02/ conquest 《日常》
「躍進用意 前へッ!」
エレオノールは風を切り裂き、大気を引き裂くエンジンの咆哮に劣らぬ声量で小隊指揮系に吼えた。
「楔隊形!我に続け!」
『『ya!!』』
周囲の景色が弾かれたように流れる。三機の中ではエレオノールのフレームは
現在のセットアップでは二人のメイルシュトロームCP型(chasseurs Parachutistes、空挺猟兵型の略)に最高速度で劣るが、操縦者の技倆と緩衝性能が優れるため全力走行を行うと自然に隊形が矢印型となった。
隊形の完成を確認し、全機で速度を合わせて爆走する。
森が近づく。
「林内へ突入、周辺警戒を厳にせよ」
森の中は草地とは打って変わって激しい小起伏の連続。
全く減速せず膝と母指球に意識を集中して地形をいなす。
地上戦において魔導兵の駆るフレームは、この動作によって極めて優れた機動性を発揮する。
例えるならば通常の主力戦車と陸戦用フレームではソリとスキーの差が存在する。
陸戦用フレームの最高速は、接地圧さえ十分ならばほぼイコールで路外機動速度なのだ
―――卓越した操縦者が操れば。
警戒しつつ進むがどうやら予想通り森の中にはソルはいないようだ。もうじき森を抜ける。
砲兵へコール
「サラマンダ、ノーム31、射撃要求。256 645へ1分間制圧射撃、知能化砲弾混用、ASAP(可及的速やかに)」
『ノーム31、サラマンダ、受理。256 645へ7秒後より1分間、知能化砲弾混用、制圧射撃を開始する』
早い。メイルシュトロームAP空挺砲戦フレームを装備した試験連隊付き魔導砲兵ならではの圧倒的レスポンスだ。
更に走る、もっと、もっと速く!
より深く沈み込んだ機体の表面を木々の枝が掠める。
『最終弾弾着30秒前、29、28、27―――』
森の端が見えてきた、タイミングはバッチリだ。
HMDの複合センサ画像を拡大する、ソルが拡大された視野内に入る。
「ノームー00、ノーム31、敵を確認。歩兵型2個分隊規模、多脚型5、戦車型4、増強中隊規模」
ケンタウロスのような歩兵型は砲弾で制圧されている、
瘤のような成形炸薬弾を持つ対戦車型も少数しか存在しない。問題なし。
カニのような多脚が5、これも性能で優越するこちらにとって問題ではなかった。
―――戦車型。十数年前より戦線に出現した、統合軍にとっての悪夢。
進化し続けるソルが生み出したずんぐりむっくりした太く短い多数の脚肢を備え長大な角のような射出機を備えたそいつは今や機動性を除けば熟練した戦車兵の駆る第三世代主力戦車に迫る性能を有し、その火力と装甲で強引に人類を食い荒らす。なんとしても仕留めなくては。
「ノーム32、33は多脚をやれ。歩兵は適宜制圧。戦車は僕がやる」
『『ya』』
「ノーム30、突撃用意」
ALSがキャニスターコンテナをランチャー後端へ叩き込む。装填よし……。マスターアームオン、ファイアポジション。
「突撃に―――」
もうすぐ林端―――
『―――6、5、4――弾着、いま』「進めッ!突っ込め!!」
「「「Ruuuuuuu-Shuu!!」」」
三騎の吶喊、同時にクロエが20mm機関砲で8の字形に斉射、歩兵型を榴弾で粉砕する。
クロエの射撃を止めさせようと多脚型がクロエを照準し――突然胴体から炎を吹き出して横転する。
セシールの60mmHEAT-MP-Tによる一撃だ。
前方、制圧射撃から回復した歩兵型が戦車型を支援するように展開し始めた。
「どけッ!」
エレオノールは敵分隊の中へ20メートル程跳躍して突入、XBGM-99先進型近接自己鍛造収束弾を撃った。
機体各所から8発の刺のような飛翔体は全周に同時発射され、高速で空中に数十メートル上昇して外殻を爆裂させ一発辺り12個の子弾を火薬カートリッジの力で射出、散布された子弾はスピンしながら熱線映像センサで獲物を捕らえ、バーニアで姿勢制御し貫徹体射出軸線を目標へ向けて炸薬に起爆。
皿形の金属板を爆圧で高速射出すると共に衝撃で鍛造整形、ハンマーで鍛え上げたように鋭利な貫徹体に整形した鍛造貫徹体を衝撃波とともに撃ち込んだ。
地面が沸騰したように土煙を上げ、残存していた歩兵型が高速の弾頭と爆轟で地面に串刺しに縫い付けられる。
砂塵を抜けると敵も支援は望み薄と悟ったか2体毎に高速走行で散開しつつ包囲機動を行っていた。
上等だ、来い!
