『酒の恐怖』
めっちゃ遅れた自信あります。
「ねーおにーちゃん。今日ごはんどうする?」
妹の優奈にそう言われてふと思い出す。慧たちに服を着替えさせていると突然そう聞かれて今夜の夕食を調達していないことに気が付いた。
時間は六時前くらいなので買い物に行けば間に合わないという時間帯ではない。
身体には疲れがたまっているがかと言って夕食を抜くわけにはいかない。
「あ、買ってねえや。みんな何がいいかな?今から買ってくるけど。」
そう言うといつの間にか打ち解けていたアリスと慧と慧を含めて女性陣が話し合う。
よく考えるとこの家にいる男性は俺だけなので女子特有の甘い香りが室内には立ち込めている。
鼻孔の奥をくすぐる感覚に意識を朦朧とさせつつもその思考を振り払う。
幸い俺の部屋の机に親父の銀行の通帳が置かれていた。
置手紙には『無駄遣いしないように使え。ただし遊ぶときは思いっきり遊べ。メリハリをしっかりしてれば細かいことは言わない』と書いてあった。
なんだかんだで優しいのか適当なのか分からないものだったがありがたく通帳を受け取る。
中身はどのくらい入っているかと思って確認して愕然とした。
預金額:八千万
・・・二度見した。普通の成人中年男性の貯金は一千万程度だと聞く。しかもそれは独身の人間の場合で家族がいる人間からすればもっと少ないはずだろう。
なのに八千万。単純計算で八倍だ。元がかなりの金額なだけに相当な金額になっている。
「うぉすっげぇ…。」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。人生でこれだけのお金を初めて見た。
持ち歩くのにも最大の警戒をせねばなるまい。
そっと大事に鞄のポケットにしまい、身支度を整える。といっても鞄を背負うくらいのものだが。
全身傷だらけだがすべて掠り傷なので痛みはそれほどない。服は帰ってきたときに着替えた。無論捨てることになったが。
「お兄ちゃーん。アリスお姉ちゃんが一緒に行くって。あ、今日はお鍋にしてよ。みんなで囲めるし。」
「了解。でも鍋ってなぁ…」
今は九月の上旬から中旬の間ぐらい。その時期に鍋ってのはなんか季節外れ感があるんじゃないかな。
まぁいいや。確かにみんなで囲んでの方がいいもんな。
「気にすることでもないか。行くぞアリス。」
「待って駆。もうすぐ支度できるから。」
そう言ってアリスが自分の部屋のように使っている部屋のドアの向こうから顔を出した。
服装は先ほどまでのものと違い、ワイシャツの上から赤いカーディガンを着ていた。
下は少し短めの黒と赤のチェック柄のスカートを装着しており、不覚にもきゅんと胸が高鳴る音がした。
普段とは違い、伊達なのだろうがどこからか手に入れてきた赤縁の眼鏡をかけていてどこか知性的な面が伺えるような気がした。
かわいい。なんか勉強教えるの上手そう。眼鏡っ子ってそんな好みじゃなかったけどその考えは撤回せざるを得ないかもしれない。
「わ、わざわざ着替えるもんなのか?」
「むぅ。駆は分かってない。例えそれが買い物でも好きな男の子とならばおしゃれは当然。」
「あの…みんな見てるんでその…?」
アリスが使用している部屋はリビングに併設されている。つまりそこから出てきて話をしているとなると他の女子の視線が痛い訳で。
「お兄ちゃん・・・うろたえてるのも好き…。」
「・・・わたしもあんな風に…。」
「アルフォードさん・・・妬ましい。それにしても優奈ちゃんのお兄ちゃんかっこいいなぁ…。」
幾つかの見守るような眼差し。一つの嫉妬の眼差し。一つの羨ましそうな眼差し。一つの何やら満足げな眼差し。
