後編
22世紀初頭、世界の均衡は大きく崩れた。原因はHack Basis Launcherと呼ばれる機械だ。HBLは世界を改変する無限の可能性を秘めていた。HBLを手にした者達は世界を支配する戦いへの参加資格を手にしたことと同義だ。HBLを振るい世界征服を目論む者、HBLを持つ者を全て抹消しようと目論む者、其々の思惑が交差し第三次改変戦争、通称「最終戦争」の幕が上がった。
場所は真神軍本部、「神城」と呼称される要塞。
しかし今や神城は半壊し、元の美麗な面影は無くなっていた。
広大な敷地を有する神城、その中央庭園で長きに渡る改造者達の戦いに決着が付こうとしていた。後の歴史に語られる程の大戦争、その終焉だ。
「やれ。天災の魔王」
「御意」
魔王と呼称される彼女は大地に強く固定された重機関銃を掴み、引き金を引いた。
銃口から放たれるは紛れもない死。不可避の死。
直径7.62mm、無数の殺意が真神軍を横薙ぎに襲った。
一発一発の弾丸に込められた改変効果は絶対貫通、如何なる障壁も意味を為さない。
慌てて障壁を発動させた者も、障壁の発動すら忘れ逃げ惑う者も等しく弾丸の餌食となった。
「ほう、良い部下を持っているな」
セスカが不快げな様子で周囲を一瞥する。殆どの真神軍員がこの掃射一回で葬られたことを目の当たりにしたようだ。
「普通の人間に災害は防げない。諸君らに許されるのは頭を低くして怯え、自らの最期を待つことだけだ」
青髪の少女は、死屍累々を前にして冷たく笑った。
しかし、彼女は忘れていた。相手は仮にも世界最強の軍、世界第一位の改造者であるということを。
「なるほどな… ならば俺も全力を出すとするか。領域改変コード起動───No One Escapes Death(何人も死から逃れる事能わず)!!」
世界最強。改造者ランキング序列第一位。
真の覇者がその重い腰を上げ、神圧軍に牙を剥いた。
時を遡り、真神城本拠地「神城」突撃の三時間前。
「さて。戦術を軽く説明しようか」
パン!と手を打って話し始めた青髪の少女は神圧軍隊長を担う、Xz神刄√だ。
「敵主力は最高幹部であるIZANAI、悪神アム、獄炎☆鬼斬√の三名だ。世界最強の異名を持つセスカに関しては言うまでもないだろう」
「我々神圧軍本隊で敵本拠地を強襲。混乱に乗じて刄部隊が横から奇襲を繰り返す。敵主力を発見したら、即座に照明弾を空へ打ち上げて私か神圧軍最高幹部の誰かを呼ぶように。諸君らの装備は私謹製のDivine Armorだ。本来は即死するダメージを受けても一回までなら無効化できる。総員、好きに暴れろ!攻撃開始!」
神圧軍と刄部隊。二つの高ランク改造者の軍勢が野に放たれた。
しかし神城への移動中に事件は起きた。
「よう神圧軍。こんなに大勢で…何をするつもりだ?」
「悪神アム! 何故此処に!?」
敵軍最高幹部の一柱、悪神アム。野良で偶然出会うなど有り得ない存在。明らかに神圧軍による攻撃を予測していたタイミング。何かしらの手段で攻撃を察知していたとしか思えない。
「お前らの作戦なぞ偉大な我が神の前では無意味!消し飛べ!有象無象!」
悪神アムの持つ大剣が振り下ろされると同時に、剣から風圧の奔流が生み出され、神圧軍を呑み込んだ。風圧で巻き上げられた砂が粉塵となり視界を遮る。
「神刄さんへの攻撃は見過ごせないな」
ドン!と返しに神圧軍陣から爆風が発生した。粉塵を吹き飛ばし、神圧軍から一人の男が歩み出た。
「俺は神圧軍最高幹部、爆殺王みかりん」
