『死神になってみる』
死神になることを決意したこの俺ではあるが。具体的に何をするべきか全く分からないわけで。
あの時助けた中学生くらいの娘を連れて俺とアルフォードは一際大きなビルの中に入っていた。
ビルの名前はごく普通にある会社のようなものなのかと思うのだが上に登るにつれて何やら雰囲気が最先端の技術を用いているように科学的なものに移り変わっていく。
すげえなあのパネルやばい価格するんだろうなぁ。恐ろしい。
俺達が乗っているエレベーターは最上階へと上り詰めていっているのだが…
「おいアルフォード。この最上階にはどういう人がいるんだ?やっぱ偉いの?」
「うん。偉いなんてもんじゃない。常に敬意をもって接しなければならないって人。」
こいつにそこまで言わしめるほどってのはよほど偉い人なんだろうなぁ。俺もなるべく失礼の無いようにしないと。
そう意識を切り替えていると到着したことを知らせる音とともにエレベーターの扉が仰々しく開く。
一歩足を踏み出してエレベーターから降りたその瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えて思わず前転しながら距離をとる。それと同時に凄まじい勢いでエレベーターのドアが閉まる。
一瞬遅れて俺の居た場所に斬撃が奔り、カーペットを真一文字に切り裂く。
「…。避けられた?」
訝しげな声で状況を把握したように一太刀の日本刀を奮った男とも女とも分からないそいつは俺を正面に捉え、ゆっくりと日本刀を構えなおす。
刹那。ピキッとフロアの床に小さなヒビが刻まれるのと同時に日本刀が十メートルほどあった距離を一瞬でかき消したかのように俺に迫る。
(・・・刺突!?)
考えるよりも速く体を仰け反らせ、その勢いを生かしながらムーンサルトで刺突を放ってきたそいつの顎を蹴り上げる。
刀の知識は無駄じゃなかったらしい。中二病って偉大だ。
冷や汗を体中に掻きながら呼吸を整える俺の耳にふと拍手の音が聞こえてくる。
「いやはや・・・これは驚いた。あの速さを見切るのは初見では非常に困難なはずだが。
済まない、少し試させてもらった。あのアルフォード君が連れてきたのだからこんな試すような真似はいらないと思ったのだが。一応ね。」
スーツに身を纏い、青くくすんだ髪の毛の如何にも好青年と言った雰囲気の人間が顔を出した。
片手に大きな一振りの両手剣を携えていなければの話だが。両手剣を片手で持つこと自体おかしいんですがそれは。
白色の煌きと光沢を放っているその剣は一目で世界で一番の業物だと認識できる。白銀の刀身は暗いフロアの中に差し込む太陽の光を反射して眩しく光っており、
鍔には一際大きな宝石のようなものが埋め込まれている。それは生命体のように活動を行っているように鼓動を刻んでいるような錯覚さえ覚えてくる。
「まいぞのくん・・・何があったの?」
先ほどまで閉まっていたエレベーターはすでに開いており、震えるような声音、うるんだ瞳でこちらを見つめるアルフォードがそこにはいた。
近くに連れていた中学生の娘を置き去りにして泣きながら俺に飛びついてくる。
ぎゅううう、と顔を押し付けて俺に跳びかかって来られると少々驚いてしまう。
その様子にますます目を丸くするそこの青年。何がおかしい。
「これはこれは…。あのアルフォード君が一人の男に涙を流すほど感情移入するとは。君は本当に興味が湧いたよ。
あの一撃を二度も避けた上に迎撃までこなしたんだ。並大抵の研鑽じゃできないことだ。
僕だってあの一撃を不意打で受けたら無意識で対応なんてまず不可能だ。どこでその技術を学んだんだ?」
「えっと…あなたは?」
俺がアルフォードの頭をそっと撫でながら質問に質問を返す。
俺の質問を聞くとまた楽しそうに笑いながら獰猛な笑みを作りながら答える。
「あぁ失敬。僕としたことが名乗るのを忘れていたようだ。僕の名前は片月京谷って言ってね。
まぁ片月さんでも京谷でも好きに呼んでくれ。できれば京谷って呼んでくれたほうが嬉しいかな。
こう見えて一応世界全体に支部を持つ死神協会の中じゃトップなんだ。
