09/ armwrestling 《練成》
たいほうの一般食堂で(本来規則違反だが、士官食堂は肩が凝るから嫌いだ)食事を摂っていると、向かいにでかい奴がどかりと座った。
「ここ、いいか。エレオノール」
「もう座ってるだろ、龍華」
身長190センチを優に超える逞しくもメリハリのある長身で野性味溢れる美女、陣流寺2尉がそれを受けて呵呵大笑する。
「っはっはっは!!!それもそうだ!エレオノール!俺としたことが一本取られたよ!」
「………お前、僕が言うのもなんだけどもうちょっと女らしくしたほうがいいよ……」
少しきょとんとしてから、龍華は実にセクシーで男前な笑みを浮かべ
「そんなことは無い。お前は可愛いぞ、エレオノール。お前の作るガレリア料理なら毎日食べたっていい。俺のところに来い」
などとぬかした。
「ゴふッ!!」
フいてしまった。
MERDE!ああ、顔どころか耳と首まで熱い。
「畜生!このばか!そういうのは!……えーと、そ、その!!決めた相手に、ってお前女だろうが!!」
「問題ないさ」「大ありだばか!」
落ち着け、落ち着くのだエレオノール・べネックス猟兵中尉。
ガレリア猟兵は敵を前にうろたえてはならない。
「ふうぅうう、はぁあ……」
「俺の子が生まれるのか!?」「おまえちょっとだまれよッ!?」
拳で机を強打してしまった。
「はっはっは!エレオノールは愛いなぁ」
動じてねぇし!
コイツの場合僕が本気で撃ってもぴんぴんしてそうだ。
周囲はドン引きで砲弾・破片を防護出来るモノの陰に隠れていた(僕の駆る銃器火砲の絶大な威力は良く知られている)
「………で、何の用だよ、わざわざ」
「おう、それよ。そうなのだ。エレオノール」
龍華が笑みを浮かべて瞑目し、腕組みをして大きな掌でごっしごっしと顎をしごく。いちいち男前な龍華であった。
何でこんな奴が僕より胸大きいんだ。
(というか、爆乳だった。現に今もその機雷のような胸が組んだ腕に強調されていた。
貌も、漢らしい所作で間違えがちだが、とても陽ノ撫子だ)
───僕の胸は別に小さくない。明言しておく。
眼を開き、凛々しくこちらをまっすぐ見つめる。
「肉体強化系魔導式を教授して欲しい、という事だったな?」
………まじめな用件だった。その話か(切り出し方まで格好良かった)
「……うん、頼めるかな」
「一晩で」
兵装架、展開。ローディングサーボ作動。初弾が薬室に「いいぞ」
「くッこっ………!」
この野郎! 野郎じゃないけど!
本当に撃ってやろうか、エレオノールが真面目に検討し始めたとき。
「ま、今回はツケておいてやる」
「…………ありがとう……?」
何か引っかかるが、とりあえず教えてくれるようだ。
エレオノールもフィジカルバーストは戦闘間・日常問わずに必要とあらばしているが、陣流寺の家に伝わる秘伝のそれは次元が異なる。
エレオノールのそれはナノマシン適合性に頼った雑なそれだ。地獄のような第二次ガレリア解放戦線、北部アフリカ、中東の熱砂で生き抜くために必死で身につけた乱雑な魔導式。
「ああ。というわけで、手を出せ、エレオノール」
そう言うと、龍華はおもむろに右腕を腕捲りして、卓の上に肘を乗せて、直角に構えた。
「アーム………レスリング?…これで体得することが出来るのか?」
「いや?適当だ」
……………いちいち突っ込んでは負けだ、エレオノール。
兎も角、エレオノールも腕捲りをして、龍華の掌を握った(あ…龍華の手、大き………っておい)
「では、往くぞ。この状態なら、霊子の流れが直截的に感じられるだろう。
俺の霊子制御を感じて、そのままそれをやるんだ。」
「うん」どうやら、真面目な修行になってきた。
「よし」龍華が笑い、その体躯が燐光に包まれる。
凄い。
魔素が、彼女の言う霊子が血流に乗って力の根源たる心臓から、龍華の全身の魔導回路に満ちていく。
それを感じる。
魔導の力は、血である。そして、その根源は心臓だ。
別に、血液を作っているのが骨髄であるだとか、血を蓄えるのは肝臓だなどという医学的事実を知らない魔導師はいないだろう。魔導師はイコールで軍人だ。
傷病に対する応急処置の知識くらい誰だって持っている。
だが、『そう信じる』、その想いが、力の根源となる。『魔導師の血の根源は心臓である』というルール、『血こそ魔力である』という、真実が、単なる事実とは別に存在するのだ。
幾星霜のあいだ、数多の魔導師の信じてきた、これからも信じるルールが。
「……」
エレオノールの体も、燐光に包まれる。
最初は不器用に。次第に、しっかりと。
いつの間にか、周りにはギャラリーが人の輪を作って、固唾を呑んでその瞬間を待っていた。
そこから一人、進み出てくる。
「わたしがジャッジをしてあげましょう」ライヒスベルグ訛りの言葉が放たれる。
ヘレーナ=ヴィルヘルミーネ・フォン・シュニッツラー少佐だ。仮称666機関のナンバー2。
トップがあの涼である。みんなのお母さん役としてこの愚連隊を纏めている彼女の苦労は計り知れないであろう。
同情に余りある、とは、言えなかった。エレオノールとて自分が、原隊のベアトリス少佐と利害が一致していたとはいえ、
涼が手ずから引き抜きにガレリアくんだりまで直接足を運んでヘッドハントした『逸』材であると自覚している。
しかしあいつ、どこで僕のスクール、他国の(魔導兵は国家の重要な戦略的軍事力だ、そのデータは厳重に秘匿される)
それも幼年学校時代の兵科適性資料やら成績なんて手に入れたんだ………?
