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しばらく歩いて、3人は施設の最奥部と思われる場所に辿り着いた。途中にはどこかで見たことのあるアクリルケースがあり、中には青緑色の液体が満たされていた。しかし、その中に人の形をしたものは入っていなかった。
最後の扉を開けたとき、るうかはひっと息を呑む。そこはこれまでに覗いてきたどの部屋よりも広く、そしていくつものアクリルケースが整然と並んでいた。機械の作動音が聞こえ、壁に取り付けられたランプが何かを示すように明滅している。その下には何かの操作パネルのようなものもある。
るうかはそれらから目を逸らし、改めて並ぶアクリルケースを見た。これまでに見たそれと違い、円筒形のケースの中には青緑色の液体の他にゆらりと浮かぶ人影がある。柔らかな曲線でできた肢体、長く伸びた髪。じっと目を閉じて眠っているかのように見えるその人影はその部屋にあるアクリルケースの全てに存在していた。それらはそれぞれがまるで同じで、そして何よりもるうか自身に瓜二つの姿をしているのだった。
そう。阿也乃はここでるうかの細胞から何人もの勇者を作り出そうとしていたのだ。
「……まさか、こういうものに出くわすとはな」
頼成が複雑な眼差しで“るうか”達を見つめる。アクリルケースの中にたゆたう彼女達は皆裸だが、彼はそのようなことには頓着していないようだ。どこか遠くを見つめるような彼の瞳に、るうかは1年近く前のことを思い出す。
この夢の世界で目覚める前、るうかは夜に見る夢の中で頼成の声を聞いていた。
『せっかく同じ夜にいるのに、会えないのは少し寂しいな』
『でも会えないならそれに越したことはないか。まぁもし会えたら、その時は』
今にして思えばその声がるうかの目覚めを促していたことは間違いない。もしも頼成の呼びかけがなかったなら、るうかは今もまだアクリルケースの中で眠っていたのかもしれない。ここにいる彼女達のように。
3人はしばらくその光景を見つめていたが、やがて佐羽がそっと口を開く。
「ねぇ、どうしようか。るうかちゃん……この子達、このままにしておいたらきっといずれ勇者として目を覚ますよ」
機械はどうやら正常に作動しているようだ。阿也乃がいなくとも自動的に勇者は生まれる。そして“天敵”を倒すための切り札として機能する。この世界をフィールドとしていた阿也乃がその仕組みを残していたということは理に適っている。
「るうかちゃん……俺は、正直なところを言うと、もう君を……君の姿をした人間がああなるところを見たくないな」
佐羽は困ったような微笑みを浮かべながらそんなことを言った。彼の言わんとしていることはるうかにも分かる。一度“天敵”となった人間の体細胞から作られ、聖者の血によって強靭な生命として培養されたクローン体。それが勇者と呼ばれる者の正体だ。彼らは頑強な肉体と“天敵”の身体を砕く怪力を持つ代わりに寿命がとても短く、せいぜい4・5年で“天敵”へと変貌して自壊する。強力な駒である分、身体にかかる負担も大きいのだろう。身体が完成するより早く目を覚ましたるうかは、およそ半年でその道を辿った。佐羽はその時の悲惨な光景をよく覚えているのだろう。
一方頼成は並ぶるうか達を横目にるうかを見やり、佐羽とは全く違うことを言う。
「るうか。一応言っておくがこの子らはあんたじゃねぇ。俺が仕留めた“槍昔頼成”や佐羽を襲った“サワネ”みたいなもので、現実を生きるあんたと繋がることはねぇ。いくらクローンっていってもただの別人で、勇者だ。そこんとこは理解できているか?」
はい、とるうかは深く頷く。佐羽にはどうしようかと問われたが、るうかは彼女達を見たときにすでに決めていた。
「ここはこのままにしておきましょう。柚木さんがいなくなって、神殿もあまり機能していなくて、このままじゃこの世界に前より多くの“天敵”が出てくるかもしれません。そうなったら勇者は1人でも多くいた方がいいです。この子達が目を覚ましたら、きっと人々を守ってくれます」
「……るうかちゃん」
佐羽が悲愴な目の色をしてるうかを見る。彼の気持ちはるうかにとっても嬉しいが、しかし彼女はこの意見を曲げるつもりなどなかった。
