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勇者と魔王

作者:

長編で考えて挫折したものを短編にしてみました。

低時間クォリティ…。



 膝をつき、光をまとう聖剣にすがるようにしている傷だらけの少年は、目の前に立っている男を睨み上げる。


『無様だな、勇者よ。貴様の仲間はもういない。これで終わりだ』


 掌に漆黒の炎を顕現して、男は邪悪極まりない笑みを浮かべる。

 悔しげに表情を歪め、男を見上げる少年は聖剣を握る手に力を込めて、がむしゃらに振り上げる。


『まだだっ!』


『っ…悪あがきをっ!』


『おれは負けていない。人類は負けていない! たとえ、おれがここで死んだとしても、第二第三の勇者が現れ、お前を必ず倒す! お前の、お前達魔族の好きにはさせない!』


 距離をとった男に切っ先を向け、少年は叫ぶ。

 覚悟と決意をみなぎらせ、残った魔力の全てを聖剣に集めて、足に力を籠める。


『これで最後だっ!』


 渾身の力を込めた少年の突撃と、男の邪悪な漆黒の炎がぶつかった。


 人類の存亡をかけた戦いの、最終決戦が始まる…っ!


























「…読書中、失礼する。お前は何を読んでいるんだ」


「聖王都で人気爆発中の、魔王を瀕死に追いやり倒れた悲劇の勇者の物語」


「自分が主役の話を読んで楽しいのか」


「まったく。けど、ある意味面白いぞ。ほらほら、お前が男で邪悪な笑みを浮かべる漆黒の炎の使い手だってさ」


「どこの時代遅れだ。そんな魔力の無駄遣いするのなんて、人間だけだぞ」


「あ、そこ? そこなの? 男ってのは?」


「どうでも良い輩の妄想に文句を言うほど暇じゃないし、心底くだらない」


「だよなぁ。実は魔王が、銀髪金眼に白一色の軍服を普段着にしている10代の少女(外見のみ)だもんなぁ。ぶふっ」


「笑っているところ悪いが、なんだこの描写は。黒髪黒眼しか共通点がないではないか。どこが正義感に溢れた慈悲深い絶世の美少年だ」


 ぴったりと寄り添って本を読みだした二人を、何とも言えない生暖かい眼差しで見守っている存在がいるのだが、もはや空気と化している。


 銀髪金眼で華奢、絶世の美貌を誇る10代にしか見えない少女は、正真正銘、世界の悪たる魔王。

 黒髪黒眼で中肉中背、平凡な容貌を持つ10代後半の少年は、正真正銘、世界の正義たる勇者。


 相反する二人が、まるで恋人同士かのように寄り添っているのには、理由がある。


 今から3年前。


 勇者である少年は、異世界の日本からこの世界へと召喚された。

 れっきとした拉致誘拐であるにもかかわらず謝罪もせず、魔王を殺せ、と命令されて素直に頷くようなバカじゃなかった。

 学業成績は中の上程度、運動神経も並がせいぜい。どこにでもいる少年だったが、一つだけ違うことがあった。


 少年が、完全記憶能力、という一般人から多少逸脱した能力を有している事だった。

 下手に天才だのと騒がれたくはなかった少年は、幼児期は隠す術を知らなかったので騒がれたものの、いわゆる『天才も10年経てばただの人』という設定を行使した。

 多少学習能力が高かっただけの子供、と数年経てば誰もが納得する。

 そうして、周囲に埋没していった少年は、自身の子供が天才だと舞い上がった両親から冷遇されたが、平凡であることで友人もできたので問題はない。

 充実していたのだ。

 それを一方的に破壊されて怒らない人間はいない。

 半年の修業期間中、少年はひたすらに知識を得た。

 結果、元の世界に帰ることは不可能ということを理解した。

 召喚は一方的で、送還方法を考えている形跡すらなかったので勇者は奴隷と同義であるということが分かり、少年は決めた。


 魔王に味方しよう、と。


 突飛かもしれないが、縁もゆかりもないアホどもの為に人殺しなど御免である(魔王を含む高位魔族は人の姿をしていると文献にあったので、殺人、と称した)。

