嘘吐きの彼と嘘好きのアタシ
アタシは、嘘が好きだ。
嘘には2種類ある。
自分を守る嘘と他人を守る嘘。
アタシは、特に自分を守る嘘が好きだ。
だって、とっても人間らしいから。
誰だって皆、自分が可愛い。
アタシには嘘が分かる。
どうしてかなんて知らないし、いつからかなんて忘れてしまった。
今となってはそんなことどうだっていい。
むしろ、人との付き合い方を考えることが出来て便利なくらいにしか感じない。
けれど、彼女の言葉を聞いたとき、正直アタシは驚いた。
『雅人は、可哀想などではないわ』
どうしてそんな嘘を吐くのだろう、と。
アタシのこの嘘発見器みたいな能力は、アタシが分かる限りでは、自分が嘘だと感じていることを言うと嘘だと認識される。
例え、事実とは異なっていたとしても、それを嘘だと感じていなければアタシには分からない。
だけど、彼女は嘘を吐いた。
つまり、自分の言っていることを嘘だと思っているということだ。
彼女は何故そんな嘘を吐いているのか。
雅人という人物に知ってもらおうという考えから自分の為ならば納得がいく。
しかし、その様な素振りはなかったように思えた。
つまり、彼女は雅人という人物を守る為に嘘を吐いている。それが嘘だと分かった上で。
どんな出来た人間なのだろうと興味本意で声をかけた。
そこでアタシは更に驚いた。
『藤堂誠?ふん、目立った特徴もない貴女が私に何の用?さっさと終わらせてくれるかしら』
彼女は、嘘の塊だった。
話していること全てが嘘なのだ。
確実に嘘ではないことも嘘だと思っている。
どういうことなのかさっぱり分からないけれど、とにかくこんな変な人間は見たことがない。
アタシは自分の口角が上がるのを感じながら彼女の言葉を聞いていた。
『私は高槻麗香。どうしてもこの私の友人になりたいのならば、それ相応の努力をすることね!』
麗香と関わっていくと、私の脳が彼女の副声音を聞き取るようになった。
「何、誠。私に声をかけたからには、重要な事柄なんでしょうね(何なに?私に何か大事な用事?)」
「何をぐずくずしているの!早くして、誠!雅人が先に食べてしまうわ!(急かしてごめんなさい、誠!でも、雅人が私を置いていっちゃうわ!)」
「こんなことも分からないの?!これだから低脳な人は困るのよ!(分からないところがあるの?教えてあげるわ!)」
いや、実際に麗香がそんなことを言っている訳ではないのだが、そう言っているように聞こえてしまうのだ。
アタシは彼女の嘘の塊の原因は、素直にものを言えないからなのではないかと考えた。
その考えに到ってすぐの頃は、麗香が喋る度笑いを堪えるのに労力を使ったものだ。
「っ?!何、これは!ぽ、ぽてとちっぷす…?しょ、庶民の食べ物なんて何が入っているか分からないわ!持ち帰って調べさせるわ!な、何よその目!調べるだけよ!(何て美味しいの!持って帰ってどこで仕入れられるか調べないと!)」
……訂正しよう。麗香には今でも笑わされる。
昼休憩、ここ数日麗香への餌付けを繰り返しているアタシは彼女へ生暖かい目を向けながら弁当を片付ける。
麗香というと、雅人という婚約者を連れて食堂で食事を済ませてしまっている。
そう、雅人という人物は何とこのご時世、麗香の婚約者様だというのだ。
初めてそれを聞いたときは、驚きすぎて思わず片言で返してしまった。
アタシが知る限り雅人という人物は、有名な財閥グレープの1人息子で、成績優秀容姿端麗文武両道という完璧な四字熟語が似合う、鷹様と呼ばれる隣のクラスの男子生徒だ。
だが、その鷹はどうも麗香を好ましいと思っている風でもなかった。
時々アタシも連れられ食堂へ向かうのだが、鷹はアタシを視界にも入れず黙々と食事を始める。
麗香の健気とも言える態度に、優しい言葉をかけるわけでもなく、気が向いた時に「ああ」「そうか」と呟くだけだ。
何故こんなやつがいいのだろうと首を傾げるのだが、こればかりは本人の趣向の問題なので口を出せずにいる。
クラスメイトは、麗香を遠目から眺めながらも尊敬の色を携えている気がしてならない。
好きな相手とは言え、よくそこまで人に尽くせるものだと。
アタシもそう思うが、クラスメイトは少し勘違いをしている。
「好き」という感情は、好意だけで成り立つものなのだろうか?
