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エンドリア物語

「白の面」<エンドリア物語外伝31>

作者: あまみつ

 今、オレはムーと一緒にイエール王国の山中にいる。

 キデッゼス連邦の北に位置するイエール王国までは、オレ達が住むニダウからは馬でも一ヶ月以上かかるが、時間の短縮とある事情から、オレとムーはモジャに頼んでイエール王国の山中に移動してもらった。

 オレがイエール王国に来ることになったのは、魔法協会の依頼でも、他の誰の依頼でもない。ある出来事のせいでオレ自身がこなければならなくなったからなのだ。

 話は5日前にさかのぼる。





「疲れた」

「疲れたしゅ」

 オレとムーは、疲れ切って店に戻ってきた。魔法協会に押しつけられた依頼は地下遺跡で、オレとムーも泥だらけで店の扉をくぐった。

 そこで、オレは固まった。

 窓際で商品の椅子に腰掛けて、優雅にティーカップで茶を飲んでいるのはアレン皇太子。

 ここまではいつもの風景だ。

 オレが固まった原因はその奥、カウンターにいたのが店員のシュデルではなく、リュンハ帝国の前皇帝ナディム・ハニマンだったからだ。

 老眼鏡をかけて、手に持った紙を読んでいる。

「ウィル。帰ったか」

 紙をカウンターに置くと、老眼鏡を外してオレを見た。

「爺さん、国に帰ったんじゃないのか?」

「帰ったぞ」

「で、なんでいるんだ?」

「店が心配だったから、急いで戻ってきたぞ」

「店って」

「桃海亭のことにきまっているだろ。わしが来たからには、エンドリア王国一の繁盛店にしてやるからな」

「いや、店はオレがやるから」

「店長、おかえりなさい」

 パンが入った籠をさげたシュデルが、オレ達を追い越して店に入った。

「ハニマンさん、店番ありがとうございました」

「早かったな。もっとゆっくりしてきていいんだぞ」

「ひとりの時は出かけられないので困っていました。ありがとうございます」

 シュデルが頭を下げると、店の奥に入っていた。

「あの、どういうことでしょう?」

 窓際にいたアレン皇太子に聞くと、皇太子は噴き出した。

「ハニマン殿、からかうのはそれくらいで」

「からかう?」

「ほんの冗談だ」

 爺さんは悪びれた様子もなく、カウンターに頬杖をついた。

 アレン皇太子が椅子から立ち上がった。

「私は政務がありますので、王宮に帰りますが、問い合わせがあった場合はこちらにいることを伝えてもよろしいでしょうか?」

「頼む」

「では、ウィル、頼んだぞ」

「何をですか?」

「ハニマン殿を、だ」

「爺さんを?」

「あとは、ハニマン殿から聞いて欲しい」

 詳しい内容は言わず、アレン皇太子はそそくさと店から出ていった。

 オレとムーは、皇太子と入れ違いに店の中に入った。

「爺さん、どうかしたのか?」

「家出してきた」

「家出?」

「そういうわけだから、しばらく厄介になる」

「何かあったのか?」

「息子どもが仕事をしろとうるさいのだ。老い先短い年寄りに仕事を山積みするなど、むごいとは思わんか?」

 悲しそうな目でオレを見たが、爺さんの魂胆はバレバレだ。

「爺さん、遊びたいだけだろ」

「違う」

 爺さんはきっぱりと言った。

「わしは存分に楽しみたいだけだ」

 何で楽しみたいのか、聞かなくてもわかる。

「爺さん、いくつだよ。遊びたいから家出するって年か?」

「若いのにグダグダ言うな」

「いや、そういう問題じゃないだろう」

「あの、店長」

 食堂から店に戻ってきたシュデルが言った。

「ちょっと、お話が」

「いま、爺さんと話している最中だ。あとだと、ダメか?」

「そのハニマンさんも関係していることなのですが」

「爺さんが?」

「はい」

 イヤな予感がする。

「話の内容はうれしいことか、それとも悲しいことか」

「恐ろしいこと、というのが、近いかと」

「何があった?」

「お金がなくなりました」

「えっ」

「いま、金庫にあるのは、僕が魔法協会に行って受け取ってきた今回の店長の仕事の代金、金貨5枚だけです。買い取りの為の資金が必要ですから、生活費はほぼゼロと考えたほうがよいかと思います」

 シュデルが淡々と言った。

「ちょっと、待て。たしか、必死にためた金貨が100枚くらいあったよな?」

「2階の改修と商品の買い取りでなくなりました」

「2階の改修って、また、壊れたのか?」

「いいえ、店長の部屋を分割して、2つの部屋にしました。窓のあるほうをハニマンさんが取りましたので、店長の部屋は窓無しになりました」

「あの狭い部屋を2つにしたのか!」

「安心してください。ベッドは入りました」

 ニッコリと微笑む。

 目眩がしそうになったのを堪えた。

「部屋を2つにするだけなら、金貨100枚もいらないだろう」

「改修は、金貨は2枚ですみました。買い取りに金貨100枚に使いました」

 心臓がドキドキする。

「……何を買ったんだ?」

「石の仮面です」

 シュデルはかがみ込むと、カウンターの下から白い石で出来た仮面をだした。

 人の顔の大きさとほぼ同じ大きさで、わずかに隆起した曲面の楕円形だ。目のところがアーモンド型にくり抜かれているだけで、鼻も口も造形されていない。磨きは丁寧にされていて、表面はツヤツヤに光っている。

 特徴的なのは表面の色だ。乳白色なのだが、奇妙な人肌のようなぬめり感がある。

「触っても大丈夫か」

「どうぞ」

 もちあげると軽い。軽石より軽いかもしれない。裏を返すと鼻の部分と口の部分に空間がある。所々変色しているところを見ると、実際に使われたもののようだ。

「これは何だ?」

「僕にはわかりません。記憶もついていません」

「これを金貨100枚で買ったのか?」

「はい。売りに来た方は多分、キデッゼス連邦に所属する少数民族の方だと思います。発音に特徴がありましたので。売値の希望価格は金貨800枚でしたが、ハニマンさんが交渉されて金貨100枚になりました」

「金貨800枚!!」

「ハニマンさんの交渉は実に巧みでした」

 また、笑顔を浮かべた。

 恐るべし、リュンハ帝国前皇帝。

 買い取りの交渉術にも長けているらしい。

「金貨100枚…」

 それほど高いものには見えない。

「……ウィルしゃん…」

 ムーがオレの手にあった仮面に手をのばした。

「ほれよ」

 渡すとマジマジと見ている。

 そして、カウンターの上に丁寧に置いた。

「爺しゃん、ぐっじょぶ、しゅ!」

 立てた親指をグイッとハニマン爺さんの前に出した。

「わかるようだな」

「わかるしゅ」

「凄いだろ」

「スゴすぎて、笑っちゃうしゅ」

 ムーが「ヒホォヒョホォ」と変な喜びの声を上げた。

 それを満足げに見ているハニマン爺さん。

「ムー、こいつは何なんだ?」

「白の面しゅ」

 オレはムーの両頬を引っ張った。

「見ればわかる」

「しょうゆうなまぇしゅ」

 へこたれずに言い切った。

 オレはムーの頬から手を放した。ムーは赤くなった両頬をさすった。

「キデッゼス連邦のイエール王国の【白の面】の1枚だしゅ」

「1枚ということは他にもあるのか?」

「はいしゅ。昔々、イエール王国ができたとき、国を作るために手を組んだ5人の部族の代表が、石の面をかぶって1人の王として、イエール王国を治めたしゅ。白い石からできていたから、【白の面】として伝わっているしゅ。1枚だけ行方不明だったしゅ」