「ごめんなさい、落石さん。ひどいものを見せてしまったことは謝ります。でも……私の身体からできたものですから、私の好きにさせてください」
「君も見るかもしれないよ。自分と同じ姿をした子が“天敵”になって、その肉が腐って崩れて粉々になるのを。それでもいいの?」
「悲しい、と思います。もしかしたらしばらくうなされるかもしれませんね」
るうかは答え、苦笑する。いくらるうかでも自分がそのような死に方をするところを積極的に見たいとは思わない。ただ、彼女にはここにいる勇者候補の“るうか”達に託したい願いが芽生えていたのだ。
「私は……無力です。治癒術は少し使えますけど、それだけです。落石さんに呪いをかけてもらえば石化と引き換えに安全な治癒術を使えるかも、と考えたこともありました。でもそれじゃあ悲しいだけです」
頼成は黙って、佐羽は何かを言いたそうにしながらるうかの話を聞いている。るうかはそんな2人に目をやりながら少しだけはにかんで続ける。
「勇者だった頃、私には守れるものがありました。たとえ悲惨な最期でも、何かを守れたことは今でも私にとって誇らしいです。……無責任なのかもしれませんけど、私はこの子達にもそうあってほしい。生まれて、生きて、自分の意思で戦って……守りたいものを守れる力を存分に使って、そして最期までそれを貫いてほしいんです」
「確かに、無責任な話だな」
頼成が肩をすくめ、苦笑混じりに言う。るうかは困ったように笑いながら彼の視線と言葉を受け止めた。
「はい」
「無責任だし、自分勝手だ」
「そうですね」
「目を覚ました“るうか”達があんたの願い通りに動くとは限らねぇぞ。どこかの誰かみたいに生まれを疎んで世間を憎むかもしれない。自分がクローンだと知ればオリジナルのあんたを潰したくなるかもしれない。どうして自分ばかり苦しい思いをして戦わなくちゃならないんだとあんたを責めるかもしれない。約束された悲惨な死から一時でも目を逸らそうとすれば、勇者といえどとんだ暴走をしでかしかねない」
「そう思いますか?」
るうかは笑って頼成を見つめる。
「3年前に湖澄さんを助けようとした無謀な治癒術師の女の子の細胞からできた勇者が、そんなことをすると思いますか?」
「……」
「無理だと気付いていても、自分が“天敵”になりつつあると分かっていても諦めなかった馬鹿な子です。できることをしないではいられなかった魂です。私は、この子達を信じます」
るうかは想像する。彼女自身とそっくり同じ姿をした幾人もの勇者がこの世界に生きて、悲しい“天敵”をその怪力をもって屠っていくことを。そして彼女達もいずれ“天敵”へと還って死ぬ。くるりくるりと綺麗に回る、その因果がるうかを楽しくさせる。身勝手な妄想でも、それでるうかの無力感は少しだけ軽くなるのだ。
「私だって、もしこれが自分じゃなかったら違うことを言いますよ」
そう言ったるうかに対して頼成は降参だというように両手を挙げる。佐羽はまだ何か言いたそうに俯いて小さく口先を尖らせていたが、結局何も言うことはなかった。そして3人はアクリルケースの中の“るうか”達をそのままに部屋を出る。
「……」
最後に一度だけ、るうかは彼女達の方を振り返った。静かに目を閉じて眠る少女達に何を期待しているのか、正直なところはるうかにも分からない。勇者として生きてほしいと思う反面、このまま目覚めることなく眠っていてほしいとも思う。頼成達にはああ言ったものの、それが全てではない。
しかし、それでもるうかは願う。
「私にできないことを、して。できることならたくさんの人を助けて」
でも、とるうかは小さな声で付け加える。
「でももしあなた達がそうじゃない生き方をしたいと思ったなら、そのときは自由にしていいよ。それも私がこの世界でできなかったことのひとつだから」
そしてるうかは今度こそアクリルケースの中の彼女達に背を向け、重い扉を閉めた。薄い闇に閉ざされた部屋の中で機械が小さく唸りを上げる。ぴぴ、と微かな音が聞こえた。扉の開け閉めによって何か自動的に作動する機構があったのだろうか。るうかには分からないし、知る必要も恐らくはないのだろう。
るうかは廊下の先で待っていた頼成達の元へと駆けていく。
その背後、閉ざされた扉の向こう側でアクリルケースに繋がる機械達がぴー……と長く高い音を奏で、やがて沈黙した。
執筆日2014/08/25