いくつもの視線が交錯する中、俺達は無言で逃げるように家を後にした。
マンションの家のカギを閉めてどちらからとも手を握りだし、時折会話を挟みながら近所のスーパーへと向かう。
夕方六時前と言うこともあり、買い物へ行ったり買い物帰りの主婦、学校から下校する中学生に帰宅中の会社員など様々な人が大通りには闊歩している。
通りを走る車の数も昼とは違い多くなっている。命を賭けた戦いをしたのが嘘のようにいつものような日常が広がっていた。
ふと前方を見ると数人の同級生のグループにがこちらへ歩いてくるのがわかる。
修を含む、俺と仲の良いメンバーたちが何処かに遊びに行った帰りだろうか。メッセージが来ていたようだが俺達が戦っている最中だったので先ほど気が付いた。
各々夏と言うこともあってラフな格好をしており、いくら学校が休みだからと言ってこんな調子でいいのか不思議でならない。
修を目撃した瞬間俺達は瞬時に手を放して僅かに距離をとっていた。理由は言わずもがな。
「おーっす駆-。」
修はこちらに向かって手をひらひらと振りながら近づいてきて俺の隣にいる人物がアリスだと分かった瞬間、いつか見たような気味の悪い笑みを浮かべた。
何時かのカフェでの出来事の様で少し癪に障る。
ニタニタと笑いながらそのへんのちゃらい男たちのように近寄ってくる修をそのまま見ていると。
「ねぇねぇ、アルフォードさん貸してくんね?ほら、俺ら暇だから。」
「は?」
唐突に貸してくんね発言だ。アリスはものじゃないぞ。と言うかここまでデジャヴじゃねえか。
何やら視線を感じて修の後ろの男子生徒を見るとしきりに目配せしてきている。
何かアクションを起こせということか?いや別に何もしないんですけど。
「ダメに決まってんだろアリスは貸し切りだこら、行くぞ。」
強引に手を引いて修の近くから引っ張るとひゅぅっとひとつ甲高い口笛を吹いて手にしたスマホをすっと持ち上げる。
そこには動画録画中を示す赤いランプが点灯していた。してやったりという顔つき。
そこで全てを遅くはあるが理解した。つまりだ、今の行動はすべて予定通りという訳だ。
瞬時にこの発想をするあたり最低としかいいようがない。つかすでにグループチャットに張り付けられてんですが。やめろよ。
俺がアリスのこと大好きでたまらないやつみたいじゃないか。
「ちぇっ、アルフォードさんほんとかわいいから更にムカつくんだよなぁ。加えて駆も結構イケメンだし。つか相当イケメンだよね。」
突拍子もなくそんなことを修が言うがそれは事実ではないと思う。
アリスが可愛いのはそりゃ分かるが俺は別に整った顔立ちをしているわけではないだろう。
「いやいや・・・別に俺は…。」
「んじゃこれ見てみ。俺が独自に入手した女子の男子人気投票。」
俺の言葉を遮るようにして一枚の画像をスマートフォンの画面に表示させて俺へ向けてくる。
そこには女子らしく可愛らしい丸文字とカラフルなペンで記入された人気投票らしき紙だ。
しかもそれはこの学年全体を対象としているらしく60~70人くらいの投票があった。
三位は修の後ろにいて俺に向かって目くばせしていた天野有の名前があった。
子供のような幼いルックスに明るい笑顔、落ち込んだときはムードを盛り上げてくれる修と並ぶムードメーカー。
本人はサッカー部に所属し、低身長ながらも相手の隙を突くスタイルでレギュラーだと聞く。
一年のくせに…と若干恨めし気な目線もあるらしいがそれより男女問わず人気が高い。
「有か…。まぁ当然だわな。んで二位はうわ修かよ死ね。」
「死ねは酷くね!?」
何やら悲痛な叫びが聞こえたが聞こえない。いやいいやつではあるんだけどなぁ…こいつだけで7票だぜ?