「何?あの地雷と有名なみかりん?本物か?」
真神軍最高幹部の改造者、悪神アムですら一瞬当惑する。爆散王とはそれ程のネームブランド。
「行くぞ!ゆか!」
「うん!」
二人の改造者が悪神アムに襲い掛かった。
「くそ!何故お前らが神圧軍の味方を!しかも神圧軍!お前らも協定を破ったな!」
爆殺王みかりんとゆかりん。彼らは低ランク改造者でありながら、運良くも知人の高ランク改造者から絶大な威力を持つ武器を貰い、その武器で他の改造者や軍を潰して回っていた。彼らに潰された軍は数え切れない。
その様から、彼らに付けられた異名は改造者狩り。
彼らはその危険度故に、全ての改造者軍のブラックリストに載っており、発見即時抹殺が鉄則となっている。
「低ランク改造者の分際で二人掛かりとは卑怯な!」
悪神アムは苛立ちを隠そうともしない様子でみかりん、ゆかりんと戦っている。
「案外悪神アムって奴も大したこと無いな」
「そうだね!」
彼らは攻撃の狭間で笑い合う。二人の爆弾魔による連撃が絶え間なく悪神アムを攻め立てる。
「こんな奴らに俺が負ける訳が無い!! お前!何をしたァ!!」
悪神アムが神刄に対し怒りの咆哮を放つ。
「私? 私は彼らを保護し、適切な防具と適切な装備を与えただけさ」
澄ました顔で神刄が答える。彼女は至近距離で改造者が戦っていても身を守る素振りさえ見せない。まるでこの程度なら守る必要は無いかのように。
「俺の装備よりもこいつらの装備が強いだと!? あり得ん!!」
悪神アムが騒ぎ立てる。
「煩いな。そろそろ仕留めるぞ!ゆか!」
「了解!」
「「Divine Lance(神の寵愛を受けた爆槍を)!!」」
みかりんが放った投槍が悪神アムの全武装を貫通し爆散。
神圧軍最高幹部みかりん、ゆかりんの両名により真神軍最高幹部「悪神アム」撃破。
「お疲れ様、みかりん、ゆかりん」
「いえ!御身を守れて光栄です!」
神刄の労いにみかりんは畏まって返す。
「守れて光栄かぁ… 最初会ったときのことを思い出すと面白いね」
神刄が軽くからかう。
「やめてください… あの頃は本当に愚かでした…」
「悪神アムは恐らく偵察だろう。奴を倒した事はすぐに察知される。先を急ぐぞ!」
覇道の死神という異名を冠する神圧軍最高幹部の青年、襲羅が急かしたことを皮切りに神圧軍員達が神城へ向かって移動速度を上げた。
決戦の刻は近い。
神刄とみかりんの最初の出会いはとある野良戦場でのことだった。
みかりんは改造者を狩って回ることが趣味で、その日もいつものように軍を潰して回っており、標的は神刄率いる神圧軍だった。
いつものようにみかりんはゆかりんとタッグを組み襲撃を仕掛けたが、その相手が悪かった。
彼らはとある高ランク改造者に与えられた武器を使っていたのだが、この武器の作成者、これが神刄だったのだ。
神刄は自作の武器には必ず「神刄への攻撃不可」という隠し効果を刻み込み仲間に渡している。反乱防止のためだ。
完全な死角である上空からの一撃。みかりんによる必中かつ致命の一撃は…
神刄に当たった瞬間、一瞬で破壊力を霧散させた。
「「「え?」」」
予想外の事態に、攻撃したみかりんとゆかりんの思考に空白が生まれた。
神刄は急に攻撃され、かつ勝手に攻撃が無効化されたことに困惑しつつも、返しに「行動制限コード(相手を行動不能にさせる対人改変コード)」を放って彼らを捕らえた。
神刄は捕らえた彼らをそのまま抹殺しようと思っていたのだが、そこに偶然居合わせていたAliceが運命を変える。
