全然飲める。
朝九時過ぎに目が覚め、隣りの部屋に小夏の様子を見に行くとすでに姿はなかった。
部屋の隅に夏掛けだけが畳んであるのを見て違和感を覚える。
階段を降りようとしたところで、寝室を出て来たサチとちょうど顔を合わせる。
「ごめん起こした?」
「ううん。ちょっと前から目は覚めてたから。こなちゃんは?」
「もう起きてるみたい」と俺は一階を指差す。
階段を降りると風呂場の方から派手な水音が聞こえてくる。
単にシャワーを浴びてるなら放っておいたが、
明らかに風呂場の扉を開放しての作業音に足が向かう。
「何してんだ?」
後ろから声をかけると、小夏はびくりと肩をすくめた。
風呂場では短パンとTシャツに着替えた小夏が、
敷き布団にびちゃびちゃとシャワーを浴びせる作業の真っ最中だった。
「あ、ああこれ? これね、これはあれよ。この布団、ダニが多いみたいだから洗ってあげてんのよ」
風呂場の隅を見ると、
こちらはすでに洗ったのであろうパジャマのズボンとパンツがひっかけてある。
「いや、お前それ明らかにおねし――」
「雅也君!」
「なに?」
後ろにいたサチが叱るような声で俺の言葉を切ると、
小夏に向かって申し訳なさそうな顔をつくる。
「こなちゃん、ごめんねぇ。ダニかゆくて眠れなかった?」
「……まぁ、大丈夫だった」
「今日また新しいお布団出しとくから。じゃぁそのお布団のお洗濯はお願いしちゃっていいかな?」
「あ、うん。私がやっとくから」
「わぁー、さすが四年生。しっかりしてて助かるなぁ。じゃあ、その間に朝ごはん用意しとくから終わったら教えてね」
小夏にそう言うとサチは、雅也君ちょっとと俺の腕を引っ張ってリビングに連れていく。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよね? 雅也君さっき何言おうとした?」
「なにって、お前気付かなかったのか? あれ明らかにおねしょ――」
「だから何?」
「何って、敷布団あんなにびしょびしょに――」
「だから?」
「へ?」
「だから小学四年生の女の子に、お前おねしょしただろって言うの? だから茶漬け食ってる時に俺が注意しただろって言うの? 嬉しそうに。勝ち誇った顔で。鬼の首を取ったように」
「いや、嬉しそうにとかそんな」
「デリカシーがない。キミこそ小学生男子だね」
「いや、だけどさ」
「だけどさ何? 乙女の領域に土足で踏み込むからにはよっぽどの理屈持ってくるんだろうね?」
「……いや、俺が悪かった」んだと思う。
その後、キッチンへと姿を現した小夏を見ていると、
サチにべったりくっついて、なにやら楽しげに話をしている
小夏の中でのサチの地位が急上昇しているのは明らかだった。
「こなちゃん、お皿並べてくれるかな?」
サチにそう言われて、わかったと機嫌良く返事して皿を並べ出す小夏。
「小夏、ちゃんと手洗ったか?」
「なんで?」
「なんでってお前」
「雅也君、ちょっと」
「……」
またもやサチから呼び出しを食らい、体育館裏ならぬキッチン奥へ。
「何が言いたいの?」
「いや、さっきまでおしっこ洗い流してたんだろ?」
「いいじゃないそんなの」
「よくないだろ」
「私、こなちゃんのおしっこなら全然飲めるし」
「なに言ってんの?」
いざ朝食のテーブルを囲むと、
昨夜の茶漬けの時とは違い男子チーム女子チームに分れていた。
「小夏、そこ俺の席なんだけど」
そう言われた小夏は不愉快そうに眉を寄せると、
口に運びかけていたトーストサンドを皿に置く。
隣りに座るサチに手招きして自分の高さまで顔を近づけさせ、
その耳元でなにかを囁く。
直にサチがにやにやと笑いだす。
「うん。ほんとだね。あとナマケモノにも似てるよね」
「おい、そこの女子二人。見える所での陰口はやめろ」
そんな目の前の二人の光景は微笑ましく、
実は内心俺の方がにやにやしていた。