この学校の一年生は30人ちょいのクラスが二クラス。故に7÷60で計算すると一人で8パーセントちょいほど持っていってるわけだ。
頭おかしいよね。気持ちは分からなくもないが。
「んで一位…は、っと。・・・・え”?」
絶句した。言葉が出せなかった。そこに刻まれていた名前は舞薗駆。即ち俺だ。いや、変な声は出たかも。
一瞬修たちがこの画像をねつ造したのかと思ったがこいつらにそんな技量はない。
しかも輪をかけておかしいのがその入った票の数は驚異の23票。三人に一人は俺にいれている計算になる。
一位の枠組みだけ大きく彩られ、コメント欄まで設けられている。他のよりさらに際立つように沢山のカラーペンで彩られ、もう輝いているようにすら見える。
『とにかくイケメン!』『一人で読書してる横顔に惚れました。』『たまに見せるふにゃっとしたあの笑顔に心を奪われたぁぁぁ!!!!』
『でもなんだか手を出せない男子版高嶺の花って感じ!』
以下省略してもいい?え?だめ?
『前で話してたら目があってすっと恥ずかしそうに目を逸らすあの仕草が可愛すぎて。』
『よしよしされたい。むしろ襲われたい。』
読んでて嫌になってきた。
どういうことだってばよ。しかも全員筆跡は違えど女子のものだし。
そんなに?イケメンじゃないよ俺。他の人と違う赤い目もあんまり好きじゃないし。
「どうだ?わかったか?お前がいかにモテてるかってこと。わぁったら死ね。」
「わぁお死ね返し。あ、俺ら買い物行かなきゃいけないんだったわ。このへんで。行くぞアリス。」
ふと手元の腕時計に目をやると少し喋りすぎてしまったらしい。六時十分過ぎをさしていた。このままでは優奈に怒られかねない。
「ん。いこ、駆。」
堂々と手を握られて僅かに動揺するが後ろを向けばニヤついているのはわかるので振り返らずに買い物しに行く。
手短に鍋のスープと具材をカートへ入れて会計を済ませる。無駄に時間を消費したのでなるべき早く終わらせなければ。
アリスは優奈のようにお菓子をねだることもなく後ろをてとてととついてくる。慣れない眼鏡に苦戦する様子も可愛らしい。
軽い荷物をアリスに持たせながら夕焼けに染まり始める大通りを二人歩く。行きのように手を繋ぐことはできないが、肩がぶつかる程の近い距離に寄り添って歩く。
「なんか夫婦みたいだなぁ。」
口には出せないが・・・。はずかしすぎて顔から火が出そうになると思うんだ。考えただけでやばいのに。
ふと一つぶるっと隣のアリスが身震いした。心なしか顔も赤い。もしかして風邪でも引いたのか?
「お、おい?顔が赤いぞ大丈夫か?」
アリスの額に手を置いて熱を測ろうとしたが、そこまで考えてふと俺の両手が塞がっていることに気が付く。
少し気恥ずかしいが何かあったら大変だ。
「おい、ちょっと前髪かきあげてくれ。」
「・・・?う、うん。」
何か戸惑ったような顔をして恐る恐る髪をかきあげるアリス、その日に焼けていない肌にそっと自らの額を合わせて熱を測る。
すると先ほどまでよりも更に顔が赤くなって…。ぐんぐん熱くなっていく。
「マジで大丈夫かお前。」
「…駆の、せい。」
「えっ」
「分からないなら、いい。」
少し恥ずかしそうに目を伏せて残りの家への道を歩いているとふと止まった信号機の電柱に一つの張り紙を見つける。
『九月十三日、花火大会開催のお知らせ。打ち上げ開始7時半。』
下には場所とそこへの地図が見て取れる。日程は…明日か。
アリスは大きく目を見開き興味津々といった感じだ。明日は特に予定も入ってなかったな。仕事もないし。
「アリス。行ってみるかこれ。」
無性に目をキラキラと輝かせるアリスを横目で見やりながら言ってみると急に反応を大きくして、
「え!いいの?私迷惑じゃ…」
「行きたいんだろ…?なら行こうぜ。」
「でも優奈ちゃんと行かないの?」
「いやあいつはあいつで他の友達いるだろ。」
「じゃ、じゃあ沖田君たちとは?」
「じゃあってなんだよ…。まぁお前が俺と行かないってんなら誘われたときあっち行くけど。」
何を心配しているんだ?行きたいなら行きたいと言えばいいのに。嫌ではなさそうなんだが何を渋っているのか。
もしかして恥ずかしがっているのか?顔が赤いのはそのせいなのか?