あ、あとさっきの娘はその辺の大通りに転送しておいた。あんまり関係ない人間にしていい話でもないんでね今からの話は。」
凄みを感じさせる声音で言われると若干恐怖を感じてしまう。
右目は金色の瞳であるのに対し、左目は鮮やかな若草色の瞳であるのが非常に特徴的だ。
「如何にトップの貴方と言えど・・・こんなの許せません!もしかしたら死んじゃってたかもしれないんですよ!?」
嘆くように涙を散らして叫ぶアルフォード。
なんだか見ていて胸が苦しい。そこまで自分のために泣いてくれる女の子ってのは非常に魅力的だがそんな風に泣かれても俺はうれしくない。
「いいじゃないか。俺はこうして今も無事に生きてる。そうだろ?」
「うぅ・・・なんて言うんだろう。私まいぞのくんに死なれたらすごく悲しい。だから…これからはずっと一緒にいて、私が守る。
私のことはアルフォードじゃなく、アリスって呼んで。私も駆って呼ぶ。」
不覚にもドキッとさせられる。恥ずかしいセリフを軽々吐いてくれるじゃねえかオイ。軽く耳赤くなってるんですが。
お互いが赤面して見つめ合うこと数秒、コホンと奥から咳払いが聞こえてくる。
「やめてくれ・・・そんな甘いやり取りは僕の目の前では本当にやめてくれ。おかげさまでブラックコーヒーがすごく甘いんだどうしてくれる。」
「いやどうしてくれると言われましても。・・・ほら、大丈夫だからアリス。とりあえず立てよ。」
手を差し出して立ち上げさせる。アリスの手は小さくてすごく柔らかかった。
「ありがとう。駆。うれしい。」
「もうお前ら結婚しろよ。」
冷ややかな目線とともにずるずるとコーヒーをすする音が聞こえる。
すごい複雑な表情してるぞこの人。なんだか可哀想に思えてきた。
「んじゃ気を取り直して。死神には能力と武器が一つずつ与えられるよ。
武器は基本的に失くさないように小型化して体の中にチップみたいな感じで埋め込むんだ。持ち運びにも便利だしね
そこのアルフォード君の場合左手の手首と右手の人差し指に埋め込んだチップを合わせることで武器が出てくる仕組みになってるのさ。
それと別に能力も与えてるんだよね。僕の能力が『人に能力を与える』っていう能力だからね。この能力に目を付けて死神を増やしてるってわけさ。
人によって能力の強さとかもまちまちでさ。彼女の場合は『対象を形成する物体の弱体化』の能力だからね。この場合結構マッチしてるんじゃないかな。
ナイフの威力の不足を弱体化させることで継ぎ足してるんだからね。マッチしてればいいんだけど一度つけちゃうと外せないんだよ能力。
だからこうして試すような真似をしたってわけ。能力だけ持ってかれたら面倒だからね。」
確かに能力が外せない以上何かあったときに対応できないとまずい。人相とかもちゃんと覚えてないとだめだと思うし。
「君の場合合格かな。まぁアルフォード君がファーストネームで呼ばせる相手なんて初めて見たからね。問題ないだろ。
あ、二人が結婚すれば夫婦ってことで共同捜査もできるよ?」
「よし結婚する。駆を守るため。」
「アリス!?」
「よし言質はとったぞ。言っておくが死神協会の中と現実社会の結婚の定義は違うからな。
年齢制限なんてないから。言ってしまえば婚姻届けさえ出せば小学生でも夫婦になれるぞ。」
やべえ話がすげえとんでる。ん?なんだこれ?ふと目の前になんか書類が出てきたがサインすればいいのか?
お世辞にもきれいとは言えない字で俺自身の名前を書いたわけだが…。
(・・・あの書類なんだったんだ。)
「よし。これで婚姻届けは正式に受け取ったからな。さーて二人には結婚してもらったことだし能力と武器の付与に移ろうか。」
「待て待て待てなんつった!?」
「ん?君達が結婚するって話さ。書類上だけだがな。二人がサインしたんだからもう問題ないだろう?
もしかして今更破棄するとか言わないよね?」
「そうなの・・・?私のこときらい?私は、よくわかんないけど、嫌いじゃない。」
(ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!)
