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 それで、これからどうする。頼成がそう言ってそっとるうかの身体を自分から離す。佐羽はうーんと一度唸ってから答える。

「俺はまた向こうに帰るよ。今こっちにいたってすることないし。頼成は? 大学はどうするのさ」

「それもあるから、俺も1回向こうに戻る。だがこっちも放ってはおけねぇ」

 頼成の意見に佐羽は不服そうに彼を睨む。佐羽としては頼成に向こうの世界へ戻ってもらいたいようだ。しかしるうかには頼成が考えていることも何となく分かった。

「こっちの世界が落ち着くまで見届けたい……ですか?」

「ああ」

 るうかが尋ねると、頼成は迷いなく頷く。それにしたって、と佐羽が何か言い掛けるも途中でやめてしまった。頼成の意思を変えられないことは付き合いの長い彼の方がよく理解しているに違いない。仕方ないね、と佐羽は溜め息と共に妥協の言葉を呟く。

「そういうことなら俺もできるだけ手を貸すよ。こっちの黄の魔王を殺しちゃった手前、俺にもそのくらいの責任はあるだろうしね」

「あっさり言うな。いくらお前本人じゃねぇって言ってもお前と全く同じ身体で同じ顔をした奴があれだけ派手にぐちゃぐちゃにさせられているのを見た俺の身にもなれ。分かっていてもたまったもんじゃねぇぞ」

「ああ、うん。でもあれは彼が自分でやったんだよ。俺はるうかちゃんを守るだけで精一杯でした。そこのところはもっと褒めて称えてほしいんだけどなぁ」

 2人の会話を聞きながらるうかはそっと土の上にぶちまけられた“サワネ”の遺体を見た。正視に耐えない程の無惨な死に様だが、むしろそのことが佐羽の心をいくらかなりと軽くしているのかもしれない。罰を待つ彼にとって、自分の身体が手酷く壊れる様を見ることはかえって救いになるようだ。

「ったく。いいか佐羽、俺の目の届かないところでくたばるんじゃねぇぞ。これだけは守ってもらうからな」

「えー。頼成ったら、俺の彼女でもあるまいし。そこまで束縛される理由はないよ」

「アホなこと言ってんじゃねぇ。彼女じゃねぇのは当然として、お前は俺の家族みたいなもんだろうが。心配するのは当たり前だ。そう簡単に死なせやしねぇ。いくらお前が嫌がろうと、意地でも天寿を全うさせてやるから覚悟しておけ」

 にやりと笑って頼成は言う。彼の口調の激しさと、その言葉に込められた甘すぎる程の優しさにるうかもまたたまらずに笑い声を立ててしまう。佐羽だけがどこか釈然としないような、それでも満更でもなさそうな微妙に形容しがたい表情で立ち尽くしていた。しかしそれもやがて笑顔に変わる。

「じゃあ頼成、そのためにもちゃんと大学は卒業しないとね。大丈夫、君の部屋はちゃんと残っているよ。いつでも帰ってこられる」

「そうか……まぁ、長期休みを利用してこっちに来るっていう手もある。転移魔法があるから短時間でもある程度の用事は済ませられるしな。だったら生活の拠点はあっちに置いておいてもいい」

「そうしなよ。そしてるうかちゃんとたっぷりいちゃつけばいいんだ。俺のことなんて放っておいてさ」

「お前さっき構ってほしそうにしてたじゃねぇか」

「そりゃあ構ってほしいけど、それよりも君はるうかちゃんをたっぷり愛してあげるべきだよ!」

 びし、と佐羽は効果音でもつきそうな仕草で頼成の鼻先に人差し指を突きつける。その顔は初め厳しくしかめられていたが、やがてふにゃりと緩み、最後には目尻に涙が。

「……よかった。君に会わせてあげるって言ってるうかちゃんをここまで引っ張ってきたけど、本当に会えて……よかった」

 ついには泣き出した佐羽を前に頼成は呆れたようにやれやれと呟く。佐羽もここまで相当に気を張り詰めていたのだろう。るうかはそんな彼に対してありったけの思いを込めて「ありがとうございます」と告げたのだった。


 それから3人はウォム・ボランの地下塔のエレベーターを使って元の阿也乃の家へと戻ってきた。そのような方法で2つの世界を行き来できるという事実を初めて知った頼成は思い切り顔をしかめ、それを知っていながら黙っていた佐羽を軽く責めた。佐羽はごめんと謝りつつも少しだけ口先を尖らせて反論する。