「そいつらを抑えておけよ!」
『がってんしょうちッ!』『了解です!』
正面、戦車型2。
被照準警報及びその方向がHMDに表示される(ブザーはオフにしているので警報音は無い)
左、右の順でエレオノールに向かって微弱なレーザーが照射されたのだ。
―――来る。
奴ら(戦車型)はこの照射によって極めて精密に射距離を測定可能なのだ。
試験中隊に所属する技術士官によると、我のYAGレーザ測距と波長こそ違えど同じ原理との事だ。
APFSDS-Tの装填を確認、意識を左の敵と己の脚、エンジン操作部に集中する。
高揚感、感覚が加速される。
発砲!エレオノールは敵を左に見て斜め前だった進路を
右脚を蹴り込む事で強引に捻じ曲げ敵を正面に捉え疾走した。
「いち、―――」パンッ!!
敵砲弾が右を飛びぬける。
地上戦においてソルは、砂塵や大気で効果が減衰し易いレーザーから、体内に蓄えた可燃物をレーザーで起爆、杭状の固体弾を発射する方法へとその攻撃手段を変換した。
特に最新の戦車型の主砲角は、通常型の第3世代戦車の正面装甲やエンチャントした第3.5世代陸戦用フレームの装甲ですら角度によっては破壊する。
1.5秒、約1820メートル。
エレオノールはレティクルを操作し、弾道偏差を織り込んで照準、魔力を集中して撃発した。
FCSが魔力を検知、ソーサリーアンプが整波増幅。HMDにエンチャント・モードのシンボルが点灯。
レティクルの弾道偏差補正値がほぼ完全な直線弾道へ変動する。
魔導加速、戦術出力。
ダンッ!!!
長砲身80mm複合砲のショックウェーブが多重魔法円と
極超音速サウンド・ディスクを貫いて飛翔する弾頭を送り出す。
ほぼ知覚不可能な時差を付けてランチャーの砲身後端に装填された
キャニスターコンテナがカウンターとして後方に爆散する。
装弾筒が離脱し、貫徹体が敵の体表面、正面に命中する。
と同時、敵の砲塔甲殻部が空高く弾け飛んだ。
本来、通常の60mmAPFSDSでは正面撃破は不可能な距離だが、
試作66口径80mm複合砲CN80-66Xの威力とエレオノールの固有魔法
『ガン・バレル』の組み合わせによってこの距離での正面撃破が可能だった。
識域下認識領域拡大による魔素侵蝕、魔力による物理法則の改変。
「……ん…ッくく…」
敵を仕留めたその愉悦から、思わず熱っぽい哄笑が漏れそうになり、すんでのところで堪える。
集中、集中……。
―――1
発砲煙と砂塵を走り抜けると仲間を吹き飛ばされた片割れの一輌が照準を終えて、
こちらを射撃しようとしていた。
エレオノールは冷却装置をカットオフしつつ腰の汎用格納ボックスから中身を入れ替えた薬液気化散布弾を二つ取り出して両手に持ち、それを太腿付近左右の吸気口にピンを抜いて叩き付けた。
ダストブロワから化学繊維とガラスで出来た気化弾弾殻がダイヤモンドダストのように拡散する。
続けて、リヒート(後燃焼装置)燃料投入量をオーバーロード。
直後、スネクマ製M88‐LWエンジンがダイバージェント・コンバージェント式ノズルから青白いショック・ダイヤを吹き出し甲高い悲鳴を上げ、猛烈なパワーを生み出した。
PXの担当士官から調達した酒類を蒸留して自作した高純度エーテルを詰め込んだ気化弾とカットオフされた冷却装置用出力、強制過給タービンへの燃料過剰投入による一時的な出力のブースト。
続いてヴェトロニクスのエアデータセンサの制御信号を強制手動信号鍵でインターセプト。
過度な入力に悲鳴を上げる超電導回路に精確な手動回転数制御をしつつ本来ありえない
超高音なサウンドを響かせて加速疾走。
敵の砲弾が盛大にパワースライドする機体の加速を捉えきれずに後方を飛び過ぎる。
前方に見えた堆土の手前で急制動をかけてジャックナイフ・スラストリバース。
機体を振り回し敵に正対、停止する。
距離は1000、この距離なら精密な測距無しでも戦闘照準で十分中る。
「ブチ貫け」
敵の下端を狙った一撃は綺麗に砲塔甲殻基部に吸い込まれた。
―――2!
レチクルから意識を外し、残る2体を確認する。いた、独立林を隠れ蓑に距離を詰めている。
発見と同時に右のヤツからレーザーが照射された。距離1000以下、躱せない。
エレオノールはとっさにオグメントと火薬ブースト作動、
電磁筋が破断するのも構わず主脚を蹴り込んで敵に対し左に躁向しつつ発砲にタイミングを
合わせて機体ごと急激なピッチアップ
バギンッ!