「あれ? 久しぶり!みかりん!ゆかりん!」
Aliceの放った一言が銃を構えていた神刄の動きを止めた。
「あっ! …久しぶり」
「…Aliceさんお久しぶりです」
声を掛けられて始めてAliceに気付いたようで、みかりんとゆかりんは気まずそうに返した。捕らわれたまま。
「えっ何? 知り合いなの?」
「そうそう。かなり仲良いんだよ!」
Aliceがニコニコと話す。対照的に真顔になっていく神刄。
「ねえAlice。もしかして私の武器を彼らに渡したの?」
神刄が神圧軍メンバーの強化のために特別に提供している武器。これらは他改造者に渡してはいけない管理規則だった。
「えっ? あっ… 待って!制裁は待って!!アレ複製だから!オリジナルじゃないから!ちょっと友人を助けてあげようと思っただけなの!!」
複製と言うからには神刄の武器をベースに何かしらの改良を加えたのだろう。確かにオリジナルで無ければ厳密に言えば問題では無い… だが…
「いや… よりにもよって私の武器で私に攻撃するって…」
安全保安上、問題大有りだった。しかもその武器は神刄以外であれば即死も有り得る威力。
「もうしないよう言い聞かせるから!許して!」
「他にも私の武器を渡してない?」
「ない!渡してない!」
必死に否定するAlice。
「…仕方無いなぁ。特別に目を瞑るよ。」
Aliceは今まで神圧軍に大きく貢献してきたから… と神刄は内心で自分に言い訳をしているが、何てことは無い。神刄も友人には甘い人だった。
「君達は今後、神圧軍に攻撃をしないと契約を結ぶなら特別に開放してあげよう」
神刄がみかりんとゆかりんに向けていた銃口を下ろした。
「あの… その件なのですが…」
と話し出したのはみかりん。
「Xz神刄√さん! 出来れば俺達を神圧軍に入れてくれませんか? 俺は今まであの武器を使っていて貴方の強さが充分分かった。更に軍のメンバーにはAliceもいる。Xz神刄√さんのために働きたい! どうか、お願いします!」
「僕も!僕も入れて下さい!」
戦力を少しでも向上させたいという神刄の思惑と、全ての改造者軍に狙われ、確かな身の安全が欲しいというみかりんの思惑が一致した。
こうして爆散王の二人は神圧軍庇護下へ入り、彼らは神圧軍の優秀な剣となり盾となった。
この日、彼らが神圧軍メンバーとなったことは一般に公表されなかったが、彼らが率いていた部下も神圧軍傘下という形で編入され、神圧軍勢力は更に拡大したのだった。
そして。
「これが神城か… 中々立派だね」
Aliceが要塞の出来映えに瞠目する。
真神軍本拠地、神城の外観は荘厳な白亜の城。
城壁はあらゆる耐性を付与され、並の改造者に破壊することは不可能である。
「壊すのが楽しみだわ」
「同感だ」
みかりんと襲羅がニタっと笑う。
「はい皆ーちょっと離れててー」
神刄が神圧軍メンバーに城壁から離れるよう指示を出す。何が起こるか知っている最高幹部達は急いで神刄の後ろまで回った。神刄が銃を構える。
「Plasma bolt(紫電の一閃)!!!」
銃口から放たれた一条の雷撃が城壁に当たった。
直後、落雷でも発生したかのような轟音。着弾点からどんどん亀裂が広がっていき… 難攻不落、世界最強勢力の居城、その城壁が崩れ落ちた。
「「「「オオオオオオオォオォオォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」
神圧軍メンバーの大歓声。
