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第一話 辺境の危機と黒い拳 3

 タンドの村は集落と言われても納得できるほど小さい。人間がようやく人間として活動できるくらいの人口なので、子どもも働かなければならない。とは言え畑の収穫を迎える前、畝に生える雑草抜きなどの仕事が終われば子どもたちは仕事から解放される。

 その合間に、子どもたちはナギから魔法を習っている。

 子どもたちとナギとの歳の差はほとんどない。ナギは、この前ようやく子どもから大人になるための儀式を終えたばかりだった。それでも村の子どもたちがナギを魔法の先生と仰ぐのには、いくつかの理由がある。

 一つは、魔法を教えられる人間がタンドの村にいないということだ。魔法研究は「眠りの国」の首都に近いほど盛んである。タンドの村のような辺境に、魔法を十分に扱える人間などほとんどいない。その点で、ナギは魔法の才に溢れていた。そしてそれがもう一つの理由である。

 つまり、ナギはタンドの村においてもっとも確かに魔法を使うことが出来るのだ。ブラックはそのことを昔から嫌というほど知らされてきた。子供の頃から乱暴狼藉の権化のようなブラックとは対照的に、ナギは全く大人しく、魔法に関する書物を食い入るように読むのが常だった。一度ブラックは本の虫になっているナギをからかったことがあったが、それが逆鱗に触れたらしく、次の瞬間にはブラックの身体は魔法による拘束と攻撃とでボロ雑巾のようになった。後にも先にも、その時以外にナギが激情に身を任せて魔法を使ったという事をブラックは聞いたことがない。

 そしてもう一つ、ナギとブラックはタンドの村で生まれたのではなく「眠りの国」の首都からの移民であった。父親はおらず、母親と三人で移り住むようになった。母親は「眠りの国」に仕事を残しているからタンドの村と首都とを行き来しており、借家にはほとんど兄弟で住んでいる状態である。それについても、ブラックが冒険者紛いの村周辺の危険な雑用を任されることが多く、家を空けることが多い。自然と借家はナギが自由に使うようになった。その多くの時間をナギは書物と共に過ごすばかりであった。

 つまり、十分な魔法の才能を持った者が、魔法を教える者がいない地域で、仕事をせずにいる、という条件が重なり、それが子どもたちの知識欲を刺激したのだった。

「ただいま、村長に報告に行ってきた」

 様々な紙がある場所には積み重なり、またある本棚には詰まっている。借家はもっと広かったはずだが、ナギの集めた紙が少しずつ侵食しているようだ、と、家を長く留守にした後などに感じる。

「おかえり、兄さん。一緒に行けなくてごめんね」

「気にするな、もともと俺が全てやらなきゃいけない約束だったからよ。それに……」

 帰り道がてら、獲った魚を村唯一の宿屋にある自由使用の調理場で焼いてきたものをテーブルに置きながら、ブラックは言葉を続けた。

「ナギは村長が苦手だもんな」

「うーん、特別嫌いって訳じゃないんだけど、ね。あの人には、僕の言葉の真偽が逐一見通されている感じがするんだ」

「そうか。俺にはそんな感じはしないんだがな」

「たぶん、あの人と僕は相性が悪いんだと思うよ」

 二人でテーブルにつき、食事を始める。ブラックの方は子持ちの緋鮎を二尾、ナギはまだ性別が未分化の緋鮎を食べた。お互いに好きなものが被らないので、ブラックはこの季節になるとよく川魚を獲ってくる。

「相性か、分からないでもないな。村長は何と言ったらいいか……全てが金か権力につながってる感じがする」

「良く言えば計算高い、悪く言えば狡猾、ってところかな。僕も少し似たところがあるのかも」

「似てるかどうかは分からないが、口にする前に一瞬の余白がある、とは思う。言葉をよく考えて、選んでいるのだろうな。その点俺は、思考よりも先に口が、口よりも先に手がでるような男だからな」

「僕は、兄さんと話していて楽だよ。もし嘘を言ったとしたらすぐに分かるし、そもそも嘘を言わないし。相手と真正面から向き合ってる」

「あ、嘘で思い出した」

 指についた魚の脂をなめながら、ブラックは村長の家からの帰り道に資材置き場で出会った男の子との会話について語った。

「それはモロンだね。行商のハボンさんは兄さんも買い物したことがあるから知ってるでしょ。そこの子だよ」

 物資の不足しがちな辺境の村に行商人は必要不可欠だ。大抵の場合、一所に店を構えられない若者が行商で資金と商人同士のつながりとを得るために行商をするのが普通だが、ハボンはタンドの村専属の行商人だ。タンドの村を中心に「眠りの国」内の様々な町や都市を渡り歩き、流通の一翼を引き受けている。タンドの村は辺境にある上にこれといった特産品もないために、行商人としてはあまり旨味の大きい村ではない。だから、ハボンのような人物は貴重であった。

「ああ、ハボンさんにはお世話になってるな。この前もコイツの修理のために都まで持って行ってもらったよ」

 ブラックは、腰に下げた大振りのナイフにそっと手をかけた。ブラックの拳四つ分の刃渡りに親指ほどの厚みをもったナイフは、一振りすれば晴樫の若木だろうと両断出来る。季節二つほど前に、ブラックはそのナイフを柄から折ってしまったのだった。体表を岩石で覆ったリョクガンユウが村付近に現れ、危険という理由で狩る必要があり、その際の格闘によってブラックはナイフをリョクガンユウに折られてしまった。狩猟自体は成功したが、その時の報酬はナイフの修理に消えてしまった。

「そういえばそんな事もあったね」

「ハボンさんにお世話になってない人なんていないだろう。それはそれとして、だ」

「うん、モロンに兄さんのこと、少し話したよ」

「お前なぁ、悪事をわざわざ話す必要はないだろう」

「そういう事をしていると、マナスポットまでの道を一人で整備しなきゃいけないような罰を受けるんだよ、と言ったらみんな震えあがっていたよ。悪いことには罰が待っている。当たり前のことの確認のために兄さんの話を出したのは、ちょっと悪いと思ったけど、正しいことは教えないとね。それに……」

 テーブルの上には、緋鮎の骨だけが残った皿が二つ残っている。恥ずかしさを隠すように、ナギは皿を片づけながら言った。

「そういう事を伝えられるのは、兄さんが本当の悪事はしていないからだよ」

「……なんだよ、本当の悪事っていうのは」

「うん、なんだろうね。でも、兄さんのは、本当の悪事じゃない気がする」

 ナギは立ち上がって皿を洗い場に持っていく。ふと振り向いて答えた。

「あ、でも『女の子を泣かせるのはダメだ』って母さんが言ってたよ」

「それは難しい注文だな」

 ブラックは頭を掻いた。

「それと、深夜にこっそりと家を抜け出しているっていうのは、僕も初耳なんだけど」

「げっ」

「その辺は、母さんも交えてよく話をしないとね」

 余計な事まで喋ってしまった、とブラックは自分の無鉄砲を嘆いた。

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