ジャンヌ・ダルクとエドワード黒太子
我が永遠の理想の女性像
ジャンヌ=ダルクへ
ジャンヌ・ダルクとエドワード黒太子
ある日のこと、ジャンヌ・ダルクはイギリス軍の旗を見つけると、勇敢に立ち向かっていきました。
オルレアンにその噂が伝わってから、ジャンヌ・ダルクは今まで負けたことがありませんでした。エドワード黒太子は、最強の鉄弓武隊を率いて、ジャンヌ・ダルクを追いつめていきました。ジャンヌ・ダルクはフランスが負けることだけは、絶対に避けなければなりませんでした。ジャンヌ・ダルクは部隊長を全て集めてこう言いました。
「みんな、よく聞いて。今から私は、神に祈って、勝利をお願いします。私の言うことは、必ずや神に通じるでしょう。
私は今から、朝のおつとめに入ります。みんなは、戦いの準備をして、待っていなさい。」
こう言ってジャンヌは、テントの内に籠って、朝のおつとめに入りました。
「神よ、どうか吾がフランスに、勝利を与えて、私の故郷に平安がもたらされ、吾が戦友たちが、勝利を確信することができますよう⋯」
朝の光がテントの幕間から洩れ、ジャンヌの美しい金髪をまばゆいばかりの黄金に変えると、ジャンヌは静かに目を開いて、「神よ、感謝いたします。アーメン」と祈りを終えた。
テントの外では、オルレアンから片時も離れたことのない戦友のルイスや、ピエールも心配そうにジャンヌの行く末を心配していた。ルイスの手斧が、かすかに震えた時、ジャンヌは静かに幕間から出てきた。ルイスはジャンヌを見てないか心配していたものがフッ切れたように思い、ピエールはジャンヌを見て、勝利を確信した。
ジャンヌは一度にみんなの顔を見るわけにもいかず、ルイスに話すようにして、みんなに話しかけた。
「みんな、ありがとう。よく我慢をしてくれました。神は、あなたがた全てを、平等に愛してくれます。だからあなた方も、神の子として、恥じぬよう、勇ましく戦い、そしてイギリス軍を蹴散らしなさい。そうすれば、必ずや3日の内に、勝利は吾が祖国にもたらされるでしょう。」
ジャンヌは静かにそう言って、みなの目を順々に見渡した。神は、この女性の中に宿っているのだろうか、とルイスは思った。
ジャンヌは少しためらった後、こうつけ加えた。
「ピエール、あなたは相手方の見張りを命じます。行って相手の動向を探り、私に報告しなさい。ルイス、あなたは相手方の出方を探るために、スパイを相手陣内へ忍び込ませて、相手の武器や、食料の状態を私に報告しなさい。私は、少し休みます。後のことはまかせました。
ジャンヌはそう言って銀の甲冑から見えている細い腕をかばうように、ゆっくりと体の向きを変えると幕間から内へとまた戻っていった。ジャンヌ・ダルクは非常に疲れていた。連戦の上、休みもろくに取っていない。ジャンヌは間に合わせの薄汚いシーツに身を横たえると、いつの間にか眠りについた。
「ジャンヌ。ピエールだ!」
ジャンヌはもの憂げに体を起こし、またいつもの戦場に環ってきたことを悟った。
「お入りなさい。ピエール」
「失礼。」
「相手方の動きは、どうですか?また何か、強力な武器でもありましたか。」
「いえ、武器は例の鉄弓だけでございます。ただ、私のもとに、一通のおかしげな書状が舞い込んでございます。これがその書状であります。さ、ここに。」
「よくぞもち出してくれました。そこに金の鎖時計があります。持っておいきなさい。敵の戦利品です。」
ジャンヌはそう言って、書状に目を通すと、やにわに目を上げ、さっとみをひる返して、外に出、戦いの合図のラッパを吹かせた。
ジャンヌは馬に颯爽と跨り、部隊長の誰よりも早く、前線へと駆けつけた。
「ジャンヌに遅れるな。早く行くぞ。」と他のもの達も身を奮い立たせてジャンヌ・ダルクにつづいた。
「私がまず、敵の出方をうかがってみます。みなのもの、退がっていなさい。」
ジャンヌは敵の城塞の下まで馬を進め、場内の気配をうかがった。
「みなの者、少し大人しく待っていなさい。」
ジャンヌ・ダルクはそう言って、みなの待つ森を後にした。
