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同じ夜の夢は覚めない 5  作者: 雪山ユウグレ
第6話 否の萌芽
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3

 佐羽の問いかけに答えるべく、るうかは改めて考える。

 今るうか達が見ているこの世界は昨日までの世界の続きでありながら、そうではない。人々の記憶は“一世”のゲームを主催していたらしい神というべき存在によって改竄されてしまったようで、るうかの身の回りでも多くの変化が起きていた。るうかと佐羽がその影響を受けなかったのは、ひょっとすると阿也乃に飲まされたもののせいなのかもしれない。彼女達は昨日までの世界を覚えている。

 その流れを取り戻すことができる、と緑は言い残した。そしてそれを行うかどうかの決断をるうか達に託した。そういうことなのだろう。夢と現実が再び繋がる、その手段がここにはある。

 るうかは昨日までの世界の流れが続くことを正しいとは思わない。そして一方で改竄された今の世界が正しいとも思えない。どちらを選んでも失ってしまうものがあるのだ。前者を選べば今の平穏は失われ、昨日までの過去に“一世”のゲームによって引き起こされた様々な苦しみや悲しみの記憶が蘇ることになる。忘れてしまった方がいいものもあるかもしれない。しかし後者を選んだとしても、これまでにるうかやるうかの友人達、そして見知らぬ誰かが必死で乗り越えてきた苦難がなかったことになる。それを乗り越えた努力も、成果も、涙も怒りもどこかへ消えてしまう。

 それでいいのだろうか。るうか個人の考えでいえば、それは何か悔しい。自分が築いてきたものがたとえ不格好でみっともない、失敗の多いものであったとしてもそれを他人の手で奪われるのは腹立たしい。

 しかしそうでない考えを持つ人間もきっといるはずだ。忘れられるものなら忘れてしまいたい。そう願うほどの苦痛を強いられていた人もいるかもしれない。るうかには想像もつかないような、記憶しているだけでも人生を苛むような過去を負った人もいるのかもしれない。そういう誰かは、記憶の改竄によって救われたのかもしれない。

 もしるうかがここで神の改竄を否定すれば、緑の遺した方法によってそれをなしてしまえば、再び苦痛の渦の中に放り出される人間もいるかもしれないのだ。るうかはこの1年にも満たない短い期間で夢と現実を行き来し、多くの死や生きる苦しみを目にしてきた。その経験がるうかに決断を迷わせる。

 佐羽は黙って微笑みながらそんなるうかを眺めていた。るうかは思い切って自分の迷いを佐羽に伝える。

「私には、決められません。今誰かが昨日よりも幸せかもしれないんです。それを、壊していいとは、私には……」

「……そういう風に言うってことは、君自身は昨日までの世界を取り戻したいんだよね?」

 ふんわりと笑う佐羽に、るうかは目を見開く。いいじゃない、と佐羽は言う。

「君が決めちゃっていいんじゃないの。どうせそんなことだぁれも気付きはしないんだ。俺だけが知っている。それなら君を責める人間はいない」

「責められないからいいっていう問題じゃありません」

「そういう問題だと思うけどなぁ。だって、一度改竄された記憶を元に戻されたからって誰もそれには気付かない。昨日までの毎日の続きが始まるだけだよ。そりゃあとんでもないことになったけど、それでも今日という日は新しく始まる。この世界に“天敵”が出ることはない」

「……それは“一世”さんのルール違反だからですか」

「というよりもあまりにも大規模な混沌だから、かな。テロ行為自体は向こうの世界ではよくあったことだし、死者の数だってこの街の中で見れば結構だったけれど世界規模で考えれば些細なものだよ。でもやっぱり、この世界で生じる災害というには無理のある事件だった。さすがにそれは“なかったこと”にしておいた方が無難だろうね」

「それって、都合がよすぎやしませんか」

「君も真面目だね」

 くす、と漏らされた佐羽の笑みはしかしとても優しい。

「言っておくけど、俺は自分の都合のいいように物事が運ぶようにと随分小狡く立ち回っているよ? 卑しいと言いたければ言えばいい。でもそんな誰かの言葉で俺は自分のやり方を曲げたりしない。俺が一番いい思いをする人生を自分で作って何が悪いの」