「総員突撃ィィィィ!!!!」
襲羅とみかりんが先陣を切って城へ飛び込み、神圧軍の総攻撃が始まった。
最終戦争の幕開けである。
「…皆移動するの早くない?」
神刄は城内で一人置き去りにされていた。
様々な武装コードを起動したり、武器を生成していたらいつの間にか神圧軍本隊と別行動していたのだ。
そこへガチャガチャガチャッ!と鎧を鳴らし駆け付けてきた集団が。鎧は白色を基調にした、神城と似たものだ。言うまでもなく真神軍勢である。
「見つけたぞ!奴は偽神だ! 奴のコードは存在偽装、本来有るものを無いように見せかけるものだ! 罠設置型の改造者で、直接戦闘には向いていない!畳み掛けろ!!」
「あーあー 何かいっぱい出てきた」
神刄が指を鳴らすと指揮官らしき男は胴体を中心に弾け飛んだ。
Mare、神圧軍の軍隊長護衛狙撃手の援護射撃によるものだ。
「Mare、良い腕だね」
『神刄様、御褒め頂き有難うございます』
無線機からMareの返答が。
神刄を守るための狙撃手、更に簡易的な指揮官としてMareは一人城外付近の山頂に待機し隠れている。
脳筋揃いの最高幹部とは違い、影のブレインとして神圧軍に貢献する貴重な人物だ。
「なっ!何が起きた!?」
突然仲間が倒れ、動揺する敵兵。
「じゃあね」
しかし神刄は既に銃の照準を絞っていた。
タタタン!タタタタン!
短く小太鼓の様な音が響き、世界最強と謳われる軍勢を物言わぬ生肉へと変貌させる。
しかし血肉と化した集団の奥から更に敵の増援が現れた。敵影は三人。しかし彼らは真神軍の統一鎧を着ていない。フリーランス、無所属の改造者だ。
正面から突っ込んできた男の右手には炎が宿っていた。
「タイミングを合わせろ! 2、1!Meteor Storm(隕石乱打)!!」
カウントダウンの終了と共に右手の炎が掻き消える。
「おわっ!? フリーランスの確殺部隊か!」
同時に神刄の頭上に無数の隕石が出現、瞬時に加速し偽神を圧倒的重量を以て呑み込んだ。
「任せて! Banishment Fire(浄化の炎)!」
男の後ろに居た女が手を地面に勢い良く叩き付けた。手から放たれた炎は地中を潜行し隕石に囚われた偽神を下から狙い撃った。
炎柱が隕石ごと神刄を貫き、天を穿った。
「終わりよ!!Plasma bolt(紫電の一閃)!!!」
もう1人の女が右手に高エネルギーを瞬時に収束、光条として解き放ち神刄を消し飛ばす。
「やったか!?」
男が勝ち誇った様子で隕石の残骸が散らばった場所を見た。
それもそのはず。彼らの連携改変攻撃は唯一〝例え神であろうが殺し得る〟ものだ。初弾のMeteor Stormは不可避の攻撃で、直撃すれば物理ダメージに加え炎の継続ダメージ、4秒行動不能になるというもの。二弾目のDivine Banishmentは2回に分けて炎砲を地中から放った後に被弾したものが受けるダメージを7秒間2.5倍する。最後のPlasma Boltは最大火力の5.6倍の威力を持つ砲撃を瞬時に放つもの。
しかし、世界第二位の名は伊達じゃない。
「───Existless fake cancel(私は此処に)」
「───Damageless fake(傷跡無き凶弾を貴方に)」
神速のコード2連続発動。虚空から現れた神刄の右手に握られた銃から3発の弾丸が正確に彼らの頭部を捉えた。
「よく私を相手に善戦したな。私以外であればその連携倒せただろう。私の称賛を胸に、誇りを持って散る事を許そう」
