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チョンカはテクテクとの勝負を前にウラメシ山 登山道の入り口へテレポートしようとしていた。
「ちょっと待ちなよーチョンカぁー」
「……何?」
「そんなにー、警戒することないじゃないかー? ふふ、ボクはテレポーテーションが使えないんだよねぇー。今からやるバトルは本番じゃないんだからぁー、ダウンヒルをしようよー?」
「ダウン……ヒル??」
「そうだよー。クク……ヒルクライムの反対でー峠を下るのさー。そうしたらボクがわざわざ下ってくるのを待たなくてもいいよー? それにねぇー、ダウンヒルは下りだからヒルクライムよりも圧倒的にスピードが出るよー。早く終わってすぐに自分の練習に取り組めると思うよー?」
テクテクが何を考えているのかが分からない。
チョンカはシャルロットほどではないが、確かに何かを企んでいそうな雰囲気をテクテクから感じている。それが何かは分からない。
しかし正義のエスパーはそれを正面から受け止めるだけなのだ。
「ええけど? ほんじゃ登山道の出口からスタートじゃね?」
テクテクは愛機に乗り込み、サイコキネシスで空中へ浮かべた。
真っ黒なその機体は先端が尖っており、まるで削岩機のようなフォルムをしていた。
「ふふ、ボクの愛機ー、マルターエボリューションXのことがー気になるのかいー? まぁボクにとっては特別だけどー、何か仕掛けがしてあるわけじゃないよー? さぁー早く始めようじゃないかぁー」
「チョンカ……気をつけて……」
スジ太郎の代わりに自分があの場所にいてあげたい。パートナーであったら、こんな風に不安に思ったりはしないのに、と少しスジ太郎にやきもちを妬きながらではあるがシャルロットはチョンカの無事を祈った。
「チョンカが先行しなよー。クク、ボクは後追いでいくよー。勝負はボクに抜かれたら負け、抜かれなかったらチョンカの勝ちってことにしようかー。ボクはもう何度もこのコースを走っているからさぁー、一分間のアドバンテージをあげるよー?」
「あどばんてーじ?? 何をくれるん?」
テクテクの言うことがチョンカに伝わっていない。くれる物なら貰おうかと思っているチョンカだが続くテクテクの言葉を聞いて憤慨することになる。
「ハンデさー。チョンカがスタートしてからボクは一分間この場で待っててあげるって言ってるのさー。ボクがスタートするのはその後だよー」
「……なっっっ!! そんなもんいらんわ!! 負けた後の言い訳にするつもりじゃろ!? うちはそんなもんいらんけぇ、一緒にスタートでええよっっ!!」
「ふ~ん……素直に受ければいいのにー……クク、分かったよー。チョンカがそう言うならボクはそれで構わないよー?」
「それと!! うちが後を追いかけるっ!! なんかお前の言うこと聞くの嫌じゃもん!!」
「あーーーーーーーーっはっはっはっは!! チョンカー、君本当に面白いねぇー。いいさーこっちも負けたときの言い訳をされたら困るからさー、好きにさせてあげるよー? じゃあボクの後ろに並んでくれるかいー?」
ウラメシ山 登山道を頂上から麓に向かって一気に駆け下りる乗り物ダウンヒル。
運動会開催前の非正規な試合が開催されることとなった。
登山道の出口、つまりスタート地点にテクテクの愛機、その後ろにスジ太郎におぶられたチョンカが並んだ。
テクテクの愛機がゆっくりと動き出した。
「チョンカーじゃあ行くよー? 最初のコーナーを曲がってからバトルスタートだよ-? そこから全開走行だからねぇー?」
「スジ太郎!!」
「分かってるよ、チョンカ!! 行くぞ!!」
テクテクの漆黒のマルターエボリューションX、通称マルエボの後についていくように、スジ太郎が走り出した。
最初のコーナーを曲がってからが勝負、そうテクテクは言ったが、既にかなりの速度が出ているようにスジ太郎には思えた。
マルエボの大きな車体から感じる威圧感にスジ太郎の心は焦りに支配されていた。
「スジ太郎……?」
「チョンカ……やっぱあいつ、只者じゃないかも……コーナー曲がったら全力で頼む。相手が油断している間に抜いちまおうぜ」
「……分かった!!」
そして最初のコーナーに差し掛かる。Rの大きな緩い左カーブである。
チョンカもずっとテクテクとその愛機から嫌な感覚は覚えていたのだが、スジ太郎ほどの焦りがあるわけではなかった。西京直伝のこの方法でサン平も抜けたのだ。それなりに自信があった。
そして悪いことにスジ太郎の直感が当たることとなる。
コーナーを曲がりきった直後のことであった。
