『戦闘開始』
遅くなりましたぁ
「おい、いい加減離れてくんねえかな。」
「うー…だめ?」
「いやダメって言うか…」
今マンションから学校に行くために出ようとしているのだが腕にはアリスがくっついたままだ。すごくかわいいんだが…。離れてもらおうにも離れてはくれない。みられたら非常にこまる。
「いやお前が朝に弱いのは分かるけども。さすがに人の目があるところでは控えてほしいかな…?
ほら、お前もなんか言われたらいやだろ?」
俺がそう言うとぷくーと不満げに頬を膨らませるアリス。
何か俺は間違ったことを言っただろうか。いや言ってない。
「お前じゃない、アリス。アリスって呼んでくれなきゃやだ。」
「あーはいはい、アリス。離れてくれ。」
不満そうな眼付きで唸りつつもとりあえず離れてくれたからよしとするか。
今日は仕事の日だ。予め訓練、及び情報は受けているが実戦だと簡単にはいかないことが多い、らしい。
あくまで京谷に聞いただけで詳しいことは実戦で学べ、そう言うことなのだろう。
京谷によると敵を屠る際には『迷う』という行為は最悪の行動らしい。その分だけ隙を作ることになり、懐に潜り込んだ場合に迷いが生じるとチャンスが一転、最悪のピンチに陥りかねない。
「んじゃ改めて連携、及び情報の確認だ。命がかかってるのは俺よりも分かっているだろうが油断は禁物。」
「うん。基本的に陽動は私。隙をついて駆が無力化させる。そういうことでいいの?」
「あぁ。だが状況がどう運ぶかもわからん。気を抜くなよ。お前との戦闘の訓練で分かったが、相手が思ったように動くことは少ない。」
急に真剣な空気を纏った俺達を周りに居る同じ高校の生徒たちは仲が良い、というようには感じられなかったらしい。
予想なら冷やかしてきたりするものかと思ったのだが今回は都合のいい事にそんな事は無いようで。まぁ俺としては助かるからいいんだけど。
高校が見えてくると一度肩の力を抜いてリラックスする。緊張していてはできるものもできなくなる。
「うぃーす…。」
「おーっす…。」
同じタイミングで教室に入る。如何せんリラックスしすぎている感は否めないがそんなものだろう。
人は休むときは休まねば死んでしまうのだよ。うむ。
適当に教科書なんかを引き出しに詰め込んで椅子に座る。ホームルームまでは時間があるが特に話すこともない。
寝るか。
「寝させるとでも思ってるの…?」
「どういうことか…」
「説明してもらおうじゃないか…」
うわぁめんどくせぇのが来やがった。こちとら疲れてんだ。寝させろ。
「いや…あの・・・?」
「お前アルフォードさんとどういう関係なんだよ!」
「なんで怒ってんだよ」
意味が分からん。俺が何をしたというのか。
ほら隣のアリスもう眠りそうじゃん。昨日遅くまで動き練習してたから眠いんだよ。
「怒るだろ!転校生の美少女と既に仲良くなってるとかどんなギャルゲだよふざけんな!」
「ほら…その、落ちつけよ。」
「これが落ち着いていられるかぁ!」
あーうるせぇ。超うるせぇ。この一分一秒がもったいねえよ。あーやだやだ。
本気で睡魔に襲われてるからマジで。やめてね!