「私の考えではイギリスはもう、持ちこたえるだけの食料を持っていない。私が先に攻撃をしかけると、不利になる。私の目の黒いうちは、決してこちらからは攻撃すまい。」ジャンヌ・ダルクはそのように考えながら、馬の行く先を、近所の村へと向けた。食料と武器が、敵の手に渡らないように、先手を打つ必要があった。
さて、エドワード黒太子は朝食を終え、召使いの女にナプキンを持ってこさせて口を拭うと、イスから立ち上がり、敵の動きを見るようにと側近の者に伝えた。「私がオルレアンを陥とす日も近い。誰か、私の黒甲冑を持て。」全身を黒い甲冑に身を包んだエドワード黒太子は、城内を一周して、部隊の様子をくまなく確認し、部隊長の1人、スチュワートを近くに呼ぶと、次の命令を発した。
「よいか、3日の内にジャンヌ・ダルクは必ず動きを見せる。必ず見落としなく監視し、私に逐一報告せよ。よいか。」
エドワードはそう言って、召使いの女にブドウ酒を注がせ、酔わぬように口にふくんだ。
「エドワード太子、私が先に攻撃をしかけ、ジャンヌ・ダルクの首を見事に落としてみせましょう。」
「いかん、スチュワート、退がっておれ。」
「は」
「お前にはまだやってもらわねばならない役目がある。前に話した例の手紙のことだ。いいな。」
「わかりました。太子、ご自由におくつろぎください。」
「うむ。退がってよいぞ。」
「は」
エドワードの胸中にある秘策があった。しかしそれを口にするのはまだ早いと知って、エドワード黒太子は、黒い鎧からいかめしい鎖かたびらをのぞかせ、またブドウ酒を一口口に含むと、奥の間へと消えた。
エドワードは、それきり戦局が終わるまで、自室から出ることはなかった。
ジャンヌは一度エドワードの手紙を知り、次のような行動に出た。胸のロザリオを天にかざし、こう祈った。神よ、我々のしていることに間違いはないと、信じてもよろしいですか。」
ジャンヌ・ダルクは天高くかざしたロザリオから発せられる後光に目をくらませながら、首を高く持ち上げ、神に祈った。
「神よ。吾がフランスに栄光と幸あらんことを。そうして主が永遠のお方となられんことを。アーメン。」
ジャンヌはそう言って馬を降りて、ピエール、ルイスらと共に前線へと躍り出た。
戦いは、一進一退の攻防を続けた。ジャンヌはピエール、ルイスらと共に相手方の陣地へ躍り込み、敵の首をいくつも挙げた。
「ルイス。ココは任せた。私は敵の洞察を知るために、再び村へと行って、前線に戻ってくるのは夕方の六時か七時くらいになります。
ジャンヌはそう言って、手綱を引いて馬を反転させ、敵を切り破って前線を脱出した。
「エドワードの首は私が必ず取る。私は、いつでもそのことが一番の関心事だから。」
ジャンヌは戦いの余韻が冷めぬ間に、相手の動きを知るために、再び村へと馬を駆った。
ジャンヌ・ダルクは村へ着くと、村の武器屋のヤスリアヌスに次のようにきいた。
「ヤスリアヌス、私の所に誰か使いを走らせてくれ。私の手紙を、前線で戦っているロイドという若者に手渡して欲しい。ジャンヌはそう言って一通の手紙をヤスリアヌスに手渡し、ヤスリアヌスの出してくれた薬湯を一気に飲み欲すと、今までにない神聖な面持ちで。馬へ跨がり、鎧の帯を閉め直すと、馬の腹を蹴った。馬が前線に到着したのは、約束通り6時きっかりであった。ジャンヌは白い旗を先頭に掲げ、次のように全部隊に号令した。
「みなの者、かかれ。」
みなは、一同に雄叫び(おたけび)を挙げて、敵の城門へと突撃した。
戦いは6時間に及んだ。ジャンヌの兵は一兵として退く者がなく、相手方の城門は次第に崩れてゆく。
ジャンヌ・ダルクは勝利を目前にして、王の部隊に戦いを中止せよとの命令を受けた。ジャンヌはこの時ほどくやしい思いをしたことがなかった。ジャンヌ・ダルクの内で、何かが崩れ落ちる気がした。ジャンヌ・ダルクは今まで経験したことのない無力感に襲われ、馬から転げ落ちた。ジャンヌ・ダルクはそれから3ヵ月後、火あぶりの刑になった。