その些細な疑問は、矢吹彩という少女が現れたことにより確信に変わった。
美しい少女は、瞬く間に男共を虜にした。
その中には、麗香という婚約者のいるはずの鷹もいた。
さぞ麗香は悲しんでいるのだろうと声をかけたのだが、信じられないことに、彼女はむしろ嬉しそうに二人を眺めていた。
何故悲しまないのかと問うと、彼女はきょとりとこちらを見返してこう言った。
「雅人が幸せになるのに、何故悲しまなければならないの?」
アタシはそれに何も言えないでいた。
麗香の言葉に、初めて嘘が1つも含まれていなかったから。
麗香は、恋をしているのではない。
麗香は、鷹をまるで騎士のように見守り、忠義を果たしていただけなのだ。
主人からの、裏切りを受けるまでは。
「雅人に、婚約を破棄されたわ」
ぽつりと、静かに溢したそれは、水が地面を這うように一気に学校中に広まった。
数日前、アタシが教室で弁当をとっている間に食堂では一騒動起こっていたらしい。
現場にいた人物に聞いてみると、矢吹彩の言葉に怒った麗香が平手打ちし、それが気に食わなかった鷹が麗香を切り捨てるように彩に援護したと。
何と鷹は、麗香の話も聞かずに立ち去ったそうじゃないか。
アタシは元気のない麗香を励まし続けた。
麗香が悪い訳ない。あんなに鷹を思って二人を応援していた麗香が。
だが、アタシの励ましの甲斐なく麗香は1週間後、学校を去った。
アタシは慌てて麗香に連絡をとった。
麗香は、覇気のない声でアタシに告げた。
「貴女には、迷惑をかけたわ。ごめんなさい。少し、雅人から距離を取りたいの。せめて、私が立ち直るまでは」
アタシは怒りという感情が膨れ上がるのが分かった。
何故、あんなにも尽くした彼女が切り捨てられなければならないのか。
アタシはこの怒りを持て余していた。
ある日、弁当を忘れたことに気付いたアタシは食堂へ向かった。
そこで、矢吹彩を見付けた。
彼女は、いつも同じメンバーの男子を引き連れて歩いているのだが、今日は珍しく1人だった。
アタシは、メニューを選んでいる矢吹彩に近付き、「こんにちは」と挨拶をした。
気付いた矢吹彩はにっこり笑って挨拶を返した。
「私に何か用ですか?」
「高槻麗香って、知ってる?」
「タカツキレイカ…?ああ!あの高飛車令嬢の!あの子、短気なんですか?私が鷹くんのこと『可哀想』って言ったらいきなり殴るんですもん。びっくりしちゃった。あの子、鷹くんにフラれちゃったんでしょ?でも、しょうがないですよね。あんな子じゃ誰かに好かれるなんて」
「あんた!いい加減にしなさいよ!」
もう聞いていられなかった。
あんなに頑張っていた麗香が汚されていくようで。
「あなたたちこそ、いい加減にしてください。私と彼等は好き同士。それのどこがいけないのですか。皆好きだから選べないのは、確かに少し可哀想ではありますが、それをあなたたちに因縁をつけられる謂れはないはずです。誰にも好きになってもらえなかったあなたたちには。私の想いを踏みにじるような真似、しないでください」
他のやつらなんて知らないしどうでもいいが、鷹のことを思っていた麗香は、麗香だけはこんな風に言われていい訳がない。
麗香がいつ、あんたの想いを踏みにじったんだよ!