装甲表層が激しく赤熱して大気中の水分が衝撃波で白い球状蒸気になる。
衝撃音を響かせて敵の砲弾が正面複合装甲に撃角15度で侵徹、
カーボン傾斜装甲層が自ら破損して弾頭の貫徹体を破壊し、
複合構造層が弾着衝撃を熱に変換した。
砕け散った敵の徹甲弾が赤熱しつつ粉々に砕け、上空に飛び散る。
敵の弾道に装甲を傾斜させて相対するように姿勢を変化させつつ
急激な機動で弱点部位への被弾を躱しなんとか停めた。
装甲最終層フレーム骨格部はクラックも剥離もしなかったようだ。
防ぎ切れなかった衝撃の余波で遠のきかける意識の手綱を何とか操り左のヤツからは死角になるよう堆土の影に入り、ぼやける視界で敵を捉え、機関銃で敵を撃つ。
ドココココココッ!と重くも小気味良い連射音を響かせ、12.7mm曳光徹甲焼夷弾を敵に導く。
敵が機銃弾を弾くのを確認して火器変更、そのまま発砲する。
―――この距離ならば、砲とアドオンされた機銃の弾道は殆ど同じだ。
命中………仕留め損ねた!?
だが深刻な損害は与えたようで、その敵は有視界内から離脱していった。
やっとで回復した視界と意識で最後の1輌を探す――――――いない?
否、後ろ!
エレオノールが振り向き、堆土の方を向くとほぼ同時にそいつは堆土を乗り越え、
一気に圧し掛かって来た。
「MERDE!」潰す気か!!
砲を向けるが、敵の砲身がそれを押さえ込むようにぶつけられる。
精密な砲制御アクチュエーターを保護するため、ノーバック機構(外力遮断装置)が作動し、
腕部倍力装置と腕力、主脚のみで抗さなければならなくなった。
右脚でそいつの腹を抑えどうにか支えるが、
60tを優に超える暴力的な質量が容赦なくエレオノールに襲い掛かる。
自身の腕まで使って支えてしまった以上キャノピを閉じるわけにもいかない
「ウグルルルルルルル………!!」
口から無意識に猛獣のような唸りが漏れる、
グルルルルルルルル、とシンクロするようにM88‐LWエンジンも過負荷に唸りをあげた。
構造骨格が軋む。耐用限界を超えた負荷に異常な過熱が始まっている。
長砲身が災いして砲を指向する事も出来ない。
近接防御用の自己鍛造収束弾もさっき使って即用弾がない。
腹に響く重低音。
唸るような射撃音が鳴り、圧し掛かっていた戦車型がびくりと引き攣る。
エレオノールが腰溜めで構えたG11Kウェポンシステムがボルトオープンし煙を吐く。
「HA!!」
闘争本能剥き出しの笑みを浮かべ、吐き捨てるように笑う。
―――この距離なら、個人兵装で腹部甲殻くらい貫けるのさ、僕はなッ!
「GAAAAAAAhhhhhhhhh!!」
咆哮。
全力で吼え、フレームの両脚部を回転させるような蹴りを
背面装甲と1対のエンジン内装補助脚を軸にして繰り出した。
戦車型の腹部甲殻ごと内部の臓器とコアを粉々に粉砕。
夥しい量の朱い体液が水風船を叩き割ったかのように機体全体に降り注ぐ。
―――3!!
奴はどこだ?!ソルの再生能力ならば、もうじき修復してきてもおかしくない。
ちくしょう、出力が殆ど上がらない。過熱か。アンプもダウン寸前だ。
おまけに足元は軟弱な泥炭。
今の出力じゃあ満足に動くことも出来やしない。
徐々に風化しつつある死骸を押しのけながら周囲を索敵する。
捉えた。
嘲笑するように真正面からだく足の歩行音と電磁ノイズが聞こえる。
こちらの状況を知ってるわけでもあるまいに。
―――どうする、待ち伏せしかない。だがここは先刻知られている。
◆
単色と極彩色の濃淡で彩られた視界の中、日向の草葉が明るく映っていた。
先ほどの敵は、どうやら味方と戦いそれを屠ったようだ。
今は姿が見えない。だが、移動に支障がある筈で
しかもその虹色のゆらぎははっきりと視えていた。
その場所に向かって砲角から貫徹針を射出する。
反応はない。
近付いて確認することにする。
そこには、ちろちろと燃える粒状の物体が
3
バギンッ!!
