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『実戦練習』

「――試作個体からの通信が途絶えました。破壊されたものとみて間違いないでしょう。」

「・・・そうか。結局のところあの若い芽は摘みきれなかったと見ていい。くそっ。後々響かなければよいが。」

私がそう言うと隣の幹部の一人が悔しそうに嘆いた。確かに心配になるのは分かる。あの青年はどこか周りと雰囲気が違った。

見た目や仕草などに異常は見られなかったが…アタシの能力が告げている。

『彼奴は規格外だ。用心しろ。』と。こいつの察知は外れたことがない。現に、今この組織、殺戮者マーダーが生きながらえているのもアタシの固有能力によるものだ。

(こんな事はしたくはないが…きょうちゃんが生きながらえるためにはこうするしかない…。)

簡素なデスクの上に置かれた柱状の容器の中に浮かぶ若草色の人間の眼球を見てそう思う。

この眼球はきょうちゃん・・・改め片月京谷のものだ。

アタシがこの組織に加担しているのには一つ理由がある。

脅されている(・・・・・・)のだ。彼の命で。

連中はきょうちゃんの瞳を差し出しながら嘲笑うような目つきで過去に言った。そのことははっきり覚えている。

「あんたの大事なカレシ、殺しちゃおっかなぁ?それともオレに加担するぅ?」

思い出すだけで殺意に駆られる。握りしめた拳を震わせながらも深呼吸でその殺意を何とか静める。

殺さなきゃ。いつかアイツらは殺さなきゃ。

だからきょうちゃんのためには他の人間も死んでもらわなくちゃ。もう慈悲は無い。

全てはきょうちゃんのために。

だから今日も私は死神を殺す。昔はアタシも死神だったのにな。












「う・・・もう朝か…」

けだるげに頭を振りながらゆっくりとベッドの上で起き上がる。にしても夏だからって言って昨夜はなんだか暖かかったような。

ちゃんと冷房は機能しているのになぁ。

今日は休みだが昼頃にはまた昨日の場所に赴かなければならない。

(ゆっくりもしてられねえか。)

ふにゅん。ベッドに手を置いた俺の手になんだか柔らかい感触が伝わる。

ふにふに。小さいけど…なんだこれすごく癖になる感触だな。

「ん…んっ!」

「…ん?」

嫌な予感がする。手に少し力を加えて揉む。俺の手の力を受けて形状を変化させるその物体は…やべえ。

想像がついちまった。だがそんなことはないと信じてる。神様は俺を裏切らない。絶対にだ。

恐る恐る左手の方向を見ると恨めし気な瞳でこっちを見るアリスがいた。裏切った。信じた瞬間裏切った。

やべえ殺される。間違いなく殺される。

「このまま、やめるとか許さないから。最後まで、して?」

「怒るのそこかよ!?」

ていうか何でこいつ俺の隣で寝てんだよ。すげえな昨晩の俺。

よく手を出さなかったな。今の俺だったら出してたぞ。つか出しそう。

「ねぇ・・・しよ?」

頬を何故か赤く上気させながら呼吸を荒くして俺の下半身にしがみついてくる。アリスの髪の香りがふわっと香り、脳が判断を鈍らせて来る。

率直に言おう。こいつエロい。寝ぼけてるのか?

アリスが着ている部屋着は上のボタンが2,3個留まっていないため、その内側から除く控えめな胸が俺の脳内で焼き付いている。

下は…ズボン履いてないじゃんこいつ!?Why!?その・・・水色のボーダーの下着が見えて俺の理性がぐらぐら音を立てて揺れてる。

もうやめて!俺の理性のライフはもう0よ!