 無論、魔王が本気で人類滅亡を企み世界を不条理に蹂躙しようとするクズであるなら味方をする気はなかったが、その場合はどこぞに雲隠れする気だった。

 仲間という名の監視役達の目をかいくぐり、魔族と接触するのは骨が折れた。

 だが、その苦労も魔族側の事情を知ればどうということもない。


 そもそも、魔族は人類などどうでも良いと思っていた。

 肥沃で広大な領土を有し、勇敢にして慈悲深い王を戴いた魔族は、純然たる平和思考者だったのだ。

 遅老長寿である魔族は、子が生まれにくいので全体数自体はそれほど多くはないが人類の三分の一ほどはいる。遅老である為、子供の成長も遅いので即戦力はそう簡単に増えない。

 だから、戦争は労働力と国力を削ぐだけで無益かつはた迷惑な行事(まさかのイベント扱い)でしかなかった。

 それを知った少年は、ただただひたすらに脱力した。

 人類の暴走・妄想に呆れるしかなかった。

 接触して来た少年に最初は警戒していた魔族も、最初に少年が身の上をぶちまけ、魔族の事情を聴いてからは人類に対する罵詈雑言をはいているのを聞いて、心から同情した。


 互いに同情した少年と魔族は、手を組んだ。


 話が早すぎる、と思うことなかれ。

 少年は拉致誘拐犯罪教唆をされて嫌悪が募り、魔族も定期的に勃発する人類側の魔族絶滅論に嫌気がさし、簡単に言えばストレスが溜まっていたのだ。

 これを機に、それを晴らそうぜ、となったのだ。


 平和思考者だが好戦的な部分も確かにある魔族は、喧嘩上等、という気質でもあった。

 ただし、お祭りみたいなバカ騒ぎ、という意味である。虐殺、戦争とは無縁である。


 そして、1年前。

 少年はお約束の苦難を乗り越えて魔王の城まで到着。道中で倒した魔族は全て予定調和の演技だった。魔道具で中継され、娯楽として民に公開されていたのは余談である。

 魔王の玉座の間に入り、監視役達はいざ決戦、と武器を構えなおした所に少年からの捕縛魔法が降りかかった。

 味方(と思っていた)である少年からの唐突な魔法に対処できなかった監視役達は、無様に床に転がる羽目となり、少年は歩み寄って来た魔王とハイタッチを交わし、お茶会に移行した。

 完全に余談であるが、少年が四苦八苦して接触した魔族は、まさかの魔王だった。




 それから1年。




「いやはや、記憶操作万歳」


 命からがら国に戻ったとされている神官(監視役その1)の記憶を操作し、冒頭の物語のような記憶を代わりに植え付けておいた。

 少年が召喚時に得たスキルに『魔法創造』があったので、出来るかな? 程度の気持ちでやってみたら出来た魔法の実験台に扱われた神官には合掌。

 ちなみに、少年や魔王の容姿については一切の改竄を行っていないので、物語をより良くするために脚色された物だろう。どうでも良いが。


「勇者一行の一人として昇進したらしいな、あの神官」


「おう。今や聖王都の大神殿で大神官補佐、だと。どうよ、かつての仲間の躍進を聞いた感想は?」


 ほのぼのした魔王と少年が視線を向けた先では、庭で草むしりをしている男女三名がいた。言葉に、三人は憎悪のこもった眼差しを少年に向ける。魔王は良いのか。


 青色の髪の男が聖王都随一と名高かった聖騎士。

 茶髪の男が聖王都で俊英と名高かった宮廷魔導師。

 桃色の髪の女が聖王都が誇る巫女姫として尊ばれた第三王女。


 三人が身に着けるのは、裾が太腿の半ばほどにしか届かない布。服とは決して言えない。

 頭を出す穴を空けた長方形の布を、腰あたりで縛っているだけのものだ。

 これは、魔族領―――ティラトリアにおける、奴隷の一般的な服装だった。

 ティラトリアでの奴隷は罰せられた犯罪者であることを示しており、魔王の命を狙った彼らへの罰として用いられた。驚くことに、ティラトリアには死刑が無かった。子が生まれにくい種族である為、労働力を確保しておくためであるらしい。