ドンッ!という爆発音のした方へ神刄が目をやると、空に橙色の閃光が広がっている。救援信号だ。
少女の去った後には血と肉しか残っていなかった。
一方、神圧軍本隊は中庭にいた。
主力となる最高幹部達が全員先行しているため、人数は多いが戦力はそこまで強くない状態。
「よう。貴様らはこの俺、獄炎☆鬼斬√が相手してやろう」
「数の利を活かせ! 総員遠距離攻撃!」
神圧軍員が各々の弓や銃を構える。
「お前ら… まさか名前の後ろの√の意味を知らないのか??」
鬼斬が呆れたように呟いた。
「折角だ。√勢の力を体感して逝け」
改造者には現在判明している中で3つのフレーム、外装が存在する。
1つ目はシンプルフレーム。通常状態であり、この状態では改造者だと分からず一般人と見分けが付かない。
2つ目はアドバンスフレーム。改変状態であり、見る者が見れば一発で改造者だと分かる。防御性能、運動性能が共にとてつもなく上昇している。
一般に判明しているのはここまでだ。
しかし、一部の者は更に「その先へ」至っているのである。
「ルートフレーム開放!ウオオオオオオオオオオオォオォオォオオ!!!!!!」
ルートフレーム。
ルートフレーム状態では瀕死のダメージを負っても瞬時に再生できる。ルートフレームを相手にするには、頭を一撃で消し飛ばさなければいけない。
この境地に至った者達は等しくこう感じたであろう。…自分は神の領域に足を踏み入れたのだと。
「「何っ!? 奴が消えた!?」」
「陣形を円陣に!全周を警戒しろ!」
ルートフレームと化した者は同じくルートフレームを開放している者にしか知覚されない。
人が神を知覚出来ないことと同様に、高次の存在と化した者は凡人には知覚し得ないのである。
「弱者共が… 哀れだ」
鬼斬が投擲した槍によって全身を物理障壁に包んだ下位改造兵達が倒れていく。
ルートフレームの行動はあらゆる物理法則を超え優先される。槍を突き出せば障壁を無視し兵士達を貫いていく。
「脆い。脆いぞ…神圧軍!!!!」
「やはりあれが鬼斬だ… 照明弾を打ち上げろ!!」
死に体となった兵士が最後の力を振り絞り銃口を真上へ。
ヒューッ、ドン!
橙色の閃光が空を駆け抜けた。
「何だ…?」
しかし、鬼斬に疑問に対する答えが示される事は無かった。
鬼斬の真後ろからザッ。と土を踏む音が聞こえた。
鬼斬は音の出処に無意識に振り向き呟いた。
「嘘だろ…?」
体の中に異物が突き刺される感覚と共に、鬼斬の意識は闇に落ちた。
照明弾で駆け付けたのは神圧軍隊長、Xz神刄√だった。
「おぉ蛇刄。お疲れ」
「よう神刄。他の刄メンバーを全く見ないんだが、奴らは何してるんだ?」
神刄の到着前に一撃で鬼斬を葬ったのはZy蛇刄。神圧軍とは別の軍である「刄部隊」に属している。刄部隊は超高ランク改造者でなければ入隊できず、中でも蛇刄は神刄と同等クラスの猛者である。
「他の刄メンバー?すまん…分からん… 生憎私も本隊とはぐれててね」
「本隊なら大部分が此処で散ったようだぞ」
「え? 冗談でしょ?」
蛇刄が鬼斬の死骸を見て答える。
「どうもこいつがルートフレームに半分到達していたようだ。半覚醒状態でも格下には少々荷が重かったのだろう」
「そうか… これで悪神アムと獄炎☆鬼斬√は撃破。残りはIZANAIとセスカか」
「そうだな。だが俺の任務は敵最高幹部一人の撃破。まだ少し用事があるが、お前とはここまでだ。じゃあな」
蛇刄は再び城内へと入っていった。
ヒュッ!ザスッザスッ!