本当に踏みにじっていたのは。
「それなら、麗香の想いを踏みにじったあんたは、何なのよ………!」
アタシの問いは、答えられることはなかった。
いつの間にか出来ていた野次馬の中から出てきたのは、最近矢吹彩に引っ付いていた綺麗な顔をした4人の男子生徒だった。
「だあれ?僕の彩ちゃんを困らせてるのは?」
「よって集って、どうして誰も彩を助けようとしないのかな?」
「最近、彩からいじめられているって聞いたから気を付けてはいたが、ここまでとはな」
「最低だな、あんたら」
アタシと野次馬に牽制をしていったやつらは、矢吹彩を囲んで食堂から姿を消した。
アタシは、しんとした食堂で首を傾げていた。
おかしい。いやでも。だったら何なのか。
それでもアタシはこの疑問を晴らさずにはいられなかった。
あの中に1つだけ、嘘が混じっていた理由を。
「あんた、阿佐ってんでしょ?」
「……そうだよ?」
にこりと笑った目の前の小柄な男子は、阿佐啓次郎という。
その幼い整った容姿や可愛らしい仕草に、女子の母性愛を擽られ人気を博していると評判だ。
あの中の嘘は、こいつだった。
「ちょっと面貸してくんない」
「……いいよお」
甘ったるい話し方でアタシの誘いにのる阿佐に、周りは少しざわめく。
……もしかして、告白か何かだと思われているのだろうか?
まあ、アタシはそんなつもりはないし、どうでもいいか。
アタシは気にせず屋上へ向かった。
「話があるんだけどさ、何か心当たりがない?」
「うーん、検討もつかないなあ」
嘘だ。
もしかして、こいつまで告白だと思っているのか?
「……告白だって言ったら?」
「えー!嬉しいなあ!君、可愛いんだもん!」
嘘だ。
こいつ、何だろう。もしかして。
「………冗談だよ。話っていうのは別にあるの」
「そっかあ。残念だなあ。でも、いつでも待ってるからね!」
嘘だ。
こいつ、もしかして、すんごく性格悪い?
「……………あんた、矢吹彩のこと好きだっていうの、嘘だね?」
「………どうしてそう思うの?」
ちょっと鎌をかけてみたんだけど、これは当たりかもしれない。
「アタシ、嘘が分かるんだよね。あんたのこないだの食堂で言ってた言葉が嘘だって分かったから、もしかしてって思って」
こんなの、誰も信じないって分かってるけど、本当のことを聞くのにこちらが嘘を吐くのもフェアじゃない。
アタシはあえて本当のことを言った。
すると、意外にも阿佐は納得した様子で頷いた。
「成る程ねえ。それなら納得出来るよ。僕の演技がこんな馬鹿っぽい女にバレる訳ないよねえ」
「馬っ……?!」
「あ、傷付いちゃった?ごめんね?」
嘘だ!
くそ、こいつ、ほんと性格悪いな……!
てか、演技って……!
