『糾弾と談笑』
若干短めです
「おい…!_お前あれどういう事だよ!?」
「人殺したんだぞお前は!」
「人殺しだ!ふざけんな!」
目を覚ました俺を待っていたのはクラスメイトからの罵倒だった。
無論ごく一部だけだが。数人が病室まで押しかけてきていきなり俺を罵倒してきた。
まぁ無理もないだろう。俺も恐怖を感じたぐらいだ。
一般人には殺人犯のように見えても仕方なかっただろう。
それが高校生とはいえどもだ。まだ荒事に関して免疫がないというのもその原因の一つではあるまいか。
「・・・」
「黙ってないで何とか言えよ!この人殺しが!」
何かにつけて俺を叩きたいだけなんだろうなこいつらは。
ある意味あの行動はあいつらにとって都合のいい餌を与えてしまったようなものだった。
「いい加減にしてよッ!貴方に…舞薗君は…私の為、違う。貴方たちの為にも命を賭けてあの男の人と戦ってくれた!
あの場に舞薗君が居なかったら…みんな殺されてたんだよ!」
突如病室の扉が激しく開け放たれる。そこを見れば憤ったような表情のクラスメイト達がいた。
恐らくその怒りの対象は俺ではなくそこの男子生徒たちだと思う。
鋭く声を上げたのは体育の時間俺に話しかけてきた女子生徒、篠嵜黒那だった。
黒く澄んだ瞳を見開き、凛としたよく通る声で訴えかける。
そこまで言ってくれると嬉しいな。
「だ、だけどもとはと言えば此奴がいるせいだ!此奴がいなけりゃあの男も来なかったはず…!どうなんだよ!大体お前舞薗が好きだからって庇ってんじゃねえよ!」
「そ、それは今関係ないでしょ!」
「おっと、それについては僕から説明するよ。」
その剣幕をものともせずに爽やかな笑顔を張り付けた京谷が現れた。黒那の声を遮って。
いつものスーツ姿に身を包み、革靴の踵を鳴らしながら病室を歩く。
そのあまりに堂々とした姿に威圧感すら覚える。言い知れぬ深淵を感じ取ることが俺にもできるのだからあいつらには相当なプレッシャーだろう。
「あの男が来なくとも、一時間ほど後に別のテロリストたちが事件を起こす未来だった。
彼が居てもいなくとも死者やけが人が出たという可能性は否定できないだろう。」
「なっ――」
「何者なんだ、という疑問かい?僕は片月京谷と言う者さ。おっと今更未来予知なんかに驚くなよ?
キミも間近で見たはずだぜ?彼の大鎌を。あんなのが実在するんだ。未来予知程度で驚かれても困る。」
強烈な圧迫感に加え、心のうちをすべて見透かしたかのように透き通るその瞳に慄いたのか、俺を罵倒していた生徒のみならずクラスメイトは一歩後退る。
真正面から訴えかけられた彼はその闘志を絶やすことなくにらみつける。
負けず嫌いの意地と言うやつだろうか。
「っざけんなよ…ッ!」
怒りに任せたその拳を京谷に向かって躊躇うことなく振り上げる。その目にはやり場のない怒りが渦巻き、八つ当たりをしたくて仕方がないというようにも思える。
一方京谷は涼しげな笑みを浮かべながら流れるような動作でその拳を受け流し、顎に掌底をぶつける直前で寸止めする。
それにも拘らず凄まじい風圧が彼の顔に送られ、髪の毛が余すところなく逆立つ。
その動きの練度、素早さも見事だが、きっちり着込んだスーツと革靴という装備でも一切の制限なく動き回っているように見えるのはナンバーワンの実力も伊達じゃないってことか。
そのまま糸が切れた操り人形の如くへなへなとその場に座り込んでしまった。流石にこれは耐えきれなかったらしい。
「っと…そうだった。君たちに用があってきたんだ僕は。言うまでもないだろうけど君たちはこのことを内密にしてもらいたい。
無論、意図的ではなくとも漏らしてしまったら僕がその人達の記憶を消させてもらう。いいね?」
爽やかな笑みを崩さないものの、その凄みは全く衰えることなく空間に作用する。
反論の余地すら与えないこの絶対的なまでのプレッシャー。この中で平静を保っていられるのは俺とアリスだけだろう。
それほどまでに全身の毛が粟立つような恐怖を覚える。
だがこの中で誰も情報を漏らす気がない事を知った京谷は何事もなかったかのようにその威圧感を消し去った。まるで嘘のように。
そのあと俺達にそれじゃあね、と軽く手を振ってから病室を後にした。
残されたあとの空気は少し重いものがあったが、そこはクラスのムードメーカーが盛り上げてくれた。
結局その後俺とアリスは質問攻めを受け、仕事について口を滑らせそうになったが、何故か標的は俺と黒那に移り変わっていた。
「なぁなぁ。結局篠嵜さんは駆のことが好きなんだろ?」
ヘラヘラとした口調で黒那をからかうのはクラスのムードメーカーの沖田修だ。
こいつとはオフの日でも遊ぶことはある結構仲のいい友人だ。
見た目はそこそこのイケメンだし、結構からかうこともあるが、相手が本当に嫌だと思うようなことは絶対にしない。
そういう人間なのだ彼は。だからこそ人望にも厚く、基本的にリーダー的存在に位置している。
その為女子から告白されることもしょっちゅうあり、たまに自慢してくるのが腹立つ。
「え、えと、あの…。」
黒那は戸惑うように上を向いたり左を向いたり目をキョロキョロさせている。
挙動不審とはまさにこのことを言うんだろうなぁ。
「おいやめてやれよ。黒那が困ってるだろ?」
少しフォローすると周りの人間の顔がニヤリと揃いも揃って歪み、ベッドの上の俺の一番近くにいるアリスに至っては何やら不機嫌そうな顔つきをしている。
あれ、なんかまずいことしたのか?地雷踏みぬいちゃった?
