第一話 辺境の危機と黒い拳 4
ナギの物で溢れた寝床から起きると、ブラックは、ふと自分が巣作りの苦手な生き物か何かなのではないか、という錯覚に襲われた。片づけが苦手なナギは、ブラックが数日家を空けるだけで家じゅうに物をあふれさせる。見慣れたものだが、寝ている時の体の窮屈さは何とも言い難い。普段きちんとしまわれているはずの古書物や魔法具類が、家がひっくり返ったように散乱している。なぜこうなるのかと、一度ブラックはナギに聞いたことがあるが、「自分にも分からないんだ」と苦笑いをされた。
ブラックが目を覚ましたのが、陽が昇って結構な時間が経った頃だった。外が活気づいている。喚声に近いざわめきで起こされた。
「外で何が起こってるんだ」
ナギは文机で書き物をしていた。採光窓から入る夏の日差しは十分すぎるほどで、昼過ぎには更に暑さも増すだろう。入光を邪魔しないような角度にするために文机を都度動かしているのだろう、ナギの周りの床だけが物もなく、そして半月を描くように机を移動したような傷がついていた。
「ハボンさんが帰ってきたんだよ。今回は長期間の旅程から帰ってきたからね、珍しい物や頼んでいたものを買うためにちょっとしたお祭り状態」
「ああ、そうだったか。どれ、ちょっと見に行ってくるかな」
「それなら一つ頼まれてくれないかな?今ちょっと仕事で手一杯で」
ナギの仕事は子どもたちに魔法を教えるだけにとどまらない。今書いている物も、おそらくその一つなのだろう。
「あいよ、何か欲しいものでもあるのか」
「母さんから仕様書と一緒に魔法具が届くはずなんだ。ハボンさんに言えば分かるはずだから、それを持ってきてほしいんだ」
「魔法具?」
「そう、魔法具。魔力が充填されている道具なんだけどね、解析が必要だけど急を要さず解析の簡単なものは僕の方に回ってくることになっているんだ。要するに、お手伝い、だね」
「お前、そんなことも始めてたのか」
「魔法具の勉強ができて、母さんの仕事を助けられて、お金ももらえる。一石三鳥」
「楽しそうだな」
「割と、ね。子どもたちに教えるのもそうだけど、僕はきっと、魔法の事を研究するのが好きなんだ」
「羨ましいよ。やりたいことが出来てるって感じだ」
「それに関しては、兄さんに言われたくないんだけど」
「そう思われても仕方ないことをしている自覚はある」
タンドの村を襲う様々なトラブルや厄介事、災害や人災に対応する、と言えば聞こえはいいが、要するに定職につかずフラフラしている暇人だ。それで生活出来ているのだから、他人からみたら自由だと思われても仕方ない。
「自由である、と、不自由でない、は違うってことかな」
「ふぅん……なるほど」
「つっても俺にもよくは分からないのだがな」
「いや、なんとなく分かる気がする。兄さんは時々不思議な物言いをするよね。そういうところが、多分僕や村長さんと違うところなんだと思うよ」
ブラックは自分の言葉にいまいち合点がいかなかったが、ナギの用事を優先させることにした。