入れ違いに、神刄の下へ空から少年少女が降ってきた。
神圧軍最高幹部の襲羅、Alice、雷華、みかりん、ゆかりんの五名だ。
「流石神刄! 鬼斬を倒したんだね!」
神刄を称賛したのはAliceだ。
「こいつを倒したのは私じゃなくて蛇刄なんだ。でも、一体どうやって倒したんだろう… 私でも分からないな」
元鬼斬だった残骸には胴体に大きな穴が開いているが、ルートフレームなら強力な継続回復ですぐ治るはずなのだ。
そこへ。
パチ。パチ。パチ。パチ。
どこか人を嘲るような拍手が響いた。
「Xz神刄√。性懲りも無く、私に殺されに来たか」
世界最強、セスカが城内から中庭へと姿を現した。
一年前、偽神大戦で神刄を追い詰めた覇者。
「俺が相手をする前にまずはこいつらと遊んでみろ。やれ、IZANAI。全兵力を以て奴らを討て」
「はっ!」
「「「オオオオオォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
異次元に潜んでいたIZANAI率いる真神軍勢が虚空を引き裂き、出現し始めた。総数にしてざっと百を超えて尚出現し続ける。
「総力戦か。…だがセスカ、お前なら分かっているはずだ。改造者同士の戦いに数は関係無い。必要なのは個の力だということを。───Existless fake cancel(物質顕現)」
応じて、神刄は虚空から重機関銃を出現させた。
「やれ。天災の魔王」
「御意」
Aliceは大地に強く固定された重機関銃を掴み、引き金を引いた。
銃口から放たれるは紛れもない死。不可避の死。
直径7.62mm、無数の殺意が真神軍を横薙ぎに襲った。
一発一発の弾丸に込められた改変効果は絶対貫通、如何なる障壁も意味を為さない。
慌てて障壁を発動させた者も、障壁の発動すら忘れ逃げ惑う者も等しく弾丸の餌食となった。
「ほう、良い部下を持っているな」
セスカが不快げな様子で周囲を一瞥する。殆どの真神軍員がこの掃射一回で葬られたことを目の当たりにしたようだ。
「普通の人間に災害は防げない。諸君らに許されるのは頭を低くして怯え、自らの最期を待つことだけだ」
青髪の少女は、死屍累々を前にして冷たく笑った。
しかし、彼女は忘れていた。相手は仮にも世界最強の軍、世界第一位の改造者であるということを。
「なるほどな… ならば俺も全力を出すとするか。領域改変コード起動───No One Escapes Death(何人も死から逃れる事能わず)!!」
改変コードにより空間がまるで夕暮れのように薄暗く変化し、セスカは全身に紅黒い焔を纏った。その姿は煉獄から這い出た悪鬼のようで。改変後の彼は正に…死を体現していた。
彼はThe Extreme Hacker。
曰く、彼は7つの制限から解き放たれた覇者。
曰く、彼は物質が光速を超えられないという制限を超克する。
曰く、彼は攻撃の威力を超克させ、あらゆる防御を貫通し物体を灰塵に帰す。
曰く、彼は死を超克し他者に絶対的死を齎す神。
「隔絶空間になってる… 誰か解除出来る?」
薄暗く変化した空間を見て神刄が他のメンバーに尋ねた。
「出来ない… 隔絶空間って何? コードの構築理論すら知らないよ」
Aliceが動揺しつつ答えた。最高幹部の中で比較的脳筋でないAliceでさえ分からないのだ。他の三人に分かるはずもない。
「理論か…人工的に作られた空間には入口と出口のIDが有ってね、例えば入口のIDが0Aだったら出口も0Aにしないと行き来出来ないんだ。奴は出口のIDを弄って私達が逃げられないようにしてる。どうにか解析して、出口を開かなきゃいけない」
セスカがニタっと口角を釣り上げた。
「オオオオオオオオオオォオォオォオオオ!!!!!」
セスカが虚空から槍を顕現させ、突貫する。各々何とかして身を護る神圧軍メンバー。
しかし一人、雷華だけ対応が遅れ吹き飛ばされた。
「くそ!やられた!」