「もしかして篠嵜さんと駆くんは相思相愛?これはスクープだな!!」
「それは違う。」
顔を一層しかめたアリスが不機嫌そうな顔で言いながら俺の腕をみんなの前で抱きしめ、頬を胸板にくっつけて口を挟む。
「駆と相思相愛なのは私、アリス=アルフォード。」
「ばっ!?アリス、そういうこと人前で言うなよ!?」
(…!やべぇ!しまったこのニュアンスだと更に感づかれちまう・・・!)
思わず俺が滑らせた爆弾発言に更にそのニヤリとした顔を浮かべてどうやってからかおうかと脳内で言葉を練っているのが顔からして読める。
しかし俺の悲劇はここで終わることはなかった。
「わ、私だって駆君の事が好きなんだからっ!」
その瞬間、左側に寄っていた俺の体は右側からの引力を受け、真ん中に引き戻される。
それに伴ってアリスもベッドに乗り上げるような形で引っ張られる。
右側からの引力はそれで収まり、ベッドに同じようにして乗り上げてきたのは黒那だった。
アリスとは違い、豊満に育った胸部が俺の右腕に押し付けられ、柔らかな質感を持って俺の腕を包み込む。
「ちょ…え?」
その瞬間、男性陣の恨みが爆発した。
「「「「「そこ代われ!!!!!!!!!!!!!」」」」」
この光景を面白いと思ったのか知らないが修が俺に向かってスマホを構え、パシャパシャと遠慮なしにこの状況をメモリーに収めやがる。
「お前ら学校行かなくていいのかよ?今日火曜だぞ。」
苦し紛れに口にした言葉だったが、その時テレビで流れていたニュースによって遮られる。
『えー、次のニュースです。昨日、都内の高等学校で何者かに生徒が襲われる事態が発生しました。
生徒一名が意識不明の重体でしたが、今は回復しており、命に別状はなかったの事です。
警察は何者かによる傷害事件とみて捜査を進める方針です。
なお、この高等学校では一週間ほど調査の為、休校となるそうです。』
「ま、そういうこった。大人しくいじられろ駆。」
神はついに私を見放したようです。
にしてもだ。よくあの状況で生き残れたのか不思議でならない。
確か黒那に手を出そうとしていた時までは覚えているんだがあとは必死すぎて何も覚えていない。
アリスに聞いてもよくわからない、とかうまく説明できないとか言って話を聞けていなかった。
それにアーティファクトとやらも気になる。命を守ってもらうためにはそれさえも差し出すというものなのだから相当なものなのだろう。
今日の夜も同じ時間帯に起きればあいつは居るのだろうか。今日も試してみる価値がある。
その後俺は散々からかわれた挙句、簡単な検査を受けて異常なしの太鼓判をもらった。
明日からは結局普通に家に帰っていいとのことだった。
今日はアリスは家に帰るらしく、クラスメイト達と一緒に帰ってしまった。
少し残念だな。そう思っていると俺の机に置いてあるスマホが一つの画像を受信する。
そこには戸惑ったような表情の俺と気持ちよさそうにして目を細めるアリス、そしてその大きな瞳を開いてカメラに向かって笑いかける黒那がいた。
そっと保存して画像フォルダに格納すると、夜に向けて仮眠をとることにした。
アラームは午前二時にセットして。