「つまり、これをイエール王国に持って行けば、金貨がたっぷり貰えるんだな」

「はいしゅ。でも、イエール王国に持って行ったらダメしゅ」

「他にもっと高く売れるところがあるのか?魔法協会とか」

「はいしゅ。でも、魔法協会にも持って行ったらダメしゅ」

「どこが一番高く売れるんだ?」

「どこにも売らないしゅ」

「売らない!」

「これはボクしゃんが使うしゅ」

「やめておけ」

 ムーが『使うしゅ』と言うのと重なるように爺さんの『やめておけ』が入った。

 厳しい口調。

 絶対にとめるという意志がこもっている。

「誰も成功しておらん。育成もしていない現状では死にに行くだけだ」

 ムーはオレを指さすと、強い口調で言った。

「ウィルしゃん!」

 爺さんがオレを見た。

「なるほど、その手があるか」

「はいしゅ。ばっちりしゅ」

 ムーが胸を反らした。

 爺さんが額に指を当てて、ぶつぶつ言いだした。「育成が」とか「導き手が」とか、言った後、ムーを見た。

「行くか?」

「行くしゅ」

「準備は手伝おう」

「ありがとうしゅ」

 ムーがお礼を言っている。

 異常事態だ。

「プランを練らねばならないが、ここで話す内容ではない。わしの部屋に行こう」

「はいしゅ」

 爺さんとムーが二階に上がっていった。

「『わしの部屋』って、もしかして」

「店長の元部屋の半分…正確には三分の二です」

 笑顔のシュデルが言った。

「店長、【白の仮面】のことなら、僕にも知識があります。シャワーを浴びて、部屋でゆっくり休んできてください。夕食の準備の時にでもでもお話しします」

「準備の時は、オレが店番をしないとまずいだろ」

「ハニマンさんがやってくれると思います」

 店主が留守の間に、店のルールが変わっていく。

 シュデルが笑顔で言った。

「ベッドが部屋にピタリと収まりました。もう、寝返りを打っても、ベッドから床に落ちることはありません。安心して、ゆっくりと休んできてください」




「店長、少し休まれたほうがよろしいのではないしょうか」

「あとで休む」

「でも」

「爺さん達がうるさくて、眠れないんだよ」

 三分の一サイズになったオレの部屋は、窓はなかったが壁のひび割れから、光が射し込んでいた。ヒビは数カ所しかなかったので、眠りを妨げるほどの光量ではなかった。

 問題は隣との壁の薄さだ。

 ムーと爺さんの話し声が大音量で聞こえる。

「すみません。壁を可動式にしたので薄くなりました」

「可動式?」

「ハニマンさんが帰られたら、すぐに元に戻せるようにしてあります」

 シュデルは、妙なところで気が回る。

「爺さんが帰るまでの辛抱だな」

 カウンターに椅子を持ってきて座った。

「さっき【白の面】について知っていると言っていたよな。教えてくれないか?」

「わかりました。少し長くなりますがいいですか?」

 オレはうなずいた。

「今から約400年前、ルブクス大陸全土に争いが広がっていたのは店長もご存じのことだと思います。大陸の東でも様々な部族や国が争っていました。ただ、少数民族のバド族だけは争いに無縁な日々を過ごしていました」

「バド族?」

「現在の地理ではイエール王国の中央部分にある山に囲まれた盆地のなります。バド族の住む場所は強力な防御魔法がかけられていた為、他の部族が侵略できなかったのです。そこで、周辺の4つの部族はバド族に和平を申し入れました。5つの部族で手を組み、新しい国を作ろうという話です。他の国と争わないことを条件にバド族は仲間に加わりました。5つの部族の首長で合議して国を運営することになったのですが、このとき、バド族の提案で【白の面】を被ることになったのです。このあたりはムーさんが説明されていたと思います」

「言っていたな。5つの【白の面】があり、1つが行方不明……おかしくないか?仮面をなくした部族は、国の政に参加できなくなるんじゃないのか?」

「いいのです。バド族以外の4つの部族は、始めからバド族を仲間にする気はなかったのです。いい場所にある土地を手に入れる為に仲間にいれるふりをして、防御の内側に入り込み、土地をとりあげるつもりだったのです。そして、イエール王国が建国されて一年後、それは実行され、バド族という部族は地上から消えました」

「すると、桃海亭にある仮面は、バド族のものなのか?」

「はい。襲撃された日に行方不明になりました。他の4部族は400年が過ぎた今も高額な賞金をかけて必死に探しています」

「高額な賞金…」

「店長、【白の面】は、ムーさんが2階に持って行きました」

 爺さんとムーが側に居るとなると、盗むのはかなりハードルが高そうだ。

「そういえば、ムーが、自分が使うと言っていたよな。何かに使えるのか?」

「使うというか。有名な伝説があるにはあるのですが」

「伝説?」

「遠い昔、バド族の村に天才魔術師がいたそうです」

「ムーみたいのか?」

「いえ、人間的にも非常に立派な方で、バド族の為に住んでいる地域に強力な防御の魔法をかけたそうです」

「ムーとは違うな」

「その魔術師は自分が死んだ後、バド族が危機に陥ったときの為のアイテムを残しました。それが【白の面】です」

「同じものを5つも作ったのか?」

「残りの4つの面はバド族が本物に似せて作った偽物で、特別な力はないそうです。本物の【白の面】はバド族の首長が被りました。裏切られたとき、首長は仮面の力でバド族の全員をどこかに転送させました。その後、首長と仮面の行方がわからなくなったのです」

「これを売りに来たのは、キデッゼス連邦の少数部族だと言っていたよな。400年前に首長をかくまっていたのかな」

「可能性はあります」

「ムーが使うというのは、仮面の転送機能のことなんだよな?」

「いいえ、仮面の転送機能は1回だけと聞いています」

「他に使い道があるのか?」

「僕もよくは知らないのですが、伝説では特殊空間が転送先らしいのです。時の流れから切り離された場所で、誰かが仮面を被って、転送先にいるバド族を迎えにいかなければならいそうなのです」

「仮面を被るとその場所にいけるのか?」

「そうなのですが、そう簡単にはいかないらしいのです」

「爺さんが言っていた『成功しておらん』って、やつか?」

「はい。【白の面】の行方はわかっていないのですが、歴史に時々現れてはいるのです。わかりやすくいうと、レンタル、という形で、どこからか一時的に貸し出されていたみたいなんです。ところが、使用できないので、ここ100年ほど現れていませんでした」