 ちなみに、清潔さを保つために布は5枚ほど与えられている。縛る荒縄も同様に。ついでに言えば、下着はない。

 裾の丈の関係上、屈めばあらぬところが露わとなるが、それによって生じる羞恥も刑罰の一種であるらしい。少年にしてみれば、同性のそういうのは見たくない。

 奴隷への理不尽な暴行は刑罰対象なので、虐待されることはない。そもそも、刑罰でしか奴隷になる事はないので、奴隷はすべて国有なのだ。それを害することは、魔王への敵意ととられかねないので、する者はそうそういない。偶に馬鹿がやらかすが、結果として奴隷落ちするだけだ。


 手を止めて少年を睨みつける三人に、仕事をさぼるな、と庭師が怒鳴る。

 奴隷の証である首に嵌められた魔道具が、わずかに発光し三人に痛みを与えた。

 命令に背いたり役目をさぼったりすると、刻まれている雷属性の魔法が発動し、感電する仕組みになっている。三人はこの1年で随分と感電したのだが、まだ懲りていないらしい。

 手を止める要因は少年の声掛けだったのだが、手を止めろ、とは言っていないので少年の責任にはならないようだ。


 体がしびれて倒れ込む三人は、耐性ができたのかのたうち回ることはしなかったが、下半身が露わになっている。


 見苦しいものは見たくない、とさっと視線をそらした少年と魔王は、返答を期待していたわけではないのか雑談を始める。


「そういえば、あれだけでいいのか?」


「うん? 何?」


「全てから引き離されたというのに、奴隷に落とすだけで良いのか?」


「この国には死刑制度がないからな。この国の民になる事を選んだんだから、この国の法に従うのは当然だ。それに、高くなり過ぎた鼻っ柱も積み上げすぎたプライドも粉砕されているみたいだから、十分」


「そうか。実は、奴隷刑には他にもあるのだが…」


「へぇ、それは初耳。刑法も読んだけど、書いてなかった気がするけど?」


「正確には、奴隷の就労地変更だから、刑罰というわけではないんだ」


「なるほど」


 奴隷は国有であり、魔王の所有物ともいえる。犯した罪の重さによって就労地が変わってくるのだ。ちなみに、最も安全な場所が魔王の管理下にある王城である。


「医療研究所の方から、せっかく人間の奴隷がいるのだから、と一人でいいから寄越してほしいと言われた」


「なんで?」


「人間は短命だが繁殖力が高い。我らとは真逆だ。それを研究解析したいらしい。上手くいけば、出生率が上がるやもしれん」


「そういうことか。いいんじゃない? あいつらもただこき使われるよりも、気持ちいい事が仕事内容の方が嬉しいだろうし」


「三人で順番に子を作ってもらうことが最初だと思うが。研究材料は多い方が良いだろう」


「いいんじゃね?」


「そうか、ではそのように手配しよう」


 あっさりと非人道的な話をしている二人に、生暖かい視線を注いでいた執政補佐官が魔王の視線に頷いて部屋から出て行く。


「だってさ、良かったな」


 けして良くはないだろう。

 男は種馬、女は道具扱いである。

 奴隷は虐げられないが、人間扱いはされない。非人道的な行いもあっさり行われる。


 感電していて話半分だったらしい三人に気付いて、少年はにんまりと意地悪げな笑みを浮かべる。


「三人で仲良く子作り、の後に、多分魔族の奴隷と子作り、のさらに後に、血とか皮膚とか採られて研究材料として拘束、定期的に強制子作り?」


「おそらくそんなところだな。生まれた子供は責任もってこちらで育てる。子に罪はないからな」


 魔族は割り切りもいい。犯罪者は犯罪者、その子はその子、と区別して犯罪者の子供だからといって迫害はしない。親を亡くした可哀想な子供、として周囲の魔族達が協力して育てるのだ。実際に親は生きていても。


