3
「……で、さぁ。いつまで見せつけてくれるのかなぁ? 頼成、マントは? るうかちゃんにかけてあげればいいじゃない。あとこっちは夜明け前だからいいけど向こうの世界は夕方を過ぎてもう夜になろうっていうところなんだからね。帰すつもりがあるんだったら早くしないと、るうかちゃんのご両親が君のアパートに乗り込んでくるよ」
佐羽の苦言めいた言葉に対して頼成は素知らぬ顔で「いいんじゃねぇか?」などと答える。
「大体俺らの付き合いは親公認だしな」
「うわあ……すごい。開き直り切っているね」
「ここまで来たらもういいだろ。佐羽、お前も傷は平気か? まだ残ってるなら治してやるからこっちに来い」
「……まったく、もう」
頼成はただるうかの身体を見ていただけでなく、その肌に残っている異形化した皮膚や傷がないかを確かめていたらしい。佐羽もそれに気付いていながら軽口を叩いていたのだろう。頼成が小脇に抱えていた藍色のマントをるうかの上半身に巻きつけるようにして被せる。それはいつかと同じ匂いをまとってるうかをとても安心させてくれた。
「ありがとうございます、頼成さん」
「ん……で、結局何がどうなったんだ? 佐羽が向こうに残ってこっちに乗り込んでくるってところまではどうやらゆきさんの予想の範疇だったみたいだが、そもそもその理屈が俺にはよく分かってねぇんだがな」
事情の説明を求めた頼成に、るうかと佐羽はここまで来た経緯を語って聞かせる。春国大学の敷地に緑が残した研究所と、そこにあった彼の魔法。起動したプログラムが再び世界の理を書き換え、2つの世界が繋がりを取り戻したことを。話を聞き終えた頼成は少しの間目を閉じて、それから小さな声で「そうか」と納得の声を漏らした。
「あの人は約束を守ってくれたんだな」
頼成の言葉に、るうかもまたいつか緑が言っていたその言葉を思い出す。
「約束する。この先どんなことがあっても、僕は君達を守るよ。僕にできる全ての方法で君達を守るから」
彼は言った。たとえ阿也乃に抗うことになったとしてもるうか達を守ると。世界から消えてなお彼はそのための手段を残し、そしてるうか達も彼の遺志を受け取って、こうして再会することができた。彼の約束はるうか達の手によってやっと成就されたのだ。
頼成はるうかの肩を抱くようにその身を自分の方へと引き寄せながら、きりりと引き締まった表情で口を開く。
「“一世”のゲームは終わった。一度は離れた2つの世界もまた繋がった。どうやらこれまでみたいに単純に夢を見ることで行き来できるわけでもなさそうだが、それはこの際いい。道があるってだけで充分だ」
「そうだね。どっちの世界を選ぶか、誰もが一度は決めたんだ。夢は夢……それでいい」
頼成の言葉に頷く佐羽は安らいだ笑みを浮かべている。怨嗟と憎悪にまみれた過酷な夢を現実として選んだ彼は、こちらの世界の“サワネ”を殺したことで本当にこの世界を断ち切る覚悟を決めたのだろう。
「それはそれでいいんだけどね? 頼成、るうかちゃんを置き去りにこっちの世界を選んだのは一体どういう了見なのか聞いてもいいかなぁ?」
ぐ、と拳を握り込みながら佐羽が凄むと、頼成はやや身を引きながら「おう」と頷く。
「了見っつーか……誰か残らないとまずいだろ。向こうは社会基盤もある程度しっかりしているし、世界が切れたり繋がったり多少揺らいだところで所詮ひとつの街の問題だ。どうとでもなる。だがこっちはそうもいかない。大神殿は機能していないし、ゲームが終われば“二世”の輝名もいなくなるだろうと思ってな。誰か事情の分かる奴が残って指揮を執らねぇと、この世界は“天敵”に呑まれかねない」
「うわあ……正論。嫌になるなぁ」
「……まあな。だが、ここも俺達が生きた世界だ。ないがしろにはできねぇよ」
そう言って頼成は遠くを眺める瞳をしてみせる。血と泥の臭いの残る草原で柔らかな夜風に吹かれながら、3人はそうしてしばらく休んでいた。
