10/ decode 《術式解析》
晴天。後部ドライデッキ上部装甲外殻のみ開放して航行するたいほうの飛行甲板は、満月の月光が降り注いでいた。
完全にくたばった龍華を両側から支えて引きずろう………として無理だったので二人で神輿のように仰向けに肩に担ぎ、そのまま医務室まで運んだ後(通る先中で見られまくっていた。龍華め、いい気味だ)エレオノールは一人で後部甲板に戻り、ひたすら魔力制御の練習をした。
ガレリア陸軍携行糧食(皇国の缶飯は食い物ではない。あれは投擲武器だ)のクラッカーとディップ、ペットボトルの水で疲れを癒しながら、課業と当直を終えてから夜中までずっと。
「ふうううううぅ、はああああああぁ………」
アンプが稼働する甲高いノイズが耳に入り、感覚がアクセルされる。
首元のインジゲーターが赤く明滅する。
途方も無い加速感、体が燐光を纏う。
世界は僕のものだ。そんな気分になってくる。どうにかやっと完成した。フィジカルバーストと違い感覚加速に重きを置いた魔導式、フィジカルアクセルと呼ぶことにする。
本当は龍華の家の流派の名前が付いた肉体躁法らしい。皇国古語の奥義の名は長くて覚えられなかった。
どのみち、龍華ほど完璧じゃないし、亜流だろう。僕の本来の魔導式とも混じっている。
固有魔法、という程希少でも強力でもない。
G11Kを構える、少し崩れたウィーバー・スタンス。
ガンバレルを………魔導加速…最大出―――
ズキン、と頭が痛む。
「くうぅ……!」
側頭部が締め付けるように痛む。チョーカが激しく発光し視界にも魔素制御異常の警告が浮かび上がる。
纏っていた燐光が霧散し、途端に頭が冷える。スタンスが整う。
警告が解除され、魔導式が発動する。
本来の固有魔法、ガンバレルが遅れて生成。
魔導加速、最大出力。
───同時使用は無理か。
ならば、
………、甲高いノイズ。
フィジカルアクセル。
デコード、魔素再配列。燐光が霧散せず待機状態を経て魔導回路に従い形を変性凝集、ガンバレルの魔導式を形成する。
魔導加速、最大出力。
「―――よし!」
ガンバレルの最大出力は、フレームの大規模増幅が可能なソーサリー・アンプによる整波増幅支援が無い生身だと約0.7秒かかる上、同時に肉体強化を殆ど行えなかった。
それが最大のネックだった。
このやり方だと、タイムラグはほぼ無し。
しかも撃つ寸前まで今までとは全く違う加速精度で肉体を、というより敏捷性を強化できる。
膂力は今までと比べ向上しなかった。むしろその点では、効率が低下している。
そもそも龍華とは地力が違う、というより陣流寺の奥義はあの極限まで鍛え上げた膂力との組み合わせが前提なのだろう。
今度はこのデコードから別術式へのスイッチを練習する。
まずは、立ち止まって。次に、動きながら。
最後に、全力の躍動から。
―――これならば。
◆
―――ちき、ちき、ちき、ちき、かちり。
ガントレットを嵌めた手で、最後の弾薬スタックに、DM23有翼電磁加速徹甲弾を噛み込ませる。
可変兵装架の予備弾薬倉に―――
ピピピッピピピッピピピッ!
腕に取り付けたコミュリングがアラームを鳴らす。午語11時、30分。
―――格納する。
時間だ。
振り返る。
杖を、睨む。
◆
ゴツ、ゴツ、ゴツ―――
空軍規格に共通準拠する、メテオールにも対応した陸軍機甲猟兵用の装甲ブーツ、使い込まれグレーの塗装がところどころ剥げた装甲、底面の硬質ラバーと小型サスペンションが地面を踏みしめる硬質な音。
それを高らかに踏み鳴らし、凱旋するようにマーチする。
杖のロケットモーターを低温起動。
装甲化ジャケットの装甲化キャノピを閉じる。
装甲外殻の上半分が開いたドライデッキ。
そこは、完全に水没させて小型潜水艇や、或いは水陸戦に対応した車両やヴェトロフレーム、入港すれば資材を埠頭に昇降する場所だ。
この艦の艦橋はステルス性を向上させるために極端に低く、
滑らかな開閉式複合装甲殻で構造物がフルカバードされているため、
外観だけで見るとまるで太った鯱のような弾道ミサイル潜水艦のようだ。
当然、海面を見ようとした場合、艦橋からの視界はとても悪く、ワッチは視界を確保するため、艦橋ではなく艦の端、左右両舷に専用のオブザベーション・スポンソンがあり、そこから両舷を監視する。
艦首は艦橋が、艦尾はここ、ドライデッキの見張り台から監視するのだが、デッキ内の格納庫には当直から見えない位置がある。
当直が12倍望遠鏡を覗きこんだ瞬間、杖のエンジンを一瞬吹かして低く最小限の出力で飛び出し、滑るように遠ざかる。