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12.明治2年1月末 招待状

 その招待状と贈り物を受け取った時、椿の手は感激のあまり細かく震え、さっきまで咳をしていたことを忘れてしまったほどだ。

 五稜郭に呼び出されてから数日後の夕方、住み込みの仕事が終わり借家に戻っていた椿の元に封筒と木箱が届いた。

(何かしら?)

 封筒を開けて中身を取り出すと、それが招待状であることがわかった。

 ――小川椿様 貴女を一月末日に開催する箱館政権の公式夜会に招待致したく候。ついては同包の衣装を着用されたく候。

 差出人は大鳥陸軍奉行だ。

 椿は同時に届いた木箱を急いで開封し、蓋を持ち上げた。

(これって……!)

 椿の目に飛び込んできたのは、絹の光沢の美しい紅色のドレスだった。ドレスは流行りのデザインで後方が膨らんでおり、背中には編み上げの白いリボンがついている。大きく開いたデコルテで、胸元の惜しみなく重ねられたレースが目を惹く。

 贈り物が先日の手柄の褒美だということはすぐにわかった。そして、これを考えたのは土方陸軍奉行並から命令を受けていた金太郎であることも……。

(やっぱり金太郎くんは私のほしいものが手に取るように見えるのね!)

 椿は幸せな気分に満たされたが、実は金太郎がドレスを贈るという案にたどり着くまでには少し時間がかかった。

 椿への褒美を考えろと命じられた日の夜、金太郎が兵営の自室で寝転がっていると、屯所を抜けてこっそり泊まりに来た一が横槍を入れてきた。

「まだ思いつかねぇの?」

「難しいんだよ。簪は最初に買ってやったし」

「じゃあ、もう現金でいいじゃねぇか」

「馬鹿か、おまえ。他人事だと思いやがって。例えばさ、お景ちゃんが金もらって喜ぶと思うか?」

「うん。あいつなら舞い上がるぜ。金がほしいってのが口癖だからな」

 あまり生産性のない会話にうんざりしたアンリが助け船を出そうと、読んでいた本を閉じて金太郎に言った。

「椿姫は洋装に憧れてるんじゃないかな。オテル・キャトルセゾンで、景の洋服を素敵って言ってたし」

 それは一理ある。だが、最近、椿は洋裁も始めるようになり、日常的な洋服は自分で作ったりしているらしい。だから、洋服を贈ってもそれほど喜んでくれるとは思えない。

「いい案だけど、もっと夢のあるものがいい。椿には夢を見させてやりてぇんだ」

 元々、豪商の出身である椿が再び良い暮らしをしたいと強く願うことは当然だ。だが、彼女の望みがすっかり叶う可能性は低いだろう。

 これから確実に新政府軍との激戦が待っている。金太郎自身、長州や薩摩のやり口は到底許せず、義のない新政府に屈するつもりはない。

 ただ、結末がどうであれ、箱館が無傷というわけにはいかない。椿の身の安全も金太郎の命も保障されたものではない。

 命がけで守ってやりたい気持ちはもちろんある。しかし、金太郎は椿の恋人である前に榎本総裁の掲げる蝦夷地開拓の新時代を信じてついてきた脱藩徳川家臣の一人であった。

 だからこそ、椿には夢を与えたかった。自分が傍にいる間だけでも、安らぎや楽しさを与えたかった。

「夢ねぇ。俺は武蔵野楼の話をお景ちゃんから聞いた時、夢のようだって思ったぜ」

 誰もおまえの話は聞いちゃいねぇよと金太郎は思ったが、ふと、ひらめいた。武蔵野楼の一番人気の芸妓が着ている洋装はかなり豪華だった。あのくらいのものなら椿はきっと喜ぶに違いない。

「ローブ・デコルテか。それはいい考えだよ。もっとも、夜会くらいしか僕たちの国のご婦人方も着ることはないけどね」

 夜会がなければ意味がない。どうしたものかと金太郎は思ったが、それ以外に良い案が思い付かなかったので、椿への褒美はローブ・デコルテが良いと思うと報告した。

 高価すぎていくらなんでも却下だろうかと心配したものの、土方は「よしわかった。おまえも楽しみにしてろ」と答えたのだった。

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