「使用できない?」

「わかっているのは、魔術師は使用できない。つけるだけで発狂するそうです。一般人は面をつけることはでき、道案内もできるが、途中で息絶えるそうです」

「息絶える?」

「仮面に殺される、精神的に追いつめられる、など色々言われていますが、詳しくは知りません」

「確認するぞ、魔術師は狂う。一般人は死ぬ。これで間違いないな?」

「そう聞いています」

「あの【白の面】、誰が使うんだ?」

「状況から考えると…」

 桃海亭に今いるのは魔術師3人と一般人1人。

 魔術師は発狂するとなると、

「オレか?」

 シュデルがうなずいた。

「そうなると思います」





「絶対にオレは行かないからな!」

 夕食時、先手を打った。

 狭い食堂に男4人が座っている。テーブルの上には野菜スープとパン。

質素な食事だが、爺さんは文句も言わず黙々と食べている。

「大丈夫しゅ。ボクしゃんと爺しゃんが、一生懸命プランを考えたしゅ」

「行かない」

「お宝いっぱしゅ」

「シュデルは、バド族という人間だと言っていたぞ」

「あっている。ただし、他にも色々なものが置かれている」

 爺さんが意味深な笑みを浮かべた。

「色々なものに、金貨はあるのか?」

「ないだろうな」

「ないなら、行かない」

「だが、金になるものはある」

「どんなものがあるんだ?」

「天才魔術師は私物をそこに置いていたらしい。高額で売れる魔法道具が大量に見つかる可能性が高い」

 爺さんがフォフォと変な笑いをした。

「わかった」

「行くか?」

「行かない」

「なぜだ!」

 爺さんが驚いた。

 心底驚いたようで、目が見開いている。

「命はひとつ。大切にします」

「おぬしが行かないと予定が狂う」

「予定、って、何の予定ですか」

「あれとか、あんなこととか、こんなことだ」

 何を想像したのか、また、フォフォと笑った。

「とにかく、行かないからな」

「行って欲しいしゅ」

 ムーが両手を組んで、オレに祈るようなポーズをした。

 口の周りに大量のパン屑がついている。

「行かない。それに明後日からキケール商店街の大売り出しだ。桃海亭の店主として参加しないわけにはいかない」

「そちらは大丈夫です。代理でいいと言われました」

 シュデルが言った。

「シュデルが代理をしても、オレがいないと店が開けられ……まさか、爺さんが?」

「わしが代理ででることになっている」

「爺さん、店の外にでるのは危ないだろ」

 リュンハ帝国の前皇帝。

 命をつけ狙う者は後を絶たない。

「これを見ろ」

 爺さんが両方のポケットから出したのは、

「セトナの護符!」

 右のポケットから出したのは金の飾りにはめ込まれた白い宝石サン、物理攻撃を防ぐ。左のポケットから出したのは銀の飾りにはめこまれた黒い宝石ムーン、魔法攻撃を防ぐ。

 世界最高とまで言われる護符で、両方持っていれば安全なのは間違いないが、プライドが高く、オレのいうことなど無視する。

「わしがちょいと話したら、快く協力してくれることになった」

 セトナの護符、長いものには巻かれるらしい。

「イベントの準備に明日から忙しいのだ。力仕事はシュデルでは心許ないから、リュウを使うからな」

「リュウ?」

「ロイドさんの店の30歳くらいの店員の方です」

 知っている。

 ロイドさんの店でよく顔を合わせる。

「なんで、オレの店を手伝ってくれるんだ?」

「あの方はニダウのチェスチャンピオンなんです」

「それで?」

「昨日、ハニマンさんに負けて、イベントのお手伝いを無料でしてくださることになりました」

 賭チェスに勝ったということらしい。

 爺さん、両手の護符をオレにヒラヒラと見せた。

「商店街の中なら自由に動いていいとアレン皇太子とアーロン警備隊長の許可も取ったぞ」

 桃海亭での生活を満喫している。

「この家出爺……」

「そういうわけだから、おぬしは行ってこい」

「行かないと言っているだろ」

「わしが桃海亭から全力でサポートしてやる。安心しろ」

 爺さん、明日からイベントの準備で忙しいと言ったばかりだ。

 サポートなど、できるわけがない。

 オレは立ち上がると、ビシッと言った。

「何と言われようと、オレは行かないからな」




「なんなんだ?」

 昨夜は爆睡した。

 朝、気持ちよく目覚めたのだが、視界がやけにせまい。

 両手を顔にあてた。

「これは…」

 部屋から飛び出した。手すりを使って階段を一気に降り、食堂に飛び込んだ。

「店長、おはようございます。【白の面】を被っているようですが、なにかあったのですか?」

 エプロン姿のシュデルが言った。

 壁にかかっている鏡を見た。

 オレの顔に【白の面】がついている。

 仮面の縁を持って引っ張ってみたが、外れない。

「外してくれ!」

 シュデルが持っていたフライパンを下ろすと、オレの仮面に手をかけた。

「ダメです。外れません」

 顔に密着しているようだ。

 顔にあるのはわかるのだが、仮面を被っているという感じはしない。顔の一部という感じだ。重さも感じないし、違和感もない。鼻からも口からもいつもと同じように息ができる。

「ムーは!」

「まだ、寝ています」

「爺さんは!」

「先ほど、ワゴナーさんと出かけられました。朝食までには戻るそうです」

 オレは階段を2段跳びで駆け上がり、ムーの部屋の扉を蹴飛ばした。

 腹を出して寝ているムーの襟首をつかんで持ち上げた。

「起きろ!」

「はぅ……」

「【白の面】が盗まれたぞ」

「大丈夫…しゅ……ウィルしゃんの顔に、ペッタリ…」

「お前か!」

 廊下に投げつけた。廊下の壁に激突して、ゴロゴロと転がった。

「痛いしゅ」と文句を言った後、両手をついて「よっこらしょ」と、立ち上がった。

「こいつを外せ!」

「外せないしゅ」

 でかい目をパチパチとさせた。

 オレはムーを小脇に抱えると、階段を下りた。ちょうど戻ってきたハニマンの爺さんと階段下ではち合わせた。

「仮面を被っているところを見ると、行く気になったようだな」

「ムーが勝手に被せたんだよ」

 爺さんが親指を立てて、ムーにグイッとつきだした。

「グッジョブ」

「違うだろ!」

「早く行った方がいいぞ。急がないと死ぬぞ」

「オレをそんなに追い出したいのか!」

「わしがそんなことを考えると思うのか」

 そう断言した爺さん、指でムーと何やらサインを交わしている。

「はいしゅ」

「何を話していたんだ」

「ウィルしゃんの生存期間についてしゅ」

「生存期間?」

「ウィルしゃんが仮面をつけてから生きていられる時間しゅ。爺しゃんは8日、ボクしゃんは7日と推定したしゅ」

 爺さんにムーを投げつけようとして思いとどまった。

 年寄りは骨が折れやすいらしい。やるなら、医療魔術のエキスパート暴力賢者ダップがいるときだ。

「だから、ウィルしゃんを早く連れ出さないといけないと話していたしゅ」

「オレは行かない」

「行かないと死ぬしゅ!」

「あと10分後に、この仮面は外れる」

 ムーが横を向いた。

「チィ、しゅ」

 ムーも覚えていたらしい。あと10分でモジャが戻ってくる。

 ムーは叱られ、オレは仮面を外すことが出来る。

「店長、お食事はどうされます?」

 シュデルが、切ったフランスパンとミルクの入ったコップをテーブルに用意してくれていた。

「食事……できるのかな」

 試しにパンを口元に運んだ。仮面に邪魔されて食べられない。

「10分だから、我慢する」

「せめて、ミルクだけでも」

 コップにストローをいれて、差し出してくれた。

 仮面の下からストローがギリギリはいる。

 ズズズッーーと音がするが、かろうじて喉は潤せた。

「さて、準備をしないとな」

「はいしゅ」

 爺さんとムーが2階にあがっていく。

「オレは行かないからな」

 2人の背中に声をかけて、食堂の椅子に腰掛けた。

「店長」

「なんだ」

「今朝、僕が食事の準備をしているとハニマンさんがお茶を飲みに現れまして」

「年寄りが早起きって、本当なんだな」

「いえ、いつもは8時頃に起きてきます」

 8時。まったり隠居生活らしい。

「ハニマンさんがお茶を飲まれながら、『育成』と『導き手』について教えてくれました」

「そういえば、昨日言っていたな」

「【白の面】を被れる一般人を作る計画があったそうです。実際に数人の少年を訓練したそうです。それが『育成』らしいです」

「ストローでの飯の食べ方とか?」

「いいえ、仮面を被ると様々な恐ろしい映像が見えるそうです。それに対抗する強靱な神経を作るために修練を積むそうです」

「恐ろしい映像」

「店長は見えないのですか?」

「見えるのは、仮面の右の方でオークの集団が剣を振り回しているのくらいかな」

「……剣を…ふりまわしているんですか?」

「今はな。爺さん達が上にあがっていくまでは、仮面の中央で幽霊みたいのが踊っていたぞ」

「その映像、怖くはないんですか?」

「幽霊はたぶんシルキーだ。ヒラヒラと踊っているだけだから、怖くはないな。オークの方は実物に何度も追いかけられたから知っているが、振り回している剣がオークの手の構造では持てないタイプだ。オークの映像はリアルなだけに、もったいないと思って見ている」