 佐羽は堂々とそう言い放った。るうかは一瞬呆気に取られたものの、改めて彼の言った意味を考えてみる。彼はこの世界で多くの人を不幸にしてきた魔王だ。しかしそのことに傷付いてきた彼がいることもまた事実である、そして彼は自分のしてきたことから目を逸らさないと言ったのだ。るうかからそれを学んだのだと。

「私は、昨日までの出来事がなかったことになるのは……嫌です。死ぬほど頑張ったことがあったんです。それで失ったものもありましたけど、後悔もしましたけど、それでも私が必死で生きてきた昨日だったんです」

 るうかは佐羽の目を見て、告げる。

「落石さんが自分のしてきたことから逃げないと言うんだったら、私も今から自分がすることの責任をずっと負っていきます。私が決めたことで苦しむかもしれない人がいるということを忘れないで、考えて、何かできることを探します」

「そこまで気負わなくてもいいんじゃないかな?」

「神様に盾突くんでしょう。これくらい気合いを入れないとやっていられません」

「……なんだかその言い方は頼成に似ているなぁ」

「これでも、彼女ですから」

「……っ!」

 ぶるり、と佐羽が身を震わせる。その表情は気味が悪いほどににやけていて、るうかは思わず一歩後ずさる。

「えっ、何ですか」

「すごい、今俺すっごくぞくっとしたよ。るうかちゃん……君は本当に格好のいい女性だ」

 佐羽はそう言うと未だに腰が引けているるうかの背に手を当てて彼女の身体を無理やりに自分の身体へと密着させる。強く抱きすくめられながらるうかはわずかな苛立ちを込めて佐羽を睨む。

「怖いですよ、落石さん」

「ふふ、俺は魔王だもの。さあるうかちゃん、そうと決まればあとはやるだけだ」

 るうかを抱いていた手を離すと佐羽は部屋の隅にある操作盤らしき何かに触れた。一見動いていないように見えたそれだが、佐羽が何か呪文を口にすると全体が青く発光して微かに電子音のようなものを発する。同時に、部屋の中央で太陽のような光を放っていた立体映像の球体がぐるぐると回りながら色を変え始めた。

 太陽の変化に伴って周囲に浮かぶ惑星のような球体サーバも不規則に揺れ始める。青く染まった中央の球体の表面にいくつもの光の帯が走り、甲高い音が部屋に満ちた。

「あらら、こんなにあっさり起動するんだ」

「落石さん、今何をしたんですか?」

「何も。ただ魔法を使ってコンソールを起動しただけのつもりだったんだけど……緑さん、全自律でプログラムが立ち上がるように組み上げていたみたいだね。魔法とコンピュータってそんな風に連携させられちゃうものなんだ。それもあの人がパラヒューマノイド・プログラムとかいうプログラム生命体だったからなのかな? それとも本当に工学マニアの天才だったのかな。もう、本当にあの人のやることはいつも俺達の常識を飛び越えているんだから」

 説明を聞いたはいいものの、るうかには今何が起きているのかすら把握できていない。しかしどうやら緑の遺したものはうまく動いているらしい。るうか達が何もしなくとも、ただ見ているだけで部屋の様子が変化していく。

 太陽を失ったせいなのか、部屋を埋め尽くしていた植物がしおれていく。鮮やかな緑は色褪せて、鈍い黄緑色を経てやがて茶色に変色してかさかさと音を立てて崩れていく。それと同時に葉の筋や茎の中に埋め込まれていたらしい青色の文字列……魔法がゆらゆらと光の糸となって立ち上る。まるで枯れた緑から新たな生命が芽生えるかのように青い光が部屋を満たし、やがて天井の辺りでぐるぐると渦を巻き始めた。それは台風の雲のようであり、銀河のようでもあった。

「綺麗だな」

 佐羽がぽつりと呟いて、るうかもまたこくりと頷いて答える。綺麗だ。そして2人の見つめる先で、青い光の帯が渦巻くその中心から何かがぽろりと零れ落ちた。

執筆日2014/07/28

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