そのまま俺のズボンに手をかけて降ろそうとした瞬間だった。

「お兄ちゃん!アリスお姉ちゃん知らな・・・って…え!?」

がちゃりと音を立てて俺の部屋の扉が開け放たれる。ノックくらいしろよ。

この調子じゃあ今朝もひと悶着ありそうだ。俺は悪くないぞ。

「お兄ちゃん・・・朝から何してるの・・・?」

「わり、ちょっとバランス崩しちまってこの有様だ。だよな?アリス。」

「そうなの?アリスお姉ちゃん。」

よし、行けるぞ。あいつ単純だから信じてるぞ。いや別にホントにやましいことはしてないから嘘はついてない。

ここでアリスが話を合わせてくれれば大丈夫だな。

「・・・?夫婦の営みの延長戦。」

「前半すら始まってねえよこの馬鹿。」

べしっ。軽くチョップを入れるときゅう、と吹抜けた表情のまま俺の膝の上に倒れ込む。

ダメだ。こいつは意味の分からんことを言いだすな。マジでバカだ。

「と、とにかく。ごはんできてるから早く食べよ。」

そう言えば香ばしい匂いが漂ってくるような気がする。

トーストかな?この匂いは。

朝ごはんの匂いに釣られたのかむくりとアリスが俺の上で体を起こす。

「んじゃいくか。・・・ほら、アリス。行くぞ。」

「うぅ・・・?」

眠いなら寝ていてもらってもいいんだぞ!そっちの方が好都合だからな!

しかし空腹には弱いらしい。一通りベッドの上でもぞもぞした後、俺の腕に掴まってバランスをとっている。

「もしかしてこのままいくの?」

こくこく、寝ぼけ眼のまま頷くアリス。どうせ離れるには相当時間がかかるだろう。

まぁどうせ人に見られるわけじゃないし。

そのまま連れていって俺の隣の席に座らせる・・・のだが。

アリスを座らせて俺も隣に座ると椅子をぴったりくっつけてくる。

やめろよ。向かいの優奈がジト目で見てんじゃねえか。

「お兄ちゃんたち、こっち向いて。」

向こうを見ると優奈がこちらに向けてスマホを掲げている。

恐らく動画でもとってるのだろう。何の意味があるのかわからんが。

「ほら、アリスお姉ちゃんも。」

「にゅ・・・?」

ぎゅううううう。俺の腕にアリスが更に抱き付いてくる。

その。当たってます。小さいけど。うん。意識しちゃう。もしかしてあれか。朝に弱い低血圧か。

「お、おい、そろそろいいか?」

この映像が収められていると後々死にたくなりそうな未来しか見えないんだ。

脅されそうだし。優奈そういうところだけはえげつないから。

「撫でてくれたら起きる。」

アリスに向かって質問すると恥ずかしい答えが返ってくる。・・・仕方ないので明後日の方向を向きながら優しくなでる。

このままくっつかれてると飯食えないしな。

寝起きだというのにほとんど乱れていないその金髪はいつまでも触っていたいとすら思うが今日は生憎そういう訳にもいかない。

「あ、もういいよお二人さん。・・・覚悟しておけ。」

「おいテメェなんか言ったかコラ。」

「べっつにぃ?」

やっとアリスがどいてくれたので飯が食える。

今日の朝食はトーストとハムエッグ、それにスープ。なので箸を使う必要がない。

即ち俺が食べさせる必要もない!やった!