 シュデルが黙った。

 1分くらい待ったが何も言わない。

「どうかしたのか?」

「いいえ、ここが桃海亭であることを思い出していたところです」

「桃海亭に決まっているだろ。大丈夫か?」

「大丈夫です。それでもうひとつの『導き手』の方ですが、これはその名の通りバド族のいる場所まで導くという意味だそうです。仮面を被っても『導き手』の資格がない場合は導けません」

「オレが『導き手』でなければ、被り損だな」

「いえ、店長は『導き手』です」

「わかるのか?」

「『導き手』の資格がないと仮面は顔につかないそうです」

「『導き手』と言われても、画面に見えるのはオークと……お、ドラゴンが出てきた。羽根つきレッド・ドラゴンのだが、こっちは本物とかなり違うな。実物はもっと小柄で、口からの吹く火力が強い」

「店長。変異種のレッド・ドラゴンを見たことがあるのですか?」

「あるある。卒業試験でひどい目にあった」

 また、シュデルが黙った。

「本当に大丈夫か?具合が悪いなら、部屋で寝ろよ」

「いま、店長がウィル・バーカーであるという事実を再認識していたところです」

「ウィル・バーカー…そろそろ、名前を変えたいよな」

「名前を変えても〔不幸を呼ぶ体質〕は変わらないような気がしてきました」

 そう言ってシュデルは、ため息をついた。

「店長、どこかに点滅している点のようなものがどこかに見えませんか?」

「何色の点だ?」

「わかりません。ハニマンさんは点滅する点と言っていました」

「これかな?」

「ありましたか?」

「左下で泳いでいる魚の鱗が光っているみたいだ」

「魚の鱗ですか?」

「重なっていたんで気がつかなかった」

「魚も見えるのですか?」

「ギリギリ魚ってくらいな奇妙な形の生き物だけどな」

「怖くは……いえ、点滅している方向に歩くとバド族を保護してある場所に着くそうです」

「まあ、オレには関係ないけどな」

 モジャが来るまでの辛抱だ。

 オレはテーブルに突っ伏して目をつぶった。




「外せない!」

 衝撃の事実にオレは呆然とした。

ーー 外せなくはない。だが、外すと連動している別空間が壊れる。それでも良いのかと聞いている ーー

「いいです」

「ダメしゅ」

「店長、大量殺人になります」

「レアな魔法道具がごっそり消えるぞ」

ーー 別空間を壊さずに仮面を外すには、ウィルが空間を解放すればすむ。その方法では問題があるのか? ーー

「オレが行きたくないだけです」

「その方法でバッチリしゅ」

「魔法道具は高そうなのを持ってきてください」

「巻物は全部だぞ、全部」

ーー ウィル、どうして行きたくないのだ? ーー

「オレの命を危険にさらしたくないだけです」

「ウィルしゃんのことは気にしないでいいしゅ」

「桃海の全財産は金貨5枚しかありません」

「【白の面】が手に入るなど奇跡だぞ」

ーー シュデルの話からすると、我が壊す空間には多くの人がいるのではないか?本当に壊してもよいのだな? ーー

「壊してください。オレは自分の命の方が大事です」

「ウィルしゃんは、本当は心が優しいでしゅ」

「店長、別空間には子供も女性もたくさんいるはずです」

「自らの命を惜しみ、他者を犠牲にすると後悔することになるぞ」

 3人とも、真剣な表情で言った。

 が、

 ムーはポシェットの他に布ショルダーを斜めにかけ、

 シュデルは荷物が詰まったオレの背嚢を持ち、

 爺さんは怪しげな文様の書いた大きな布袋をオレに差し出している。

「お前らなあ」

ーー ウィル、行くならば急いだ方がいい。仮面はそなたが導き手として適任か、すでにカウントを始めている。あと8日すれば、何もせずとも仮面に殺されることになる ーー

「ぶょしゅー!」

 変な声を出したムーに、爺さんがVサインをした。

「わしの読みが正しかったな」

「ちょいだしゅ!」

「オレの命で遊ぶな!」

 オレの蹴りがムーの腹に炸裂した。

 ゴロゴロと転がるムーを、モジャがすくい上げる。

ーー ムー、このようなことはしてはならぬと何度言ったらわかる ーー

「ごめんなさいしゅ」

 ムーが頭をさげた。

ーー わかればよい ーー

 絶対にわかっていないが、モジャはムーに甘い。

ーー ウィル、別空間は特殊な空間ゆえに、我は干渉できない。危険があっても手助けできない。それでも行くか? ーー

「オレ、行かないといってますよね?」

「モジャ、イエール王国まで送ってしょ」

「店長、ストロー、たくさん入れておきましたから」

「この袋には保護魔法をかけておいたからな。先に巻物、余ったら魔法道具を入れていいからな。巻物は全部だぞ」

ーー 送ろう。気をつけていくのだぞ ーー

「だから、オレは…」

 モジャのフワフワの毛がオレの頭を軽くポンポンと触れた。

ーー ウィル、我が人を殺したくないのだ。悪いが行ってくれないか? ーー

 超生命体モジャ。

 もし、目がついていたなら、優しい眼差しでオレを見ているのだろう。

 オレはため息をついた後、うなずいた。





 モジャの力でオレとムーがイエール王国に移動。別空間への入り口をモジャの力を借りて見つけだしたところで、モジャがタイムアップ。

 別空間はオレの予想と違い、普通の山中だった。ただ、時々、別の空間が現在の空間と重なるように現れる。地面に倒れるように眠っている人々がいるが触れることもできず、数秒で消えてしまう。

 別空間に入っても仮面の映し出す映像に点滅が現れていたので、それに従って道を進んだのだが、3日目、点滅が消えた。

 到着したのは山の中腹の平らな場所で、森に囲まれた大きな広場なっている。近くには泉もあり、数十人なら暮らせそうだ。

 ここが終着点だと、オレもムーも思った。

「どうしろって、いうんだ」

「困ったしゅ」

 広場に到着してから丸一日が過ぎた。

 オレ達は別空間解放への手がかりを見つけられていなかった。

 広場についても仮面は外れなかった。ムーが仮面の外側を調べてくれたが変化はなかった。内側では点滅はなくなったが、様々なモンスターが頻繁に現れては消えるのは、広場につく前と同じだ。