「あああ、あんた、今までのって全部演技……?!」
「ん?あー、言っちゃった。まあいいや。どうせ皆信じないし。僕はこうしてた方がウケがいいんだよねえ。賢い君は黙っててくれるよねえ?」
アタシに残された答えは「いえす」のみだった。
阿佐啓次郎という人物は、悪魔のようなやつだった。
可愛らしい笑顔が悪魔の微笑みに見えるのだ。
麗香とは違う意味で副声音が聞こえるようになった。
「わー!お菓子くれるのお?嬉しいなあ!後でゆっくり食べるね!(ちっ、気持ち悪いなあ。後で捨てよ)」
「わー、君、字が綺麗だねえ。あの先生字が汚くて見えづらくて……君みたいな字だったらノートも写す気になるのにね…え!貸してくれるの?!ありがとー!(はっ、チョロい。ノート写すのってめんどくさいんだよねえ)」
「ん?僕に用事?分かったあ(また告白?いちいち断るのも疲れるんだよなあ)」
……最低だ。
アタシの妄想も多大に入ってはいるが、強ち間違っていないと思う。
麗香までとはいかないが、こいつもほとんどが嘘で出来ているといっても過言ではない。
特にあの矢吹彩にかける言葉には1つ残らず嘘のオンパレードだった。
「ねえ、あんた、何であの子のこと好きなフリしてるの?」
「えー?だって面白いでしょ?自分がモテモテって疑ってないんだよあいつ。まあ、他の3人は本当に好きなんだろうけど、僕も入ったらあいつは人気者の4人を蔓延らせる魔性の女ってことで周りに認識される。見た?あの女子たちの憎らしい者を見る目。しかも本人それに気付いてないし!あれは傑作だったねえ!」
「最低ー」
麗香のいない今、4人に牽制された女子たちは、矢吹彩への攻撃をやめ静かに過ごしている。
けれど、アタシは知っていた。
誰1人納得していないことに。
アタシだってそうだ。
麗香があのまま侮辱されたまま矢吹彩がのうのうと反省もせず過ごしていることにもやもやと胸を燻らせていた。
今日も心が晴れないまま朝の担任の言葉を聞いていた。
いつもは一言で終わる挨拶が、今日は少し様子が違った。
「隣のクラスの畠が行方不明だそうだ。誰か心当たりのあるやつは先生に声をかけてくれ」
畠?ああ、あの4人の中の1人にそんな名前のやつがいたな。
そういえば、最近あの矢吹彩の機嫌がよくなかったな。
もしかして、このせい?
アタシはここで、あることを閃いた。
「矢吹彩をフってほしい?」
「そう」
「…まあ、考えることは分からなくもないけどねえ」
「矢吹彩ってあの状態だから反省しないんだよ!1人2人欠けたら少しは自分の過ちに気付くんじゃない?!」
「そう上手くいくかなあ?てか、何で僕がそんなめんどくさいことしなくちゃいけないんだよ」
その日の放課後、どこかに行こうとする阿佐を引っ張ってお願いしてみる。
不満気な阿佐に、アタシは待ってましたと言わんばかりに胸を張って言った。
「あんたの本性を黙っててあげた貸し!」
「……まあ、考えとくよ」
「よろしく!」
機嫌よく教室から出ていこうとしたアタシを阿佐が引き留めた。
「……何で君、僕の本性知っても態度変わらないの。最低なやつーとか思わないの?」
「最低なやつーとは思うよ。実際そうだし」
「…………」
「でも、嫌いではないよ」
「……へ?」
一度立った席に再度座り、阿佐に向き合う。
目を真ん丸にした阿佐は確かに、女子たちが騒ぐだけの可愛らしいものである。
「アタシ嘘吐く人って嫌いじゃないんだよ。むしろ好きだよ。だって、一生懸命自分や他人守ってて、凄く人間らしいでしょ?それってとっても生きてるって感じしない?逆に嘘吐いたことないっていう人嫌いだね。そんなの人間じゃないもの。気持ち悪い」
「……馬鹿の癖に意外と考えてるんだねえ」
「馬鹿じゃないわ!それに馬鹿って言う方が馬鹿なんだし!」
「……ふっ、そうだね」
ふ、不覚にも突然の笑顔にドキッとしてしまった。
無駄に顔整ってるのが悪い!
