中編
22世紀初頭、世界の均衡は大きく崩れた。原因はHack Basis Launcherと呼ばれる機械だ。HBLは世界を改変する無限の… いや、有限の可能性を秘めていた。HBLを手にした者達は世界を支配する戦いへの参加資格を手にしたことと同義だ。HBLを振るい世界征服を目論む者、HBLを持つ者を全て抹消しようと目論む者、其々の思惑が交差し第二次改変戦争の幕が上がった。
<無銘軍(Nameless Platoon)本拠地side>
「───新規軍員諸君。説明は終了だ。何か質問はあるか?」
とスピーチを終えてから周囲を見回したのは淡青色の髪を後ろに纏めた無銘軍軍隊長、
〝無銘(Nameless)〟と呼ばれる少女だった。
「無銘軍って普段はどんな活動をしてるんですか?」
新入りの青年、Hideが尋ねた。
「良い質問だ。私達はHBL User、所謂改造者の殲滅を目標に掲げ活動している。考えてみてくれ。世界を思いのままに操れる者が何十人何百人と居るのは危険だと思わないか? 世界を改変出来るのは数少ない選ばれた人間だけで良い。だから私達は私達以外の全改造者を殲滅するんだ」
良い質問と言った割にどうでも良さそうに答える。
「まあ本当は他の改造者を殺したいだけなんだけ「───静粛に」
茶々を入れ頭を叩かれたのは片眼鏡を掛けた金髪の少女、Aliceだ。
「他に質問は無いな? …よし!では解散!」
新入り達が居なくなった後Aliceが呟いた。
「この軍程に他の改造者をぶち殺してるとこ無いよ?」
「強大な力を急に手にした者は力に溺れ破壊に走る。そういうものだ。しかし一流の√は違う。一流の√は平和の為に力を振るうんだよ」
「刄部隊とかいう改造者狩り専門の子飼い部隊持ってるくせに何言ってるんだか… まあそれは別として話したいことがあってね」
Aliceが真剣そうな顔を作った。
「どうしたの?」
釣られて無銘も真剣味を帯びた顔に。
「無銘軍の中に他軍のスパイが居る。軍内の情報が他所に流出してるみたいなんだ。まだ全員の特定は出来てないんだけど… 他の軍員に〝首輪〟は付けてるよね?」
「あぁちゃんと付けてるよ。初期メンバー以外は全員ね。…もしかして何人かは特定出来てるの?」
Aliceが懐から写真を取り出し無銘に渡した。
「元極砲軍幹部、雨帝が先日真神軍に亡命した。処理をよろしく」
「こんなの味方だったっけ… 今すぐ? 捕まえて尋問はしないの?」
「捕まえるの面倒だから殺っちゃっていいよ!」
苦笑しながら無銘が力を行使した。
「───Damageless fake cancel(偽りの傷痕に真の力を)!」
『解除承認』
唯一言呟いただけ。しかしその呟きは世界を改変した。
「いやー 頼んでおいてアレだけど本当に無銘のコードは鬼畜だよね」
「Aliceのコードも大概だよ」
少女達は笑い合い部屋を出た。
HBLは幾らでも世界を改変する無限の可能性を秘めている。しかし未解析の部分も多く完全に力を使うことは出来ない。故に改造者達は個々に解析を進めるのだが全てを網羅することは不可能なため、何か一つのコードの改変に特化する。そして特化した最果てに至った者はこう呼称される。
───神、と。
<真神軍(Origin Deities)side>
真神軍本拠地地下二階。尋問室でのこと。
「…あぁ…奴らの計画については以上だ。ほ、本当に守ってくれるんだよな?」
「勿論だ。何に怯えているんだ?此処は世界最強の軍の本拠地だぞ?誰も手出しは出来ないさ。それで他に情報提供の内容は無いのか?」
机を挟んで青年が二人座っている。
1人は無銘軍傘下極砲軍幹部、雨帝。彼は無銘軍の傘下に居ることが納得出来ず、真神軍へと亡命した。無銘軍の内部情報と引き換えに庇護下に入ろうという魂胆だ。
「他か… 無銘は唯の改造者じゃない。奴は√の1人だ」
「何? √memberだと? 証拠は有るのか!?」
「ああ!早く奴を仕留めッ…!? ぐぁあぁああ!!」
恐怖に震えていた雨帝の体が、突如銃で撃たれているかのように弾けていく。
「ッ!透過狙撃か!? くそッ!対物障壁起動!」
対面に座っていた青年が慌てて周囲に紫色の障壁を展開した。