 広場にいれば点滅は現れない。広場から離れると点滅が現れる。この広場が、仮面が指している場所に間違いはないのだが、次に何をすればよいのかがわからない。

「空間はなんとかなりそうか?」

「こっちだけなら安定できそうしゅ」

「別空間はダメか?」

「鍵穴の場所さえわかれば、できると思うしゅ」

「鍵穴か、どこだろうな」

 便宜上鍵穴と呼んでいるが、ようするに今の空間と別空間と同時に安定させる魔術の施行場所だ。

 現在オレ達がいる広場は、本来1つである空間を2つに分けているらしい。安定させる方法は2つ。

 現在の空間を固定して安定させる。オレの仮面も外れるが、別空間は消滅、つまりなくなってしまうらしい。

 現在の空間と別空間を1つに戻し、固定させる。必要なのは、鍵である白の面と鍵穴の場所、それと鍵と鍵穴の不具合を修正しつつ鍵を回せることができる魔術師。

 前者はなんとなくわかるが、後者はオレにはさっぱりだ。

 『2つに分けた空間が1つになったら、同じ場所にある物が重なって困るんじゃないか?』とか、『なんで空間を戻す魔法に意図的に不具合を入れるんだ?』とか、ムーに聞いたのだが、答えに魔法の専門用語をちりばめられて、言っている意味が理解できなかった。

「腹が減った」

「頑張るしゅ」

 干し肉とパンをかじっているムーが言った。

 オレは仮面のせいで、水はストローで普通に飲めるが、パンと干し肉は少量ずつしか取れない。シュデルが気を利かせて、細くしたものを入れてくれていたが、昨日でなくなった。

「こいつがヒントだと思ったんだけどな」

 仮面の裏ではいつも通り、色々なモンスターが跳ね回っている。

 広場に滞在するようになって気がついたが、モンスターはランダムに出ているわけではないらしい。オレのいる場所と見る向きで出てくるモンスターが決まる。

 鍵穴の位置を示すヒントだと考えたのだが、出てくるモンスターは毎回同じ動きをするのだが、場所を指すような動きをするモンスターはいない。

「あと4日間あるしゅ」

「キケール商店街は今頃にぎやかだろうな」

 店頭には特売品が並び、イベントも行われ、いつもより人がさらに多くなる。

「そういえば、爺さん、何のイベントをするんだろ?」

「シリトリ、言ってたしゅ」

「尻取り?あの、最後の言葉を、次の言葉の最初にするっていう遊びか?」

「はいしゅ」

「尻取りでイベント……盛り上がるのかな」

「さあしゅ」

 仮面の裏ではストーンゴーレムが暴れている。巨大なモンスターが間近まで接近して、殴りかかってくる迫力ある映像だが、あまり怖くはない。

「こいつを見る度に、石切場のゴーレムか、って突っ込みたくなるだよな」

 集まっている長方体の石はどれも同じ大きさでで、石と石がピタリとくっついている。箱を寄せ集めて作ったオモチャのゴーレムにしか見えない。

「ほよっしゅ?」

 ムーが首を傾げた。

「どうかしたのか?」

「ウィルしゃん、いつも変なモンスターばかりだって言ってるしゅ」

「そういえば、そうだよな。足が多かったり、目玉の位置がおかしかったりしたな」

「正しいモンスターはいなかったしゅ?」

「正しい……本物と同じってことだよな。いたかな」

 頭の隅に何かが引っかかった。

「………いた、気がする」

 思い出せないが、たしかに見た。

「どこで見たしゅ」

「この広場に入ってからだ。普通のモンスターだったので、気にとめなかった」

「どこか覚えているしゅ?」

「わからない。何のモンスターだったのかも思い出せない」

「探すしゅ」

 ムーが歩き出した。

「それしかないよな」

 周りを見回しながら、ゆっくりと歩くムーについて歩いた。映像は変わっていくが、普通のモンスターらしきものは見えない。

「なんでしゅ」

 ムーのつぶやきが聞こえた。

「どうかしたのか?」

「おかしいしゅ?」

「ああ、おかしいよな」

 仮面の裏の映像が、誰が見ても同じ物だとするならば〔導き手〕はオレが見た映像と同じ物を見て、鍵穴を探すことになる。モンスターの間違い探しが鍵穴の居場所へのヒントならば、〔導き手〕は図鑑や資料ではなく、実物のモンスターをたくさん見ている人物でなければならないことになる。

「ウィルしゃんほど見ている人、いるしゅ?」

「魔術師ならいるかもなあ」

 魔力を持たない一般人はモンスターと戦う手段が限られる。手練れの剣士も戦士も、魔力がなければ戦うモンスターは選ぶ。冒険者パーティにいる剣士や戦士も、魔力でしか倒せないモンスターの討伐には参加しないだろう。

「魔術師は仮面をかけられないしゅ」

「そうだよな。魔術師でいいなら、戦闘魔術師のロウントゥリー隊長はオレより多くのモンスターを見ているかもしれないけどな」

 戦闘狂の笑顔を思い出して、背中に寒気が走った。

 ロウントゥリー隊長とは二度と会いませんように。

「なぜ、ウィルしゃん、だったんしゅ」

 ボソボソ言いながらも、茂みの下や木の表面を調べている。

 仮面の裏の映像は、今はガーゴイルだ。羽ばたきが聞こえてきそうなリアルな映像がオレに牙を突き立てようとしている。本物によく似ているが、尻尾の先端がハート型だ。

「わかったしゅ!」

 ムーが両手をあげた。振り向いてオレを見ると、オレの顔に指をさした。

「〔導き手〕しゅ」

 オレにも理由がわかった。

「そういうことか!」

 なぜ〔導き手〕なのか、聞いたときから引っかかってはいた。別空間の場所を示す役割なら〔案内役〕とか〔道案内〕とか呼ばれるはずだ。

〔導き手〕という名称を誰がつけたのかはわからないが、〔導くことが仕事〕であることからつけられていたのだ。

 魔力がない身でありながら、多くのモンスターと戦った人物が、別空間に閉じこめられた人々を救いに来る。その人物は空間解放後も閉じこめられていた人々を新しい世界に導いていく。

 ここを作った魔術師は、長期間閉じこめられていた人々が新しい世界に住む環境を用意できるよう、名声と地位のある人物が迎えに来るように設定していたのだ。

「ダメダメしゅ!」

「ダメダメで、悪かったな」

 ダメダメは事実だが、オレがダメダメ不幸人間であることが今回は幸いしている。オレとムーのコンビだからこそ、解放後のことを考える必要がない。

 仮面の裏側の映像がバンシーになった。木の陰でうつむいてバンシーは黒い服を着ている。死を告げるバンシーのイメージは黒だろうが、本物は緑の服を着ていた。

「なんも、見つからないしゅ」

 ムーが茂みの下に転がった。探しているふりをして、休む気らしい。

「こっちも変なモンスターばかりだ」

 バンシーの前を巨大な猫が横切った。

 ビッグ・イアだ。暗殺猫で誰が犯人かわからないようにするためだろう。ムーとシュデルが何度か襲われた。恐ろしい容貌をしているが、元が猫なのでマタタビを投げると喉を鳴らしてじゃれつく。