ドキドキしてるアタシに気付かず、阿佐は席を立って「僕、呼ばれてるから行くね」と扉に向かっていった。
アタシは慌てて引き留めたことを詫びた。
「急いでたのに引き留めてごめん!」
「……まあ、君の用事の方が遥かに気が楽だと思ったしね」
「え?」
「何でもないよー。それじゃ」
翌日、畠が戻ってきたと学年中がその話題で持ちきりだった。
しかも、新しい彼女が出来たと女子たちが嬉しそうに話していた。
彼女たちは最早矢吹彩でなければ何でもいいらしい。
だが、皆でお祝いムードな雰囲気の中、不審な行動をしているやつらが2人いた。
1人は言わずもがな矢吹彩だ。
畠に話しかけては軽くあしらわれて苛々しているのが丸わかりだ。
しかし、2人目は意外な人物だった。
いつも揺るがず、前しか向かない男である鷹だ。
きょろきょろと何かを探すように視線を動かし、よくこのクラスを覗いていく。
なんだ?と眺めていたアタシと目があったやつは、こちらに近付いてきた。
げっ、と逃げようとしたが、鷹の足の方が速かった。
目の前に来た鷹はアタシに尋ねた。
「麗香はどこだ?」
「……………あんた、それ本気で聞いてんの?」
「ちっ、早く答えろ」
嘘かどうかなんてすぐに分かったけれど、アタシは信じきれずに問い返してしまった。
だって、信じられるものか。
今の今まで、麗香が居なかったことにも気付かなかったなんて。
何がきっかけでそう思ったのか知らないが、それでは余りに麗香が可哀想だ。
アタシは出来るだけ投げやりに答えた。
「転校した」
「…………転校しただと?」
「ええ、誰かさんのせいでね。誰とは言いませんけど!」
「それはどこだ」
「……さあね。知っててもあんたに教える義理ないし」
「ちっ」
嫌味にも気付かずお礼も言わず去って行きやがったあの俺様野郎!
舌を出して塩を撒くふりをしていると、鷹の出ていった横で口元を抑えて震えているやつがいた。
「………阿佐」
「いやだって鷹くんにさ、あんなのする人見たことない………っ」
「あいつが最悪なやつなのが悪い」
「…あー、まあ、そうだねえ。たぶん昨日言われた言葉で気付いちゃったんじゃないかな。"自分だけを見てくれる人がいない"ってことに」
「はあ?」
「こっちの話だから気にしないで。仲良くしてる訳じゃないけどさ、あいつはあいつで可哀想なやつなんじゃないかな」
「……可哀想って言うなって、麗香は言ってたよ」
「………あいつは馬鹿なんだねえ。そんなに愛されてたのに自ら手離すなんて」
「本当にね」
麗香は、どうしているだろうか。
アタシは無償に、麗香の声が聞きたくなった。
「もしもし、麗香?元気にしてる?」
「ええ、心配ないわ。わざわざありがとう」
麗香のツンデレを期待していたアタシは大いに驚いた。
少しだけ恥ずかしそうに、けれどきちんと礼まで言うなんて、鷹と離れたこの数週間で別人にでもなってしまったのだろうか?
恐る恐る聞いてみると、麗香は心なしか弾んだ声で答えた。
「彼とね、えっと、野々山豪って人なんだけど、豪くんと出会ったからかしら。凄くマイペースなんだけど、いつも私を助けてくれるの。今日もね、鷹様に連れられそうになった時にまるでヒーローみたいに助けてくれたのよ。あの時はドキドキしすぎて心臓が飛び出すかと思ったわ。私ね、初めて恋をしたの!豪くんに!そのままの勢いで告白しちゃったんだけど、豪くんもね、好きだって言ってくれたのよ。だから私、今とても幸せなの」
いろいろとツッコみたいところはあったけれど、とりあえずアタシはこれだけを伝えた。
「麗香が幸せなら、それでいいや。おめでとう」
微かな笑い声と「ありがとう」という言葉が、電話の中から小さく聞こえた。
短く挨拶をして電話を切ると、アタシは力を抜いてベッドに身体を沈ませた。
麗香に、本当の意味で恋人が出来た。
幸せそうで何よりだ。
「恋かあ……」
恋こそ、人間の嘘から出来た虚像というものなのではないか?
それなのに、アタシは、いつからか恋というものに興味をなくしていた。
いや、いつからなんて、分かりきっている。
きっと、少しだけ昔にいた恋人に、アタシの秘密を明かした時からだ。
彼は初めは受け止めてくれて、アタシには真摯でいようと努力してくれた。
けれど、人間は脆い。
彼はアタシといることに耐えられなくなって、やつれていった。
アタシは、彼に別れを告げた。
その時の、彼のホッとした顔が忘れられない。
それから、アタシはこのことを誰かに告げたことはなかった。はずなのに。
「あいつは、アタシが本当のこと言っても信じてくれたんだよなあ……。しかも、嘘吐いたままだし」
本当に、変なやつだ。
あいつなら、アタシと一緒に居てくれるのだろうか?