「こんなこと、世界が夢で繋がっていれば別に知らなくていいことだったでしょ。必要になったらちゃんと明かしたんだからいいじゃない」

「そりゃあそうだが」

「俺が隠し事していたのが不満?」

「……」

「頼成もそういうところ大概わがままっていうか、過保護だよねぇ……」

「お前が危なっかしいからだろうが」

 じゃれ合うように互いを小さくどつき合いながら会話をする様子はまるで年の近い兄弟のようだ。孤児院で出会い、阿也乃の元で育った2人はまさに境遇を同じくする兄弟のようなものなのだろう。るうかと頼成のそれ以上に強い絆が頼成と佐羽の間にはあるのだ。そんな2人がこうして再会できたことをるうかも心から嬉しく思う。

 阿也乃の家……今はもう佐羽以外に住む者のいない家で頼成は向こうの世界の衣装からこちらの世界の服装に着替えた。高校生の頃に着ていたという彼の服は少し小さかったが、何とか着られないこともない。佐羽もまた戦闘で傷んだ服を着替えて、さらにるうかに自分のシャツと上着を貸してくれる。

「多分そんなにサイズは違わないと思うから。よかったら着ていって」

 ありがたい申し出にるうかは遠慮なくそれを着ることにする。淡く模様の入った少し厚地のシャツはゆったりとしていて着心地がよく、上着のコートも男物でありながら柔らかな赤みの茶色を基調としていて、女性が着ても違和感があまりないデザインになっている。佐羽の服装はいつも洒落ていて感心したものだが、それにしてもまた見事にるうかに合う服があったものだ。

「……お前、衣装屋にでもなるか?」

 頼成までもがそんなことを言って佐羽を苦笑させる。そう言う頼成の服装と言えばTシャツかスウェットにジーパン、時々昔ラグビー部であったことを思い出すかのようにラガーシャツと、こちらもまた見事なまでに簡素である。とはいえ、彼もいつだったかのデートの際には一張羅らしき黒革のジャケットにサングラスという出で立ちでるうかの前に現れたものだ。

 そんなあれやこれやの全てが今のるうかにとっては懐かしく、愛しい思い出である。そしてこれから先もこうして頼成と、佐羽と共に同じ世界で生きていけると思うとそれだけでこれまでの全てが報われたような気がした。

 神のゲームなどどうでもいい。“一世”の思惑など知ったことか。ただ気がかりなのは“二世”という、人間でありながらゲームの主催者に近い立場で動いていた彼らのことである。人間であるのなら、役目を終えた彼らは2つの世界のどちらかで普通の人間として暮らしていくことができるのではないだろうか。しかし今のるうかにそこまでの願いを口にすることはできなかった。あまりにもわがままが過ぎるように思えたのだ。望みを語ればきりがない。どこかで願望に歯止めをかけなければ、それはきっと悲劇の引き金になる。そう感じられた。

 外に出てみればもうすっかり日は落ちて、黒々とした空の高くに半分より大分太った白い月がぽかりと浮かんでいる。ビルの前の道路を行き交う自動車の流れはまだ多い。午後7時を回った時刻を腕時計で確かめた佐羽がるうかに尋ねる。

「今日はどうするの? 頼成の部屋にお泊まり?」

「えっ……いえ、あの、帰ります。明日も学校ですし」

「なんだ、残念」

「なんでお前が残念がるんだよ」

「そろそろ頼成の武勇伝が聞けるかなぁと思っていたのに残念だなぁって」

「誰がてめぇに聞かせるか」

 ごつん、といい音がして頼成が佐羽の背中を遠慮容赦なく殴ったことが分かる。るうかとしてもどつきたい気持ちではあるのだが、先程死にかけていた人間にそこまでの蛮行をする勇気もない。それにしても、あの極限からよくこうして生還できたものだ。

「……なんだか、夢みたいですね」

 るうかが思わずそう呟きながら空を見上げると、彼女の後ろでがんごんと音を立てていた頼成が佐羽を殴る手を止めて大きく首を振る。

「いいや、これが現実だ。あんたと俺らと、あとは緑さんと……命がけで掴み取った現実だよ」

 そうですね、とるうかは答えて微笑む。寒々しい初冬の夜風も、今はただ心地良いばかりだった。


 るうかは頼成と佐羽に手を振り、赤い自転車に跨って夜の街へと走り去る。やはり手を振りながら彼女を見送っていた佐羽が、その姿が完全に見えなくなったところでぽつりと口を開く。

「よかったの? 頼成、彼女を家まで送っていかなくて」

「……まぁ、もうそれほど心配はないだろ。それより早めに決着をつけないとならねぇことがある」

 そのために戻ってきたんだね。佐羽が人の悪い笑みでそう言うと頼成もまた苦く口の端を持ち上げて笑った。

執筆日2014/08/07

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