「困ったしゅ」

 ムーが腕枕をした。眠る気らしい。

「まだ、昼前だ」

「お昼ご飯になったら起きるしゅ」

「時間が限られているのを忘れていないよな?」

 返事をしないと思ったら、すでに寝息を立てている。

 オレはため息をついて、ムーの隣に座った。

 バンシーはこちらを見ているが、ビッグ・イアはゆっくりと歩いて左側に消えた。

「最近は店に来ないよな、マタタビで撃退できるのがバレたの……」

 ビッグ・イア。

 襲撃されて、何度も見た。

 いま、画面を横切ったビッグ・イアに本物との違いはない。

 ムーの身体を揺さぶった。

「ムー、起きろ!」

「眠いしゅ」

「手がかりが見つかった」

「ほよっしゅ」

 目をこすりながら起きた。

「どこしゅ?」

「ビック・イアがあっちに行った」

 歩いていった左側を指した。

「追うしゅ」

 ビッグ・イアが歩いて行った方角に行くと、歩いているビッグ・イアを見つけた。その後ろではクー・シーが寝そべっている。

「いたぞ、こっちだ」

 映像のビッグ・イアを追っていく。次々にモンスターが現れるが、ビッグ・イアはそれらの映像を無視して歩いていく。

「止まったぞ」

 映像の真ん中に座った。ビッグ・イアと目があった。まるで、オレを待っているかのようだ。

「そこだ」

 ビッグ・イアのいる場所は泉の中、水辺から1メートルほど場所だ。水中に平たい岩があり、そこに座っている感じだ。

「行けるしゅ?」

「行ってみる」

 仮面で視界が狭い。注意して、岩に立った。

「おっ」

 いきなり仮面が外れた。慌てて、両手で受け止める。

「ここみたいだな」

「わかったしゅ」

 ようやく、見つかったというのに、ムーはどこか不機嫌だ。斜めにかけた布バックを地面に下ろすと、そこから、たたんだ紙を取り出した。

 バッと音を立てて広げた。

 奇妙な文様が書かれている。

「なんだ、それ」

「水に魔法陣は書けないしゅ」

「それが空間を開く為の魔法陣なのか」

「違うしゅ。空間を開くには修正をしないとダメしゅ。鍵を挿した状態で扉を開けないための術、空中に魔法陣を書くときに邪魔をさせないようにする術、開錠の時に仕掛けられているトラップを破壊する為の術、3つの術を仕込んだ魔法陣しゅ」

「すごいアイテムだな」

 ムーが目を細めた。

「爺しゃんが作ったしゅ」 

「爺さんが?」

 本当に準備を手伝ってくれたらしい。

 そう言われると、紙に書かれた奇妙な文様は、オレが渡された袋のものと似ている。

「爺しゃん、水と予想して、これくれたしゅ。ボクしゃん、空中と予想して、別の作ったしゅ」

 ムーの不機嫌の原因は、これのようだ。

「チィ、しゅ」

 文句をいいつつも、紙を持ってオレのいる石に乗った。

「仮面をポシェットに入れて欲しいしゅ」

 ムーのポシェットに、中の物に触らないように突っ込んだ。

「時間かかるしゅ」

「オレは、そっちにいるから、必要なら呼んでくれ」

「わかったしゅ」

 オレは水辺に座り、ムーは呪文を唱え始めた。

 小さな魔法陣がいくつも浮かんでは消えてを繰り返す。

 辺りのエネルギーがムーの周辺に集まっていくのが肌で感じられる。集束していくエネルギーをコントロールしているのは、爺さんの紙の魔法陣だ。

 知識がある魔術師が見たら、感動ものの状況なのだろうが、オレは忙しくて、ゆっくり見ている暇などなかった。

 呪文を唱えているムーが、オレの方を見て頬を膨らませた。

「しかたないだろ。ここ3日間、ろくに食ってないんだから」

 背嚢に残っているパンや干し肉を必死に口に詰め込んでいた。今食べないと、次いつ食べられるかわからない。

 3日分の飯を食い終えて、横になろうか考えていると、ムーがポシェットから仮面を取り出した。

「鍵しゃん、半分、開けるしゅ」

「わかった」

 背嚢から、爺さんに押しつけられたスクロール&アイテム入れの布袋を取り出した。縦横2メートル。無駄にでかい。

「いくしゅ」

 ムーが仮面を水面の浮かべ呪文を唱えると、柔らかい波動が広がった。波動が通った場所の空間が重なっていくのがわかる。

 森の木々は同じ場所にありながら、違う風景に変わっていく。広場の地面には倒れた人々が次々と現れた。

 近づいてみると、死んではいないようだが、息はしていない。

「急ぐしゅ」

 オレとムーは、天才魔術師が残した魔法道具とスクロールを求めて、走り出した。




「全部、開けるしゅ」

「ちょっとだけ、待ってくれ」

 スクロールとアイテムを入れた布袋を、背嚢に入れると紐をしっかりと縛った。それを背負うと、倒れている人々から少し離れた場所に立った。

「よし、いいぞ」

「いくしゅ」

 水中の石の立ったムーが、水面の仮面に触れた。何か呪文を唱えている。仮面が粉々に散った。

 結界が一瞬で消えた。

 光るものを感じ、オレは左に飛んだ。

 銀色の軌跡がオレのいた場所を通った。

「また、逃げられたか」

 手に持った銀の短剣をクルリと回し、腰の鞘に納めたのは、ロウントゥリー隊長。魔法協会戦闘魔術師を率いている。

「なんで、隊長がいるんですか!」

「ウィルに会いに来たに決まっているだろ」

「その冗談はやめてくれませんか。本当はオレ達が持ち出すスクロールを奪いに来たんですよね」

「察しがいい。そういうところも気に入っている」

「オレのこと気に入らなくていいですから、弁償してください」

「弁償?」

 オレは上着の裾を指した。

 隊長のさっきの攻撃で5センチほど切られている。

「この上着、隊長にもらったオレの大切な上着なんです。これがないと春と秋が寒いし、冬はもっと寒いことになるんです。どうしてくれるんですか!」

「また、買ってやる」

 隊長が手をあげた。

「生きていればだが」

 手が振り下ろされ、頭上からホーリーアローが降り注いだ。

 跳んで、ムーを抱え込んだ。

「はうしゅ」

 ムーを守るためにチェリースライムが頭上に広がった。ホーリーアローをはじき返し、さらに広がってオレとムーを包み込んだ。

「魔法協会が来ると予想はしていたけれど、ロウントゥリー隊長はやめてほしかったよな」

「はいしゅ」

 桃海亭には魔法協会の監視がついている。定期的に監視しているということだが、実際はどれくらいの頻度で調査しているのかは知らされていない。

 白の面を桃海亭が手に入れたという情報は、すぐに魔法協会本部に伝わったはずだ。本来なら、魔法協会が400年前の天才魔術師が残した魔法道具とスクロールを手に入れるため、桃海亭に白の面を買いに来るはずだ。それをしなかったのは、おそらく、白の面が100年間現れなかったため魔法協会には〔育成〕した〔導き手〕がいなかったのだろう。

 その結果、オレ達がこの空間を開くのを待ち、横取りすることにしたのだろう。

「そこに入るのは反則だろう」

 笑顔のロウントゥリー隊長がチェリードームをのぞきこんだ。

「隊長、すみませんが、そろそろバド族の人が目覚めると思いますので、〔導き手〕の役をお願いします」

「私だと皆殺しかな」

「本気で言ってます?」

 ククッと笑ったロウントゥリー隊長が、真顔になった。

「スクロールと魔法道具を出せ」

「いいですよ」

 オレは背嚢から爺さんの布袋を出し、袋を逆さまに降った。

 でてきたのは、古ぼけたメガネとスクロールが1枚。

「これで全部です」

「これしかなかったのか?」

「いえ、ここから南西の方向に小屋があります。そこにスクロールが35枚と魔法道具がたくさん置いてありました」

 ロウントゥリー隊長が片手をあげた。部下のひとりが南西の方角に走っていく。

「たくさんありましたが、これ以外はムーが全部焼きました」

「っ!」

 ロウントゥリー隊長が驚いている。

「このスクロールは遠見の術の応用だそうです。魔術師が遠くにいるモンスター観察に使っていたみたいです。メガネは老眼鏡です。見やすいよう自動調節機能の魔法がかかっているみたいなんで、店にいる爺さんへのお土産です」