「って、ないない!あんな最低嘘吐き野郎!」
嘘吐きは嫌いじゃないけど、最低なやつは嫌だ!
アタシは1人で暫くの間、見えない何かと戦っていたのだった。
翌朝、はっきりした答えの出ないことに苛々したアタシは、ショッピングで解消することにした。
そこでアタシは悩みの種である阿佐とばったり出くわした。
「……………」
「何で君がここにいるかなあ」
いや、それはこっちのセリフだ。
胡乱な目をしているだろうアタシを引っ張り、阿佐は物陰に隠れる。
「なに」
「しっ!せっかく抜け出せたのに見つかるでしょ」
阿佐の見つめる方向を覗くと、二人の男女がいた。
女の方が横を向いたことで顔が分かった。
「矢吹彩?!」
「そう。で、隣は澤くんって訳」
「………ああ、デートって訳ですか」
「ご名答〜」
男二人を侍らせて、両手に華ってことですか。
モテる女はやるこてが違いますねえ。
「………で、何であんたがここにいるの」
「あいつ愚痴しか言わないからめんどくさくなって嘘吐いて抜け出してきたのお」
「うざ。最低。女の敵」
「……………」
「へえ、まあ、あいつはある意味手薄な状態って訳か……あ!いいこと思い付いた!」
「………何、嫌な予感しかしないんだけど」
逃げようとする阿佐を捕まえ、アタシはにやりと笑った。
「あんた、アタシを好きなフリしな!」
「………はあ?」
「そうしたらあいつは更にダメージを食らうでしょ?その時にアタシが一言!「麗香も今のあんたみたいに傷付いたんだからね!」どう?いい案じゃない?」
「……どうなっても知らないからね」
「え?わっ!」
腕を引かれ矢吹彩の方へ近付くと、彼女は今ちょうど1人のようだった。
澤は飲み物でも買いに行っているのだろうか。
こちらに気付いた矢吹彩がぱっと笑顔になる。
「阿佐くん!どうしたの?用事があるって」
「……あー、そのさ、用事っていうのがね、こいつ……彼女と会うことだったんだあ」
ぐいっとアタシの肩を引き寄せた阿佐にぎょっとたじろぐ。
そ、そこまでやれなんて言ってない…!
固まるアタシを無視して阿佐は続ける。
「彼女………?」
「そ!僕ね、彼女がだーい好きなんだよね!」
その瞬間、アタシは本当に心臓が止まったと思った。
いや、だって、え。
こいつ、嘘、言ってない。
ぎぎぎ、と油の切れたロボットのように上を向いたアタシは、そちらを見なければよかったと後悔した。
視線を上げた先には、今まで見たこともないような柔らかい笑顔の阿佐がいたからだ。
止まった心臓が、今度は物凄い勢いで脈を打ち始めた。
何これ何これ何これ。
これじゃ、まるで、アタシも、こいつを。
「な、な、何なんですか!皆、私のこと、好きだって、言ったのに……!最悪!最低!死んじまえ!」
忘れてた。
アタシは矢吹彩を凝らしめる為に演技するつもりだったのに。
横から「ちっ、後ちょっとだったのに」という不穏な声が聞こえる気がする。聞こえない聞こえない。
駆け出した矢吹彩を目で追っていると、何かにぶつかったのが見えた。
最悪なことに相手はいかにも柄の悪そうなお兄さん二人組だ。
あ、腕を掴まれた!
澤は何をしてるんだ!こういう時のイケメンだろうが!
そうこう考えているうちに矢吹彩が引き摺れている。
「ちょっ、ヤバイ!阿佐!」
「え〜僕、喧嘩とかキャラじゃないんだけどお」
つべこべ言わない!