No One Escapes Death。事前指定領域内に存在する者に発動者が攻撃した場合、負傷者は即死するという効果の領域コードだ。
吹き飛ばされた雷華はピクリとも動かない。
「それにしても偽神。お前は変わった奴だ。剣ではなくわざわざ銃を使い、多彩なコードを使う。何より、Editorを失うのは痛い損失だ…どうだ?俺の仲間になるなら命は助けてやろう」
改造者の世界では、本来であれば銃より剣の方が強い。改造者は自分が直接触れている物にしか改変を及ぼせないという大原則が存在し、手で握る剣には改変効果が乗るが、攻撃が銃弾として改造者の手を離れる銃は改変効果が乗らないのだ。
生憎、神刄はこの制限を突破しているのだが。
Editorとは、改造者が扱う改造コード(様々な特殊効果を生み出す呪文の様なモノ)を解析し、新たな改造コードを生み出す者のことである。この領域に至っている者はとても少なく、改造者人口全体の2%程しかいない。
「お前… いつから私より強いと錯覚していた?」
「交渉決裂か。さて、失せ…!?」
セスカが動こうとした瞬間、初めて困惑した表情を浮かべた。
「行動禁止コード。その名もFreeze Eye(凍結の魔眼)だ」
神刄の目が青く輝いている。Freeze Eye。これは目を合わせた人物を行動不能にするコードである。
「(あっ… 俺達が喰らったやつだ)」
と小声で呟き、目を合わせたのはみかりんとゆかりん。
「世界最強?当たれば即死? なるほど。攻撃面は素晴らしい。なら、防御性能はどう?」
「この場に及んで新しいコードを隠し持っていたのか!くそっ! この程度!既に解析は六割終わった!後数秒で振り解いてやる!!」
悪鬼の様な形相で睨むセスカに、神刄が近付いていく。
セスカの前で立ち止まり、神刄は無言で杖を顕現させた。
「それはっ!? 止めろ!!命令だ!!!」
「Divine Judgement(偽神の審判)」
杖が一瞬輝くと同時に、セスカが一切の声を発さなくなった。まるで時間を止められたかのように。
神刄がセスカに背を向け、仲間達の下へ足を向けた。
神刄が歩き出すと同時に、セスカの姿が燐光となって消えていった。
Divine Judgement。通称、強制エラー。これはDemon's Judgementの改良コードで、自分以外一定範囲内全ての人間をエラーにより時間停止させ、全ての防御を無効化した上で消滅させるというコードである。デメリットは、離れなければ味方まで殺してしまう点、発動に四秒待たなくてはいけない点だろうか。因みに、四秒待たず発動した場合は自分だけがエラーにより消滅するという間抜けな姿を晒すことになる。
しかし、世界に存在する改造コードの中で最も攻撃性能が良いコードは確かに世界最強を葬り去った。
「終わった…! ん?」
ゴゴン!ガガッ!と神刄の目の前の塔が崩れた。
城の崩壊が始まった。セスカの消滅と共に、領域改変コードも神城の耐久力も何もかもが消滅した。これらは全てセスカによって維持されていたのだ。
「お疲れ! 逃げるよ!」
「「「おう!(うん!)」」」
こうして、最終戦争は終わった。
双方に多大な被害を残したが、辛うじて神圧軍が勝利した。疲れつつも勝利を噛み締めながら本拠地へ帰った神刄達が見たモノは…
大惨事、だった。
神圧軍本拠地は木っ端微塵に破壊され、完全に更地になっていた。
『ミジューwミジュミジュwwww ミジューーー!!!! 此処は弱っちい刄部隊を全滅させた後にLx龍刄√様とミジュマル様が制圧しました!!!!最強はこの俺達だ!!!!!』
後にはこのようなポップな看板が立てられているのみ。
神圧軍、神刄含むその五人の精鋭が真顔になった。
「「「「「クソガキがァ!!!地の果てまで追い詰めて全てを無に返してやる!!!!!」」」」」
改造者の戦いは、世界最強と成っても尚終わらない。