「ほいしゅ」

 ムーがスルロールを広げて、ドームの外にいるロウントゥリー隊長が読めるようにした。

「……たしかに遠見の術のようだ」

「そろそろ帰りたいんで、見逃してもらえませんか?」

 小屋を見に行った部下が戻ってきた。隊長に小声で報告している。

「なぜ、燃やした」

「オレにはさっぱり」

 肩をすくめた。

 ロウントゥリー隊長がムーを見た。

「理由を聞かせてもらおう」

「手が滑ったしゅ」

 シラッと返事をした。

「一生ここで暮らすか?」

「そろそろモジャが迎えに来てくれるしゅ」

 無邪気な笑顔を浮かべ、ムーが言った。

 隊長が笑顔を浮かべた。

「〔導き手〕の役は魔法協会に連絡して、相応しい者に手配してもらおう。それまでは、部下にバド族の相手をさせよう。それでいいかな?」

「よろしくお願いします」

「私はこれで帰るが、他にもいくつかの組織が来ている。気をつけることだ」

 そういうと、隊長は踵を返した。チェリードームから遠ざかっていく。そのまま、帰るだろうと見ていたオレは、振り向いた隊長と目があった。

「それと、ウィル」

「はい?」

「新しい上着は少し待って欲しい」

 心から楽しそうな笑みをロウントゥリー隊長が浮かべた。

「今度の休暇に、私が届けに行く」

「ひぇっーー!」

 オレの悲鳴を背中に聞いて、ロウントゥリー隊長は去っていった。

 オレは隊長が去った方向に、願いを込めて叫んだ。

「コートは諦めますから、店には来ないでくださーい!」




「疲れた」

「疲れたしゅ」

 オレとムーがモジャに送られて、桃海亭にたどり着いたのは、不本意な出発から5日目夜のことだった。

 食堂に転送したオレ達は、床に座り込んだ。

ーー 明日の昼に来よう ーー

「待ってるしゅ」

「店まで送ってくれてありがとう」

 モジャが消えると、声を聞きつけたらしいシュデルが店からやってきた。

「店長、ムーさん、お帰りなさい」

「疲れた」

「疲れたしゅ」

「仮面が外れたようで、よかったです」

「魔法道具はなかった。しばらくは貧乏だ」

「ないしゅ」

 シュデルの笑顔がひきつった。

「どうぞ、シャワーを浴びてきてください。食堂が泥だらけになります」

 シュデル流の嫌がらせだ。

 オレはムーを引っ張って立ち上がった。

「そういえば、爺さんは?」

「先ほどワゴナーさんの店に行かれました」

「大売り出しは今日までだったよな」

「はい。イベントも無事に終わりました」

「そいつは良かった」

 階段にヨロヨロと向かう。

「夕食はどうなされますか?」

 疲れすぎて意識が半分ない。

「いらない。寝る」

「寝るしゅ」

 チェリードームでモジャの迎えをのんびり待つつもりだった。

 ロウントゥリー隊長がいなくなると、他の組織の戦闘員が一斉になだれ込んできた。隊長の部下の戦闘魔術師達が応戦したが、他の組織に数の優位があった。

 オレとムーはバド族が巻き込まれないように、チェリードームで覆おうとしたが点在して倒れているバド族を全部覆うことはできなかった。しかたなく、オレが意識のないバド族を一人ずつ、担いでチェリードームまで運んだ。担いでいるオレを狙おうとした戦闘員を、ムーが魔法で牽制してくれた。2人の経験と根性で、百人を越えるバド族をチェリードームに無事に避難させた。

 3時間後、ロウントゥリー隊長が手配してくれた魔法協会の幹部がやってきて、スクロールも魔法道具も焼けたことを確認し、そのことを宣言すると他の組織の属する戦闘員達は潮が引くようにいなくなった。

 眠りから覚め始めたバド族を魔法協会の幹部に託したところで、モジャが迎えに来てくれた。

 泥だらけなのはわかっていた。だが、オレは自分の部屋にはいると、服を着たままベッドに倒れ込んだ。数秒たたずに、夢の世界に旅立った。





「うまい」

「美味しいしゅ」

 暖かい野菜スープ、焼きたてのフランスパン。

 質素な飯が、胃袋に染み渡る。

「帰っておったのか」

 ハニマンが食堂に入ってきた。

 時刻は朝8時過ぎ。

「昨日の夜に着いた」

「眠いしゅ」

 ムーが目をこすった。

 爺さんがオレ達の向かいに座った。

「どうだった?」

 爺さんの目が輝いている。

「そこの袋に入っている」

 食堂の入り口に、爺さんから渡された布袋をかけておいた。

「どれどれ」

 爺さんは布袋から、スクロールと老眼鏡を取り出した。

「これだけか?」

 オレはスープを飲みながら、うなずいた。

 爺さんはスクロールをあけて、読み始めた。

「こっちは、遠見の術の応用編のようだな」

「日記には、モンスターの観察に使ったと書いてあったみたいだ」

「日記はないようだが、持っては来なかったのか?」

「燃やした」

「燃やした?日記をか?」

「そのスクロールと老眼鏡以外全部」

 爺さんが停止した。

 突っ込まれないうちにと、オレは一気に話した。

「鍵を半分開けてから、魔術師が残したスクロールや魔法道具を探したんだ。結界内に大きめの小屋があって、そこに色々と格納されていた。ムーが丸一日かけて、スクロールを全部読んで、魔法道具や残されていた物をチェックしたんだ。そのあと、ムーがヘルファイアで小屋ごと丸焼きにした。残ったのは、今爺さんが持っている2点と少量の炭くらいかな」

 爺さんが不思議そうな顔でムーを見た。

「なんで、燃やしたのだ?」

 ムーが胸を張った。

「ボクしゃん、桃海亭のムー・ペトリしゅ」

 爺さん、驚いた顔でムーを見た。

 その後、フッと息を吐き、相好を崩した。

「そういうことか」

「そういうことしゅ」

 爺さんが片手を胸に当て、会釈した。

「東の地に住む者のひとりとして、貴殿の賢明なる判断と勇気に敬意を表します」

 ムーがさらに胸を張ろうとして、椅子から転がり落ちた。

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫しゅ」

 起きあがると「よいしょ」と声をかけて、椅子によじ登ってきた。

 爺さんは頬杖をついた。

「『桃海亭』とは言い様だな」

 爺さんが楽しそうにフォフォと笑った。その後、オレが顔にクエスチョンマークをつけているのに気づいたらしい。

「わからんのか?」

「『桃海亭』に意味があるんですか?」

 ムーが焼いたスクロールや魔法道具に、問題のあったというのはオレにも予想がついた。だが、そのことと『桃海亭』との繋がりが見えない。

「そうだのう。ここに2本のスクロールがあるとしよう。1本は不死の魔法。必要とされていても存在してはいけない。もう1本は殲滅魔法。必要されてはいけないが存在している。どちらのスクロールも捨てる魔術師はいないだろう」

