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同じ夜の夢は覚めない 5  作者: 雪山ユウグレ
第10話 同じ夜の夢が覚めても
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2

 それから幾日か過ぎたある夜、るうかは旧柚木阿也乃邸、現落石佐羽宅のエレベーターを使って佐羽と共に向こうの世界へと赴いた。今も生活のほとんどの時間を向こうでの活動に充てている頼成から呼び出しがあったのだ。佐羽の魔王としての力を借りたいというのだから何か緊急事態が発生したのだろう。るうかも佐羽も迷うことなく世界の境界を越えた。

「よう」

 夜明け前の世界、ウォム・ボランの地下塔にある阿也乃の部屋だった場所で頼成が2人を待っていた。彼も休みの日には何度も世界を行き来して用事を済ませたり、るうかと共にいる時間を作ってくれている。それでもやはり彼の心はこちらの世界にあるようで、街を歩いていてもどこか現実味の薄い様子をしているのだった。だからるうかはかえってこちらの世界で頼成に会う方が落ち着く。

「頼成、何があったの?」

 佐羽はその部屋に置いてあるこの世界の服に着替えながら頼成へと問い掛ける。るうかもまた、彼らからは見えない位置で着替えを済ませた。

 頼成によると、イリガミスルクという比較的大きな町で大規模な“天敵”の発生があったらしい。あった、ということはすでに事態は収束しているのだが、どうにも腑に落ちない点があるために調べてほしいと依頼を受けたのだという。

「依頼、ってことは輝名(かぐな)だね」

 佐羽が頷きながらそう言うと頼成も「ああ」と同じように頷きを返す。輝名もまた、頼成と同様にこちらの世界での仕事をこなしながら生活していた。3月に無事高校を卒業した輝名は進学することなくこちらに居を移したのである。ただ、世界情勢が落ち着きを取り戻せば向こうに戻って大学に通う心積もりらしい。

 アッシュナークの大神殿はテロによって壊滅的な被害を受けたものの、輝名を中心とした自治組織が大神殿の仕事を行うことで安定した状態を保っているのだという。神殿には治癒術師や賢者に祝福を授ける他に、各地に出現する“天敵”への対処という仕事もある。しかし一度崩壊した体制を隅々まで復旧させるにはまだ時間が必要で、地方の神殿の中にはまだその機能を取り戻すことができずにいるところも多いらしい。そのような場所で何か緊急の事案が発生すると、輝名から頼成へと依頼が届くようになっていた。

「腑に落ちない……って、具体的にどういうことなんでしょう」

 るうかが言うと、頼成は少しだけ暗い目をした。

「どうも蝶が目撃されたみたいだ。あの黒い蝶がな」

「そんな……」

 黒い蝶。それはるうかにとっても忌まわしく、また頼成にとっては罪の意識を呼び起こさせるものだ。人間を“天敵”へと変えてしまう鱗粉を持つ蝶がまだこの世界に残っていたというのか。

「まぁまだ噂でしかねぇが、だからこそ確かめる必要がある。もしもテロリストの残党がいるとして、蝶を量産でもされたら敵わねぇ。いざとなったら佐羽、頼んだぞ」

「オッケー、任せておいて。ところで、そんな危険な仕事にるうかちゃんまで呼んだのはどうして?」

 佐羽がちらりと頼成を睨みながら尋ねる。確かに、今のるうかには治癒術の心得はあっても勇者の怪力はない。治癒術であれば聖者である頼成の方が安全で確実に使いこなすことができ、はっきり言ってしまえばるうかの出る幕はない。しかし頼成はこともなげに言い放つ。

「そんなもん、るうかがいた方が気合いが入るからに決まってるだろうが」

「……頼成……」

「いや、まぁとにかく何でも理由をつけて会いたかったってだけですがね。るうか、心配するな。もし何かあっても俺が守る」

 頼成はそう言ってるうかへと優しい笑みを向ける。この数ヵ月の間に彼はどこかたくましくなった。いや、元々随分とたくましい身体つきをしていた彼ではあるのだが、以前はその大きな身体にわずかな棘のような心細さを滲ませていることがあったのだ。それが何から来ていた感情なのか、るうかにははっきりとは分からない。しかし頼成がるうかの世界に残された“槍昔頼成”を殺したと知ったときに少しだけ納得できた気がした。彼はそれを為すことのできる彼自身に後ろめたさのようなものを感じて生きてきたのではないだろうか。以前彼は佐羽を助けるために多くの人間を銃で撃ち殺したことがあった。そういうことを平気で実行できてしまう自分に対して彼は少なからず嫌悪を抱いているように見えた。