そこで隣で眠っていたアリスが急に俺の腕を抱きしめる。またか。気が付けば思いっきり席くっつけてるし。
「私の…睡眠時間を奪わないで。あと駆も。」
寝ぼけ眼をこすりながらそう言われた男子はアリスにだらしない笑みを送り、何故か俺にはそんじょそこらの幽霊よりも恨めし気な表情で俺を睨んで席に戻っていった。
やはり可愛いは正義らしい。俺でも反論する自信はあまりない。
「おーい、席につけー。」
ガラガラと音を立てて教室の扉が開かれる。うげっ。結局寝ることは叶わなかった。
「えーと、アルフォードの教科書は今日の放課後に渡すからそれまで舞薗の教科書を見せてもらいなさい。
席はくっつけてもいいから。」
「はい、わかりました。・・・だってさ、駆。」
「へいへい・・・わぁったよアリス・・・。」
何故かこのやり取りだけでクラスのやつらから向けられる目線が増える。こわい。
何をしたんだよこの俺が。
「はいはい男子諸君。舞薗が羨ましいのは分からなくもないがそんなにダイレクトに憎悪の目線を送るんじゃない。」
柏手を打ち、場を鎮める先生。渋々と言ったように視線を本来あるべき場所に戻す男子。
ありがとう先生。おかげで助かった。
そんなこんなでHRは終わり、次の授業までの休憩時間が訪れる。今日は三時限目に集会が入っている。
そこで襲撃が来るとのことだ。秘書の日葵さんは戦闘を得意とはしていないらしいが、予知と医療と言う観点で一役買っているらしい。
だが未来予知とはすごい能力だな。小学生並みの感想と言われればそれまでだがそれくらいしか出てこない。
例の如く男子たちが絡んでくるがアリスが追い払ってくれるので寝られる。やったね。
無論授業は真面目に受けるが。成績も絡んでますしね。
授業も変な視線が注がれているくらいしか妙なところはなかった。
だが…どこかから見られているような気がする。そんな気がした。
「そっちパス回せっ!」
「くそっ!また舞薗かよ!」
「やべえ決められた!」
相手チームが慌てふためく。二時限目、バスケットボールの試合中だ。敵も必死に俺の前を通ろうとしているのだが、土日の戦闘訓練を受けた後なら敵の動きが驚くほどゆっくりに見える。
敵の足の向き、視線、今までの動きをすべて考慮すれば同級生程度のボールなら手に取るように行く先が把握できる。
「駆…がんばれ。」
「舞薗君!頑張って!」
その他もろもろの女子の声が何故か俺に集まっている。何で俺なんだ。
まぁ女性に応援されるのは悪い気分がしないではないが。
今日は面白いように得点が入るな。体勢を崩した状態でも狙いさえ合えば遠くからだって入る…!
「ナイスシュート舞薗!やるじゃん!」
「お前こそナイスパス。助かったぜ。」
3ポイントシュートを決めてクラスメイトと拳をぶつけ合った瞬間試合終了を告げるタイマーの音が鳴った。
「お前めっちゃうまいじゃん!バスケ部相手に三十点以上差つけて勝つとかやべえって!」
チームメイトが背中を叩いてめちゃくちゃ褒めてくる。
言うほどすごいことはしていないとは思うけれども。他人の目から見ればすごいものなのかもしれない。
「おいテメェ…。ちょっと調子のってねえか?」
「んぁ?いや別に…っておいおい。喧嘩はよせよ。」
ふと前を向きなおれば相手チームのキャプテン、アリスが転入してきた時めちゃくちゃケンカ売ってたやつだ。
俺の胸倉を掴んで持ち上げるように力を込めている。
「いい加減にしろよオイ。ぶん殴るぞ。」
「…やめといた方がいいんじゃないかな。」
普通にやめといた方がいいと思うぞ。一時の感情に任せて暴力を奮うのは良くないことだと思う。
だが俺の発言を挑発と認識したのか、掴んでいた片方の腕・・・右手を力強く握り全力で振りかぶる。
普通ならやばい状態だけど…遅いかな。俺の脳内の反応速度はアリスの目にも留まらない斬撃が標準レベルに設定されている。
刹那、瞬時に掴んでいる状態の左手はそのままに、迷わず膝を蹴りつける。膝は人間の急所であり、どの方向からでも攻撃が容易に通る。京谷が言ってた。
痛みに一瞬バランスを崩す隙を狙って拳を避けつつ手首を絡めとるようにして掴む。素早く腕を拘束。
うつ伏せに倒れ込ませ、二の腕のあたりに置いていた手を肘に持っていき、押さえつける。
それとは逆方向に、掴んでいた手首を上に関節が外れないような手加減した威力で上に引っ張り上げる。
「いって…ぇ!?」
「ほら、やめた方がいいって言ったのに。もうしないって言うなら離してあげてもいいよ?」
挑発的な笑みを浮かべながらそう提案する。こういうのはとことんプライドをズタズタにしないと関係ない奴まで被害被るからなぁ。
しかし相手のプライドは収まらず、俺を睨みつけるように顔を上げる。
「もうしない…って言いなよ。」
肘にかかる圧力を更に上げつつ冷たく言い放つ。
俺の言葉におびえるかのように目を見開き、
「もうしねえ…から…はなせよ。」
「仕方ないな…。スポーツマンシップに則るべきだと思う。」
荒く呼吸をしながら右腕を押さえる相手チームのキャプテンに向かってそう言い放つと何事もなかったかのようにそいつに背を向けてアリスの元に歩み寄る。
「すごいね駆。護身術の習得もかんぺき。さすが。」
「お前の教え方がうまいからな。」
「…。」
「あ、アリスの教え方がうまいからなっ!」
そうだった。こいつは名前で呼ばないとすごく怒るんだった。
全く…そんなこだわりは理解しかねますわ…。というか恥ずかしい。呼んでるこっちが恥ずかしい。
「ねーねー舞薗君…私も名前で呼んでほしいな…なんて。」
え。えに濁点が付くレベルの問題発言じゃねえか。
ってなにこれなんてギャルゲ?冗談はほどほどにしろよマジで。
「えっと…私は篠嵜黒那だから…。黒那って呼んで!」
・・・真面目に言ってらっしゃるようです。まぁいいやもう今更。
「わ、わかったよ黒那。」
「「「「「キャーーーーーッ!!!!!」」」」」
「女子うっせえ!」「舞薗がイケメンだからって!」「そーだそーだ!」
(もうだめかもわからんね。)
ゾクリ。耳を撫でるように寒気が奔る。
この感じ…初めてあのビルに行ったとき感じたこれは…。殺気・・・?