思わず叫びたくなる感情をこらえながら悶える。
可愛い。こいつと結婚できるとかマジで願ったりかなったりじゃないかオイ。
もういいや深く考えたくない。可愛いしいいや。
「いや、何でもない。続けてくれ。」
「ふふ、君も少し自分の感情に素直になったじゃないか。んじゃこの扉を開けてごらん。」
にやにやと君の悪い笑みを浮かべる京谷の後をついていくと、彼はある扉の前で止まってそう言ってきた。
また何か起こるかもしれない。そう身構えてそっと開けると所狭しと武具が並べられた部屋が口を開けた。
日本刀にサーベル、カットラスに片手直剣など、剣だけでも様々な種類が見受けられる。
学校のホールほどありそうな空間なのにあまりにたくさん置かれた武具によって逆に狭く感じてしまうほどだ。
その全ては京谷の両手剣と負けず劣らずの業物であることが把握できる。全ての武器の何処かには透き通る宝石のような部位があり、その部分は京谷のものやアリスのものとは異なり鼓動を刻んではいない。
「どれでも好きなものを一つだけ選んでくれ。決まったら声をかけてくれれば能力の付与とチップ埋め込みを行う。それまでそこの扉の近くで立っているから。」
ここは盛大に迷わせてもらおう。ここで迷わずして何が中二病か。
まず最初に手に取ったのは片手剣。手ごろな重さで振りやすいけどなんか趣味とは違うな。
結構趣があるので嫌いじゃないんだがこれじゃない感がすごい。
その次は銃の類だ。
ライフルから拳銃、ミニガンまで幅広く種類があり、全て綺麗に手入れされているように思える。
一つ手に取ってみると確かな重みを感じて好みではあるが…。
これも違う。一発一発撃つって言うのはなんか違うんだ。
(こう・・・広範囲、そして一度に攻撃できるのは…。)
ふと視界の端に止まった武器に一瞬時間を忘れて見惚れてしまった。
壁に掛けられていたのは闇夜の如く漆黒に染まった柄と刀身。
そしてその漆黒の中には淡く燐光を放つ蒼い筋が刻まれている。
それは血管のように漆黒の中をうねり、柄と刀身の境に埋め込まれた碧い宝玉へと辿り着いている。
武器ではなく一種の展示品ではないかと錯覚するほどに幻想的だった。ゆっくりと手を伸ばして恐る恐る手に取るとずしりと重みを感じる。
吸いつくように手に馴染むその大鎌を手にする。初めて握った大鎌と言う得物だが、軽く周りの武器をどけて振り回してみると思ったように操れるようだ。
「こいつに決めた。このあとはどうすればいい?」
「お?決まったのかい?だがまたまたサイズとは奇妙な物を手にしたな。扱いが難しくて使い手は今まで見たことないぞ。
死神なのに今までサイズ使いは見たことないってのもあれだがそれは本当だ。
何しろ得物の大きさが尋常じゃない。だから振り回すにしても筋力がいるし、隙が大きい。
一回避けられると反応はできても対応が難しいからね。しかも相手側に刃がついていない。結構近くまで近寄らないとダメなんだよ。」
大鎌を持って京谷に話しかけると心底驚いたように俺を見据えて話をする。
まぁロマンではあるが使い勝手としては剣や銃の方が上なのだろう。
「まぁいいや。んじゃさっさと能力の付与とチップの埋め込みかな。
チップをどこに埋め込むかだけど、日常生活で何かの拍子に武器が飛び出ちゃマズいから余程のことがない限り無意識に触れないようなところに埋め込みたいんだ。」
「それならアリスと同じように左手の手首にしてもらえますか?何かあった時すぐに出せるようにしたいので。」
何かあった時真っ先に手を伸ばせる場所がいい。
それに手元にあるとなんだか落ち着くし。
「分かった。じゃあ両手を出して。」
言われるがままに両手を差し出すと俺の手首と指に手を当てて目を閉じる京谷。
電撃が走るような感覚に一瞬意識を朦朧とさせる。
痛みとは違う何かを感じたが、特に何かを埋め込んだという感触はない。
「ちょっと手首に当ててみ?」
「こうか…?って何だ!?」
人差し指を手首に当てた瞬間燐光が手首から眩い燐光が発せられ、周囲を蒼く染める。
数秒経って燐光が収まると俺の右手には先ほどの大鎌が携えられていた。
「さて…じゃあ素性登録と行こうか。この水晶に手をのせて。」
部屋の中央に設置されていた水晶にそっと手を乗せるとその水晶が光り輝き始め、京谷が手にした羊皮紙に凄まじい勢いで情報が書き進められていく。
数分ほど光を放ち続けていた水晶はその後、ゆっくりとその光を緩めさせる。