…しかし攻撃は止まらない。気付けば雨帝は唯の肉片に成り下がっていた。
「IZANAI様大丈夫ですか!…うっ!」
騒ぎを聞きつけ待機していた真神軍員が慌ててドアを開けて入ってきた。
「俺は大丈夫だ。何だこれは?対物障壁で守れない上に死体に改変痕跡も無い」
透過狙撃とは対象のみにダメージ判定を与えあらゆる一般障害物を透過する遠距離射撃、対物障壁はあらゆる攻撃を遮断する結界、改変痕跡とはHBLによって物質が改変された残滓のことだ。
「お前らは何もしていないよな?」
IZANAIと呼ばれた青年の問いに、駆け付けた下級兵は否定を示した。
「こいつは一体誰を敵に回したんだ…? こんな芸当が出来る改造者なんて片手で数えられる程だ…」
青年の呟きは薄暗い部屋で反響し虚しく消えた。
「通達だ。真神軍各位へ。無銘軍軍隊長、無銘を生きたまま捕えろ。戦力は過剰な位で構わん」
「はっ!」
IZANAIの命を受けて下級兵が部屋を出て行った。
その数日後の夜のこと。
<無銘軍本拠地付近>
『無銘軍隊長、無銘を確保せよ。未確認情報だが、標的は√である可能性がある』
「ふーん」
無銘を冠する少女はボロ雑巾から小さなメモを取り出していた。
「うぁぁ……」
「くっ…… 化け物め……」
「ぁ…… がっ……」
「がぁ…… つっ……」
夜闇に複数の呻き声が漏れた。夜の街の裏道にボロ雑巾と化した4人の男が転がっている。無銘に襲撃を仕掛けた不埒者は手痛い反撃を喰らったようだ。呻き声の中心に立つ彼女は紙のメモをグシャグシャに丸めて放り、冷たく笑った。
「へぇ? 真神軍諸君やるねぇ。私の正体に勘づいたかな……?」
投げられた文書は空中で発火し、地面に着くときには灰となっていた。彼女は無線機を取り出した。
「あっ!忘れるところだった。───Existless fake cancel(私達は此処に)」
彼女の周囲の空間が歪み、元の景色を取り戻していく。夜の街は穏やかな昼の街へと変化していた。彼女は無線機を付けた。
「あー。此方無銘。偵察部隊の制圧完了。覇道の死神は別働隊を阻止して」
「承知しました」
無線機の向こうからは彼女の部下の声。一旦無線機を切って、彼女はため息をついた。
「はぁ…… あっ!あーあ。ミスった。生かして返すつもりだったのに今の無線の内容聞かせちゃったらもう口封じするしかないじゃない」
「ひっ……!」
タンタンタンタン!
小太鼓のような音が短く4回響き、周囲に硝煙の臭いが漂った頃にはもう彼らの呻き声が聞こえることは無かった。
「おかえりー!真神軍に襲撃されたんだって?」
本拠地に帰還した無銘を出迎えたのはAliceだった。
「そうそうー いきなり攻撃されてさー焦ったよ」
「何だって!?いきなり襲われたのか!?糞共が!報復してやる!!」
偶然近くで話を聞いていたミトがいきなり本拠地を飛び出していった。
「えっ」
「あっ」
無銘とAliceは顔を見合わせた。
「「まあいっか。どうにかなるでしょ」」
それはミトは1人でも大丈夫という信頼と同時に、連れ戻すのが面倒だという諦観も含まれていた。
翌日。
『伝令!伝令!』
「何だ?」
『無銘軍幹部、ミトを引き渡せ!』
「何故?」
凄く不機嫌そうな覇道の死神、襲羅が無銘軍本拠地前に来た真神軍員と話している。
彼は早朝に起こされたことに相当腹立っている様子。
『あの野郎、俺達のホームをぶち壊しやがった!!』
「本当か?くっwwwミトも成長したなぁ」
初めて襲羅が笑った。これは相手に対する嘲笑の意味合いも有ったが。
『引き渡さないなら真神軍が無銘軍を潰してやるぞ!』
「あ?」
一瞬で不穏な空気に戻ってしまった。
『あっちょっと待ってごめんなさい許し』
話し合いは無事終わり本拠地へ襲羅が戻ってきた。
「おいミト。何したんだ?」
本拠地正面前に汚い染みを作ってきたばかりの襲羅が尋ねた。
「何って… 刄部隊と一緒に〝The Demon’s Judgement(魔王の審判)〟を撃ってきただけだよ」