 少年の言葉に、最も激しい反応を示したのは第三王女だった。

 女の身にしてみれば、耐え難いことは事実だろう。男達にとっても、己の意志に反した行為は凄まじい嫌悪感があるだろう。


「まぁ、安心しろって。ちゃぁんと、あの神官様もお仲間に加えてやっから」


 証言者が必要だったとはいえ、逃がしてやる気は少年には微塵もなかった。

 穏やかで聖人面した神官(ちなみに女)が、自らの体と美貌を使って神殿内で力を握っていたことを少年は把握していた。

 いなくなって喜ぶ者は少なからずいるだろうし、いなくなったことで魔族への敵対心が膨れても、いい加減鬱陶しいと思っている魔族にしたら格好の開戦理由になる。ここらでぶっ潰そうぜ、という精神は継続中である。


「奴隷間の犯罪って罰せられないんだっけ?」


「法は真っ当に生きている者の為に在る」


「ごもっとも」


 二人の短い応酬の意味に、三人は気付いていない。

 魔王の目と耳が至る所にある王城内ではまずありえないが、街中では珍しくないのだ。男の奴隷が女の奴隷を犯したり、女の奴隷が男の奴隷を騙して奴隷主に媚びたりとか。

 それらは発覚しても罰せられない。魔王の言葉の通り、真っ当な国民ではない、という理由で。


「さて、良い暇つぶしくらいには、なってくれよ?」


 心底愉快気に笑う少年の瞳の奥に、怒りの炎が燃えていることに三人はついぞ気付かなかった。









 人類の一方的な魔族絶対悪論は、その後、英雄であった大神官補佐の拉致によって決定的になり、人類連合軍が結成され開戦となった。

 終幕は開戦から一週間。


 量より質、によって魔族の圧倒的勝利で幕を閉じた。


 支配するでも脅すでもなく、魔王はただ一言をおいて領地に戻った。


「いい加減鬱陶しいから喧嘩はそっちだけでやれ」


 人類同士で戦争をやる分には関わる気はないから、と人類なんざどうでもいいことを如実にあらわにし、魔道具で大陸全土に宣言までした。

 一ヶ月経っても、半年たっても、三年経っても、魔族からの何らかの迫害や抑圧はない。そうなってくれば、軍を編成して再び戦争を始めようとする国上層に対し、民は怒りを燃やす。徴兵も軍費徴収も圧迫されるのは民の生活であって、王侯貴族ではないのだから、当然の反応だった。

 下手な国では、クーデターにあってあわや王の首が飛びかけたくらいだから、度重なる魔族討伐で増え続ける税は、すさまじかったのだろう。

 そうして、人類側の魔族絶対悪論は鳴りを潜め、つつかなければ平穏でいられる、と学習するに至った。ずいぶん遅い。




 ティラトリアは、第28代魔王ヴィルヴィアの治世によって飛躍的な発展を遂げる。

 その輝かしい治世には、一人の少年が大きくかかわっていたという。

 ヴィルヴィアは心から尊敬し、愛情を向けた唯一の伴侶たる少年は、ヴィルヴィアの死と共に姿を消す。


 少年は、ヴィルヴィアと出会った頃のまま、老いることがなかったという。


 そのことを、少年はただ笑って、何も語ろうとしなかった。




『創造神の寵児』、という自身の魂に刻まれた称号を、ヴィルヴィアにさえ伝えなかった。




 歴史書にも名を残さなかった少年の足跡は、ヴィルヴィアの死によって途絶える。

 だが、大陸各地には、黒髪黒目の少年の話が、いくつも残っている…。


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