中央の様子が映し出された。
「え!! あ、あの黒い板ってなに!? 一体どうなっとるん!?」
「ふむ、どういう仕組みだろうね? 板の下に数人、ラットのエスパーがいるようだが……ふむ、さすがと言ったところか。ああやって映し出してくれるとクレアボヤンスで遠視する手間が省けるね」
「えー、御来場の皆様、これより第300回、エスパー大運動会を開催いたします。開催に当たって、エスパー大運動会運営委員会会長であります、ラテ・ファンシーさんに開会の挨拶をいただきます。モニターをご覧ください」
モニターと呼ばれた黒い板に映し出された映像に、ラットの姿が映し出された。背中は黒く、腹の白い雄のラットであった。
「あ、ねずみじゃ!」
「ファンシー一族ね……」
「ファンシー……一族?? ってなんなん??」
「ふむ。エスパーの名門一族でね。ラットの家族なのだが、数多くのエスパーを輩出している一家さ。あれは一族の当主ラテかな? ラピスティ教団のような秘密主義の集団ではなく、昔から続いている有名な一家でね。どうやら運営はファンシー一族が担っているようだね」
「モニターっていうのも彼らの能力みたいね。やっぱりすごいわね」
「ふぅ~~~ん……そうなんじゃ……」
チョンカは昨日、一日中練習をしていたため少々寝不足気味であった。西京とシャルロットの説明を、我慢することなく大きなあくびをしながら興味なさげに聞いていた。「すごいねずみがいる」程度にしか理解をしていない。
「えぇ~、皆様、ご紹介に預かりましたラテ・ファンシーですじゃ……今日この日を迎えられたことを喜ばしく思っており……」
長い話の予感にただでさえ人並み以下であるチョンカの思考能力がさらに落ち、瞼が重くなっていった。
「このように好天に恵まれ、まさに運動日和となり……さらにはお日柄もよく、絶好の運動日和と言いましょうか、このように好天に恵まれ、まさに運動日和となり……さらにはお日柄もよく、絶好の運動日和と言いましょうか、このように好天に恵まれ、まさに運動日和となり……さらにはお日柄もよく、絶好の運動日和と言いましょうか、このように好天に恵まれ、まさに運動日和となり……さらにはお日柄もよく、絶好の運動日和と言いましょうか、このように好天に恵まれ、まさに運動日和となり……さらにはお日柄もよく、絶好の運動日和と言いましょうか……えぇ~、皆様、ご紹介に預かりましたラテ・ファンシーですじゃ……今日この日を迎えられたことを喜ばしく思っており……」
閉じかけていたチョンカの瞼が開いた。
「あいつ……何言いよるん……? さっきから同じこといいよるんじゃけど……」
「ふむ、かなりのご高齢らしいからね」
「チョンカ……寝てなさい……」
その後、ラテ・ファンシーの話は三十分続いたのであった。