The Demon’s Judgementとは自身を中心とする一定範囲内に存在する生命体を全て『終了』させる、最も凶悪な改変コードである。遮蔽物やあらゆる防御は意味を為さない。実はとあるコードの作成途中の偶然出来たコードなのだが、あまりの凶悪さ故にコードの口外禁止、使用禁止が課されている。この技術を持つ改造者は〝偽神大戦〟で殆どいなくなってしまい、逸失された技術(Lost Technology)に指定されている。実はこれにはとんでもない欠点が有るのだが… 欠点を理解していれば万能の矛と化す。
「刄部隊もか。無銘にしか従わないあいつらをよく従えられたな」
刄部隊とは無銘に忠誠を誓った対改造者戦に特化した猛者達のことである。彼らは名前の前に2字のアルファベットと刄を冠する。勿論彼らは√memberでもある。
「無銘が襲われたって言ったら全員ぶち切れて一緒に攻撃することになった」
「そうだった… これだから狂信者共は…」
Aliceが頭痛を堪えるように頭を押さえた。
「襲羅が染み作っちゃったし… もう真神軍と戦争しようか」
と攻撃的な姿勢を見せたのは無銘だ。
真神軍との全面抗争を視野に入れたところで事件は起きた。
『敵襲!敵襲!正体不明の改造者十数名による襲撃!至急本拠地南部まで増援を!』
本拠地内に設置された全スピーカーから警報が流れた。
「俺が行ってくる」
襲羅が南部通路へ向かおうとした。
「お? 面倒くさがりな襲羅が珍しいね」
Aliceが驚いたように襲羅を見た。
「あ! もしかしてさっき真神軍員をぶち殺したから襲撃されたと思ってるんじゃない?」
無銘がニヤっと笑った。
「なるほどー!責任感ってやつね!」
「うるせえ!」
そして本拠地南部へ。
「俺は偽神配下序列第二位、〝覇道の死神〟。お前らはここでDead Endだ」
どこかしら既視感のある光景。…そう、彼は偽神大戦でも同じ台詞を吐いていた。語彙力が無いのだ。
「馬鹿な奴だ!class2/上位級改造者14人を相手にして生きて帰れるとでも思ったのか!」
敵集団から失笑が漏れた。十数名を束ねる敵指揮官の男が掲げた右腕を振り下ろす。それを合図に覇道の死神にMeteor Stormが殺到した。総数14。
───大爆炎。
しかし死神はまだそこに居た。
「I am a grave maker. Dust is stacked and it is only dust(敵は覇道の礎、乱立する無数の墓標に過ぎない。塵は積もれど塵でしかない)!」
コードを起動させ、黒い斧を振り回し無数の隕石を斬り払った。
「低位存在に対する完全破壊攻撃。それが俺のコードだ」
黒い斧を携え悠然と死神が歩き出す。
「お前らは何か勘違いしているようだ…」
「くっ!早く逃げろ!俺が時間を稼ぐ!!」
「ピネだ!! またピネだー!!!」
1人の男を殿に真神軍の精鋭が逃げて行く。若干1名、あまりの恐怖に意味の分からない台詞を吐いて逃げた。決定打が無い以上、逃げるのは当然の判断だった。
「改造者同士の戦いにィ!数は… 関係ねえんだよおおおおおおぉおぉおおおおおお!!!!」
一陣の黒い旋風によって一方的な収穫が始まり、そして終わった。
「無銘軍総員攻撃準備!」
「「「「はっ!」」」」
襲羅が、いや、覇道の死神が去った後に無銘は真神軍攻撃を画策していた。
「私の下に集え。刄部隊!」 少女の呼び掛けに応じ5つの〝闇〟が現れた。
「Zy蛇刄√、力を貸すぞ」
「Lx龍刄√、御身の前に」
「Cz桂刄√、御身の前に」
「Pt絶刄√、御身の前に」
「Rz氷刄√、御身の前に」
改造者狩りを趣味とする5人の覇者が揃った。中でもZy蛇刄√は無銘と肩を並べる程の強者である。
「もう正体が割れているなら隠す必要は無いよね?───Nameless fake cancel(世界に我らの名を刻み付けよう)!」
刄部隊、そして無銘軍員の全身に黒い光が走り漆黒の鎧が着装された。
神圧軍員統一防具〝Divine Armor〟だ。
「無銘軍は名称を神圧軍と改める!神圧軍の復活だ!真神軍の連中に一年前の借りを返してやれ!!」
「「「「オオオオオオオォオォオォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」
少女の声と無数の改造者達による咆哮が朝方の空に轟き渡った。