 しかしるうかはそうと知ってなお、彼の傍を離れようとは欠片も思わなかったのだ。そういう面から言えばるうかもまた彼と同じように罪深いのかもしれない。それでも、失いたくないもののために手を汚した彼を、そしてそのことに傷付きながら生きる彼を抱き締めていたかった。

「はぁ……まぁいいけど。余裕だね、頼成」

「お前がいるからだ、佐羽」

「……そうやって頼りにしてくれるのは素直に嬉しいんだけどさ」

 佐羽はほんの少しだけ頬を赤らめながら小さく口先を尖らせ、「嬉しいけど、さぁ」とぶつぶつ文句を言っている。頼成は苦笑いで彼の頭をわしっと掴んだ。

「ほら、準備できたら行くぞ。できれば夜が明ける前に片を付けちまいたい」

「ちょっと、やめてよ。髪が乱れるじゃない!」

「お前は女子か」

 じゃれ合う2人はまるで年の近い兄弟のようだ。るうかはそんな彼らの後ろ姿を見て忍び笑いを漏らしながら、その後を追って外に出た。

 月のない星空の下、頼成がお馴染みの転移魔法を展開してるうか達をイリガミスルクの町へと運ぶ。そこは石造りの家々が目立つ、堅牢そうな町だった。元は神殿があったのだが、神官のなり手がいなくなったために閉鎖されて久しいのだという。輝名はそこに新しく神官を派遣しようと計画していたらしいのだが、その矢先に今回の事件が起きた。

「元々この町は“天敵”の発生が多かったらしい。それで神官達もあまり来たがらない場所だったんだそうだ」

「それで家を頑丈にしてとにかく立てこもる方向に発展していったってわけ? ふぅん……それと今回の蝶の件と、ひょっとしたら関係があるかもしれないね」

 佐羽の言葉にるうかはえっと彼に顔を向けた。頼成は「お前もそう思うか」と何やら納得した様子で頷いている。るうかが説明を求めると、歩きながらでいいかと佐羽が尋ねた。るうかは勿論と承諾する。

「“天敵”の多い場所にはそれなりに理由があるってこと。ほら、覚えている? アッシュナークの都の近くって小さな“天敵”が多かったでしょう。そこで君が勇者としての腕を磨けるくらいに。あれは大神殿の地下で全身が“天敵”になるのを待っている神官達の手足や臓器の一部が先に“天敵”になったときに、それを切り落として外に放っていたからなんだよ」

「……え?」

「そうやって神殿の戦士を鍛えていた。もっとも、この事実を知っている人間はそう多くなかっただろうけどね……浅海柚橘葉(ゆきは)や輝名は勿論知っていたけどさ」

 どこか憐れむ瞳でそう語る佐羽に対してるうかは何も返すことができない。この世界のどこで何をしていても両手に罪が降り積もっていく、そのような感覚に囚われる。

「とにかくそういうわけで、“天敵”が多く発生する場所には“一世”に関連した施設がある可能性がある。それか、また別の組織の研究施設とかね。そういう場所で黒い蝶の生産が行われていても不思議はないってこと」

「むしろその方が考え方としちゃあしっくりくる。実際に今回も“天敵”の大発生が起きたっていうし、黒い蝶でも“天敵”関連でも何かそのための仕組みが作られているとみていいだろ。とりあえず怪しいのは神殿か」

 頼成が言い、町の中心部に見える神殿の尖塔を指差した。未だ静かな眠りの中にある町で死んだ尖塔が不気味な程の存在感を放っている。

「行ってみよう」

 佐羽が言って、魔王の杖を手にふんわりと微笑んだ。

執筆日2014/08/25

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