「えっ──!! テ、テクテクが!!」
「──っっっ!! チョンカ!!」
今まで目の前にあったテクテクの姿が遥か前方のほうへ遠ざかっている。
全開のサイコキネシス、機体も浮いているため音もなく遠ざかり、既に次のコーナーへと差し掛かっているのが見えたのだ。
呆気にとられるチョンカもスジ太郎の声を聞き、急いでサイコキネシスを全開にする。そしてスジ太郎の足のピストン運動が臨界まで高められ、ようやくフルスピードに達した。
「スジ太郎、次、緩いヘアピンじゃ!!」
「ああ!! って、ちょ、ま、チョンカ!! これは……!!」
ヒルクライムとは違い、ダウンヒルは下りであるために、ヒルクライム時のトップスピードを容易に超えてしまうのだ。登ったときには出せなかった速度が簡単に出てしまった上に、その速度のままコーナーに進入しようとしているため、スジ太郎が危険信号として大量の乳を地面に飛び散らせていた。
「チョンカ!! このままじゃ曲がれない……ああああああっっっ!!」
スジ太郎は恐怖心から足のピストン運動はそのままに、全力でブレーキをかけていた。
ヒルクライムではチョンカ達の姿勢は進行方向に対して前傾姿勢となる。そしてコーナー前の減速は、ブレーキだけではなく、単純にピストン運動を緩めることで自然と減速ができたのだ。
しかしダウンヒルは違う。
進行方向に対してほぼ直立か、減速時には背中が倒れ足が前に出る後傾姿勢となる。地面の勾配により自然に加速しているために後傾姿勢をとらなければ十分な減速ができない為だ。
そして先行してしまったテクテクを追いかけるため、焦ったチョンカ達は現在、急勾配の下り坂にも関わらず前傾姿勢のままコーナーに進入しようとしていた。
スジ太郎が乳をひり出してしまった恐怖も頷ける。
しかしチョンカも何も考えていないわけではなかった。
「スジ太郎!! ブレーキなんかええけぇ、コーナーに向かってジャンプじゃ!!」
「な、なにっ!? そんなことしたら俺の乳が──じゃねぇ、崖から落ちるぞ!?」
「ええけぇうちを信用してっっっっ!!!」
考えている余裕などない。ヘアピンカーブはもう目の前なのだ。この一瞬の判断を誤ってしまえばそれこそコースアウトだ。
スジ太郎はチョンカに言われるがままに、そのままのスピードを保ったままコーナーに向かって真っ直ぐ飛んだ──
「サイコガード!! ──サイコキネシスっっっっ!!」
チョンカのサイコキネシスにより二人の態勢が空中で大きく変わった。
ジャンプした二人はサイコキネシスで地面とほぼ平行になり、スジ太郎の足からコーナーへ進入していった。体の向く方向はコーナーの先、右方向。まるでスライディングで突っ込むような形になっていた。
「スジっっっ!! 蹴れっっ!!」
「ああああああああああああああっっっ!!!」
スジ太郎の肘や頬も、チョンカの足も、地面と接触しそうなほどに姿勢が傾いている。
倒れないのは進入速度を保っているからと、チョンカのサイコガードが接触部分のみ強化しているからである。触れそうになるたびにサイコガードが地面を削る。そしてサイコガードが強化された箇所がもう一つあった。
崖に向かって大量の土が落ちていく。
スジ太郎のピストンによってはがれた地面である。
進入速度そのままのGがスジ太郎の足にかかっているのだ。そして姿勢が地面に寝そべっている形に限りなく近いため、グリップ力を増すためにサイコガードでカバーしたのだ。
もっとも、チョンカにそこまでの計算などできない。
全てはチョンカの「いけるんちゃうん?」という勘に基づいたものであった。
テクテクは更に次のコーナーに差し掛かっていた。
背後から物凄い爆音が聞こえ、少しだけ速度を緩める。
最初のコーナーでクラッシュでもしたのかと思ったためだ。
「クク、なぁーんだー、まだ一つ目のコーナーだっていうのにぃー。もうお終いか──っん!?」
余裕でバックミラーを覗いていたテクテクの視界に、土煙の中から飛び出し猛スピードで追い上げてくるチョンカ達の姿を映りこんだ。
「──クク! 少しは楽しませてくれそうだねぇー。じゃあ行くよー!!」
更に緩やかなコーナーが続く。マルエボの機体が地面と直角となり先端のドリル部分が地面をえぐりながらインコースギリギリを攻めていた。そしてチョンカたちもそれに続き、またしてもスジ太郎がコーナーに向かって飛び上がった。
「絶対に追いつくっっっっっ!! サイコキネシスっっっっっっっ!!」
「ああああああっひっ!! ああああああああああ!!」
乳を我慢する暇もない、限界のバトルはまだ始まったばかりであった──