もきゅもきゅと隣でトーストを頬張るアリスはすごくかわいくて。

つい見惚れてしまう。すごく幸せそうな笑みで食べるからな。

守りたい、この笑顔。俺今日1日頑張れる。

「そういやなんで俺のベッドの中に入り込んでたんだよ。」

「鍵、おばあちゃんが出ていく時に家の中に入れっぱなしでお風呂も部屋にも入れなかった。

だからあの後私と優奈ちゃんがお風呂に入って寝た。」

ごくんと目を細めて飲み込んでから喋り始めるアリス。

それに口を挟んだのは優奈だった。

「でも私の部屋で寝てたよね?なんでお兄ちゃんのところに行ってたの?」

「既成事実を作るため。」

「おいちょっと黙れや」」

なんでお前と俺が子供作ってるみたいになってんだよ一瞬考えちまったじゃねえか。

先に飯を食い終わったのでアリスが食べ終わるまでスマホでも見て時間をつぶそうか。

昨日電源を落として以来電源入れていなかったからな。

やっぱり、メッセージいっぱいたまってるよな。

『どういう状況なんだよ!ボイスメッセージで説明しろ!』

何故ボイスメ・・・。めんどくさいけどまぁ暇だしいいか。

「えーと・・・今飯食い終わった。そんだけ。」

よし、こんなもんでいいよな。状況説明(ゴリ押し)は完了。

んじゃ録音を切るか。

「私は食べ終わってない。スマホじゃなくて私を見て。」

送信・・・っと。お、既読ついたな。

『やっぱアルフォードさんいるじゃん!?』

何故ばれたし。まさかあれか録音の際に入ったのか。

『何故ばれたし』

『動画が送信されました。』

ん?なんだこれ。再生ボタンを押してみる。

そこにはカメラに向かって視線を送る俺とその俺の腕にくっつくアリスがいた。

なんで優奈の動画がここにあるんだよオイ。

『どういうことか…説明してもらおうか…。』

ブロックしよ。安心。安心。というか俺が説明してほしいよ。

丁度アリスも食べ終わったみたいだしな。そろそろ着替えて出向くか。

その後俺達は何事もなく着替えて家を出る。

もう時計の針は10の数字を指示しており、人通りも多くなってきている。

あのビルは文字通り目と鼻の先なのだが、すれ違う人間は俺の隣に歩くアリスと俺を見て毎度毎度振り返る。

やっぱ興味惹かれるんだろうなぁ。俺もわかる。

そんなことを考えながらも昨日の部屋にたどり着く。初めて足を踏み入れた際に感じた濃密な殺気は無く、少し豪華な部屋と言う印象だけ受ける。

ふと奥の部屋の扉が音もなく開き、カツ、カツ、と革靴で大理石の床を踏みしめてこちらへ歩く京谷が現れた。

「今日もわざわざ来てもらって済まないね。これが君の情報だ、確認してくれ。」

淡い光を伴って、目の前に一枚の羊皮紙が現れる。どういう仕組みかはわからないがとりあえずハイテクなんだろう。

そこには俺の生年月日や血液型など、細かな情報が記載されている。

下の方にはなんだか見慣れないものが見て取れるが…。

『能力名:現状支配アムネジア』・・・?よくわからないがすごくカッコイイ。

中二病の心が騒めきだすな。だがどういった能力なのかは記載されていない。

使い方がわからなければ宝の持ち腐れなのだが。

「能力の使い方が分からない…そんな顔をしているね。大丈夫。僕も分からない☆」

「おいこら。」

お道化た口調で舌を出して分からない発言をする京谷。

分からないも何も自分で与えたやつじゃないか。

「いやでもこれは本当だよ。他の死神も自らの能力の使い方を分かっているのは一握りさ。

アルフォード君は世界全国二万いる死神の中の上位千位には入ってるかな。三千位くらいから分かり始めるんだけどね。

彼女も半年前までは能力の使い道知らなかったのさ。経験の中で掴んでいくものだから気にしなくていい。

ちなみに君の序列は最下位だからね。ここから上がってくることを楽しみにしてるよ。」

二万の中の最下位、その言葉を噛み締める。ここから這い上がってやる。

無意識に心のうちにそっと決意した俺だった。

ふいに京谷が顔を引き締め、真面目な顔つきにその表情を変えて話をする。

「うちの秘書の能力に引っかかる組織があってね。なんでも君たちの学校に襲撃を行うらしい。

月曜日の昼頃の集会で襲撃だってさ。本当は他の死神も派遣したいところだけど生憎手詰まりでね。

君たち二人でやってもらえないかな。もちろん報酬は弾むよ。」

「どうせ断っても無駄でしょうから受けますよ。でも組織ぐるみの犯行となると俺だけじゃきついものがありません?」

多分相手は銃などの類で武装してくるだろう。

照明を落とされて暗視ゴーグルなんて使われたら死にかねない。

「大丈夫、私がついてる。ね?」

そう言われればうんとしか言いようがない。

「そういえば実戦に向けた練習はまだだったよね。トレーニングルームは三号室の一人用と五号室の複数人用が空いてるよ。

使うなら使っていいよ。今日はもう誰かくるという予定はないし。武器の立ち回りを把握するのもいいんじゃない?」

ふむ。ここにはそういう戦闘用の空間もあるのか。なかなか便利なつくりらしい。

よく考えれば武器庫の奥にはやたら広い部屋がいくつもあったかのようにも思えた。あれは戦闘用の空間だったのだろうか。