「んじゃこうしよう。俺がアリスと一緒にデートしたいんだ。ダメかな?」
その一瞬で沈む夕日に負けないほどに顔を真っ赤にしてうつむいた。先ほどとは比べ物にならないレベルに。
自分から恥ずかしいこと言うくせに自分が言われると弱いんだよなこいつ。
ばか・・・といいながら空いている左手で俺の腹部をパンチしてくる。無論威力は微塵もないが。
「それじゃ…お願いします…!」
そうと決まれば急いで帰らねば。そろそろ優奈がメッセージを飛ばしてくる頃だろうからな。
夕暮れのひかりの中、二人して仲良く肩を並べて歩く時間はなんだか・・・幸せだった。
「おっかえりー!待ってたよお兄ちゃん夫妻!」
「「誰が夫妻だ」」
「ほら夫妻じゃん」
けらけらと笑いながらリビングから顔を出したのは妹の優奈。
部屋は先ほどより片付いており、お菓子なんかも食べていない様子。昔から食事前に置か足を食べるなと言ったのが効いたのだろうか。
他の友達はテレビを見たり、慧に絡んだりしていてすごく寛いでいる。机の上にはくじのようなものが散らばっていた。
何かくじ引きでもして遊んでいたのだろうか。まぁみんな我が家のように寛いでいた。
変にシャキッとされるよりはマシなので全然気にしていないが。
買ってきた荷物を台所の近くへ置き、手洗いうがいを済ませて調理台に立つ。
両親が忙しかったということもあり、料理をする機会が無い訳ではなかった。人並みには作れるはずだが人に対してふるまうという経験は初めてではあるが。
・・・若干心配ではあるが大丈夫だと信じたい。
白菜やネギ、豆腐など鍋の食材を一口大に切り分けて火の通りやすさなどを考えて順番にスープの中に入れていく。
正直な話その程度のものなので誰が作ってもあまり変化はない。
と言う話をいつか優奈にしたことがあるが、作る人によって何か違うらしい。良くは分からん。
鍋に蓋をかぶせて人に立ちさせている間に優奈たちには風呂にでも入っていてもらおうか。
「優奈、今のうちにお風呂入っておけよ。お友達も、ね?」
その瞬間、優奈の体が一瞬びくりと震えた。
何やら難しげな表情をしており、何か言いたいことがあるのだろうと一目でわかる。
「ん?どうかしたのか?」
心配しながら俺が聞くと何やら頬を赤らめて目を逸らしながら困ったようにまくしたてる。
「そ、そのさ、お兄ちゃん一緒にお風呂入らない・・・かなぁなんてね、あはは。」
もう優奈も中学生だ。流石に兄妹と言ってもちょっと問題じゃなかろうか。
なんかこう背徳感が体を支配するような。でも放っておくこともできない。なんか様子がおかしいし。
「別にお前がそうしたいってんならいいぞ。」
その言葉を放った瞬間、謎の雰囲気が空間に満ちた。
具体的には四方八方から剣を突きつけられている感じ。
「駆お兄ちゃんっ…私も…いいですか?」
すぐ足元を見ると腰に手を回して飛びついてくる少女、慧が上目遣いでそのまんまるな瞳を強調し、懇願してくる。
つきたての餅のようなふにふにの陶磁器のように白いほっぺにはわずかに朱が差し、リンゴのようにすら思えてくる。
思わず頭を撫で、「おー、いいぞー。」なんて言ってしまった時にやっと今自分が置かれている状況が非常にまずいと言うことが分かった。
だが時すでに遅し。満面の笑みでえへへーと俺に頬ずりする慧に今更やっぱ無理とか言えるわけもない。
しかし周りの女性陣は凄まじい圧力の視線で俺を見ている。
殺意や憎悪と言った類ではなく、羨望や嫉妬と言った方が近いかもしれない。
「え、えと、俺らあとで入るから先入っててくれるとうれしいなぁなんて。」
無言の視線が俺の体に突き刺さる。というかもう射抜いてる。
「何が不満なんだ…?」
「みんな駆と一緒にいたい。二人だけずるい。みんな思ってる。」
不機嫌そうな顔でちょっと嬉しいような恥ずかしいようなことを言ってくるアリス。
ただでさえ爆発しそうな雰囲気はアリスの発言で何も考えなくてもやばいということが分かるほどには膨れ上がっていた。
「っていうかお前だけじゃないのかよ…。」
「そりゃそうでしょお兄ちゃん…。言っておくけどお兄ちゃんすっごいイケメンだからね?