おかしいだろ!?集会の時だったはずじゃ…。
「・・・予知を予知されるなんて思わないよねぇ?まぁ仕方ないんだろうけどさぁ!」
突如現れた黒いローブに身を包んだ男は侮蔑的にそう言葉を発した。
嘲るように口元は歪められ、面白がるような視線をこちらに向けている。
まずぱっと見で分かるのは只者じゃない。ふざけた口調ではあるが、その目には明らかな殺意を滲ませ、油断なく周りを見渡している。
その双眸は俺とアリスを見つけて止まった。こちらを見るその目は獲物を見つけた肉食動物さながらの獰猛さを孕んでいた。
「へぇ…君たちが死神か。ただのガキじゃないか。特にそこの青年。実戦経験も殆ど乏しいようにも見えるよ?
まぁ君の殺害が目的だから逃がすわけにもいかないんだけどさ…。さっさと死んでもらうぞ。」
僅かに瞳が細められた瞬間、姿が霞むほどの速度で一気に俺に詰め寄ってくる。グラウンドには小さなクレーターが生まれ、周りの空気が激しく揺れる。
その男の右手に携えられているのは黒い片手直剣。刀身には赤い線状の模様が入っており、それは生物に通う血管のようにも思えた。
俺の首を跳ね飛ばそうとした一撃をしゃがむことによって回避する。
カウンターに回し蹴りを試みるも、剣の柄で防がれてしまい、ダメージにはならない。
バックステップで距離をとって油断なく構える。
「チッ…避けられちゃったか。≪ダーインスレイブ≫が生き血を欲しがってるよ…。」
どっかで聞いたことあるな。その名前は。
確か生き血を浴びて吸い取るまで鞘に収まらない魔剣だったか。北欧神話の有名な魔剣だな。
・・・魔剣!?己の思考に疑念と驚愕を抱く。
アリスが使用している白銀のナイフは恐らく聖剣に近い物だろう。
それと相反する物である以上、アリスのナイフと同じかそれ以上の凄まじい能力を秘めていても過言ではない。
「ねぇ…君は死神なんでしょ?早く武器を出してオレと戦ってよ。無抵抗の相手の生き血啜っても、満足しないんだ。」
先ほどの挑発的な喋り方から一転、口調が大きく変わっていっている。目から光が消え去り、目の下には黒い一直線の横棒に三角形を連ねたような文様が浮かび上がってきている。
「じゃなきゃ…この娘、殺しちゃおっかな。」
ふとそいつの剣先を見ればそれは黒那の首筋に当てられ、そこから一筋の赤がにじみ出ている。
刀身の赤い模様は更にその赤みを増し、鮮やかな光を僅かではあるが放っている。
覚悟を決めるしかないのか。アリスがナイフを取り出そうとするがそれを手で制する。
「…いいぜ戦ってやる。だがアリスや黒那、その他のやつらに手出しはするな。」
「いいよいいよ…。オレに抗う生き血を啜れるならなんでもいい…!」
狂った笑みを張り付ける男を身体の中心に捉え、油断なく相手を睨みながら自分の武器である≪エリュシオン≫を具現化させる。
相手の魔剣のように青い燐光を刀身に迸らせ、《ダーインスレイブ》の紅い光と《エリュシオン》の碧い光が混じりあう。
「オレの糧となれ死神ッ!」
「ごちゃごちゃうるせえぞ魔剣使いッ!」
その瞬間、一つの激戦が幕を開けた。