「よし、これでいいな。あとアルフォード君。舞薗君と一緒にもう一度手を置いてくれ。今度は2人とも左手でおねがい。」
「こう、ですか?」
こくん、と首を傾げながら問うそのアリスの仕草が可愛らしくて思わず苦笑してしまう。
「むぅ。なに。おかしい?」
頬を膨らませて俺に詰め寄ってくるその動作さえも可愛く思えてつい口を滑らせてしまう。
「あ、いやいや。ただアリスが可愛かっただけだから。」
その発言を聞いた瞬間茹でダコのようにボンッと音をたてそうなくらいな勢いで顔を真っ赤にしてしまった。
思わず口から出てしまった言葉なので弁解するってのもなんだか違う気がする。
「ばかばか。駆のばか。」
ぽかぽかと俺をその小さな拳で叩いてくる。その顔は見なくても真っ赤だということが伝わって。
「あのお二人さん、手を置いてもらえないかな・・・。はやく終わらせたいでしょ?」
呆れたような目でこちらを見る京谷に悪い、と謝りつつ二人で左手を水晶の上に置くとまた再び水晶が光を発する。
しかし先ほどと違ってすぐにその光は消え、その光の残滓が俺たちの左手の薬指に纏わりつき、一対の指輪を形作る。
(おいまてこれってまさか)
「そう。お察しの通り婚約指輪さ!どうだい?アルフォード君と結婚できたご感想は!」
「嬉しいです・・・じゃなくて!アリスはこれでいいのか?俺とマジで結婚したみたいになってるけど。」
本音が少々漏れてしまったがこれはあいつが俺を守るとか言い出していった結婚だ。
俺としては別に問題ないんだがアリスはここまで考えてやったわけじゃないだろう。
「私、駆と結婚したいってのは嘘じゃない。恋愛的観点が含まれているのも確か。」
「まぁ要するにだ!君たちは相思相愛!そういうことさ!」
やけにテンションが高い京谷は何故か非常にぶん殴りたくなる。
「なんでそんなにテンションがたけえんだよ。んで?この後俺らはどうすればいいの?」
「あぁ、もう今日は帰っていいよ。明日休みだろうからその時また出向いてもらう。お疲れさーん。」
それだけ言うと奥の扉を開けてその奥へ消えていく京谷。追ってもどうせ無駄だろう。
帰るとするか。エレベーターに向かって歩いていき、一階のボタンを押して下へ降りていく。
昇るときと比べて俺たちの距離は非常に近くなっており、とても息が詰まるような感覚を覚えて流れる景色はやけにゆっくりに思えていた。
辺りはもう夜の帳が降り、暗くなっている。だが大通りにあるビルは明るい街の喧騒を受け、あまり夜遅くなっているというような印象は覚えない。
俺たちのマンションはそのマンションのすぐ隣に面している為、徒歩一分ほどで家につく。その一分の移動時間の間、俺達はどちらからともなくずっと手を握り合ったまま歩を進めていた。
「おい、アリスの家は俺の隣だったよな。――なんで俺の家の入口の前に俺と一緒に立ってるんだよ。」
「だめ?今日、ご飯の材料、買ってない。ごちそうして。」
捨て猫のような眼差しを注がれると断るわけにもいかない。どうせ今日も家族は帰ってこないだろう。
両親は仕事で忙しい、その影響で妹は近くのおばあちゃんの家に預けられてるからな。おばあちゃんの家はあんまり広くもないし迷惑もかけられないから妹だけしか預けられてないんだけどな。
言ってしまえばここは実質俺しか住んでいないと言っても過言ではない。
「まぁいいぞ。どうせ家族帰ってきてねえと思うしな。俺は簡単なもんしか作れねえけどな。」
「いい。駆はたぶんお料理上手。」
そんな会話をしながら懐から取り出した鍵で扉を開けると・・・中の明かりはついているようだ。あれ?電気消し忘れたかな。それとも空き巣にでも入られたか?
「おじゃましまーす。」
恐る恐ると言ったようにアリスがくんくんと鼻を鳴らしながら玄関で靴を脱いで綺麗にそろえる。こういう仕草は人間としてほんとしっかりしてるよな。少し感心さえしながら玄関のドアを閉じて鍵を閉めると奥からどたどたと慌ただしい足音が響いてきた。
「おかえりーお兄ちゃん!・・・ってその人、誰?」
「優奈!?なんでお前居るんだよ!?」
おいまさかこのパターンは家族全員勢ぞろいのパターンか!?
だがここでやっぱダメですとか言えないだろ。あかん手詰まりだ。
「お、お兄ちゃんが彼女連れて帰ってきたああああああああああああ!?」
「もう泣きそうだよアリス・・・。うぅ・・・。」
「…?」
疑問を抱いた表情のアリスの首に手を回してそのアリスの頭の上に俺は顎を載せて激しく絶望するしか俺にできることはたぶんなかった。
アリスちゃん可愛い