「アリスと息を合わせるにもいい機会か。相手の人とかいないとだめなのかこれ。」

「いやいや。剣から銃、弓までなんでも対応してるAIが相手をしてくれるよ。

空間は外側からだと圧縮されて分からないけど内側は数キロほどまで広がってるからね。」

どんなもんだとばかりに胸を張る京谷。だがそれほどまでにすごい技術であることは否めない。

この技術だけで食っていけるんじゃないかなこの会社。

「あ、一応仕事をするときには防弾のロングコートとグローブくらいは装備してもらうから。

それにはなれといた方がいいかもしれない。実戦と違う服でやってもらっても困るしな。」

「なるほど。でも制服の下に着るってのは無理があるんじゃないか?」

流石にロングコートを下に着て一日バレずに過ごす自信はない。グローブなら隠せそうだが。

そんな質問に対してこともなげに京谷は答える。

「あぁ。昨日は設定してなかったけど今日からは武器持つと自動的に装備されるようになってるから。

もちろん制服の上着とかは逆に格納されるようにね。」

「なんだよそのご都合主義。なんでもありかよ。」

毒を吐きながらトレーニングルームに向かう。人にはすれ違わず、空き室表示の五号室を見つけてそこに入室する。

ドアを開けるとそこはどこか別の建物に迷い込んでしまったような感じさえする広い空間だった。

そこは部屋の一室と言うにはあまりに広く、とても入ってくる前と比べれば同じ空間に併設されているとは思えない

周りにはこちらを見下ろすように大量の席がすり鉢状に設置され、左右には大きなスピーカーが壁に取り付けられている。

そう、そこはまさに高校のホールだった。

『あ・・・あ・・・テステス。聞こえるかい?君たちが立っているそのステージ。そこの奥からテロリストが入ってきたという設定で行こう。

二十秒後にそこからAIのロボットが入ってくるはずだ。』

それだけ言うと乱暴に放送は切れてしまった。

傍らでアリスが武器を手にし始めたので、それを見て慌てて同じように手首に指を添える。

淡い燐光が俺の周りに広がって例の大鎌が俺の手に顕現する。

昨日と違うのはその手に鎌と同じ色合いのグローブ、そしてロングコートがあることだ。

グローブを付けた片手を握ったり開いたりしてると奥の方から声が聞こえてきた。

「貴様ら!ここは俺達が乗っ取った!大人しくしねえと撃ち殺すぞ!」

(・・・?AIにしては良くできてるな。人間と大差ないぞこれ。)

そう考えて鎌を握りなおす。落ち着いてかからなければ。

AIだとなめてかかったら死ぬぞ。その場に確かな緊張感を走らせて足音を殺して忍び寄る。

「大人しくしてろと言ったじゃねえかこの野郎!撃ち殺されてえのか!?」

俺に向かって銃を構えて吠えるロボット。

それでもなお近づく俺に対して容赦なくトリガーを狂ったように引き絞る。

とっさに腕で顔を庇うと腕に数発の弾丸が当たる感触がしたが、それ以上の痛みはない。

「何をしやがった・・・!?」

人間さながらの戸惑いに一瞬逆に戸惑ってしまう。人間を殺すってことを軽く考えてしまっていたようだ。

でなければこんな事態は起こらない。

(落ち着け。相手は人間じゃない。)

一瞬の迷いを切り裂くように左肩から抉るように鎌を振るう。右足で踏み込み、半身で振りかぶった肩を回転させるように遠心力で切り付ける。

手ごたえは予想していたほど深くは無く、あっさりと太ももの付け根までを一気に切り裂く。

内側の機械部分が露出し、スパークを立てて機能を停止した。

なんだ…そんなに強くないじゃないか。

―――その油断が命取りだった。

パァン、軽く弾ける音を立てて俺の後頭部で何かが炸裂した。

瞬時に意識を失っていく最中に見えたのは猟銃を構えたロボットと心配そうにこちらを見やるアリスだった。






「…ってぇ。油断大敵ってやつか。」

「大丈夫なの?」

「あぁ、AIにはそもそも殺傷性のある武器は持たせていない。軽い痛みか意識を失うといった命にかかわらない程度の攻撃しかしないからね。」

ふとあの喫茶店で会った女性が俺の隣に白衣を着て立っていた。

右手にカルテのようなものを持って佇む白髪の女性。

彼女は視界の片隅に俺を認めると話しかけてきた。

「自己紹介がまだだったね。私は菅原すがわら日葵ひまりだ。この組織のトップの片月京谷の秘書をしている。本職は医者だがな。」

「俺・・・どのくらい意識を失って?」

「あぁ、先ほども言ったようにそこまで殺傷性の強い武器は持たせていないからな。運び込んできてすぐに目を覚ましたよ。

なんならもう一度行くか?最初はだれでもそんなものさ。昔の私もひどかったものさ。病室とトレーニングルームを往復した回数は計り知れない。」

あのロボットに一度殺されたという少々恐怖心が心を支配し始めている。だがそんなことでアリスの足手まといにはなりたくない。

「行ってきます。お荷物になるわけにはいかないので。」

そう言ってアリスと病室を飛び出す。今日も明日も一日中戦闘訓練に決まりだな。

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