私の学年で男子の人気投票したら何故かぶっちぎりでお兄ちゃんが一位なんだから。
ちなみにここにいるお友達もお兄ちゃんファンなんだよ?」
「ちょっとまってお兄ちゃんその情報初耳。」
呆れたように優奈が頭のおかしい発言をしてくる。なんだよそれ俺がたまに優奈と歩いてたりするくらいでしか知らないだろうになんでぶっちぎってんだよ。
数人の友達らしき子を見れば熱視線を送ってきていたり恥ずかしそうに目を逸らしながらもじもじとしていたりとそれっぽい反応を見せられるので尚更困る。
ここで否定してくれれば楽なのだが簡単に事は運ばないらしい。
「さっきだってお兄ちゃんたちが帰ってくるまでずっとお兄ちゃんの話題だったんだから。
かっこいいなー、とかいつもどんなはなししてるのーとか。」
・・・俺の周りはよくわからない方向に革命を遂げている?
「っと…そろそろ出来上がるぞ、優奈。箸とお皿持ってって。アリスは下に敷くタオルかなんかを。」
りょうかーい、わかった。と各々返事をして食事の準備に取り掛かる。先ほどの空気はどこへやら。
あっさりと食べ物の匂いにつられて戦いを見失ってしまったみたいだ。助かる。
蓋を取ると湯気が盛大に膨れ上がり、ただでさえ漂っていたいい匂いをあたりに充満させていく。
夏に鍋と言うのも斬新ではある。たまにはこういうのもアリかもしれない。
流石に明日はそうめんとかにしておきたいが。
みんなの分を俺がつぎわけ、食事を開始する。特に手を加えたわけではないのでレシピ通りの味ではあるが、下手に手を加えてしまうよりはいいという考えだ。
他の子たちも美味しそうに食べてくれているし。慧と慧は熱そうに豆腐を頬張って焦って水を飲み干している姿が何とも言えないが可愛らしい。
中学生メンバーも仲良くお話しながら食べているのでよかった。
「そういえばお兄ちゃんが買い物に行ってる間になんか碧い髪の男の人が来てさ。
これみんなで飲んだらいいよってジュースくれたんだ。持ってくるね。」
「あ、俺はいい。ちょっと今は入らなそう。」
「おっけー、んじゃみんなの分持ってきますか。」
冷蔵庫の一番下のところから缶に入ったジュースのようなものをみんなに渡す。
ここはやはり女子と言うべきか、甘いものは好きらしい。ごくごく半分程くらいまでみんなが飲んだとき、異変に気が付いた。
甘ったるい果実のような香りの中に別の匂いが混じっているような気がする。
ジュースでは恐らく感じないような…。そう、アルコールみたいな。
「おいまさか」
「んぁー?僕の駆お兄ちゃんだぁー!」
右わき腹に衝撃。と言っても大きなものではないが。
みれば慧がその鋭い目をとろんと蕩けさせて満面の笑みで顔を埋めている。
普段からは想像できない甘えっぷり。まぁこれはこれで可愛いのでアリではある。
その瞳は若干涙目になっており、撫でて甘やかしたくなる魔力すら放っているのではないか。そう思えるほどに魅力的だ。
襲撃がそこで終わるはずもなかった。
ぐるんと何者かによって視線が左へずらされる。そこには同じく顔が真っ赤なアリスがいた。
「かけるー!男の子はもっと食べるべき。」
と言いながら何故か俺ではなく自分の口に含む。数度咀嚼してからそのまま俺に顔を寄せてくる。