 爺さん、目でムーを指した。

「だが『桃海亭』のムー・ペトリは捨てられる」

「はあ?」

「『桃海亭』にいる限り、捨てることができる立場を維持できるのだ」

 言いたいことが、なんとなくわかったような気がした。

 立場や置かれた環境で、したくてもできないことがある。だが『桃海亭』に所属している場合は、『桃海亭』自体が価値を持たないので、自分の判断で行動できる。

「それで、こいつはスクロールと魔法道具を燃やしたと」

「金になるものがたくさんあっただろうに」

「あったしゅ」

 笑顔で言ったムーの頭をはたいた。

 ムーが両手で頭を押さえた。

「痛いしゅ」

「桃海亭に、金がないとわかっているよな?」

 ムーが爺さんのもっているスクロールを指した。

「金貨ザクザクしゅ」

「そうなのか?」

「はいしゅ」

「爺さん、そのスクロールこっちに渡してくれ」

 手早くスクロールを丸めた爺さんは、そのスクロールを自分のポケットに突っ込んだ。

「爺さん!」

「これはわしの袋にあったのだから、わしの物だ」

「爺さんには、メガネをもってきただろ」

「実に使い心地がいい。気に入ったぞ」

 言われて気づいた。老眼鏡は既にかけている。

「そのスクロールを売らないと、金がないんだ」

 爺さん、立ち上がった。

 自分の部屋に逃げる気らしい。

「爺さんは、金には困ってないだろ」

「このスクロールは金では手に入れられない代物だからな。大切に使わせてもらうぞ」

「リュンハ帝国の前皇帝なんだから、セコいことするなよ」

「ここは『桃海亭』だからな、ここにいる限り何をしても許されるのだ」

「違うだろ」

 逃げようとする爺さんの前にシュデルが現れた。

「おはようございます」

 優雅に挨拶する。

「ワゴナーさんがいらっしゃいました」

「すぐに行く」

 椅子から立ち上がったオレに首を横に振った。

「ハニマンさんに用事があるそうです」

「爺さんに?」

「商店会長のご指名とあれば、行かねばならないな」

 飄々と店に入っていく。

 追っていくとワゴナーさんが満面の笑みでいた。

「できた、できましたよ。ハニマンさん」

「できたか」

「どうします?」

「見に行くに決まっておろう」

 爺さんがイソイソと店を出ていき、ワゴナーさんが続いてでていった。

 店の外で歓声が上がった。

「どうしたんだ?」

「ハニマンさんが出てくるのを待っていらした方々だと思います」

「爺さんを待っていた?いったい、何があったんだ?」

「3日前の商店街のイベントの所為で、ハニマンさんは大人気なのです」

 オレはため息をついて、椅子に腰掛けた。

「オレにわかるように説明してくれ」

「店長はイベントの内容をご存じですか?」

「ムーが尻取りだと言っていた」

「午前中はハニマンさんと尻取りをして10回続いたら景品をもらえるというものでした。子供相手には簡単で楽しい単語で10回続かせ、大人だと容赦なく負かしたそうです。語彙の豊富さにみんなが驚いたようで、お昼には二ダウにあちこちで話題になっていたようです」

 二ダウ警備隊のアーロン隊長の顔が、頭に浮かんだ。

 オレが店にいたら、なんとかしろと、怒鳴り込んできただろう。

「午後はトーナメント方式の尻取り合戦をしました。賞金は金貨1枚。参加者希望者が多かったので、くじ引きで32人に絞りました」

「まさかと思うが、爺さん出たのか?」

「はい」

 主催者が出たらダメだろう。

「最初はでる予定ではなかったのです。最初の戦いをした2人の参加者の片方の方が非常にマナーが悪くて、それでいて強かったのです。勝ち進むそうだったので、くじ引きに当たったがノックスさんがハニマンさんに変わって欲しいとお願いしたのです」

「ノックスって、誰だ?」

「アロ通りの魚屋さんです」

「あの魚屋がノックスさんなのか」

「ハニマンさんと仲が良くて、この間、魚のアラをたくさんいただきました」

 頭を抱えたくなった。

「予想通り決勝はハニマンさんとマナーが悪い方になったのですが、それがすごくて、僕も見ていて興奮しました」

「シュデルも見ていたのか?」

「はい」

「店は?」

「ラッチの剣にお願いしました」

「ラッチは、会計、出来ないよな?」

「お客様が来るような状況ではありませんでしたから。キケール商店街が見学の人で埋め尽くされて、僕もパロットさんの店の屋根にあがらせてもらって、そこから見ました」

 尻取りイベント、オレの予想とは違い、盛り上がったらしい。

「マナーの悪い方は壮年の魔術師で、自分以外のすべてのものをバカにするような発言を繰り返していました。決勝のお題はジャンケンで勝ったマナーの悪い魔術師の方が『魔法に関わるすべてのこと』というのを出しました。そして、始まったのですが……」

 シュデルが微笑んだ。

「僕にとって魔法は良いイメージではありませんでした。魔法は破壊の力です。建物が壊され、森も川も形を変え、命の危険にさらされます」

 オレ達の日常だ。

「ハニマンさんは違いました。イベントで魔法を使ったわけではありません。ただ、ハニマンさんが使われた単語を聞いていると魔法に未来を感じました」

 説明しているつもりらしいが、オレには何を言いたいのか、さっぱりわからない。

「魔力が破壊の魔法を発動させるだけのエネルギーではないことを感じさせてくれたのです。使い方によっては、夢をかなえる力となることもあるのです」

 幸せそうな笑顔だ。

 オレはシュデルが、ネクロマンサーの魔法にしか使えないことを忘れていないことを願った。

「だから、商店街の入り口に『ハニマンさん、優勝おめでとう』の巨大な看板が立てるお手伝いをしました」

「もしかして、いま、爺さんが見に行ったのは」

「はい、その看板です。商店街の皆さんだけでなく、二ダウの住む多くの方が手伝ってくださいました」

 アーロン隊長が、怒鳴り込んでくるのは時間の問題のような気がしてきた。

「それから、店長。お伝えしておいた方がよいことと思われることがありまして」

「良いことか、悪いことか?」

「非常に問題のあることかと」

 聞き返す気力を失ったオレに、シュデルは話を続けた。

「ハニマンさんが粉砕したマナーの悪い魔術師ですが、ちょび髭でした」

「ちょび髭?」

「ムーさんならご存じかもしれません」

「おーい、ムー」

 食堂からモタモタとやってきた。目が開ききっていない。まだ、眠いようだ。

「ムー、ちょび髭で、マナーが悪い、壮年の魔術師を知っているか?」

「チョビ髭……茶色い髪のぷっくらデブだしゅ?」

「そうです」

「コーディア魔力研究所の所長かもしれないしゅ」

「コーディア魔力研究所……」

 世界最高峰の魔法研究所。

 シュデルがニコニコとオレを見ている。

 正解らしい。

 ムーがおおきなアクビをした。

「性格悪くて有名しゅ。嫌がらせ、いっぱいしゅ。仕返しはもっといっぱいしゅ」」

「なんで、二ダウに来たんだ?」

「ムーさんに嫌がらせに来たみたいです。いま、大陸で天才と言えば、ムー・ペトリを指しますから」

「ボクしゃん、天才しゅ」

 ムーに嫌がらせに来て、たまたま出た尻取り大会で、爺さんに粉砕された。

 そして、所長を木っ端みじんにした爺さんは、今や二ダウのヒーローだ。多くの人が爺さんを見て歓声を上げ、商店街には巨大看板が立った。

 オレはため息をついた。

「シュデル、便せんないか?」

「こちらに」

 差し出された便せんを広げ、オレは手紙を書き始めた。




 偉大なるリュンハ帝国の皇帝陛下


 エンドリア王国の二ダウにある桃海亭の店主、ウィル・バーガーと申します。

 御父君のナディム・ハニマン殿が当店に滞在しております。

 至急、迎えをお願いいたします。



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