まぁ……大方それもまた、『私は出雲だぞ』で済ますな。便利だな、出雲。
まぁかわいそうな人である。ヘレーナ少佐。
「……え、エレオノールさん?何でかわいそうな人を見る目をするのかしら……?」
「申し訳ありません少佐、お願いできますか」
「え、ええ……否定してくれないのね…」
「俺も構わんぞ」
何でお前はそんな偉そうなんだ龍華。僕と同じ中尉でしかも僕のほうが先任な位なのに(涼は、話が別だ)
「お礼に後で夜食でも作ります」
「あら、いいわねお願い」
花が咲いたように微笑む少佐。彼女は美食家なのだ。腕が鳴るなぁ、何作ろ。
「おお、そりゃいいなエレオノール、俺は」「お前には作らないぞ」
…………くっ、捨てられた犬みたいな顔すんな……!!
「…わかったよ」merde,また負けた……。「おう!愛してるぞ!」
「なッ?!」「お前の料理を」にやり、とドヤ顔をする龍華。
じゃねぇ!この野郎……!!(野郎じゃないけど…………多分)
「は…はじめていいかしら……?」
「お願いします」「頼む」
「では………レディ・G「 墳 ッ ! 」
「ぅあうっ!」
瞬殺だった。何だ墳て。
「………………」
少佐を見ろ、龍華。たいそう引いていらっしゃるぞ。
周囲は、人の輪が数メートル半径を広げていた。
「さ、次だ。 肝…霊子を練れ、エレオノール」
お前一瞬『肝練れ』って言おうとしたよね。
「……ああ」体躯の隅々まで、魔素を充ち渡らせる。
もっと。さっきより強く。
―――あいつより、強く…!
「……いい霊子だ」
龍華が笑う。
「少佐、お願いします」
「…………ええ」
「では…………レディ・「 剄 ッ !! 」「きゃうッ!」
………少々女々しい声が出てしまったようだな。さあ次だ。
「…少佐」
「はい」
少佐が小さく見えた。
心の中でガレリア共和国猟兵突撃行軍歌(1番)を歌った。
「レデ「GAAhhhhhhhhhhh!!」「ヌうぅッ?!」
フライングしてみた。
いい勝負だ、今度こそ………!!
これが………龍華の見ている世界。
なんというアクセル感、全能感、たまらないッ!
周囲のギャラリーもやっとでお目にかかれたお楽しみに大いに沸き立つ。
口笛が、囃し立てる声が、足踏みが!総てが手に取るように感じ取れる!!
「その表情ッ!!見えたようだなッ!エレオノールッ!」
「ああッ?!どんな表情だって?!」
「恍惚に火照る美しい表情だ!!」
メメタァ!!
僕は上半身ごと食堂のテーブルに叩きつけられていた。
ドグチア!
妙な破壊音とともにテーブルが壊れる。
ええと。僕、公開リンチされてるのかな、これ。
エレオノールの上気した肢体が、無防備にもテーブルの上に仰向けで投げ出されていた。
「……お前…………美しいな」龍華がそこに覆い被さって来る。唇が―――
あ、違うこれ公開レ○プだ。
「ってうまくいくと思うのかゴルゥア!」「ごッふぅ!?」
膝を鳩尾に叩き込んで右脚で絡め取るようにマウントからスイープ、
馬乗りになってとうとう抜いたG11Kを突きつけた。魔導加速、減衰出力、死なない程度に。
エロモードに入った龍華は隙だらけだった。
「…お前が上か、それもまた」「落ちろ」
減衰したスタン弾を首筋に8発打ち込んで落とした。
「………少佐、医務室まで、運ぶの、手伝って、ください」
息も絶え絶えだった。
「…………」
床にへたり込んでいた少佐が、まるで何かの事件に巻き込まれた哀れな女の子のようにコクリと小さく肯く。
突如始まった第二のお楽しみを見ていたら急激な展開に置き去りにされて
阿呆のような顔をしていた周囲のタコスケ共を威嚇しつつ猟兵流の言葉遣いで解散していただいた。
『(意訳)さあみなさま?これでイベントは終わりになりましたわ、
どうかこちらをそんなじろじろと見たりなさらずに、それぞれの仕事に戻ってくださる?』
って感じで。