極至近距離から叩き込まれた砲弾で、最後の戦車型ソルは一撃で全機能を喪失した。
先程いた場所から約400メートル離れた地点から放たれた一撃で。
「……この僕が、アンプがくたばった程度で擱座すると思ったか?」
エンジンを敢えてカット、燃料電池直結回路による電力のみでここまで数10tあるフレームごと移動したのだ。
ソーサリーアンプによるエンチャント無しでフレームを動かそうとした場合、その構造骨格は過酷な応力に悲鳴を上げ、ごく短時間しか動くことが出来ない。
というよりも、フレームという構造物そのものが魔導兵の補助を前提にした構造なのだ、普通に動かそうとするとしなやかで軽量な骨格構造材は設計上想定外方向応力に弱い。
仮にこれを普通に常人が使える強度にすると重すぎて機動性をなくすので意味がなく、通常の主力戦車の方が良いという話になる。
逆に考えれば、応力の流れを考慮して己が身のように繊細に操作すれば短時間の戦闘機動も可能である。
あくまで理屈の上では、だが。
エレオノールはその辺から掻き集めた草木の団子と林から這い出し、極めて慎重に元の場所へと戻った。
そこではキャニスターコンテナから取り出したキャノンパウダーと有線通信ケーブルでぐるぐる巻きにした非常電荷用熱電池がゆっくり、しかし強く燃えていた。
最新の戦車型ソルはどうやらサーマルだけでなく、ミリ波長で物を視ている可能性がある、とはやたらめったら夜戦で負け続けた末、技術士官が出した憶測に近い予想だったが、どうやら当たりのようだ。
エレオノールはこんな形で新戦術を実践したくはなかったけどな、と苦笑しながらそれを眺めた。
「こっちは全部やったぞ。セシール、クロエ、そっちはどうだ?」
『排除完了♪』『損害、なしです』
無線からすぐさま返事が聞こえる。
マクロピクチャーを確認し、戦闘が人類の勝利に終わったことを確認した。
「ノーム00、ノーム31、敵増強中隊を撃破、なおノーム31は小破、DSの支援を要請する」
『ノーム31、ノーム00、了解。
オールノーム、これをもって状況終了とする。
お疲れ様……怪我はないの、エリー?』
ベアトリス少佐の労いつつも気遣わしげな声を聞いて少し笑い、ふっと表情を引き締め
「人員に異常なし、統合軍の被害はどうですか?」
『前線で重軽傷が30名ほど出たけど、ウチのメディカルソーサレスが手当てしてる。大丈夫よ。
KIA、MIAは共にゼロ』
「すばらしい」
思わず安堵の息が出そうになった。敵小隊があのまま浸透して後方を攻撃していたら、きっと膨大な死傷者が出ていたことだろう。
最悪、戦線が崩れていたかも。
―――やはり今日は運が良かった。
「ダイレクトサポート、ノーム31、現在地は地形が悪い。自力で道路まで離脱を図る。
合流予定30分後で頼む」
『ノーム31、ダイレクトサポート了解』
少し時間に遊びを作って申請した。センパイもこんなことでは怒るまい。
「お前ら、先に行ってていいぞ。僕は少しかかりそうだから」
『りょうかぁ~い』『それでは……お先に失礼します』
エレオノールは関節をロックし待機状態にしたフレームから這い出し、『NO STEP』表記部分を踏まないように慎重に砲ユニット部の支持架構造骨格に腰掛けた。
頭胸部一体装甲とキャノピ、装甲化ジャケットを脱ぎ、空軍規格にも準拠した難燃性の機甲猟兵ツナギを肌蹴て腰に縛る。
ようやく人心地つき、温まりだしたばかりでまだまだ冷たい空気が汗に濡れた体に心地よかった。
すぅっ……と息を吸う
何となくそんな気分だったから
少しかすれた綺麗な高音で
Mon petit oiseau
A pris sa vole
Mon petit oiseau
A pris sa vole
A pris sa, a la volette
A pris sa, a la volette
A pris sa vole
何とはなしに癖のように口ずさむ歌、子供の歌。
それから少し、興が乗ってきたのでほかにも何曲か歌い、
伸びやかな、でも掠れるようなソプラノで歌い終えてから少しだけむせた。
一人なのになんだか気まずいような気分を散らそうと煙草を探しポケットを弄り、代わりに出てきたロリポップ(棒付きキャンディ)を意表を突かれたような目で見、
「っあ゛~~………やっぱ調子悪い。禁煙してもすぐは良くならんのかねぇ……」
と誰にともなく照れたようにぼやきつつ咥え、喉を撫でた。禁煙忘れてなんていないですよ、っと。
そして立ち上がり、ゴキゴキッと背筋を鳴らして伸びをしてから
「さって、そろそろ道路までこのかわい子チャンを連れてきますか……」
愛機を起動した。