大凶
新年が始まって早々、俺は早速近所の神社に赴いた。普段初詣の場として利用しているこの場所は、例年通り多くの人がごった返している。
某人気遊園地ほどではないが長い行列を並び、手早く初詣を済ませた俺は、社のすぐ側にある境内を見渡す。そこには、カップルや家族連れをはじめ老若男女が集まり、それぞれ手に持ったおみくじを見せ合ったり、近くの木におみくじを吊るしたりしていた。
俺も、そんな彼らと同じようにおみくじを引いた。子ども用のおみくじや七福神のイラストが入ったおみくじなど、様々な種類のおみくじが並んでいたが、俺はその中で特別目を引く『絶対当たる一年の運命おみくじ』なるものを引いた。
五百円お納めください、と中年の巫女さんが甲高い声で鳴くのを尻目に、俺は懐から五百円玉を取り出す。その際巫女さんには聞こえないよう、厚化粧濃すぎるんだよババア、と毒づいてやる。ここ数年は若くて美人な巫女さんが神社に勢揃いしていたのに。まさか神主の性的嗜好が変わったのか――俺は心の内で邪推しながら、手元の『絶対当たる一年の運命おみくじ』の袋を見つめる。やけに高いおみくじだったが、その分ご利益があるに違いない。俺はそう確信した。
俺は、すぐさま『絶対当たる一年の運命おみくじ』を開封する。そして、その中に入っている細長いみくじ箋を取り出し、中身をめくってみた。
『大凶』
細長い紙のど真ん中に大きく書かれたその文字を見て、俺は数秒息をするのも忘れ、その場に立ち尽くす。は? いやいやいや、ちょっと待て。大凶。大凶だと? 大吉ではなく、大凶だと! 俺は思わずみくじ箋の真ん中に書かれたその二文字を、三度凝視する。しばし空を眺め、四度目におみくじを眺めても、やはり大凶は大凶だった。それ以上でも何でもない。それ以下など考えたくもない。
俺はおそるおそる、みくじ箋に書かれた文字へ目を移す。いつの間にか手汗がびっしりと付着し、紙がにわかに湿ってきたのも構わず、紙の上の短い文章を読んでみた。
『今年の運勢はきわめて最悪。現実の不幸は毎日のように訪れ、一難去ってまた三難。ふだんの信心が足らない、当然の結果とも言える。どうせ全部失敗するけど、物事はきわめて慎重に行うべし。もうこれ以上書くことがないからアレだけど、まあ今年一年何とか頑張れ。健闘を祈る』
「ふざけるなあああああああああああ!!!」
俺は思わず、境内の真ん中で大声で叫ぶ。周囲の連中が俺を冷たい目で見てくるが、そんなことを気にしている場合ではない。何なんだこのふざけたおみくじは。もうちょっと書き方考えろよ神主。熟女に心変わりしたばかりでなく、おみくじも適当に済まそうとは非常識も甚だしい。しかも『絶対当たる一年の運命おみくじ』の大凶で。もうちょっとフォローぐらいあってもいいだろう。五百円もしたんだぞ、五百円。
俺はぶつぶつと不満を呟きながら、おみくじの下部へと目を移す。そこには、いろいろな出来事に関する運勢が書かれていた。俺は何とか平静を保ちながら、それを読んでみる。
『仕事・取引 昨年と同様職に就く事叶わず。そもそも社会への適応性皆無のため、引き続き家に篭るが吉』
ダイレクトに悪口を書き連ねるおみくじに、俺はショックを通り越して舌を巻いた。なぜこのおみくじの中身が、俺が就職できないことや引きこもりだということを知っているのか、小一時間問い詰めたいところだが、考えるだけ無意味だろう。吉という言葉をよもやこんな形で目にするとは、俺自身思いもしなかった。
『恋愛・縁談 あきらめよ』
おいちょっと待て。『あきらめよ』それだけか。たった五文字で済ませやがったぞ、このおみくじ。もうちょっとフォローとかないのか。こうすれば良いとか、それすらもなくただ『あきらめよ』。おれは軽く……いやかなり心に傷を負いながら、続きを読み進める。
『怪我・疾病 ここだけは特に何の心配もない。年中吉である。家に篭ればなお良し。但し、両親の心の病も鑑みるべし』
大凶のおみくじの癖に、物凄いべた褒めの内容だ。最後の一文が若干心に引っかかったが、俺は引き続き後の項目を読んでみる。
『出産 男のお前には関係ないことである。「恋愛・縁談」の項より察せよ』
もはや驚くことは何もない。
『受験・学問 大学を卒業してから何年になるか考えよ。この項を読む暇があるなら参考書を読むべし』
…………。
『商売・金運 昨年と同様、親を頼るべし。但し深夜アニメのブルーレイを買い漁るのは控えること』
やかましいわ! 俺にとって深夜アニメは人生なんだぞ、舐めやがって! たかが五百円のおみくじごときに説教される筋合いなどない!
一通りみくじ箋の中身を読み終えた俺は、それを思い切り破って捨てた。大小さまざまな形をした数枚の紙は宙を舞い、吹きつける冷たい風に乗って境内のどこかへと消えていく。
これで良い。俺は安堵の溜息を吐く。『絶対当たる一年の運命おみくじ』など、しょせん子供だましだったのだ。馬鹿馬鹿しいことしか書かれてないものにまじめに取り合うだけ、時間の無駄だ。
――さて、帰るか。俺は踵を返し、神社の入り口へ向かって歩く。すると、側を歩く女子中学生――中学生かどうか正確には分からなかったが、背丈と顔つきからしてそうだろうと俺は直感した――と身体がぶつかった。あ、すみません。俺がそう言いかけたところで女子中学生の顔を見つめると、彼女は両目を潤ませながら、神社全体に響き渡る大声で叫ぶ。
「助けてー! この人、痴漢です!」
「ええええええええええええええええええええっ!!!?」
予想外の展開に、俺は思わず周囲を見回す。痴漢だと。うそだろ。ギャラリーが俺に視線を向け、程なく俺を取り押さえるべく数人の男たちが俺を取り囲んだ。
「おい、待ってくれ。俺はやってない。無実だ。誰か信じてくれー!」
俺の必死の弁解も空しく、俺の今年最初の不幸は、こうして幕を開けたのだった――。
大凶/完