アタシと阿佐が駆け出そうとした瞬間、どおん!と重たい物が落ちる音がした。
アタシと阿佐は一度目を合わせ、今の音はなんだと近寄った。
そこには、地面にカエルのように伸びている柄の悪いお兄さんがいた。
もう1人のお兄さんは「ちょ、調子のるんじゃねえ!」と近くにぼーっと立っている人に殴りかかった。
え、この人何もしてなさそうに見えるけど?!
人は案外見かけによらないらしい。
眠たそうな顔をしたどこかの男子学生は、さっきまでののんびりとした雰囲気をがらっと変え、もう1人のお兄さんを投げ飛ばしてしまった。
唖然とするアタシと阿佐だったが、「運命の人!」という耳障りな高い声に我に帰った。
いつの間に復活したのか、矢吹彩は先程の眠たそうな男子学生に詰め寄っていた。
「ああ!貴方こそ私の運命の人です!是非お名前を教えて下さい!」
あー、また被害者が増える……と遠い目をしていたアタシの予想を裏切り、男子学生はゆっくりと瞬きをし、ゆっくりと首を傾げた。
「うーん、運命の相手ではないけど、名前は野々山豪って言うよ」
「野々山くん!どうか私と付き合ってくれませんか?」
「え?どうして初対面の君と付き合わなくちゃいけないの?それに、僕には勿体無いくらいの可愛い可愛い大好きな彼女がいるから、悪いけど、他あたって?じゃあ」
ゆっくりと、だけど確実に矢吹彩の心を抉った男子学生は、のろのろとどこかへ消えていった。
「……どっかで聞いたことある名前なんだよなあ」
「……何、君、もしかしてあのおっそいやつと知り合い?」
「いや、あんなおっそい人と知り合いだったら確実に覚えてる」
「だよねえ」
呑気にそんな会話をしていると、矢吹彩は突然崩れ落ちた。
「………………許さない許さない許さない許さない許さない!皆呪ってやる!私を好きにならないやつなんか苦しんで死んでしまえばいいんだ!」
こいつは自分中心に世界が動くと思ってるのか。
最早追い詰める気にもならなくなったアタシの視界にイケメンが見えた。
「彩!」
「澤くん!澤くんだけは、私を好きでいますよね?!どこにも行かないですよね?!」
「ええ、どこにも行きませんよ。彩が離してくれと言ってもこの手を離しません」
「澤くん………!」
固く抱き締め合う二人を見て、アタシはぶるりと震え腕を擦る。
隣を見ると阿佐も同じような格好をしていた。
アタシたちは目を合わせ頷きあい、そこを離れた。
あんなに寒気を感じたのは初めてかもしれない。
見なければよかった。
こちらに顔を向けていた澤の口元が、「死ぬまで、ずっと、ね」と動くところなんて。
結局、ショッピングをしようと思ったのに、手ぶらで家に帰ろうとしている。
ちらりと横を見ると、無表情で前を向いて歩く阿佐がいる。
いいと言ったのだが、送ると譲らず、狭い通学路を二人で歩くこになってしまった。
そう言えば、こいつには告白紛いなことをされてた。
でも、別にそれが嫌とかでなく、むしろ嬉しかったというか……いやいや、それは別にこいつからだからとかじゃないんだよ、うん。告白なんて滅多にされないからで、でも他のやつだったらって考えると嫌かもなんて
「ねえ」
「はい!」
びくうっと肩を上げたアタシに呆れた顔をしながら、阿佐は「さっきの答えは」と聞いてきた。
「あれで気付かないなんて言わないよねえ?」
「………じゃあ、演技じゃなくて、本当の阿佐の言葉で言ってよ」
目を見開いた阿佐は、すぐににやりとした笑みに変えて言った。
「僕、君のこと、だーいっきらいなんだあ」
アタシは思わず笑ってしまった。
認めようじゃないか。
アタシは好きになってしまった。
「アタシも、阿佐のことが、だーいっきらいだよ!」
どんな嘘より何より、最低最悪な嘘吐き野郎の嘘をね。