頼成が語ったところによると、彼もまた事前に阿也乃から例の何か、佐羽の説明によれば“宝石みたいな、歪な形をした小さなもの”を呑まされたらしい。それは向こうの世界で魔法を使うことができるようにするだけでなく、世界の繋がりが絶たれてもそれまでの記憶を残すという効果も持っていたようで、この世界で目を覚ました頼成は世界が変わっているという事実に気付くことができた。そして共にいた佐羽の異常に気付いて、本来の彼が向こうの世界に残ることを選んだと知ったらしい。
「で、どういうわけかあいつは俺から逃げるようにしてどこかへ行こうとした。追いかけて行き着いた先がここだったってわけだ」
「なんだか……よくできた話ですね」
るうかが思わずそう言うと、頼成は苦い笑みを浮かべて肩をすくめる。
「何がどこまで誰の策略なのか、まるで分かりやしねぇ。偶然が重なった結果かもしれない。それでもまぁ、こうして何とかあんたを助けることができたんだ。それでいいし、これ以上俺が望むことはねぇよ」
「……はい」
頼成の言う通りだ。全てが元通りになるわけもなく、またそれが幸福であるというわけでもない。るうか達がしたことはただのわがままで、自分勝手な行動だった。だからその結果もまたそれなりのものでしかない。それが道理というものだ。
「私も……頼成さんに会えたから、もうそれでいいです」
るうかはそう答えると精一杯の笑顔で彼に抱きつきがてらその顎に頭突きを叩きこんだ。ちょうどいい高さだった。
「ぬおっ!?」
頼成が叫ぶと同時にるうかの服のポケットからころりと小さな何かが零れ落ちる。慌てて拾い上げてみれば、それは緑の研究所で手に入れた何か種のようなものだった。球形で、わずかに青みがかった黒色をしたその種を見つめるるうかに顎の痛みから回復した頼成が声をかける。
「痛て……なんだ、それ」
「西浜さんの研究室で見付けた……いえ、魔法が出たときにそこから降ってきたんです。頼成さん、これが何の種だか分かりますか?」
「んん……?」
るうかが頼成に種を手渡すと、彼はそれを落とさないように慎重に手の平に乗せてじっくりと眺める。しばらくそうして種を調べていた頼成だったが、やがて首を横に振りながらそれをるうかへと返した。
「見たことねぇな。俺も植物は詳しくないから何とも言えねぇが。何なら大学で農学部の奴に聞いてみるか? あそこなら誰か分かるだろ」
それに、と頼成は続けて言う。もし分からなければ、それは魔法の産物に違いない……と。
「魔法の種、ですか。なんだかおとぎ話みたいですね」
「いや、おとぎ話っつーか……今まで散々魔法の世話になっておいて今更そうなるの?」
「そうですけど、でも種っていうのがなんだか。……調べるのもいいですけど、調べないで育ててみるのも楽しいかもしれませんね」
「そりゃ、あんたの好きにすればいい。花でも咲いたら教えてくれよな」
「はい」
るうかが頷くと、頼成は何やら妙に嬉しそうな、満足げな笑顔を浮かべながら彼女の頭をよしよしと撫でる。先程彼に頭突きをかました頭なのだがその辺りは特に構わないらしい。そんな2人を眺めていた佐羽が半眼で溜め息をつく。
「あーあ……妬けるなぁ。っていうかね? いつまでそうやってひっついているつもりなのさ。ようやく会えたのが嬉しいのはよおっく分かったから、いい加減離れて! なんだかもう俺すっごい邪魔者になった気分なんだけど!」
「おお、なんだお前ももっと構ってほしいのか」
「あー、なんかその言い方すっごく腹が立つ! 頼成、大体君がしっかりしていないからるうかちゃんを散々泣かせる羽目になったんだからね!? これで許されたなんて思ったら大間違いだからね! るうかちゃんが許しても俺が許さないんだからね! まったく!」
佐羽の抗議に対しても頼成ははははと楽しそうに笑うばかりでちっともこたえていないようだ。るうかはそんな彼に苦笑しながらも、こうして再会できた幸福にそっと感謝を捧げた。
執筆日2014/08/07