「え、ちょっちょ待っ――」
言葉を紡ぐことはこれ以上できそうになかった。
口が重なった瞬間、向こうから咀嚼された食べ物が移されてくる。
・・・これが俗に言う口移しと言うやつか。こんなところでしかもこんなタイミングで経験することになろうとは思っていなかった。
適度の咀嚼された食べ物が移され、驚きのあまりそのまま飲み込んでしまう。なんだか若干甘いような気がしたのは酒のせいかアリスから渡されたという事実のせいか。
それより唇に伝わる感触が否が応でも心拍数を高めていく。というかもう振り切ってしまいそうだ。
「・・・ぷはっ…はぁ、はぁ…。」
息も絶え絶え口を離すとその間に銀色の糸が一筋引いた。
これは流石に酒の力を宿したとはいえ中学生には刺激が強かったのか、腰に抱き着いてきたはずの慧は目をぐるぐるに回して倒れている。
というかもう一人の方の慧は気分が悪そうだ。顔は少し青ざめており、目も焦点があっていない。
「おい大丈夫…ではなさそうだな。ちょっと夜風に当たるか。」
俺が投げた問いに答える気力もないのか、僅かに首を縦に振って弱弱しく立ち上がると俺の服を掴んでフラフラとベランダへと出た。
ベランダは他のマンションと比べて広く、小さなテーブルと二つの椅子が置いてある。
優奈とたまに涼みに来たりすることもあり結構役に立ってくれている。
「動けなさそうか…。しょうがない、水持ってくるからしばらく待ってろ。」
こくりと荒い呼吸を繰り返しながら一つ頷いたのを確認してリビングのテーブルから水とコップを持ってくる。
幸いここ数日は熱帯夜という訳ではなく、丁度良いそよ風程度の風が吹いていて休憩にはぴったりと言える。
街の明かりで夜空は焦がされて星は見えないが月は雲の切れ間から顔を覗かせている。
その月明かりがわずかに慧を照らし、少し幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「落ち着いたか?」
「はい・・・でもちょっとだけ膝の上、いいですか?」
無言で膝の上を開けてあげるとちょこんと俺の膝の上に座って身を預けてきた。この年の少女に酒はよくない。
身体がついていっていないのだろう。椅子よりは俺がわずかにでもクッションになるのでこっちの方がいいとは思う。
そよ風が俺達の頬を数度撫で終える頃には慧も回復していたがはやめに横になりたいと言っていたので布団に先に入らせておいた。
このままじゃ風呂なんて入れなさそうだしな。
ちょっとわくわくしてたという事実は否定するぞ。
ロリコンでシスコンなんていう不名誉な称号から逃れるために。
「餌が彼に渡ってしまいました。それには例の少年の動きもあるものかと考えられます。
早急に手を打たなければ非常にまずいことになります。――どうすんだガキ。」
「幻術使いのあいつに任せておいた。何も問題はないと思われる。
もしもの時は君にも援護に向かってもらうよ。どうせ幻術なんて見破れないさ。
――僕のほうが年上だバカが。」
表面上情報のやり取りをしているように思えるがその一部に似つかわしくない悪口が聞こえてくる。
これが駆たちが未来に敵対する組織のトップとナンバー2であることは誰にもわからないだろう。




